第三十一章|報告と静寂
――GIA中央本部・観測域管理中枢 第七報告室。
広大なホロ投影がゆるやかに回転し、深層霧域の地形データと波形記録が無数に浮かび上がっていた。
その中央で、オスカー・ヘイズは静かに報告書を読み上げていた。
「作戦名『R.E.C.T.O.R』、目的は迷入個体N-Xの救出と意識安定の確保。
投入部隊E.E.S.三名および迷入個体の全員が生還。
ただし、記録障害体《08》との交戦により、深層座標の一部が構文的に破損」
会議卓のまわりに座すのは、中枢監理官、精神波形部門の主任、転送技術責任者など、各分野の重鎮たち。
だがその場には、奇妙な沈黙が流れていた。
「記録障害体《08》は、当初の分類を上回る危険度を持ち、記録不能区画の発生を伴って崩壊。
その過程において、未知の“観測干渉”を検出。分類不能の存在波が一時出現」
ホロ投影に映る波形ログには、異常ともいえる空白が存在していた。
まるで“存在しない時間”がそこにあったかのように。
「本記録は、現時点では暫定保存扱いとし、後日『分類不能』区に移送予定。
また、今後の再発事案に備え、観測域の多層補強および干渉防壁の強化が推奨される」
静かに報告を締めくくると、卓上の無音が破られる。
「……ヘイズ」
中央統括監理官が言葉を発した。
「君は、“記録不能”と名付けたが、あれは本当に記録すべき対象だったのか?」
オスカーは一度だけ目を伏せ、そして答える。
「“記すべきかどうか”を決めるのは、私たちではありません。
ただ、そこに“誰かがいた”ことを記録する。それだけです」
沈黙が戻る。だがすぐに、別の声が上がった。
「……では、迷入個体については?」
精神波形部門の主任が問う。
「彼女は……“N-X”は、未だ正体不明。だが、観測された波形はこの世界のものとは一致しない。
干渉を受けていた可能性が高く、当面は医療観察区で保護・経過監視を行う予定だ」
「意識は?」
「戻っている。だが、記憶は断片的。
……いくつか、“語ってはいけないもの”について口にしかけた形跡もある」
オスカーは一拍置き、全員の視線を受けながら言い切った。
「彼女にもコードを与えます。
私の責任下で――GIAの記録域において、正式に保護します」
会議室内がざわついた。
「それは……記録の外から来た者を、正式な“記録者候補”とするのか?」
「いずれ選ばせます。だが今は、彼女を“放置しないこと”が最優先です」
厳密な制度上の議論は、また別の場に委ねられるだろう。
だがこの場では、誰もオスカーの言葉を否定しなかった。
その中で、唯一、ホロに映った波形の断片だけが、今もなお微かに震えていた。
まるで、“それ”がまだ終わっていないと語るように。
オスカーは報告データを閉じ、席を立つ。
「……報告は以上です。記録者、オスカー・ヘイズ」