表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/34

第二十章|コード:N-X



静けさ。

目を閉じれば、ただそれだけが広がっていた。


葉月はひとり、何もない空間に横たわっていた。

柔らかいのか、硬いのか、それさえもよく分からない足元の感触。上下の境界も曖昧で、白とも灰ともつかない光が空間の隅々を満たしていた。


思考は濁っていた。


……ここはどこだろう。

……いつから私は、ここにいるんだっけ。


まぶたを開けても、何もない。


最初は恐怖もあった。

でも、それすらも徐々に、薄れていく。

まるで、ここに長くいすぎて、自分の形があいまいになっていくような――そんな感覚だった。


ぼんやりと、記憶を辿る。

最後に見た景色は、眩しい光だったような。

それから何かが、意識の奥に触れた気がする。

でも――。


「あ……もしかして、私、死んでたのかな」


ぽつりとこぼれた独り言が、やけに現実味を帯びて響いた。

誰も来ない。何も起こらない。これが夢だとしたら、随分と残酷だ。


「あれもやりたかったな、これもやりたかったな……やり残したこと、まだたくさんあるなぁ……」


ふと、誰かの顔を思い出そうとしたが、霞がかったように掴めなかった。

名前すら出てこない。

胸の奥がじわりと痛んだ。


そのときだった。


空間の奥に、ふっと揺れるような波が走った。

耳ではなく、意識の奥で何かが触れた。


『……N-X、識別応答を確認』


低く、抑揚の少ない声だった。

けれど、それは紛れもなく知っている声。


オスカー。

確信はない。でも、わかった。


『こちら、GIA観測域管理中枢。現在、微弱ながら意識波形を捕捉。状況は認識済み』


まるで……コード通信みたいだ。

感情もなく、短い文節だけで構成された“軍事的な言葉”。


でも、その無機質なやりとりが、逆に安心感をくれた。

“存在を認識されている”という実感が、胸にひとすじ灯る。


『N-X、現在位置は座標干渉外。引き続き経路解析中。応答継続を推奨する』


その瞬間、葉月の視界に淡く光の粒が広がり、通信が途切れた。


「……今の、ほんとに……?」


自分に問いかけた。

けれど、それが幻でも、希望でも――どちらでもよかった。


「助けて」


彼女は、ただ、そうつぶやいた。

そしてもう一度、ザルフを念じた。

これまでに何度も失敗したあの方法を、もう一度だけ。


「助けて。助けて」


声は出ていない。けれど、強く、心の奥で叫んだ。



教団・監視部門


金属質の仄暗い部屋に、警告音が微かに鳴り響く。

壁面の数枚のモニターには、無数の波形と図像が刻々と変化しながら映し出されていた。


「報告。精神領域内における外部波形の侵入を確認。断片的な交信ログあり。識別コード:N-X」


「発信元は?」


「不明。が……構造解析よりGIA由来の観測干渉と思われます」


報告を受けた記録担当が眉をしかめ、淡々と指を走らせる。

モニターに映る葉月の意識領域は、赤黒いグラデーションでじんわりと染まっていた。


「……遮断済みの領域だ。通常であれば干渉は弾かれる」


「それでも波形は届いた。強制的な挿入の痕跡があります。

 一瞬だったが、意識核まで到達していた可能性も」


「記録を保存しろ。最優先で波形解析班に送れ」


別の監視官が低くつぶやいた。


「――観測されていた、ということか」


部屋の空気が、一瞬だけ重くなる。

他の誰も、声を発さない。

ただ、その意味の重さを、黙って共有していた。


「この個体、少し扱いを見誤ったかもしれんな。

 いずれ、《Δ08》への通達も視野に入れておけ」


その名が出た瞬間、誰かがわずかに息を呑む音がした。


「《Δ08》はすでに行動規制を解いたばかりです。投入すれば、今度こそ後戻りは――」


「わかっている。だがこちらも遊びではない。

 “主(Ṯa-Kḥār)”に視られたというなら――あれを鎮めるのもまた、我らの務めだ」


再び静寂が落ちる。

端末が、ただ淡々と波形データを記録し続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ