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7月10日

「俺言ったよな? 締め切りが分かってるなら手をつけろって」

「やるとは返事してないよ?」

「......杉本、お前俺が手伝わないときはどうしてるんだ?」

「他の人に手伝ってもらってるよ」

「お前......いや、もう何も言うまい。さっさと終わらせろ」

「へいへーい」


 大学にてブラブラと遊んでいた杉本を捕まえて、学食の空いたスペースに無理矢理座らせる。

 前回徹夜したときに釘を刺したというのに、どうして課題を終わらせていないのか。

 余裕をもって締め切りを守る自分にとって、ギリギリにならないと手をつけない杉本のようなタイプは少し理解できなかった。

 今回はまだ簡単な課題だからいいものの、時間がかかるような課題が出た場合どうするのだろうか。

 ……こいつが単位を落としたという話は聞かないから、何とかする方法はあるのだろう。

 自分と被ってない授業のことは知らないが、他に頼る人がいるのだろうか。

 交友関係が広いとは便利なことだ。

 他人の力に頼り切る姿勢は好みではないが、甘え上手であることは自分にはない強みだ。

 いや、甘やかしている自分がいけないのだろうか?

 ヘラヘラと笑う狐顔の友人との付き合い方を、少し考え直す必要があるかもしれない

 明後日の方向に飛んでいった思考を引き戻すように、杉本から声をかけられる。


「なぁ、コウ」

「なんだ、口を動かす前に手を動かせ」

「なにか、イヤなことでもあったか?」

「......何でそう思う?」

「最近ずっと、トレーニングルームにこもってるみたいじゃないか。筋トレにお熱な時は決まって、何かあった時だからな」

「何で知ってるんだよ」

「バレー部の女の子から聞いたんだ。あぁ、バスケ部の子からも聞いたな」

「相変わらず広い人脈だな」

「コウが狭すぎるんだよ。ゼミ以外で知り合いいる?」

「......いないことはない」

「あはは、いない人間のセリフだなぁ」

「うるせぇ、誰も話しかけてこないんだよ」

「ダメだなぁ、顔が怖い分自分から動かなきゃ。一生ヤーさんの人で終わっちゃうよ?」

「ほっとけ」


 悪態をつきながら注文したカレーを口に流し込む。

 激安カレーと命名されたそれは、名前に違わず一皿150円と破格の安さのため多くの学生から注文されている。

 カレーにしては具材も少なく、すこし水っぽいが値段を考えるとまぁ悪くないだろう。


「......霧島ちゃんと付き合い始めた?」

「ごほっ!」

「お、見たことない反応」


 思ってもみていない方向からの話題に、口に含んでいた米が気道に入る。

 何回も咳き込む様子を、杉本は変らずにヘラヘラと笑いながら見ていた。


「ゆ......霧島さんとは何もないよ」

「お? もう名前呼び? コウにしては早いな」

「本当にそういった関係じゃない」

「ふーん?」


 雪と名前を口にしかけて、とっさに言い換えたが杉本は聞き逃してくれなかったようだ。

 浮かべた笑みの種類が、からかいの色を帯びている。

 人の関係性を気にするその労力の半分でも、課題に向けてくれればいいのに。


「そういった関係じゃないって、逆にどういった関係なんだ?」

「どういった関係?」

「前から仲良かった男女が急に名前呼びに変わったんだ。何かしらのきっかけがあったんだろう?」

「まぁ、無くはないが」


 空き教室で話してから、二人でいる時間が少しだけ増えた。

 同じ授業の時近い席に座ったりだとか学食で一緒にご飯を食べたりだとか、些細な時間を一緒に過ごす機会が増えた。

 なんでも、普通の大学生活を送りたいらしい。

 今までと変わらない生活でいいのかと思ったが、それがお願いだと言われたら否定するつもりはさらさらなかった。


「別に告白しあったとかそういうわけではない。お前が楽しめるようなことは何もないよ」

「告白しなくても別に付き合ったりはするだろ」

「......そういうものなのか?」

「......コウ、最後に恋人いたのいつ?」

「俺に、恋人が出来ると思うか?」

「......ちょっと図書館で課題してくるかな~」

「その気遣いは少しへこむからやめろ」


 ニヤニヤとした笑いが消えて真顔になった友人に悲しみを覚える。

 そうか、こいつが真顔になるほどか。

 いそいそと荷物をまとめて去って行く姿を眺めながら過去について考える。

 別に好きな人が出来たことがないとか、異性に興味がないという訳ではない。

 単純に、人付き合いが下手なだけだ。

 生まれつきの目の悪さと、父親譲りの背の大きさがマズかった。

 学校というものにおいて、人より背が小さいということを経験したことがない。

 デカいというのは、それだけで怖いものだ。

 喋りが上手ければどうにかなっただろうが、目つきだけでなく口の回りも悪かった。

 そんな人間が、モテるはずがない。

 結局、告白というものをしたこともされたこともなく今に至る。

 雪さんと、恋人か。

 そう思われていることに、申し訳なさを覚える。

 気に病むような噂が流れなければいいが。


「お隣、空いてるかな?」

「......今ちょうど杉本が出ていったところだ」

「それじゃあお邪魔するね。二人ともずっと仲いいねぇ」

「腐れ縁だ、じゃなきゃ合わんタイプだ」

「そうかな? 良いコンビに見えるけどなぁ」

「勘弁してくれ」


 思い悩んでいると、丁度その人物がとなりの椅子に腰を下ろした。

 手には学食で注文したであろうトレイが握られている。

 大盛りの麻婆丼を頼んだらしい。

 食欲をそそられる辛い良い匂いが漂っている。


「辛いもの食べるんだな。偏見だけど、苦手だと思ってた」

「ふふ、実は初めて食べるんだ」

「......なんでいきなり大盛りにした?」

「やってみたかったからかな。頼んだことなかったんだ」


 快活に笑うその姿は無邪気そのものだった。

 秘密を共有してからか、そういった姿を見かけることが多くなった。

 それが本来の性格なのか、思い出作りの一環なのか自分には分からなかったが、笑顔を見るたびにどうしようもなく胸が締め付けられる思いがした。

 自傷行為だな。

 傷つくと分かっていて、放り投げることができない。


「食べきれるのか?」

「食べきれなかったらお願いしてもいい? ん、美味しいけどこれ辛いねぇ」

「それは別にいいけど」


 香辛料が効いているのだろう、一口食べて、舌を出して顔をしかめている。

 厚着のせいもあるだろうが、顔には大粒の汗がもういくつも浮かんでいる。


「私、辛いもの好きかも」

「そうか、良かったな」

「うん、知らないまま消えるところだったよ」

「......反応に困る」

「笑ってくれると嬉しいな。インビジブルジョークだよ」

「なんだそれ」


 洒落の効いた人間ならば自虐に対しても上手く返せるのだろうか。

 そもそも、透明化症候群の英語名にインビジブルは入らないのだが。

 指摘しようかとも思ったが、雪さんは楽しそうなので言わないでおいた。

 小さい口に、一定のリズムでスプーンが運ばれる。

 食べきれるかどうかの心配は杞憂だったようだ。

 感心するほどの見事な食いっぷりだ。

 辛い辛いと言いながらも、最後まで完食している。


「美味しかったぁ。やっぱりチャレンジするって大事だね」

「そうか」

「コウ君は最近チャレンジしたことってある?」


 顎に手を当てて最近の生活を振り返る。

 バイト、学校、アパートをそれぞれ往復するだけの毎日。

 日課と呼べるものはあるが、新しいことに取り組んだ記憶はあまりない。

 筋トレのメニューを変えたとか、履き潰したスニーカーを買い換えたとかは、細かな変化はあるがチャレンジとは言えないだろう。


「ないな。ルーティンだけの毎日だ」

「へぇー、何かやりたいこととかないの?」

「やりたいこと......」

「ポッと思いつくようなことでいいから、やってみようよ。そんな眉間にしわ寄せないで簡単に思いつくことでいいから」


 やりたいこと。

 改めて考えると難しい話だ。

 インターンシップや課題などのやらなければいけないことならばスラスラと頭に浮かぶが、やりたいこととなるとあまり浮かばない。

 つまらない人間だ。

 数秒考えてひねり出した答えもまた、ありきたりでつまらないものだった。

 行ったことのない場所に、行ってみたい。


「旅行に、行きたいかな」

「いいね! じゃあ、今度日帰りで一緒にどこか行こうよ!」


 ただ、その答えは雪さんの琴線に触れるものだったらしい。

 キラキラと瞳が輝いている。


「食いつきがすごいな」

「実は観光地を調べるのが趣味なんだ。趣味と言っても、ぼんやりネットを眺める程度だけど」

「行くんじゃなくて、調べるのが趣味なのか?」

「そうそう。屋久島とか軍艦島とか奄美大島とか調べたりね」

「何でそんな島ばっかり調べてるんだ......」

「何でだろうね?」

「俺に聞かれても困る」


 変わった趣味もあるものだ。

 ただ、自分の提案が好意的に受け取られることは悪くない気分だった。


「コウ君は明後日って暇?」

「何もない」

「じゃあ明後日に行こっか!」

「......どこに?」

「うーん、ここから近い島って付く場所なら、江の島かな?」

「何で島縛りなんだ? それにそこそこ距離あるだろ」


 脳内で日本地図を思い浮かべる。

 日帰りで行ける距離ではあるが、往復の移動時間だけで8時間近くは消えるだろう。

 半日もあれば楽しめるか?

 旅行というものに対する知識があまりないものだから、一つの観光地にどれだけの時間をかけるものかが分からない。

 もっと近場にすればいいのに。

 いや、それだと旅行にならないのか?

 でも日帰りだし、往復が楽な方がいいのではないか?

 脳内でグダグダと自問自答を繰り返していると、目の前に雪さんのスマートフォンが差し出される。


「はい、乗るバスの時間ね。朝一だから、寝坊しちゃダメだよ?」

「え」

「スクショ送ったからまた見てね。帰りのバスも予約しちゃったから、決められた時間いっぱい楽しもうね」

「......行くとは言ってないんだが?」

「え......イヤだった?」

「そういうわけじゃないが、急すぎる」

「お願いって言ったら、イヤかな?」

「それは、ズルじゃないか」

「ふふ、ズルい女にもなってみたかったんだ。明後日、楽しみにしてるね」


 チャイムの音が鳴る。

 雪さんはその音に慌ててトレイを持って立ち去る。

 授業があるのだろう。

 自分のスマートフォンを開く。

 決済済みのバスの予約画面がそのままスクリーンショットされた画像が自分に届いている。


(金、払わなきゃいけなかったな)


 そんなことを思いながらぼんやりとスマートフォンで江の島について調べる。

 大学に入ってから、いや、下手したら10年ぐらいぶりの旅行になる。

 どうやって楽しむのが正解なんだろうか。

 そもそも、異性と一対一で出かけるのは初めてかもしれない。


(いかん、ちょっと緊張してきたな......)


 決して、デートなどと浮かれた気分になったわけではない。

 自分がしたいと言ったことに付き合わせる立場だ。

 貴重な時間を使わせるのだ、楽しんでもらわなければいけない。

 いい思い出になったと、思ってもらわねばならない。

 だから、決して浮ついてるわけではない。

 ……図書館に旅行ガイドはあっただろうか?

 杉本の調子を見るついでに、雑誌でも読んでおこう。

 エスコートとまではいかなくても、最低限の知識だけは入れておかなければ。

 スマートフォンを握る手に力が入る。

 旅行に対して向き合うスタンスが合っているかどうかは分からなかったが、ここ最近で一番前向きになれた気がした。

 雪さんにとっても、そうであったら嬉しいと思いながら歩き始めた。


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