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死にたくなったら  作者: 狐目 ねつき
第二章 一線
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28話 決断

 ――翌日。昨日に引き続き今日もまた、分厚く重たい雲が空を覆っている。雨足が弱まる気配も、青が見えそうな兆しも、一向に訪れそうにない。


 そして君鳥ナナは、今日も学校に姿を見せなかった――



「――先生は徒歩で通勤しててな、さっきいきなり車に泥をはねられてしまって……本当に朝からツイてないときたもんだ。だから今日は下にジャージを履いてるんだが……まあ特に気にしないでくれ。みんな、笑うなよ?」


 朝の出欠確認が終わると、奥戸はいつもの調子で、クラスを和ませるためのエピソードを披露し始める。どこか苦笑混じりな語り口に、教室のそこかしこから小さな笑い声が漏れ聴こえてくる。


(君鳥さん……今日も……)


 一方でリクは、意図的に鼓膜を塞いだかのよう、奥戸の話には関心も示さずといった様子だ。机に両肘をつき、重ねた手の甲に顎を預け、固く瞼を閉じてひたすらに思い悩む。


(うん……わかってる……大丈夫)


 昨日と比べれば、彼女の欠席による精神的な動揺は然程でもなかった。なんとなく、今日も休むのではないかと予想はできていたからだ。昨日の放課後、彼女の机の中身を目にしてしまった後だと、尚更である。


(あれから……ずっと考えていた)


 帰宅の道中に夕飯時や入浴時。更にはエイトとゲーム対戦に興じている間から、眠りに就くまでずっと――リクは彼女の身を案じ続けていた。


 しかし何度考え抜いても、どれだけ角度を変えて噛み砕こうとも、辿り着く結論は等しく同じ。


(心配だけど……今の僕は、待つことしかできないんだ)


 そう、ただひたすらに、耐え忍ぶしかないのだ――



◇◆◇◆



 本日の最後の授業は急遽、全校集会が開かれるということで、総勢七百名ほどの全校生徒が体育館にて一堂に会していた。どういった事由で集められたのかと、生徒それぞれが同じ疑問を抱くなか、会はひっそりと開始を迎える――


「――昨日、2年E組の池田さんがお亡くなりになられました」


 少しの挨拶のあと突如、告げられた事実。その悲しい報せは、ステージ上に立つ校長の口からマイク越しに発せられた。それまで微かに聴こえてきた私語が嘘のように消え失せ、体育館が凍りついたように静まり返る。


(……また)


 動揺が、リクの心臓を大きく揺れ動かす。


(自殺意……まただ……)


 つい数日前に、ホームルームで奥戸の口から聞かされた訃報が脳裏に浮かぶ。終わりの見えない連鎖。立て続けに増えていく犠牲者。言葉にならない不安が、胸の内で肥大を重ねていく。


「このような形で皆さんを集めることになり、学校側としても、大変心苦しく思っています。亡くなられてしまった池田さんのご冥福を、皆さんもご一緒に――」


 壇上では校長が、落ち着き払った口調で淡々と形式じみたお悔やみの言葉を並べている。その後も校長は、日本が今危機として直面している『自殺者の急増問題』について、主観を交えた見解をもって数十分間は静かに語り散らしていた。


(もしかして……)


 リクは他の生徒と同様、校長のスピーチを黙って聞き入っていた。しかし頭の中では、今まさに身近に迫りつつある脅威に、恐れを抱き始めていた。


(君鳥さん、も……)


 その懸念は、一度意識してしまえばもう二度と、思考の片隅から消えやしないだろう。だからこそリクは、考えないよう、よぎらせないよう無意識に避けていた。


(僕が、()()()()……)


 そして意識してしまったが最後。

 リクの中である一つの決断が、否応なく迫られる――


「――これまでに亡くなられた生徒達の想いを無駄にしないためにも、互いを思いやり、そしてこれからの日々を、皆さんは大切に過ごしてください。遺された私たちができることは、それだけなのです」


 校長の長々とした話が終わる。

 マイクのスイッチを切る音が、やけに大きく響いた――



◇◆◇◆



「――起立、礼。さようなら」


 帰りのホームルーム。終礼が済むと、生徒達の解放感が教室中に満ち溢れていく。しかし先ほどの全校集会での話があったせいか、いつもよりは自重した様子が見受けられた。


 一方でリクはすぐに席から立つと、帰宅の支度を始める生徒達を尻目に、教室を後にしようとする奥戸の下へと駆け寄る。


「先生っ」


 形振り構わず、自分でも驚くほどに、リクは声を大にして呼び止めていた。


「村崎くん?」


 奥戸が足を止め、振り返ってくれた。普段は大人しくしていた分、これだけ切羽詰まった様子で駆け寄ったことで、彼は少し驚いているようだ。しかし呼び止めたは良いものの、どこから話を切り出せば良いのか、リクは戸惑ってしまう。


(……言わ、なきゃ)


 ナナの欠席した件について、伝える覚悟はすでに決まっていた。だが、教室には他のクラスメートがまだ何人も残っている。彼女と関わっているであろう生徒も、不特定多数ながら居るはずだ。迂闊に、事情を明かすことはできない。


「ん? 何かあったかい?」


 用件を伺ってくる奥戸に対し、リクはただ、視線を逸らさずに彼の両眼だけを見据えた。ぎゅっと口を噤み、代わりに表情だけで訴える。


 ――決して軽い話題ではない、と。


 二人の間にわずかな沈黙が流れる。やがて想いが通じてくれたのか、奥戸はどこか悟ったように小さく息を吐いた。


「……場所、変えようか」


 彼はそのまま教室の外へと歩き出し、リクもそれに続いた。二人が向かったのは、校舎の端に近い廊下だった。放課後だと人通りはほとんどなく、遠くから聞こえてくる部活の掛け声すらここまでは届かない。密談を交わすには、確かに最適な場所と言えるだろう。奥戸は立ち止まり、改めてリクの方を向いた。


「それで、どうしたのかな?」


 優しく促すような、落ち着いた口調だった。急かすでもなくただ、静かに聞き入れようとする姿勢。リクは一度だけ深く息を吸うと、ゆっくりと話を切り出していく。


「先生、あの、君鳥さんは……どんな理由で欠席してるんですか?」


 直球を、問いにして投げつけた。奥戸は少し意外そうな顔を覗かせると、数秒ほど間を置いてから、少し温度の下がった声で告げる。


「体調不良だよ。本人の口から、そう連絡があった」

「……それだけ、ですか」


「それ以上の詳しい内容は、他の生徒に話すことはできないよ。悪いがこれは決まりなんだ」


 教師としての線引きを明確にしたような、きっぱりとした口調と主張。リクはわずかに唇を噛み締めたが、それでも引き下がる気は毛頭もなかった。


「……村崎くんはどうして、それが気になるんだい?」


 しかし、次の質問を喉に装填している最中、今度は逆に奥戸の方から問い返された。探り、試すような彼の視線が、いやでも刺さってくる。


 リクは、少しだけ俯いた。

 焦りと迷いが、思考回路を濁らせる。


(どこまで……言っていいんだ)


 真っ先に頭をよぎったのは、あのプリントの裏に書かれた文字。だが、今この場でその内容を直接口にしても良いのだろうか。そしてもう一つは、自殺意について。こちらに関しては口外など、もっての(ほか)だろう。


 どこまで踏み込み、踏み込ませるのか。

 ここは、慎重に決断をしなければならない。

 張りつめた緊張が、声と唇を震わせる。


「先生、君鳥さんは、今――」


 外で一瞬、稲光が目映く空を照らした。

 その光が救いなのか、それとも裁きなのか。

 そして、誰が為の光なのか――

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