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死にたくなったら  作者: 狐目 ねつき
第二章 一線
27/30

25話 無敵少女

 ――ピンポーン


「あー?」


 リビングの片付けも終盤に差し掛かってきたタイミングにて突如、部屋中にインターホンの音が鳴り響く。


「ったく誰だよ……リク、出てくれ。変なセールスの勧誘とかだったらすぐ切って良いかんな」

「うん、わかった」


 インターホンから近い位置にたまたま立っていたリクは、エイトからの指示に従い、黄ばんだ受話器を取って応答する。


「はい――」

『うっす、あたしっす! こんちわ!』


 古いインターホンなので音質は悪かったが、抜けたようにややハスキーなその女子の声は、聞き覚えしかなかった。リクはエイトに悟られないよう、声を潜めて名を呼ぶ。


「えっ……はづきちゃん?」

『なんだ、リクか。蒼井さんいないのー?』


「ちょ、ちょっと待って……なんでいきなり……!」

『今日、塾休みだし〝今から行く〟って送ったじゃん! あっ、既読付いてないし……ふざけんなし』


 リクは大慌てで制服のポケットからスマホを取り出し、通知の確認をする。ものの30分ほど前、確かに〝形平はづき〟からメッセージが届き『今から(リク)んち行くからよろ』と、顔文字付きでしっかりと書かれていた。


「はづきちゃんごめん、スマホ見てなくてメッセージ気付かなかった。今、忙しくってさ――」

「おい、リク。まだ話してんのか? 誰だよ?」


 訝った調子のエイトの声が背中越しに聞こえ、リクの額から冷や汗がたらりと流れ落ちる。実はというと、引っ越しを終えてすぐにリクは、エイトには内緒で家の住所をはづきに教えてしまっていたのだ。


(はづきちゃんがしつこく聞いてきて面倒だったからつい教えちゃってたけど、まさかこんな急に……!)


 はづきという少女の行動力を見誤ってしまった、自身の油断をリクは嘆いた。


(どうしよう……いくら親戚のはづきちゃんといっても、勝手に住所を教えちゃったのがバレたら、エイトさん怒るだろうな……ただでさえ今は少し気が立ってるみたいだし……)


「ごめん、なんか良くわからない宗教の勧誘みたいでしつこくってさ……もう少しかかるかも」


 リクは悩んだのち、受話器のマイク部分を手で塞ぎながら、苦い顔で苦しい言い訳をするが――


「宗教だぁ? じゃあオレが直接行って追い出してやんよ」


 ――どうやら逆効果だったようだ。エイトはむくりと大きな身体を立ち上がらせ、防音扉にまでずかずかと威勢を剥き出しにして歩を進める。


「待って、エイトさん……僕に任せて! 今すぐ帰らせるから!」

「良いんだリク、オレに任せとけ。こういう手合いはな、きっぱりと強く断って二度とこの家には立ち寄らせねえようにしねえといけねえんだ」


 焦ったリクは引き留めようとするも、妙な気概を覗かせたエイトを制止するには至らず。彼はそのまま扉を開き、進軍するかのような足取りで勇ましく玄関へと向かっていく。


(ヤバい……!)


 リクは塞いでいた受話器を再び耳に押し当て、強く言い放つ。


「はづきちゃん、帰って!」

『は? わざわざここまで来て帰るわけないじゃん! ていうか早く家入れてよーいきなり雨降ってきたから濡れちゃって寒いのよー』


 こちらも譲らず。まさに万事休す。開いたままの防音扉の奥からは、鍵を開ける音が聴こえてくる。


「いいから帰ってっっ!」

『いや、うっさ……ってドア開いたし、あ――』

「あぁ悪いんすけど、うちキリスト教なんで――」



◇◆◇◆



 ――カシャッ


「あのな、別にオレはな、オマエが身内や友人(ダチ)にココの住所を勝手に教えようが全然構わねえんだわ」


「……はい」


 テーブルを挟み、いつも寝てる黒いソファーに腕を組んで座るエイトと、客人用のソファーに縮こまって座るリク。


 ――カシャッ


「けどな、誰かが来んなら一言くらいは事前にオレに伝えとくってのがスジなんじゃねえのか? もし万が一、オレが本業(シゴト)中だったらどうすんだよ? それぐらいアタマ働かせとけっての」


「はい……ごめんなさい」


 うつむき、項垂れた頭頂部に正論が浴びせられる。反論の余地など一切なく、ただただ反省の姿勢を見せるしかないリクであった。


「オマエはもう少しその辺、気が利くヤツだと思ってたんだけどな。大体な――」

 ――カシャッ


「……さっきからカシャカシャうっせぇなぁ! 人ん()来るなり何やってんだテメーは!」


 説教の最中からソファーの周囲を蚊が飛び回るように、エイトを画角に入れた自撮りを撮影し続けていたはづき。ここでようやくエイトから指摘を食らい、ぴたりと動きが止まる。


「えっ、やば、待って、怒った顔もメロいって」

「……無敵すぎんだろコイツ」


 反論どころかカメラフラッシュの反撃に遭ったエイトは、やさぐれたように呆れ返った表情を覗かせている。その後も撮影会の如く、様々な角度でエイトの写真やツーショット。挙げ句の果てにはショート動画までもが撮影され、はづきのスマホのフォルダが次々と溜まっていく――


「おい、女子高生。写真……絶対SNSとかに上げんじゃねえぞ」

「え、だめっすか? 〝激メロファイヤーセラピスト〟としてバズるっすよ絶対」


「その必殺技みてえなのヤメろっての。つーか、オマエは何しに来たんだよ」

「そりゃもう、可愛い可愛い従兄弟(いとこ)の様子を見に来たに決まってるじゃないっすか!」


「その割にはさっきから必要ねえことしかしてねえけどな」

「本当っすよ。ねっ、リク?」


「えっ? いや……その」


 二人のやり取りをしばらく静観していたリクだったが、話題の矛先が唐突に向けられたことで、思わず視線を泳がせてしまう。


(うわっ……はづきちゃん顔、怖っ)


 エイトの傍らに立つはづきから『口裏を合わせろ』といった強烈な視線の圧力を受け、リクは言い訳を模索する。


「そ、そう……僕がこっちに住んでからまだ四日目だし、まだ叔母さんが……心配してたみたいだから、はづきちゃんが代わりに様子を見に来てくれた、ってこと……なんだよね」


「……まぁ、形平さんが心配してんならしゃあねえか」


 どうやらエイトも納得してくれたようだ。おぼつかない口調ながらも、なんとか上手く辻褄を合わせることに成功したリクは、小さく溜め息をこぼす。


「それじゃ、これから何します? 〝ティッキタッカ〟でライブ配信でもします?」


 話が済んだ途端、はづきは待ってましたと言わんばかりにわくわくと目を輝かせながら、エイトの隣に座り始めた。


「んなモンしねえし隣座んじゃねぇ……おい女子高生、片付けすんぞ片付け。せっかく来たんなら残りの分、手伝ってけよ」


「え、良いっすけど。その代わり〝女子高生〟って呼ぶのやめてくださいよ。さっきから距離感じるんすよーあたしには形平はづきって名前があるんすよー」


 甘えるような口調ではづきにせがまれたエイトは、ばつが悪そうに歯噛みをする。そして悩んだのち、改まったように少し咳き込むと――


「じゃあ……は、は、はづき。片付け手伝えや」

「待って、呼び捨てで命令やっばいって、激メロアクアマリンっ、萌え死ぬ……」



(僕は今、何を見せられているんだろう……)


 ソファーの上で照れくさそうに身悶える二人を遠い目で眺めながら、リクは心の中でぽつりと小さく零した――



◇◆◇◆



「蒼井さんってカノジョとかいないんすかー?」

「あ? 居ねえよそんなモン」


 三人で片付けをしている最中、リクは粘着テープのついたローラーを絨毯に転がしながら、二人の会話を聞き入っていた。


「じゃあ、今まで何人と付き合ってきたんすか?」

「なんでそこまで教えてやんなきゃなんねえんだ」


「良いじゃないっすかー減るもんじゃないんだし」

「……一人だよ、一人」


「えっ、意外っす! もっと若い頃から遊び回って遊び疲れて今に至ってるのかと思ってました! だからあたしにも興味無いんだなーって」

「想像力豊かすぎねえかオマエ……」


「待って、じゃあその一人のヒトと長く付き合ってたけど別れちゃったって感じっすか?」

「……まあ、そんなトコロだな」


「エモっ」

「エモくねえよ」


「そういえば、蒼井さんって年齢いくつなんすか?」

「来月で25だ。てか、オマエ手ぇ止まってんぞ」


「えへへへ……すいやせーん」

「早く終わらせてラーメン食いに行くぞ」


「うぇっ? あたし今、ママからお小遣いもらってないんで外食なんて無理っすよ」

「ガキに払わせるわけねえだろ、安心しろっての」


「蒼井さぁーん」

「おいっ、抱き着くな、コラっ、犯罪者にすんな――」



「…………」


 エイトに対し『ライン』に踏み入るどころか、その一線を力づくで引きちぎるかのようなはづきの距離感を、リクは傍目で分析していた。


(うーん……僕には到底真似できそうにもないな)

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― 新着の感想 ―
楽しく読ませていただきました! 死にたがっていたリクが、エイトに出会って変わっていく様子が丁寧に描かれていて素敵でした。自殺意がどうして広がっているのか、この先リクたちとどう関わっていくのか気になりま…
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