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死にたくなったら  作者: 狐目 ねつき
第二章 一線
23/30

21話 リザルト

「ねえ、エイトさん」

「あ? なんだ?」


 50インチのテレビが置いてある同じ方向に顔を向かせ、ソファーに並んで座るリクとエイト。


「友達を作る時のコツとかって、あったりする?」

「ハァ? なんで、今ソレをっ、聞くんだよっ?」


 冷静な語り口のリクから唐突に尋ねられた質問に対し、エイトは焦った表情を覗かせながら問い返す。


「単純に気になったからだよ」

「だからっ、今っ、聞くっ、内容っ、なのかよっ!?」


「いや、なんか退屈だし……」

「退屈だぁ? オマエっ、こらっ、喰らえっ――」


『――K.O.――』


 画面いっぱいに派手なエフェクトとともに映し出される、巨大なアルファベット二文字。たった今、雌雄が決した証明だ。落胆してうなだれるエイトの横で、リクはコントローラーをテーブルに置き、小さく声を上げる。


「また、僕の勝ちだね」

「クソがああああああっっ」


 エイトの絶叫が、防音壁に吸い込まれていく――


 現在の時刻は22時を過ぎた頃と、夜が深さを増していく時間帯。二人は夕食を終え、就寝の準備を済ませた後、格闘ゲームのオフライン対戦に興じていたのであった。


「……もう一戦やんぞ」

「えっ、まだやるの? 僕、そろそろ寝なきゃ……」


「今のはオマエが急に話し掛けてくっから調子狂っちまったんだ。納得いかねえ」

()()()って……さっきから僕ずっと勝ってるじゃん」


 リクが指差した先の液晶には、戦績が『0ー22』と、圧倒的なまでの勝ち星の差が表示されている。


「うるせえな。今まではキャラ選択ミスってたんだよ」

「エイトさん、〝覚醒アウル〟しか使って――ってほら、今度は〝シングラル〟選んでるし……また強キャラだ」


 まだ一勝も挙げていないエイトではあるが、その闘志には一切の翳りも訪れてはいない。それどころか、敗北を積み重ねるたびに火が点いていく始末ですらある。


「というか、なんで今更こんなマイナーな古い格ゲー遊んでるの? しかもこのゲーム、かなりキャラの性能バランス偏ってるし……」

「ソフト全部売り払っちまってコレしか売れ残ってねえんだよ。良いから早くキャラ選べって」


 コントローラーを無理矢理と握らされたリクは、渋々としながらもキャラを選択する。


「……じゃあ、このキャラで」

「〝ライカ〟だぁ? ソイツ原作だと戦闘もしねえし、ただの埋め合わせのお遊びキャラだろうが! オマエさすがにナメすぎ――」


『――PERFECT K.O.――』


 画面の中ではリクが使用する黒縁眼鏡をかけた金髪の少年キャラが、地に伏した筋骨隆々な大男の頭を踏み付け、勝ち名乗りを上げている。


「えっと……まだ、やる?」


 完膚なきまでの敗北を突き付けられ、コントローラーを握ったまま悔しさにうち震えているエイトの機嫌を窺うように、リクはおそるおそると尋ねる。


「……やらねぇよ。ムリムリ、勝てねえわ」


 呆れ返ったようにエイトは音を上げると、前屈み気味に座っていた姿勢を崩し、ソファーの背もたれにどさっと倒れ込んだ。


「あぁクソっ……このゲーム、仲間内だと負けたことなかったんだけどなぁ……オマエ強すぎんだろ」

「僕、小さい頃から習い事も部活もしないで毎日ゲームばかりしてたから……そりゃ、ね」


 勝ったはずなのに、誇れもしない。自らの過去を口にして振り返ってみればみるほど、無性に恥ずかしく思えてくるリクであった。


「プロゲーマーとかになる気はねえのか? それだけゲーム上手かったらそっちの道を目指してもいい気がするけどな」


「うーん、僕はあそこまでゲームとストイックに向き合っていける自信が無い……かな。だから、どれだけゲームが上手くてもなんの役にも立たないよ」


 リクは顔を俯かせ、滅入ったように大きく溜め息をつく。一方でエイトはソファーから立ち上がり、飲んでいた缶コーヒーの空き缶をキッチンにあるゴミ箱に捨てに行った。ついでに冷蔵庫から新しいコーヒーを取り出したようで、缶のフタを開けながら声を上げる。


「それでも、なんも長所がねえよりは良いだろ。ただずっとゲームやってたってヘタなままなヤツだっているんだし、素直に誇っとけよ。てか、なんで負けたオレが勝ったヤツのフォローをしてんだよ」


 エイトは座ったままのリクの背中へ、喝を入れるかのようにバシッと強く叩く。


「いたっ、確かに……なんかごめんなさい」

「謝られたら謝られたでなんかムカつくな……それより明日も学校だろ? 早く寝とけよ」


「うん。おやすみエイトさん」

「おう、また明日な」


 エイトとそう言葉を交わした後、リクは隣の和室へ足を運ぶ。バタンと防音室の扉を閉めると、リビングからの物音が遮断され、別世界に踏み入ったかのような感覚を毎度のことながら覚えてしまう。


「ふぅ……」


 リクは小さく一息をつくと、天井の中央に吊るしてある照明の紐を引っ張った。カチッという音ともに、淡い暖色系の光が六畳一間を優しく照らす。


 和室にはマットレスの上に敷かれた布団と、まだ回線の接続が完了していないデスクトップのパソコンが、畳の上に(じか)で置いてある。この部屋は本来であればエイトの寝室だったが、現在はリクの私室と化していた。


(僕にこの部屋をくれたのはありがたいけど……)


 引っ越してきたは良いが、リビングと和室しかないこの家の間取りからして、完全なるプライベートな空間はこの和室しかなかった。当初リクは後から移り住んできた身として、リビングで寝る覚悟も辞さないつもりでいたのだが、エイトが逆に気を利かせてこの部屋を明け渡してくれたのだ。


(……エイトさん、本当に良かったのかな)


 他人の部屋を自分の私物化としてしまうのはどうしても気が引けてしまったが、遠慮をしたところでエイトの強情さには到底敵うはずもない。リクはそう思い至り、彼からの親切を大人しく受け容れる形で従ったのだった。


(引っ越しの荷物……少しずつ片付けなきゃな)


 部屋の至るところには、いまだ収納がされていない衣類やマンガ本などといった、私物の詰まった段ボール箱が何個も積まれている。二人のみでの、突貫工事じみた引っ越し作業だったので、部屋のレイアウトや荷物の整理はほぼ手つかずであった。


(でも今日はもう遅いし、久々の登校で疲れたし……明日以降に整理しよう)


 そうやって言い訳を頭の中に羅列させて自らを甘やかすと、リクは大人しく照明を消して布団に身を包んだ。


 ――瞼裏と変わりのない暗闇の中、リクは仰向けに天井を見上げて思いに耽る。


(授業は、やっぱり進学校なだけあってどの教科もかなりレベル高かったな……ついていけるかどうか不安だ)


 今日一日を振り返るとともに、反省や後悔を脳に染み込ませていく。


(ヒロ……また会えるとは思ってなかったけど、再会できて本当に嬉しい。明日から登校する時は地下鉄駅で待ち合わせしようって言ってくれたし、心細くならずに済みそうだ……)


 もちろん不安ばかりをよぎらせるのではなく、ポジティブな面も忘れずに思い返して、心の平衡を保つ作業も怠らないようにする。


(奥戸先生……すごい良い人だったな。あの人が担任で良かった……そういえば、エイトさんに面談の予定伝えるの忘れちゃってた……明日の朝にでも伝えればいいか)


 加えて明日の自分へ、タスクを託す。


君鳥(きみどり)さん……嫌われちゃったかな。悪気はもちろん無かったんだけど……悪い印象を持たれたままでいられるのは嫌だし……明日会って、ちゃんと謝らなきゃ)


 反省を浮かばせつつ、リクは目を閉じ、改めて〝君鳥ナナ〟という女子生徒の存在を思い浸る。わずかな時間での関わりだったが、彼女はリクの脳裏に強い印象を植え付けていた。


(綺麗……だったな)


 容姿や仕草、控えめそうな性格。彼女のあらゆる特徴を切り取った映像が、次々と瞼裏のスクリーンに蘇っていく。


(声とか、髪の毛とか、瞳の色……全部をひっくるめた雰囲気が……とても――)


 ここでリクは、ハッとしたように思い当たる。たった今、率直に抱いてしまった感情を言語化するのなら、それはまさしく――


(……一目惚れなのかな、これって)


 気付いた途端、ドクンと鼓動が高鳴る。だがそれと同時に、恐怖に近い不安がざわざわと毛羽立つように駆り立てられていく。およそ〝恋愛〟とは無縁な学校生活を小・中学生と過ごしてきたリクにとって、それはあまりにも未知なる領域がすぎたのだ。


(今まで女の子に興味がなかった……っていうわけじゃなかったけど、僕が特定の誰かをこんなにも、す、す、すきに……好きに……好きにぃ!?)


 動揺が駆け巡り、情緒がどこか狂っていく。

 逃げ隠れるよう、掛け布団で顔を覆う。

 このまま〝儀式〟を始めたい気分だ。

 しかし、あの行為はもう封印したんだ。

 そう自らに唱えるよう念じ、逸る気持ちを落ち着かせる。

 それでも、彼女の姿がちらついて離れない。

 行き場の無いもどかしさに、身をよじらせてしまう。

 次第に疲れ果て、やがて意識を手放していく。


(あっ、エイトさんから友達を作るコツ、結局聞きそびれちゃっ、た……な……)


 そして最後に、後悔にも満たない程度の心残りを少しよぎらせ、リクは眠りの海へと溺れていった――

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