表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死にたくなったら  作者: 狐目 ねつき
第一章 現実
12/15

11話 大丈夫

 ――リクが、エイトに『協力をする』と告げた途端、今度は向かいにあるソファから軋む音が聴こえてきた。


「ん……ぅ……」


 自殺意を除去し終えた形平さつきが、ようやくと目を覚ましてくれたようだ。


(叔母さん……どうしよう、僕がいるのは知らないはず……エイトさんっ)


 リクは動揺しつつもエイトに視線を向け、このままリビングに居たままで大丈夫なのかと訴える。彼は頷いて『任せろ』と、口だけを動かして応じてくれた。


「えぇと、私はなんで……」


 叔母は意識が途切れる前の記憶を思い出しながら、うっすらと視界が開けた状態で部屋中を見回す。そしてリクの姿を捉えると、大きく目を見開いて驚いた。


「リ、リク……? えっ、なんで……ここに……?」


 予想通りの反応だ。しかし、適当な言い訳を模索する余裕は作れていない。リクは言葉を詰まらせ、代わりにエイトが無理矢理と取り繕ったような笑顔で声を上げる。


「形平さん、目を醒ましましたか! 大丈夫ですか? 気分はいかがです?」


「蒼井さん……あっ、えぇ……はい、大丈夫です。すみません、私ったらいつの間にか寝てしまって……」


「いえいえ、構いませんよ。どうやら相当疲れが溜まっていたみたいですね」


 わざとらしいほどの明るい声でエイトがそう言うと、叔母の頭の中での時系列がはっきりと鮮明になったようだ。


「えっと、その……この子、私の甥のリクなんですが、どうしてここに?」


「リク君は、僕のオンラインゲームのフレンド……そう、友人なんです! 声だけで意気投合していく内に家も近いと知ってから、現実でも遊ぶほどの仲になりまして……つい先程にたまたま遊びに来てくれたんですよ。いやまさか形平さんとご親戚だったなんて、こんな奇遇なこともあるんですね、あははは」


 セールストークのような早口と聞き取りやすさで、話の整合性を高めようとしているエイト。金髪を生やした後頭部をガシガシと掻く仕草から、彼の必死さが伝わってくる。


「そう……なんですね」


 しかし、叔母はまだ半信半疑なようだ。疑いの視線が突き刺さる中、エイトが横目で『オマエもなんか言え』とアイコンタクトを送ってくる。


「う、うん……エイトさんは本当に良い人でさ、僕が落ち込んでる時とかよく話も聞いてもらってて……痛っ!」


 口を動かしていた途中で突如、右の横腹に鋭い痛みが走る。叔母の見えない角度からこっそりと、エイトが(つね)ってきたのだ。


(エイトさん? なんで急に……あっ)


 叔母の表情から温度が失われているのを視認し、リクは察する。そして、思い出してしまう。ほぼ毎日のように心配のメッセージを寄せてくれていた彼女に対し、半ば義務的に『大丈夫だよ』としか返してなかった事を――


「リク、私じゃ頼りに――」

「リク君はそう、負けず嫌いで向上心が強いんですよ! 対戦ゲームで戦績が伸び悩んだ時とか、僕によく弱音とか愚痴を零したりしてて……まあ、それくらいにお互い気心が知れてる仲なんです! な、リク?」


 叔母の追及を遮って、エイトが違和感の無いフォローを挟む。よくもまあこれだけ咄嗟に適切な言い訳が思い付くな、とリクは感服すると共に二度三度頷いて同調する。


「……そうだったんですね。この子、ずっと塞ぎ込んでたみたいだから私、いつもいつも心配してたんですけど……蒼井さん、ありがとうございます。これからも本当に少しで良いのでリクの話し相手になって頂けると、私も安心できます」


 怪訝を解き、心から安堵したような表情を見せてぺこりと頭を下げた叔母。その姿を見て、リクは少しだけ罪悪感を心に滲ませた。


「あの、それで……蒼井さん、私のさっきまでの……」


 疑いが晴れた途端、今度は少しだけ後ろめたそうな表情で、叔母はなにかを言いたげにしている。


「あ、カウンセリングのことですよね? リク君には聴かれていませんし、如何なる理由があってもご相談の内容は絶対に誰にも口外はしません。ご安心下さい!」


 彼女の杞憂をいち早く察したエイトが、セラピストとしての信念を声と表情に漲らせ言い切ってみせた。


(全部聴いちゃったんだけどね……ごめん、叔母さん)


 一方でリクは、安心しきった叔母を見て胸を痛ませる。


『特殊音楽療法』とは、誰しもが心の奥底に隠している本音という名の〝ブラックボックス〟を、無理矢理とこじ開けてひっくり返すような手法だ。


 そしてその行程から口に出た本音は、楽曲によって昂った感情とともに発散される。そのため幾許かは誇張されて吐き出される傾向にあるのだろう――と、身をもってエイトのカウンセリングを受けていたリクは、叔母の本音に対してそう捉えていた。


 実際に叔母は、身寄りを失くしたリクの世話を買って出てくれている。そんな彼女の厚意が、虚飾なはずがない。


(僕にはちゃんと伝わってるから……()()大丈夫だよ)


 リクは、口には出さずに叔母への信頼を表明した――


 

「――あの、私そろそろ夕飯の支度がありますので……」


 形平さつきは腕時計を確認して、少し焦ったような仕草でソファから立ち上がった。エイトもすぐに、玄関への扉を開きに腰を上げる。


「お疲れ様でした。あの、無責任に聞こえてしまうかもしれませんが……あまりご無理はなさらないように。また何かありましたら、気軽にいつでも相談にお越し下さい」


「……ありがとうございます。先ほどは()()()姿()を見せてしまいましたが、今日は本当に蒼井さんに相談して良かったと思いました。なんだか……今はとても心が晴れやかになった気分なんです」


 愛想笑いではない顔の綻びと穏やかさが、叔母の精神状態の快方を物語っていた。実際に、彼女を取り巻く問題は何一つ解決していない。しかし、自殺意を除去した事による奏功が、もう既に表れ始めていたのであった。


「……そうでしたか。そう言って頂けて何よりです」


 エイトも、確信を含ませた笑みを浮かべていた。


「そうだ……あの、お支払いの件なんですが、本当に――」

「〝初回無料〟ですよ。ご安心下さい」


『待ってました』と言ったように、心配は無用とエイトが伝える。叔母は少し申し訳なさそうに頭を下げると、玄関で靴を履き始めた。


「リク、あまり遅くまで外に居ないようにね。それと、何かあったら私にいつでも伝えるのよ」


 そして振り返り、リクの目を見ていつもの調子でいつもの内容を伝えると、ドアノブに手を掛ける。だが、そこで――


「叔母さん、ちょっと待って」


 ――リクが一歩を踏み出して声を上げた。


「……リク? どうしたの?」

「伝えたいことが、あるんだ」


 振り向いた叔母に対し、リクは告げる。

 その瞳には、明確な意志が宿っていた。


「もう、あまり僕に気を遣わないで」


 確かに、伝えた。

 はっきりと。


「おい、リク――」


 叔母との守秘義務が破られるのを危惧したエイトが、口を挟もうと身を乗り出す。しかしリクは、開いた手を彼の前にかざして制止した。


「学校には毎日行くようにする。バイトも始める……一人でも生活できるように」


 どこか正気を疑うような視線が叔母から向けられていた。

 それでも、リクは紡ぎ続ける。


「僕は、僕の現実とちゃんと向き合うよ。だから叔母さんには……安心して見守っていて欲しい」


「リク……あなた、さっきの私の――」

「カウンセリングの内容は聞いてないよ、本当に。でも、エイトさんを頼ったってことは、叔母さんにもなにか大変な事情があるって事だよね?」


 反論できず、叔母は言葉を詰まらせている。しかし、一度小さく深呼吸をして動揺を抑えると、彼女は落ち着き払った口調で言い返す。


「……一人で生活するのって大変なのよ、リク。今は両親(ふたり)が残していた貯金を私が管理してあなたの生活費に充ててるけど、それが尽きたら高校生のバイト代程度じゃとても生活なんてできないのよ?」


 今度はリクが、説き伏せられる。大人の目線からの冷静な物言いで、現実の厳しさを突き付けられてしまった。


「…………っ」


 何も、言い返せない。

 このまま上手く言い包められてしまうのかと思いきや――


「――あの、形平さん。少し良いですか?」


 今度は、エイトが横から口を挟む。彼はそのままリクを通り過ぎると、叔母の傍にまで身を乗り出していった。


(え……なに? なんだ……?)


 エイトはリクに聞こえないよう背を向け、声を潜めて叔母と密談を交わしている。なにか説得しているような会話が漏れ聞こえてくるが、内容までは把握できない。


「……はい、わかりました。ありがとうございます」


 5分ほど経過したところで、どうやら結論が出たようだ。エイトが頭を下げて身を引き、リクの横に並び立つ。直後、叔母がどこかいたたまれないような表情で口を開く。


「ねえ、リク。今住んでいるあの家で、まだ暮らしていたい……?」

「えっ?」


 不意に問われ、リクは戸惑う。

 だが、質問の裏に隠された意図は汲み取れた。


(もしかして叔母さんの家で一緒に、ってこと……?)


 そうなると、叔母からすれば今以上に目の届く範囲に自分を置ける。更には家を売却することで、経済的にもいくらかは安定するだろう。確かに、理には適ってる。しかし――


(それでも、叔母さんの負担は変わらない。従姉妹(はづき)ちゃんの大学の費用を貯めなきゃいけないのも変わらないし……それどころか、僕が増えた分、精神的な負担は今以上になってしまう……ダメだ、断ろう……!)


 リクは返答するまでのわずかな時間にて決断を導き出し、上ずった声でアピールをする。


「だ、大丈夫だよ叔母さん! 叔母さんにこれ以上負担はかけたくないし、本当に僕は一人でも今の家で住んでいけるから! 高校卒業して、すぐに就職もする……いや、もう高校も辞めてすぐにでも働くから――」

「リク、落ち着いて。そうじゃなくて、その……」


 気を逸らせすぎたリクの主張を遮った叔母は、言い淀んだ先で、リクの隣に立つエイトに視線を送る。


「エイトさん……?」


 つられるようにリクも、エイトの顔を見上げる。叔母が居合わせているからなのだろうが、彼はとても穏やかな表情を浮かべていた。そして白い歯がうっすらと覗いた口元から、彼は優しく語りかけてくる――



「リク、オレと一緒に暮らさないか?」

「……はい?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
意外性を企てるのがうまい。 それは一つの武器だと思う。これは創作自身の持つ意味ではなく、読ませ方の技術として。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ