05:お話し合い……の、前に
待合室で待っていると、係の方が呼びに来ました。
今度はきちんと相手が話し合い用の応接室へ来たのを確認してから猊下に声を掛け、その後に私達を呼びに来たそうです。
猊下を待たせているのかと焦ったら、隣の部屋なので私達が前を通ったら、猊下も部屋から出て来る事になっているのだと説明されました。
それでも、それは待つ事と変わりないのでは? と思ったのですが、猊下がそれを希望したそうなので、私達には何も言えません。
隣の部屋の前に差し掛かると、丁度扉が開いて猊下が出ていらっしゃいました。どうやら私達が廊下に出た事を中へ知らせる係の方が居たようです。
「本日はありがとうございます」
お父様が足を止め、頭を下げます。私とお母様もそれに倣いました。
「頭を上げてください。彼女は私にとっても娘みたいなものですからね」
お父様よりも年上の猊下は、私達が姿勢を直すと優しく微笑んで、いや孫かな、と笑いました。
先程、シルニオ侯爵一家の方々と会った時とは違い、和やかな空気を感じました。
お話し合いをする応接室までの通路を、お父様と猊下は世間話をしながら歩きます。
その内容が少し、いえ大分政治寄りなので、私には半分も解りませんでした。
派閥抜け、除籍、制裁……段々と物騒な単語が増えてきたところで、案内係の方の足が止まりました。
コンコンコンコン。
応接室の扉を係の方がノックすると、中から扉が開けられました。
扉が開くと、私達が中へ入るよりも前に罵倒が聞こえてきます。
「貴様! 俺達を待たせるとは何様のつもりだ!!」
婚約者の彼の声です。
「教皇猊下様だ、とでも言えば満足ですか?」
係の方に続いて部屋に入ったのは、猊下です。当然、猊下が返答しました。
まさか猊下だとは思わなかったのでしょう。婚約者は、あ……とか、う……とか口ごもっています。
猊下の後ろから入室すると、婚約者と目が合いました。
焦った顔でこちらを見ているシルニオ侯爵夫妻も居ます。
「メ、メルディ……お前が遅刻するから」
ボソボソと文句を言う婚約者に、私は首を傾げました。
しつこいようですが、メルディって誰でしょうね。返事をする気もおきません。
「私達は係の方に案内され、時間通りに来ておりますが」
お父様が私の代わりに答えました。
部屋の時計は、まだ話し合い開始時間前です。
「いや、しかし、儂らは現に待たされて」
息子の暴言を無くしたくて必死なのでしょう。シルニオ侯爵が抗議してきました。
「あら、だって受付時間には遅刻して来たのでしょう? 国王御一家や猊下が立ち会い人をしてくださるのに、待たせるわけにはいきませんもの。遅刻した時間分、早く案内されたのではなくて?」
お母様が扇で口元を隠しながら、相手をチクチク口撃します。
「国王?」
シルニオ侯爵が絶句しています。
「え?」
絶句した事に、お母様が驚いて声をあげました。
「たかが婚約者同士の喧嘩に、王家が出しゃばってくるのか!?」
あぁ、婚約者の彼の中では、いえ、彼の家では、その程度の認識でしたのね。
カチャリ。
軽い金属音がしました。
扉を開ける為に、取っ手を動かした音です。
私達ラウタサロ家は、音のした方向へと体を向け、深く頭を下げて待ちました。
猊下は軽く頭を下げています。
この部屋に、ノックをしないで入って来る方は、一人……一組しかおりません。
時間通りです。
「待たせたな。面を上げ……ん? そもそも下げておらんか」
陛下の言葉に、テーブルを挟んだ向こう側から、慌ただしく動く音が聞こえてきます。
今、立ち上がり、頭を下げたのでしょう。
「ラウタサロ家の者は、楽にするが良い。ヴィルベルト教皇、今日は態々すまぬな」
陛下の言葉に姿勢を直します。
「可愛い孫娘の為だからな」
猊下、まだそんな事を言っているのですか? それに娘から孫娘に変化しました。
「孫娘か! それならばエーリッキ・フーノネンと呼んだ方が良いか?」
相変わらず仲が良いですね。
エーリッキ・フーノネンとは、猊下が教会に入る前の名前です。
ヴィルベルトは、教会に入ってからの名前です。
お二人が和やかに談笑するのを、静かに立ったまま見てます。
座る許可が出ておりませんからね。
そっと横目で窺うと、あちらの家族が真っ青な顔で頭を下げていました。
そのように小心者なのに、よくもまあ、今日は遅刻して来たわね。
そしてお母様に喧嘩を売るような事をして。
感心してしまうわ。




