04:王宮に着きました
約束の日。
私は両親と一緒に王宮の応接室へと向かっていました。
案内の人が前に立ち、後ろには王宮の警備兵が二人、我が家の護衛が三人付いて来ています。
兵士五人より、お父様の方が体格が良いのは気付かなかった事にしましょう。
別にうちのラウタサロ家は武闘派では無いはずなのですが、護衛が護衛にならないと隊長が嘆いていた事は、私の胸の中に仕舞っておきます。
幸いな事に、私は儚げな見かけのお母様似です。お父様も美丈夫だと褒められる容姿ですが、やはり令嬢としてはお母様似で良かったです。
因みに中身はお母様の方が遥かに男前です。
領地内で妻と子供に暴力を奮っていた男がいたのですが、問答無用で身ぐるみを剥いで、遠くの森に捨てさせました。
そして驚く事に、身ぐるみを剥ぐところまでは、お母様本人がされたそうなのです。
その時に「こんな粗末なモノしか持ってないくせに、よく今まで男として生きてこられたわね、みっともない」と、その男の心を抉り、踏み付けて物理的にも傷付けたそうです。
何を踏み付けたのかは、何度聞いても侍女は教えてくれませんでした。
「おぉ! これはタピオラ卿!」
後ろから声を掛けられ、足を止めました。
このような日に、よく笑顔で声を掛けてこられたと感心してしまいます。
しかも王宮内で卿呼びですか。
私と同じ考えのお父様が、にこりともせずに振り返りました。
「これはこれは、シルニオ侯爵。まさかここで声を掛けられるとは思いませんでしたよ」
お父様の嫌味に、さすがにシルニオ侯爵の笑顔が引き攣ります。
そう。シルニオ侯爵一家は、本日、我が家と婚約破棄の話し合いをする為に王宮へ来たのです。
「王家が気を遣って待合室を別に用意してくださっているのに、そのお心遣いを無駄にする行為ですわね」
お母様は嫌味どころか、完全に攻撃しています。
さすがです。
私は我が家の護衛三人に囲まれて、あちらからは姿が見えないようにされました。
私からも見えませんが。
「い、いやぁ、これから話し合いをするのだし、まだ婚約が解消すると決まったわけでは無いだろう?」
シルニオ侯爵の声が上擦っているので、先程よりも笑顔が引き攣っているかもしれませんね。見えませんが。
「おい! メルディ! 隠れてないできちんと挨拶しないか!」
婚約者であるアルマス様に名前らしきものを呼ばれて、驚きました。
まさか、10年以上婚約者だったのに、今更名前を間違えられるとは思いませんでした。
それはうちの両親も同じだったようで、絶句しています。
「メルちゃん、居るのでしょう? おばさんに挨拶してちょうだい」
シルニオ侯爵夫人が私に顔を出すように言いました。
お母様の言った事を、微塵も理解していないようです。
このような方だったかしら?
そして息子の非礼を詫びない事から、彼女も私の名前を間違えて覚えているようです。
「うちにはメルディなどという娘はおりません。失礼しますわね」
お母様がスッパリと会話を切り、お父様の腕を取って歩き出しました。
私も後に続きます。
私が護衛に囲まれているので、最後は王宮の警備兵が殿になりました。先程までは、身軽に動けるうちの護衛が周りを警戒していたのですが、私を守る事に専念したようです。
「申し訳ありませんでした」
部屋に入った途端、案内の方に頭を下げられました。それに付随して、警備兵の二人も頭を下げます。
「この時間には既に、サンニッカ家は待合室に居るはずだったのですが……」
サンニッカ家とは、シルニオ侯爵の家名です。どうやら彼等は遅刻して来たらしいですね。
偶にいるのですよね。
時間通りに行くと舐められる、と勘違いしている方が。
遅刻してこそ、高位貴族! など、信用を失うだけですのに。
しかも今回は王宮で、王家と猊下の立ち会いによる婚約破棄の話し合いです。
遅刻をすれば、それだけ王家や教会、うちへの心象は悪くなります。
特に教会は規律に厳しい所です。
まさか自分達が有責側で、慰謝料を請求される立場だと理解していないのでしょうか?
まさか、まさかですよね。
先程も「解消すると決まったわけでは無い」とか、おかしな発言をしていました。
そもそも解消ではなく、破棄ですよ。