1-6 女冒険者グループ〈星月の守護者〉
前にも説明した通り、このダンジョンは三階ごとに環境が変わる地下階層型である。
そして1~3階までは鍾乳洞のような自然洞窟型なのだが、下に行くにしたがって段々と複雑でかつ罠やら設置されるようになり、配置されている魔物もレベルが上がってある程度悪知恵があって、強力かつ体格がでかくなり、中には魔法を使用する奴も混じって来るのがこの三階層あたりからだ。
そのため取り回しが良いように通路自体もかなり広くなり、巨躯のセストでも悠々と歩けるようになった……のはいいのだがその分、〈勇者ダルマ〉一行も取りこぼしが多くなり、連中が駆逐しながら直進していった最短の通路以外に結構な数の魔物が残っていて、それがいまになって空白になったマップに集まってきて、残って宝箱や魔石を漁っていたオマケ冒険者に襲い掛かり、あちこちで散発的な戦闘が繰り広げられていた。
『『『『『女♪ オンナ♪♪』』』』』
『『『『『女子♪ 美少女♪♪ 処女♪♪♪ おぼこ娘~~っ♪♪♪♪』』』』』
三層に一歩足を踏み入れた途端、残っていた《豚鬼》全員が一斉に集合したのではないかと思えるような数と勢いで鼻息も荒く、好色に染まった目を血走らせた連中が、四方から雪崩を打って襲い掛かって来る。
「な……っ……な、なんであるか~~~っ?!?」
目を白黒(白赤?)させる吾輩の前に立ったセストが、背中の白骨の両手剣を抜て構えながら、悪い予想はしていたがさらに想定を上回る……という表情で舌打ちした。
「――ちっ。連中の『鼻』がこれほど利くとは!」
【豚鬼スキル:超臭覚(犬よりも鼻が利く。また特に美女・美少女の香りに敏感で、相手が美しければ美しいほど、離れていても確実に察知できる好色センサーでもある)】
「”精霊馬召喚”!」
セストが剣を一振りすると、そこの空間に一条の傷が走ったかと思った瞬間、そこから見るからに神々しい純白の馬?――ウマ? 額に螺旋状の一本の角が生えてるのだが??――が躍り出てきた。
「ユ、《一角獣》……?」
神話でお馴染みの……現代では魔物である《二角獣》ならともかく、よほど神聖な聖地や山奥に行かないと見ることができないと言われている神獣の姿に呆然とする吾輩。
並んでも肩までの高さがセストに伍するほどもある《一角獣》が、どことなく甘えるように鼻先を吾輩に押し付け軽くいななく。
「やれやれ。主人よりも乙女か。伝承の通りだな」
その様子を見てぼやくセスト。
「とはいえいまはその乙女に火急の危機が迫っている。行くぞ!」
一喝されて真顔に戻った《一角獣》。闘志むき出しで《豚鬼》たちに対峙する、その背中にセストが軽やかに乗るのと同時に、どこからともなく煌びやかな手綱と鞍が現われて、自然と装着された。
座して待つつもりは欠片もないのであろう。自らと《一角獣》に発破をかけるが早いか、《豚鬼》の集団に正面から突撃する。
その《豚鬼》は《豚鬼》で『猪突猛進』というスキルを持っているのがデフォなので、通常は徒歩の歩兵と騎兵では勝負にならず、一方的に蹂躙される展開になるものであるが、さすがは三階層の魔物である《豚鬼》たち。
盾を十二分に使いこなし、さらに腕力・耐久力・数の有利で、それなりに持ちこたえているようであった。
『『『『『美少女♪ 美少女♪♪ 処女の美少女♪♪♪』』』』』
『『『『『処女♪ 生娘♪♪ 未通女♪♪♪』』』』』
ついでに無限の色欲でもって、限界以上の力を発揮しているくさい。
「……うえぇう、処女至上主義であるか。《豚鬼》も『処女厨』であるな」
吾輩を前に目の色を変える《豚鬼》を前に、げんなりと呻吟した吾輩の呟きが聞こえたのか、『一緒にするな!』とばかり《一角獣》が吾輩の方を向いて、鼻息荒く近くにいた《豚鬼》を蹴り飛ばした。
さらに馬上のセストが白骨の両手剣を一閃させると、冗談のように《豚鬼》の首が二匹まとめて刈り取られる。
《動く白骨》の時ですら他とは一線を画した剣技を持っていたセストであるが、生身の肉体を得たいまの剣腕はまさに神業。
離れていたので『剣を抜いた』ということだけはわかったけれど、間近でまみえたら何をされたかわからない内に息の根を止められていたことだろう。
さらに一閃――するも、盾に阻まれて一匹の《豚鬼》の腕を飛ばすにとどまった。
同時に落ちていた棍棒状の鍾乳石や岩を膂力にものを言わせて、セスト目掛けて投げつける《豚鬼》たち。モノを投げるという知恵が回る分、三階からの魔物は格段に面倒になるのである。
それを危なげなく剣で弾いたり斬り飛ばしたりするセストだが、防戦に回った分、手数が少なくなったのは致命的であった。
『女♪ 娘♪ 美少女♪♪』
セストの攻撃圏を掻い潜った《豚鬼》が涎を垂れ流し、吾輩目掛けて覆いかぶさるように襲い掛かってくる。
「ノノーッ!!」
しまった! と臍を嚙んだセストの叫びを耳にしながら、吾輩は構えていた紅白の小旗を振って、これを迎え撃った。
「♪赤上げて、白上げて、赤下げて、白下げない」
一瞬抵抗されたけれど、ほぼ半裸の吾輩が盛んに動いている姿に、思わず釘付けになって注視する《豚鬼》。
「♪赤上げて、白下げて、白上げないで、赤下げる」
ほどなくリズムに乗って棍棒を使って、吾輩と鏡合わせに同じ動きを始める。
「♪赤下げて、白上げて、右足上げて、白下げないで、赤上げる」
片足でケンケンしながら位置を調節すると、それに合わせて《豚鬼》も数歩動いた。
「♪ぐるっと回って赤下げないで、白下げる」
ぎこちなく回転したところで、さらにダメ押しで、
「♪反対側にもぐるっと回って、赤下げないで、左足上げる」
両方の足を上げたところで、吾輩は『水魔法』で巨大な泡のような防御壁を張って、その場に浮かんだ。
魔法など使えない《豚鬼》は、当然のように床に落下する。そして、そこに逆向きで生えていた、根元が《豚鬼》の持つ棍棒くらいの太さがありそうな石筍の上に、勢いよく思いっきり座り込んだ。まあ、いわゆる『貫通』という奴であるな。
『○%×$☆♭#▲!※□&○%$■☆♭*!!!!(←言葉にならない悲鳴)』
刹那、超音波と化した悲鳴は階段を通り越し、二階層の隅に避難していた《犬精鬼》の耳に届いて、一斉に下に降りる階段方向を向いたとかナントカ……。
悶絶した表情で血と小便とよくわからん体液を垂れ流しつつ意識を失った《豚鬼》。どうやら初めてだったらしい。
まあ自業自得というか因果応報というか、一切同情する気にはならないのであるが、なぜかセストを含めたオスたちが、お尻のあたりを押さえて吾輩を見据えて身震いしている。
と、結果的に圧力が弱まったその瞬間――。
騒ぎを聞いてこの階層で落穂拾い的に魔石を拾ったり、敗残した魔物を狩っていたのだろう冒険者たちが、ぞろぞろと十人ほど集まってきた。
「何の騒ぎだ?」
「おいっ、階段のところへ《豚鬼》が七、八匹集まっているぞ!」
「待て! 見ろ見ろっ! ものすげえ別嬪さんが《豚鬼》に襲われて裸になっているぞ!!」
状況を見て取った冒険者――ほぼむさいオッサン連中――たちが息を吞んだかと思うと、顔色を変えて吾輩の方へ殺到してきた。
「「「「「女♪ 裸の美少女♪♪ 絶世の美少女~っ♪♪♪」」」」」
「「「「「淫行♪ 乱交♪♪ 俺たちも混ぜてくれっっっ!!!」」」」」
《豚鬼》に倣って吾輩を襲うために。
目を色欲に血走らせて、涎を垂らした口元をだらしなく開けて、鼻息も荒く押し寄せる冒険者たち。あと《豚鬼》。
「何だコイツら!? 《豚鬼》も人族も全然変わらんではないか?!?」
数が多いために旗揚げでは捌ききれない。
咄嗟に゛水の障壁”を強化して間一髪防いだけれど、人族も《豚鬼》も諦めることなく、各自の棍棒やら中剣やら得物を全力で揮って、
「「「「「おんなおんなおんなおんな。天女も天使も女神すらかすむ信じられんほどの美少女っっ!!!」」」」」
『『『『『オンナオンナオンナオンナ。この機を逃したら次はない! 超絶美少女っっ!!!』』』』』
息もピッタリに、障壁を破ろうと理性をかなぐり捨てて、ただただ下半身の欲望に忠実に従って無我夢中になっている。
地獄の亡者たちもかくやというおぞましさと恐怖に、本気で滂沱と涙を流す。
「貴様らぁぁぁぁっ……いい加減にしろ!」
同時に、邪魔をさせまいと《豚鬼》と一緒になって投石や、ひどいのになると短弓で打つ冒険者の攻撃を躱したり弾き返したりして、手加減をして相手の武器や手足の腱を斬る程度に抑えていたセストの怒りが爆発した。
「゛剣聖技――一の剣・霧斬”」
刹那、白骨の両手剣が一瞬だけ霧のように霞んだかと思うと、一瞬にしてセストのもとに寄り集まっていた《豚鬼》と冒険者の首が、咄嗟に防御しようとした盾や剣ごと一刀両断されていた。
そんな仲間たちの惨劇などどこ吹く風で、吾輩の方へ集まっていた大半の《豚鬼》と冒険者は、なぜか意気投合したらしく。やたら大きくて攻城槌のような石筍を全員で抱え、
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」
『『『『『ウオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』』』』』
何がなんでも゛水の障壁”を破るべく、執念の体当たりを敢行してきたのです。
(あ、これは無理であるな)
せめて水辺であれば無尽蔵に障壁を強化したり、攻撃魔法を同時に使ったりできるのであるが、水気のない人工のダンジョン。また『魔法1』である現在の吾輩ではそこまで器用な真似はできない。
また『ロイヤル・クラウンバースト』は基本的に単体用の攻撃魔法であり、また一発放ったが最後MPが空になるので安易には使えない……となると。
「詰んでるかな。もしかして……?」
゛水の障壁”が破られるのと、セストが馬首を返して取って返すのとが、タイミング的にはギリギリといったところであろう。
仮に間に合ったとしても、さすがに即座に十を超える《豚鬼》と冒険者を蹴散らせるとは思えないので、それ以後も危機的状況にさらされるということである。
「美人なんて良いことないなぁ……」
世の大半の女性陣が聞いたら『贅沢ぬかすな!』と張り倒されそうな愚痴をこぼしたその時、どこからともなく飛んできた、紐の両端に石を括り付けた『ボーラボーラ』という、主に狩猟で獲物の足をからませて身動きを取れなくする道具が、どこからともなく回転しながら飛んできて、いましも石筍を叩きつけようと、勢いをつけて加速していた暴漢魔集団の先頭にいた奴の足に絡まってスッ転ばした。
それに巻き込まれる形で後続がどんどんと雪崩を打ってドミノ倒しのように転んで、とどめとばかりに持っていた巨大な石筍が連中の背中に伸し掛かる。
『ぐえっ~~~~~~~~!!』
潰れた蛙のような悲鳴を上げる《豚鬼》と冒険者たち。
その濁音を一掃するかのように、凛とした女性の声がこの場に響き渡る。
「状況はわからないけど、半裸のお姫様ひとりに《豚鬼》と正気を失った野郎どもが襲い掛かっている現場に遭っちゃあ、アタシら女冒険者グループ〈星月の守護者〉として、お姫様を助けない訳にはいかないね!」
同時に横手の通路から比較的若い女性ばかりで構成された、四~五人の冒険者グループが姿を現した。
そのうち赤毛の髪をウルフカットにした、二十代後半くらいに見える女性がリーダーなのだろう。気風の良い啖呵とともに男たちをねめつける。
機先を制せられて鼻白んだ様子のセストと《一角獣》には、軽く目を見張ったものの、他の冒険者の男たちや《豚鬼》を眺める目には一切の感情が見えない。
「――で、お嬢さん。《豚鬼》はわかるとして、他の冒険者の野郎どもは何をしてるんだい? その格好いい黒髪のお兄さん以外、アンタを助けるために奮闘しているって風には、アタシには見えないんだけど?」
嫌味満載の噛んで含めるような言い方で確認された私は、まさに僥倖とばかり゛水の障壁”ごと、セストの隣へと立ち位置を変えながら答えました。
「助けるどころか、《豚鬼》と一緒になってわたくしの貞操を奪おうと、躍起になって襲ってきた暴漢魔たちですわ」
『――ノノ、お前そんなお嬢様口調でも話ができたのか!?』
『使おうと思えば昔取った杵柄で、貴族階級の喋りも当然できるのである。面倒なので余所行きでしか使うつもりはないであるが』
セストからの割と失礼な念話に、吾輩は面倒臭く返した。
そんな身内のやり取りはさておき、吾輩の答えは十分予想の範疇だったのだろう。
「やはりそんなところか」
頷いた赤毛の女性が冒険者の男たちを見据える瞳は、完全に汚物を見る目付きであった。
さらに振り返って仲間の総意を諮る。
「……どう思う?」
「「「有罪」」」
それに対して、一斉に親指で首を掻き切るジェスチャーで応えるメンバーたち。
「ということで、きさまらクズは我ら〈星月の守護者〉が潰す。徹底的に」
そう宣言したリーダーに向かって、身長ではセストに及ばないものの横幅は1.5倍ほどもありそうな大男が、
「けっ。女ごときが何を気取ってやがる。ちょうどいい。あのお姫様をいただく前の前菜に、手前らを先に食ってやる。せいぜいいまのうちに体位を考えておくんだな」
薄ら笑いを浮かべて言い返した。
合わせて他の冒険者の男たちも下品な笑い声を放つ。
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この世界、人族至上主義で、それ以外の亜人は奴隷か魔物扱いされます。
理由は古代魔法帝国では、半神半人であった皇族や王族を中心に魔法偏重主義であり、魔力を(ほとんど)持たない人間は蛮族扱いされて使い潰されていたため、その反動です。
現在、『賢者』とか『大魔術師』と呼ばれるレベルの者たちでも、当時の魔法帝国においてはほぼクズ扱いでした(魔法が使えないので)。