1-5 スカボロー・フェア
【特級進化条件に合致しました】
【種族進化破棄→寓話・神話・御伽噺→信仰心が必要要件を満たしています→霊的存在進化可能】
【特級進化:『シーケンス・フェアリーテイル』開始】
な、何かが吾輩を無視して始まっているのであるが……。さすがにこれは吾輩が地雷を踏んだとか、押すなと言われていたスイッチを押してしまった……というウッカリはないと思うのだが。ないよな~? ないはずだ。ないだろうけど……。
目の前に表示される、あからさまに普通の種族進化とは違う、胡乱な文字列を前にして狼狽える吾輩に向け、セストがもの凄いジト~~~~~とした、不信感丸出しの視線を向けてきた。
(ちゃうちゃう)
慌てて手と首を左右に振るが、なぜか逆にセストの猜疑心は頂点まで達したようで、
(嘘をつけ! 今度は何をした!?!)
叩きつけられるような怒号混じりの思念波がぶつけられる。
そんな吾輩らの困惑と無言の攻防戦を無視して、【進化】は次の段階へと着実に進んでいくのだった。
【《スケルトン・フリニーフィサ》→通常進化《バンシー》(死霊・妖精)】
【《スケルトン騎士→通常進化《首なし騎士》(死霊・妖精)】
【死霊要素削除→→→→→成功】
【特級進化:『シーケンス・フェアリーテイル』最終段階へ移行】
その文言とともにいきなり足元に色とりどりの小さなキノコが生えてきて、同時にどこからともなく小さな妖精たちが現われ、手に手を取って輪になったかと思うと、吾輩たちを囲んで陽気な歌と踊りをおっぱじめた。
「「「「「♪~♪♪♪~~~♪♪~~♪♪♪」」」」」
先ほどの《スケルトン・ジャイアント》の蛮声で荒んでいた、耳と心がスッキリと洗われるような楽し気な歌と踊りに夢中になっていたところで、いつの間にか『特級進化』とやらが終了していたらしい。
【特級進化:『シーケンス・フェアリーテイル』終了】
と同時に、キノコだけ残して妖精たちは煙のように姿を消してしまった。
「……ふう……」
なんとなくガッカリしてため息をついたところで、吾輩は自分が当然のように息を吐いたことに気付いて、反射的に両手を見てみれば、「!?!」どこまでも細くて白い――けれども見慣れた白骨ではなく、肉と皮が付いた生身の腕――嫋やかな繊手に変じている。
同時に目の前に、長身でありながらも俊敏そうな、どこか黒豹を彷彿とさせる黒髪に褐色の肌、肉食獣を思わせる鋭い金色の瞳を持った二十歳ほどの美形の青年が、どこかで見たことがある鋼の長剣と円形盾を両手に持って、呆然と突っ立っていることに卒然と気づいた。
いや、見た目こそ変わっているが、この気配と雰囲気は……。
「…………六番目?」
恐る恐る声を出してみると、自分でもビックリするくらい高くて澄んだ声がこぼれる。
と、そこで茫然自失状態から復帰したらしい。ハッと我に返った(推定)セストがこぼれんばかりに目を見開いて、まじまじと吾輩の顔やら全身やらを穴の開くほど凝視したかと思うと――。
「わ」
「『わ』……?」
「わあああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」
一瞬にして整った顔のプリントをバラバラにする勢いで、驚愕・驚嘆・衝撃・驚天動地・震天動地・回天動地・震天駭地――とにかく、なぜか顔を中心に真っ赤にして、言葉にできないほどパニくったのであった。
◆
冒険者の金属板に映っているのは、薄紫色の水色がかった腰より長い髪を伸ばし、赤紫色の瞳が特徴的な、一見して儚げで繊細そうな……同時にどこか抜けた印象のある、16歳くらいの目の覚めるような美少女である。
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【精霊族】
名称:九番目
分類:水の精霊姫(特殊個体)
レベル:1
HP:370
MP:771
腕力:186
耐久:155
俊敏:138
知能:79
魅力:∞
スキル:水魔法1、氷魔法1、完全修復&完全再生(小)、死んだふり3、魔力操作3、鏡写し(中)、ロイヤル・クラウンバースト、ダーク・ニュー・ムーン(小)
装備:革製の鎧(大破)、革の冑(大破)、紅白の小旗
備考:進化条件レベル10↑(現在:1/10000)
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「はぁ~~~。吾輩って女であったのか……」
「他に気になることはないのか!?」
もしかして……と、薄々疑ってはいたが、明確に付きつけられると自己のアイデンティティをどう保つべきか、判断に迷うものであるな。
「もしかして、セストは吾輩がオンナだということに気が付いていたのであるか?」
ふと普段日常的に微かに感じていた違和感の正体に気付いて聞いてみると、案の定、微妙に呆れた顔で首肯された。
「骨盤の形と骨格の細さで……というか、なんで自分で気が付ないのかと、前々から歯がゆく思っていた」
ああ、なるほど女性を助ける騎士道精神でいままで気を遣っていてくれたわけか。
蓋を開けてみれば、なんということのない話に、無意識のうちに悄然としていたらしい吾輩の肩が下がったのを見て、
「い、いや。無論、俺が個人的にノノの事を好き……い、いやいや、いや、その、へ、変な意味ではなくて……」
なぜか周章狼狽しながら、あたふたとフォローしてくれるセストの現在の状態は――。
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【精霊族】
名称:六番目
分類:妖精の騎士
レベル:1
HP:551
MP:154
腕力:203
耐久:330
俊敏:87
知能:41
魅力:177
スキル:剣聖技3、闘気法4、盾術3、精霊馬召喚1、剛腕、根性
装備:白骨の両手剣(攻撃力+5%。自己修復(小)。巨人種族に1/6確率で致命傷を与える)、鋼の長剣(攻撃力+15)、円形盾(防御力+8)、腰布
備考:進化条件レベル10↑(現在:1/10000)
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「――それで話は戻るが。どっちにしろ人族ではないのだから、アンデッドも精霊も大して変わらんだろう?」
「なんでお前はそう大雑把なんだ!? 変わるねっ! 大いに! 断然! 言うまでもなくっ!」
なぜか吾輩から顔を逸らせて、明後日の方を向きながら凄まじい剣幕で捲し立てる。セストの背中には、1.5メトロほどの両手剣が括り付けられていた。
《スケルトン・ジャイアント》が消滅した地点に落ちていたもので、強敵などを斃した際に『ドロップアイテム』とかいう名目で、ご褒美として設定されているものだろう。
で、いままで使っていた鋼の長剣よりもよほど手に馴染む大きさと重さということで、こちらをメインウエポンに代えて、鋼の長剣は予備に回すことにしたらしい。
ともあれセストがここまで取り乱したのは初めての事である。とりあえず原因に思いを巡らせる。
「あれか……精霊族になった影響で、レベルが1にリセットされたことを不安視しているのであろう? しかしながら幸いその他の能力はだいたい繰り越しになったので、さほど問題はないと思うのであるが」
あと、レベル上げに必要な経験値が《動く白骨》だった時の100倍とか、インフレが大きすぎるのである!
生まれつき下級の魔物と上級の魔物では、進化に必要な経験値がダンチだとは聞いていたが、これはヒドイ……。
そんな吾輩の懸念を無視して――。
「そうじゃない! そういう内面的な問題ではなくて、一目瞭然の事実を問題にしているんだ!!」
セストのゴツイ指が、辛うじて胸元と腰とを隠している吾輩の纏う革鎧の残滓を指さす。
「…………。何をいまさら。吾輩の裸など見慣れているであろう?」
「骨格標本と一緒にするなっ! お前も年頃の娘らしく、羞恥心を持てよ!」
「豪胆なようで案外細かいのである。多少肉がついて皮が付いたくらいで、本質は変わらないというのに……」
「変わるっっっ! 全然違うっ! いい加減《動く白骨》時代の感覚は捨てろ。いまのノノは容姿端麗・錦上添花・羞月閉花・沈魚落雁――とにかく形容する言葉もないほどの美姫なのだということを!!」
全身全霊で力説するセスト。
「武骨でどっちかというと寡黙な方かと思ってたけど、案外語彙が豊富なのであるな~」
てゆーか、生前も何やらこんな風に美辞麗句で称賛されていたような記憶が、薄っすらぼんやりとする。ついでに『おーじょサマ』『オオジョ様』と呼ばれていたような……。
「……まあいい。つまり何か着て文明人らしい格好をしろと? けどそれっぽい衣装は十五層以降にしかないので、この辺りには――」
「う……う~~む」
考え込んだセストの視線が、床に落ちている《豚鬼》たちの遺品である革製のパンツを一瞥した。
「――あんなもの穿くくらいなら、素っ裸の方が100億倍マシである」
変な病気に罹りそうだし、そもそも生理的に無理。
先んじて言い放った吾輩の拒否に、セストもむべからずという感じで頷く。
「まあ俺だって嫌だ。しかしそうなると他のアテなど……」
女性型の魔物もいるが、基本的に連中は裸族なので服を着る習慣はない。それに第一、いまの我々を見てもダンジョンの仲間だと判断されずに、侵入者である〈勇者〉や冒険者の一味と見なされて、有無を言わさずに攻撃される危険性が非常に高い。
「――あっ」
と、そこまで思考を巡らせたところで、吾輩の脳裏にシャイニングが奔った。
「どうした。何か心当たりでもあるのか?」
セストの問いかけにウンウンと吾輩は頷く。
「冒険者である。おそらくそろそろ〈勇者〉についていけない冒険者が、先頭集団から離れてダンジョン内部を漁っているはず」
「ああ、そうかもな。それで?」
「冒険者は念のために着替えを用意するのが常套手段なのである。中には女性の冒険者もいるので――」
そこまで言えばさすがに理解したようで、セストが盛大に顔をしかめた。
「油断を突いて個別行動をしている個人なり、少人数の集団を襲って、身ぐるみ剝いで……じゃなくて、必要な衣装や装備を(永久に)借りればよいのである!」
我ながら名案である。
「……発想が姫君じゃなくて、完全に強盗のものなんだが」
自画自賛する吾輩とは対照的に、げんなりした表情で愚痴をこぼすセスト。
「長いこと心身ともに乾き切った生活をしていたので、王女時代の潤いなどとっくに蒸発しているのである。だいたいそういうお前とて、淑女の前で下半身ノーパンとボロ着れ一枚というのはあり得ぬであろう」
そう指摘すると、痛いところ突かれたとばかり顔をしかめて、
「わかった。まあ緊急時には物資を徴収するのはやむを得ない行為だからな」
セストは自分を納得させるのだった。
二階層にはもはや用はないので、我々は地下三階層へ降りる階段に足を踏み入れた。
「仮に次の階で手頃な冒険者を見つけたとして、どうやって油断を突く? さすがにダンジョンの中で油断しきっているプロはいないと思うのだが」
セストが先に階段を下りながら、振り向かずに吾輩に問いかける。
「う~~む、そうであるな。折よく吾輩がボロボロの格好なので、冒険者のいる方向へ必死に逃げる。その後を助平面したセストが追いかけてきて襲ったフリをする。で、義憤に燃えた冒険者が吾輩をかばってセストと戦っているところを、背後から魔法で――」
吾輩の妙案に、顔は見えなくてもセストが苦り切った表情を浮かべたのが感じ取れた。別にスキルの影響とかではなく。
「知っているか。そういうのを世間では『ハニートラップ』とか『美人局』と言うらしい」
セストの呻き声に、へえ勉強になるなぁ、と大いに吾輩は感心したものである。
10/13 レベル表記を一部修正しました。
○ナーイアス:ホメーロスによれば、ゼウスの娘。別の説では、オーケアノスの一族とされる。泉や河川にいる水の精霊。人間の病を癒やす力があるが、勝手にナーイアスのいる水に入ることは冒涜であり、侵犯者は病になり、また狂気に陥るとされる。神話では英雄の妻になるパターンも多い。
○エルフィンナイト:スコットランドの古いバラッド(サイモン&ガーファンクルで有名な「スカボロー・フェア」の原形)に謳われる、不可能を可能にする超自然的騎士の事。
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