1-4 スケルトン・ジャイアントをぶっとばせ
冒険者の標準装備である金属板に映った腰よりも長い白髪をたなびかせた、華奢な《動く白骨》。《スケルトン・フリニーフィサ》。
『……まあ? これがワタシ……?』
思わず現実逃避しかけたが、鉄火場と化した周囲の喧騒と渦巻く殺意が、そんな茫然自失を許してくれない。
『ボエーーーーーー!!!!!』
『ホゲエーーーーーー!!!!!』
《動く巨人白骨》が放つ殺人破壊音波によって、格上の筈の《豚鬼》たちが口から泡を吹き、一瞬で白目になってバタバタと昏倒する。
直立して毛を剃ったイボイノシシみたいな御面相で、それなりに強力な魔物(少なくとも《スケルトン・ウォーリア》くらいなら、束になってかかっても棍棒の一薙ぎで粉砕される)ながら、意外な撃たれ弱さを見せていた。
『もしかして耳と脳がある分、《動く白骨》よりもこの調子っぱずれの騒音が、顕著に効いているのでは……?』
豚はああ見えて繊細だというからなぁ。
倒れたところへ容赦なく足を垂直に踏み下ろし、《豚鬼》の体躯を踏みにじる《スケルトン・ジャイアント》。さらに何度も何度も丸太を打ち据える。
『ボエェェェェーーー!!! ボエ~!!(逆らう者は死刑!)』
『ボエ~~~~~~! オエェェェェェ! ホゲ~~~~~!!(拾ったばかりの丸太の殴り具合を試させろ)』
そうしながら意味不明な咆哮を途切れることなく放つ。
『ブヒッ! ブギャ……ブフ……ブヒブヒ……ブブブブブブブ……』
が、さすがは頑強さに関しては定評のある《豚鬼》。《動く白骨》とは比較にならないタフネスさで《スケルトン・ジャイアント》の豪打でも即死はしない。
しかしながら反撃もできず、結果的にその打たれ強さが仇になり、無惨にも末期の苦しみが長引いているだけとなっていた。
全身の骨という骨が破壊され、顔面は熟柿のように潰され、肉と脂肪がグシャグシャ……でありながらも、呵々大笑しつつ軽快に、執拗かつ残酷に《豚鬼》を打ち据える《スケルトン・ジャイアント》。
おそらく表示されていたスキル『地ならし』の影響なのだろう。足を踏み下ろすその衝撃に合わせて、床が立ってられないほどグラグラ揺れるので、他の《豚鬼》も思うように加勢に行けない状態のようであった。
『信じられん。あの《豚鬼》が一方的に蹂躙されるとは……』
実際のところステータスで見ると《スケルトン・ジャイアント》と《豚鬼》とでは、隔絶した……というほどの差はなく。
ただ乱暴なだけの《スケルトン・ジャイアント》では、数と実戦経験の差からそのうちに《豚鬼》が勝つだろうと予想していたのだが、結果はほぼ一方的な殺戮でミンチ状になった《豚鬼》が、いましも小指の先ほどの魔石を遺して瘴気に還元されて消えて行く……という予想外のものである。
『”勝ちに不思議の勝ちあり負けに不思議の負けなし”と言うように、敗れる者は負ける要因があって敗れる。そして単純に《スケルトン・ジャイアント》の方が、《豚鬼》よりも勝っていたということだろう』
足元に転がってきた、《豚鬼》の持っていた粗末な円形盾を拾いながら、セストが武人らしく現実を一言で切って捨てる。
『道理だけど……それ、自分が敗れる時もちゃんと受け入れられるのかな?』
他人事だからそんな風に達観した物言いができるのでは? と大いに疑問に思いながら思わず聞き返したが、これに関しては無言でスルーされた。
――なら実際に実践してみせよう。
そう言いたげに威風堂々と右手に握った長剣を一振りして、左手に円形盾を装備して、《スケルトン・ジャイアント》へ向かって歩みを進めるセスト。
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【動く白骨】
名称:六番目
分類:スケルトン騎士
レベル:31
HP:551
MP:154
腕力:203
耐久:330
俊敏:87
知能:41
魅力:177
スキル:剣技4、盾術3、毒無効、剛腕、根性
装備:鋼の長剣(攻撃力+15)、円形盾(防御力+8)、腰布
備考:進化条件レベル50↑(現在:1052/10000)
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ちなみに《豚鬼》たちの平均的な能力はこんなもの。
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【豚鬼】
名称:チョリソー
分類:オーク兵士
レベル:16
HP:841
MP:44
腕力:478
耐久:742
俊敏:65
知能:24
魅力:9
スキル:棍棒3、盾術2、超臭覚1、悪食4、猪突猛進3
装備:石の棍棒(攻撃力+7)、革のパンツ
備考:進化条件レベル25↑(現在:2266/7000)
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馬鹿力はともかくとして、やはり耐久力が圧倒的に不安であるな。
何とかならんかと思いながら、後を小走りに追いかけながら吾輩は《スケルト・フリニーフィサ》という、訳の分からん進化先で覚えたスキルをちょいちょいと試行してみた。
【鏡写し(中):対象を選んでください】
セストを選んでみる。
【精神共鳴(1/2):同調開始→同調完了】
同時に何かが吾輩とセストの間に結ばれた感覚がした。
(――ん? なんだこれは??)
はいぃぃぃ!?
途端に”関節話法”よりもよほど明瞭に、感情を伴ったセストの思考が流れてくる。
ど、どうやら『鏡写し(中)』というのは、任意の相手と表面的な感情や思考を共鳴させる能力のようである。いまのところ相手側からの一方通行のようであるが、若干違和感を感じたところをみると、吾輩からも強い感情や思考を放てばあちら側へも通じるような気配がするが。
(???? 気のせいか……?)
小首を傾げまくるセスト。
とりあえず問題になるようなスキルではないと判断して――一方的に感情や思考を感知するのって、ある意味女性の服を透視して覗いているような背徳感もあるが――いったん取りやめにして、別なスキルを試してみた。
【クラウンバースト:攻撃地点を指定】
素っ気ない表示ながら『攻撃地点を指定』という文言に、途轍もなく嫌な予感を覚えた吾輩は、咄嗟に群がる《豚鬼》相手に大立ち回りの無双をしている《スケルトン・ジャイアント》を指定してみる。
【クラウンバースト発動:MP770/771を使用→MP100閉鎖魔法陣展開】
刹那、《スケルトン・ジャイアント》を中心に《豚鬼》たちも巻き込んで、地面と床に見たことのない光る魔法陣?が浮かんで、サンドイッチ状に光の幕で閉じ込めたかと思うと――。
【MP670→魔法攻撃力11,557へ変換】
凄まじい光の奔流が上下から一同に襲い掛かり、どこからどう見ても超破壊力を伴った攻撃魔法によって、魔法陣の中の魔物たちは悲鳴を上げる間もなく、閃光のような爆発を最後に一撃で消え去ったのだった。
同時に魔法陣も消え、爆発のあった場所には濛々たる土煙が立ち込めているだけで、他に影響や余波は一切ない。
『おい……』
予想外の突発事態に、さすがに踏み出しかけた足を止めて警戒していたセストが肩越しに吾輩を振り返って、珍しくアンデッドらしいおどろおどろしい雰囲気を纏わせながら、地の底から響く亡者のうめき声のような感じで尋問してきた。
『なにをやりやがった、ノノ……?』
うわ~~っ、怒ってる怒ってる! そしてほぼ確実に吾輩の仕業と確信しているのである!!
『な、何もやってないのである! 冤罪なのである!』
単なる事故であり。恣意的には何もしていない。
だいたい《動く白骨》は魔法を使えないっていうのが常識であろう! こんなもん誰が予想できるというのだ!?
『嘘をつけ! お前のことだから「これできそうだから、とりあえずやってみるしかないな。やってみれば結果がわかるだろう」みたいなノリで、後先考えずとりあえずやっちまったんだろう!? で、後から慌てると』
さすが付き合いが長いだけに吾輩の性格や行動が手に取るようにバレている。
とりあえず何と言って誤魔化そうかと視線を彷徨わせた吾輩の目に、その時信じがたいものが映った。
『…………あ』
どうやって耐えたのか、砂煙の中から怒号とともに《スケルトン・ジャイアント》が身を起こす。
『ギャオ~~~~~ッ!!!』
おお、見るからにキレてるキレてる。
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【動く巨人白骨】
名称:なし
分類:スケルトン大将
レベル:23
HP:178(89×2)(89/1833)
MP:41
腕力:1542(771×2)
耐久:860
俊敏:58
知能:11
魅力:39
スキル:棍棒3、毒無効、死の騒音、地ならし、狂戦士化
装備:骨の鎚(攻撃力+5)、丸太(攻撃+2)
備考:進化条件レベル30↑(現在:8721/45000)、現在『狂戦士化』状態
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ああ、なるほど。セストの『根性』みたいなもので、『狂戦士化』したことで、ギリギリHPが跳ね上がって耐え忍ぶことができたわけか。
とはいえ瀕死の状態なのは変わらない。だが腕力が中ボス並みに向上しているので、かすっただけでもこちらは致命傷になるだろう。
『――という感じであるな』
確認した事実を伝えると、セストは『ふむ』と顎の下に手を当てて、事もなげに言い放った。
『つまり当たらなければどうということはない……ということだな』
『当たったら最後だけどね』
楽観的過ぎるセストに一言釘を刺す。
『ちなみに先ほどの攻撃魔法は使えるか?』
盲目的暴れ回っている《スケルトン・ジャイアント》を指さして、セストに聞かれたが。
『MPが空っぽなので無理であるな』
『ふん。なら俺が《スケルトン・ジャイアント》の相手をしている間、落ちている《豚鬼》の魔石を拾って回復しておけ』
確かに第三層の《豚鬼》の魔石ならこれまでとは格段の魔力と瘴気を内包しているだろうが、さすがに吾輩一人で独占するのははばかれる。
『構わん。いまは確実に《スケルトン・ジャイアント》を斃すことを優先すべきだし、そのためにはお前の非常識な魔法が必要だ。それに――』
ここでセストの飽くなき闘争に関する歓びと、絶対に負けないという不敵な感情が押し寄せてきた。
『アイツを斃せば莫大な経験値が入るので、十分にこれまでの補填になる』
続いて、ふと悪戯っぽい……くすぐったいような感情が通り過ぎる。
『それでも心配であるのなら、一言「倒せ! そして無事に戻って来い」と命じてもらえれば重畳』
『?』
よくわからんが、何かのおまじないであろうか? 迷信深いところがあるからなぁ、セストの奴は。
そう思った吾輩は背伸びをしてセストの肩に手を当て(さっきのお返しで頭を撫でてやりたかったが到底届かないので妥協した)、
『《スケルトン・ジャイアント》を斃せ! そして無事に戻ってくるのである!』
『ははっ! 必ずや!!』
宣言するや否や、セストは一気に床を踏み込んで《スケルトン・ジャイアント》の懐へと飛び込んで行った。
パワーでは逆立ちしても及ばないので、スピードで翻弄するつもりか!? だが狂戦士化状態の《スケルトン・ジャイアント》の動きは無茶苦茶で、どこから何が来るのか予測不可能であるぞ!
予想通り、暴風雨圏内のような《スケルトン・ジャイアント》の攻撃圏内に入ったセスト目掛けて、骨の鎚と丸太が上下左右斜めからまるっきりセオリーを無視して放たれる。
『セストッ!?』
『――甘い』
瞼があったら思わず目を閉じていたであろう。
事実、我知らず両手の白骨で眼窩を覆いかけていた吾輩であったが、セストは事もなげに長剣と盾とで《スケルトン・ジャイアント》の攻撃をいなし、さらに返す刀で一瞬にして相手の両方の手首と膝の骨を粉砕していた。
『馬鹿力と勢いだけのド素人が、訓練された武人に勝てるわけがないだろう。まして貴様は《動く白骨》。人体の脆弱な部分が丸見えだというのに』
その台詞が終わる前に、その場にドッと倒れ込む《スケルトン・ジャイアント》。その勢いで上半身も姿勢を崩し、両手で支えようとして粉砕された両手首に負担がかかって、今度こそ完全に折れる。
『あたら巨体が仇になったな。我らのような体躯の者たちが気を付けねばならぬのは、自重による自滅や狭い場所で的になることだ。まだしも冷静さがあれば、洞窟マップである第三層までではなく、森林マップである第四層へ逃げる道を選択したかも知れないが……』
(言っても詮無き事)
そう胸中で呟いて、セストは真正面から鋼の長剣を振り下ろし、《スケルトン・ジャイアント》の頭蓋骨を両断した。
それに合わせて莫大な経験値が付加され、同時に何かに急かされるように吾輩は周囲に落ちていた《豚鬼》の魔石――目についたところにあった分の最後の一個を吸収した。すると脳裏に、またもやスキル『鏡写し(中)』の表示が浮かんで――。
【鏡写し(中):共鳴者合計経験値が進化条件レベルに到達しました】
【共鳴者を同時同調にて進化開始します】
いきなり第三種族進化が――しかもスキルの影響でセストと同期しながら――始まったのだった。
チョリソー:スペインのイベリア半島発祥とされる、豚肉を使ったソーセージ。パプリカを加えるため、赤色をしていることがチョリソーの特徴ですが、赤色=辛いというイメージで日本では唐辛子を入れますが、本場スペインのチョリソーには唐辛子が入っておらず、辛味はありません。
なお最初にひき肉にされた奴の名前は『ブーダン・ノワール』(豚の血と脂を使って作られるフランスのソーセージ)
【クラウンバースト】帝国のお姫様だけが使える攻撃魔法。単身が放てる単体攻撃魔法としては世界最強火力だが、さらにレベルが上がれば上位版の【ロイヤル・クラウンバースト】→【RCPB】が使用可能となる。2~3発当てれば勇者一行でも互角なダークドラゴンでも撃破可能。