1ー3 What is yours is mine(お前のものは俺のもの)
スネスネ『サア、始マルザンスヨ!』
ノノ『いくでガンス』
ジャイアント『フンガー』
『『『ぎゃーっ、はっははははははははは!!』』』
セスト『やめろ』
明らかに他の《動く白骨》とは異彩を放つ《スケルトン・ジャイアント》。
ステータスを確認してみると、いまだ種族進化をしていないにも関わらず、中ボス並み……とまではいかないものの、到底無視しえない能力とスキルを持っているのが明白であった。
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【動く巨人白骨】
名称:なし
分類:スケルトン大将
レベル:23
HP:1833
MP:41
腕力:771
耐久:860
俊敏:58
知能:11
魅力:39
スキル:棍棒3、毒無効、死の騒音、地ならし、狂戦士化
装備:骨の鎚(攻撃力+5)、丸太(攻撃+2)
備考:進化条件レベル30↑(現在:3665/45000)
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もとはダンジョンマスターが、ボス部屋以外の場所にもランダムで出現するフィールドボスを置いてみようと、思いつきで通常の《動く白骨》の百倍の瘴気と引き換えに召喚したアンデッドである。
しかしながらダンジョン内では使い勝手が悪い上に、知能が低すぎてダンジョンマスターの指示も聞かず、目についた相手は同じダンジョン内の魔物でも、
『お前のものは俺のもの。俺のものは俺のもの』
とばかり無差別に攻撃して無軌道に暴れるために、失敗作としてどこぞに封印されたという風聞は聞いていたものの――聞いた時には心なしか自意識が不鮮明な、浅い層の魔物たちですら一斉に胸をなでおろしたものだった。
吾輩などは封印など甘い処置を取らずに、失敗ならさっさと瘴気に還元すればいいと思ったものであるが、妙に貧乏性なダンジョンマスターが、
「将来、《死霊使い》を眷属に据えれば、《スケルトン・ジャイアント》も使えるようになるだろう」
と取らぬ狸の皮算用をしていたらしい。そのあたりの取捨選択ができるかできないかが、成功する経営者とダメな経営者の差である――ワンマン体制が行き過ぎて、部下に反旗を翻され半死半生で簀巻きにされ、証拠隠滅のためにダンジョンに遺棄された元商会長が、いまわの際に冥途の土産に語っていた――その前に〈勇者〉に突撃されて、すべてが水の泡になる風前の灯火……という絵に描いたような現状なのだから、実際含蓄のある話だったのだろう。
その《スケルトン・ジャイアント》をどうやって手懐けたのか。そもそもどうやって封印を解いたのか不明であるが、
『カカカカカカッ! ナンデセストガ無事ダッタノカハ知ランガ、大方震エテ隠レテイタンダロウ! 普段大口叩イテソノザマカ!!』
嘲笑するスネスネに向かって、セストが淡々と言い返した。
『俺とノノは一番槍として一層の出入り口で連中と戦った。結果、装備も何もなくしたのだが……そういう貴様は傷ひとつついていないな? 二層の広場には貴様の部下の成れの果てもあった。さては貴様、勝てないと見て、部下を捨て駒に逃げたな?』
『フン! 部下ナンゾ俺ノタメニ犠牲ニナッテ当然ダロウ』
うわっ、典型的なパワハラ、ダメな管理職だ。
『コイツの部下は可哀想に、犬死であるな』
思わずしみじみボヤくと、癇に障ったらしいスネスネが激高する。
『ヤカマシイ! 下級スケルトン兵ノ分際デ、前々カラ生意気デ目障リダッタンダ。チョウドイイ、ココデ六番目トモドモ始末シテクレル!』
そしていまにも暴れ出しそうだった《スケルトン・ジャイアント》に、おそらくはこの第二層の吾輩らが周回していない半分の場所から集めたのであろう、〈勇者ダルマ〉たちによって斃された《犬精鬼》や《動く白骨》たちの魔石を、無造作に掴んでは放り投げるように与えた。
躊躇なく貪り食う《スケルトン・ジャイアント》。
よく見るとスネスネの足元に、パンパンに膨らんだ一抱えほどもある革袋が置いてある。なるほどあれで餌付けしたわけであるか。
とにもかくにも――。
『あああああっ! なんてことをするのだ!?』
『ハハハッ! 魔石ニナッタトハイエ同ジダンジョンノ仲間ヲ、ドサクサ紛レニ餌ニスルナド、火事場泥棒ヤ強盗ニモ劣ル、非道デ卑怯、道理ヲ外レタ外道ノ所業ト、正論デ糾弾スル……トイッタトコロカ?』
この階層で得られる取り分が、目の前で一気に減ったことにショックを受けた――吾輩の悲痛な叫びをどう解釈したのか、スネスネが太々しくも露悪的に己の悪行を吹聴する。
『――どーした、ノノ?』
思わず肋骨のあたりを押さえて身悶えする。
そんな吾輩を怪訝そうに振り返って見るセスト。
『……いや、流れ弾が直撃と言うか……ギリギリ致命傷というか……知らず自分が堕ちて、アレと同類になっていたのかと思うと、事実陳列罪で自刎しそうなほど恥ずかしくて』
まあ実際首切ったくらいで死なないけど。
項垂れてげんなり呟いた吾輩の頭蓋骨を、セストがポンポンと軽く平手で叩いた。
『ノノとスネスネとは全然違う。災害の非常時にその辺にある荷車を拝借するのは、緊急避難として罪にはならないが、アイツは恣意的に火事場泥棒をしていた。――そうだろう? 俺たちよりかなり後発組なのに、一体だけスケルトン騎士にトントン拍子で進化したのに疑問を持っていたが、貴様、人族の冒険者だけではなく、常習的にダンジョン内の魔物を闇討ちして喰っていたな? 卑怯者め!』
セストの指摘に『あっ』となる。
言われてみれば、セストのように圧倒的なフィジカルと剣技を持っているわけでも、特異な能力があるわけでもない、どちらかと言うと小兵の――さらに無名ということは、能力的も平均値ということである――スネスネが、どうやったら二段階の進化を経て《スケルトン騎士》になれたのか、ぼんやりと疑問に思っていた謎が氷解した瞬間だった。
『貴様ラガ馬鹿ナノサ。トハ言エ秘密ヲ知ラレタ以上、生カシテ返ス訳ニハイカン。貴様ラモ俺ノ糧ニナッテモラウゾ!』
自分は賢いとばかり、大仰な口上を述べるスネスネだけど、あの〈勇者〉に遭遇していながら、この後もこのダンジョンが安泰だと信じて疑わないところに、コイツの眺める世界の限界を見たような気がする。
『つくづく小物であるな』
『”小人閑居して不全を成す”とはよく言ったものよ』
吾輩とセストがほぼ同じ意味の感想を抱いたのと同時に、スネスネが右手を振った。
『薙ギ払エ!』
同時に《スケルトン・ジャイアント》が上体を極限まで弓反りにして、顎の骨が外れるほど大きく開いたかと思うと――。
『――ボエーーー!!!!!』
どこから音を出しているのかは不明ながら、そこから放たれた災害級に壊滅的な不協和音によって、一瞬で吾輩の意識は吹き飛び、ついでに音の圧力で身体が吹き飛ばされる。
人事不省状態ながらも、視界の中で鍾乳洞を模したダンジョンの鍾乳石が軒並みへし折れ、壁といわず床といわず天井といわずにひび割れが走り、隠れていたらしい《悪霊》がのたうち回りながら染み出てきて、そのまま断末魔の痙攣とともに消滅する様子が、何の感慨もなく視界にに見えた。
『おいっ、大丈夫か!?』
セストに揺すられて、吾輩はハッと我に返って周囲と自分自身のコンディションを確認する。
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【動く白骨】
名称:九番目
分類:スケルトン道化師(特殊個体)
レベル:23
HP:19(19/265)
MP:510(510/582)
腕力:118
耐久:91
俊敏:96
知能:70
魅力:∞
スキル:自己修復&自己再生(中)、毒無効、死んだふり2、魔力操作1、鏡写し(小)
装備:革製の鎧(大破)、革の冑(大破)
備考:進化条件レベル25↑(現在:2332/3000)
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コツコツとレベルアップしていたお陰で、『耐久』がそれなりに上がっていたお陰でどうにか耐えられたようである。
あと結構MPが減っているのは、咄嗟にスキル『死んだふり2』を使った影響だろう。
レベルアップした『死んだふり』は、使用している間は何というか……幸運値が上がるとでも言うのだろうか? 九死に一生を得やすくなると言うか、追撃や物の弾みでとどめを刺されるところ、「なぜか」「特に理由もなく」「不思議と」外れたり、失敗したりしてそれ以上の致命傷を負うことはないという、便利なんだが自分では一切コントロールできないスキルである。
それと無論今回もまた、
『また庇ってもらえたのだな。すまぬ、セスト。すぐに直そう』
吾輩に覆いかぶさるようにして防御してくれていた、よく見ると細かなヒビの入ったセストの腕に手をやって、『自己修復&自己再生』を施した。
目に見えて再生するセスト。
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【動く白骨】
名称:六番目
分類:スケルトン騎士
レベル:31
HP:551(551/551)
MP:96(106/154)
腕力:203
耐久:330
俊敏:87
知能:41
魅力:177
スキル:剣技4、盾術3、毒無効、剛腕、根性
装備:鋼の長剣(攻撃力+15)、腰布
備考:進化条件レベル50↑(現在:1052/10000)
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『オイッ! ナンダソレハ!? 一瞬デ傷ガ治ッタゾ!! ソレト俺ノ吹キ飛ンダ骨格ガ消エタノハドウイウコトダ!?!』
途端、足元からカチカチと骨を合わせる”関節話法”による驚愕の声が上がり、その先へ視線をたどれば、見覚えのある鳥頭の頭蓋骨が床に転がっていた。
『……なんだ、生きてたのか』
最初から気づいていたのか、セストが面白くもなさそうに一瞥をくれてから吐き捨てる。
『どういう状況なのであるか?』
吾輩の疑問に答えたのは当の本人であった。
『糞ッ、《スケルトン・ジャイアント》。俺ガ目ノ前ニイルノニ、オ構イナシニ巻キ添エニシヤガッテ……!』
恨みがましい視線の先では、二階層の騒ぎを聞きつけて押っ取り刀で三階層から駆け上がってきた《豚鬼》たち相手に、《スケルトン・ジャイアント》が暴れ回っていた。
いや、至近距離で「ぶっぱなせ!」とか言ったら流れ弾を気にするのが普通だろう。ましてや相手は一部お利口な《小鬼》並みの「知能:11」。注意しない方も十分馬鹿だと思う。
『ソンナ事ハドウデモイイ! ソレヨリモ九番目。ソンナスキルヲ持ッテトハ……スグニ俺ノ体ヲ直セ!!』
この期に及んで上から目線の命令調に、うんざりしながら吾輩は即答した。
『え? 無理であるが?』
『――エッ?!』
なぜか絶句するスネスネ。
吾輩は嘴をポカンと開けたまま、阿呆面浮かべたスネスネに向かって、わかりやすいように指を三本立てて、一本一本折りながら懇切丁寧にできない理由を列挙する。
『その1,吾輩のスキル「自己修復&自己再生」を他者に使用する際には、相手との親和性が高ければ高いほど効率的であり、逆に嫌いな相手に対しては馬鹿みたいに非効率になる』
ここまで来る途中で何回か検証したが、全く思い入れのない《動く白骨》を修復しようとしても遅々として進まず、先にMPがなくなりそうなので放棄した経緯がある。
だが、自分自身やセスト相手にはさほど苦労なくスキルを使えるので、何らかの相性――で、スキル名からして、おそらくは吾輩の好意の有無だと仮説を立てたわけだが、おそらくは大外れではないはずである。
で、どうでもいい相手でさえ苦労するのだから、嫌いな相手なら言わずもがなであろう。
『その2,修復するには素材が必要であり、《動く白骨》なら《動く白骨》。《スケルトン騎士》なら《スケルトン騎士》が一番適しているということで――』
『マテ! ソレジャア、俺ノ骨格ガ消エタノハ……』
『セストの傷を直すのに使った。他にないなら直すにしても材料不足であるな』
見たところ半径50メートル以内に《動く白骨》の遺体も、素材となる《動く白骨》もいる気配がまったくない。どうやらダンジョンマスターも本腰を入れて……というか必死になって〈勇者〉たちの相手をするのに手いっぱいで、すでに突破された第一層・第二層に追加の兵士を配置できるほどのリソースはないらしい。
結論として、ここにないならありません、という奴であるな。
『勝手ニ他人ノ骨格を――!』
激昂するスネスネに向かって、吾輩は三本目の指を折って問いかけた。
『その3,なんで自分たちを嘲笑して、殺そうとした相手を助けねばならぬのであるか? 逆の立場ならお前は助けるのか?』
『…………。モチロンダ、仲間ジャナイカ』
臆面もなく言い切ったスネスネの頭蓋骨を、反射的に蹴り飛ばしていた。
完全に無意識の行動であったが、壁にぶつかった衝撃で壊れた壺みたいにとどめを刺され、消滅したスネスネ。仮にも格上である《スケルトン騎士》の経験値が、期せずしてどっと満ちる。
『おっと。魔石も忘れるな。あとスネスネが溜め込んでいた魔石も回収してきたので、いまのうちにレベルアップしておいた方がいいだろう』
そこへスネスネが持っていた革袋を肩にかつぎながらセストが戻ってきた。
ついでに落ちていたスネスネの魔石を拾って渡されたので、
『なんか胸やけがしそうで飲むのに躊躇するのであるが、まあ仕方ない』
受け取った吾輩はそれを一気に飲んで、続いて口直しとばかりセストが渡してくれた革袋の魔石を、流し込むようにして一気に吸収する。
ほどなく――。
『きた! きたのである! これが第二存在進化! 我の新たな力の開花なのであるっ!! 刮目して見るのである。我が雄姿を!』
漲る瘴気と魔力が体内を渦巻き。耐え切れなくなった《スケルトン道化師》という、自分のことながら他人に言うには恥ずかしい、存在そのものを根本的に変え――しかしながら魂に付随した運命や、これまでの研鑽などによって方向性を持たせられ、新たな段階へと進化したのである。
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【動く白骨】
名称:九番目
分類:スケルト・フリニーフィサ(特殊個体)
レベル:9
HP:370
MP:771
腕力:186
耐久:155
俊敏:138
知能:79
魅力:∞
スキル:自己修復&自己再生(中)、毒無効、死んだふり2、魔力操作2、鏡写し(中)、クラウンバースト、ダーク・ニュー・ムーン(小)
装備:革製の鎧(大破)、革の冑(大破)
備考:進化条件レベル50↑(現在:1108/10000)
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『なんじゃこれはああああああああああああああああああっ!?!』
再び訳の分からない職業になったのと同時に、なぜか腰のあたりまで伸びた長い白髪を振り乱して、吾輩は混乱の叫びを放っていた。
10/8 セストの知能をノノに合わせるため現時点で26⇒41にしました。
What’s yours is mine, and what’s mine is my own.(お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの)
イギリスのことわざ(出典:シェイクスピア『尺には尺を』)
ストゥージズ(stooges):大将、馬鹿、バカ大将、引き立て役、傀儡
フリニーフィサ(Πριγκίπισσα):ギリシャ語で「姫」のこと