1ー2 ねんがんの新装備を手に入れたぞー(棒)
頭蓋骨を首を戻して念のために『自己修復&自己再生』を施し、クキクキを微調整を加え、問題ないのを確認してから、手旗を丸めて小脇に抱え込む。
ほどなく大量にぶちまけられた血液も含めて《犬精鬼》の遺体がダンジョンに沈み込むように消え去り、後にはハナクソよりも二回りほど大きな魔石だけが残された。
それを拾って無造作に嚥下する(あくまで気分的に)。
『魔物を斃せば経験値が加算され、魔石を食らえば我が身が強化され、いずれにしてもレベルが上がる。一匹で二度おいしいという奴であるな。どうりで統制されていない世間の魔物は、年がら年中相争うわけだ』
ちなみにダンジョンの外界で野生化した魔物は、魔力や瘴気の維持のため人族の肉体に宿る魔力や、死の間際に発する瘴気。または他の魔物が体内に持っている魔石目当てで襲い掛かるらしい。
ついでに肉を喰らうのは、あくまで副産物としてである。
付け加えるなら、人族(と亜人種族)の場合は魔石は持たないけれど、なぜか生まれつき肉体に魔力が宿っているので、食えば魔石の代用品になるらしい。
四層の主戦力である《女食人鬼》(オスの場合は《食人鬼》)曰く、
「雑味も癖もない代わりにイマイチ物足りないかね。前に面白半分で食った『オニギリ』――あのコメという奴と似たような印象だねえ――まあ弱いくせにそこそこ食いでがあるので、あれば食うけど、個人的にはたまに人族と一緒に来る、妖精の血が混じった”耳長”どもを口直しにしながら食うと、味変されて軽くどんぶり(風呂桶サイズ)三杯で十匹くらいはいけるねえ」
とのことであった。
ともあれ周りを見回して見れば、ここで一掃されたらしい《犬精鬼》や《スケルトン・ウォーリア》等らしき、砂利サイズの『魔石』が、あちらこちらに落ちている。
ついでに連中の武器・装備も転がっているが、素人目に見ても、良くて一山いくらで、後は鍛冶屋が鍋や包丁へ打ち直すしかないガラクタにしか見えない。
そのようなわけで、落ちている魔石についてはどうせ遺棄されたものとして、有り難くいただいて――半分は六番目と分配しようかと提案したのだけれど、「いらん。四階層の《食人鬼》あたりならともかく、それ以前の連中の魔石は必要ない」とさっくり断られたので、遠慮なくレベル上げの糧にさせてもらっている。
と、ほどなく『罠の小道』と呼ばれる、一歩歩くたびにトラバサミの罠が仕掛けられている厄介というか……嫌がらせみたいな場所。その中ほどにある隠し小部屋。
いまのいままで冒険者たちに発見されていない、そこに安置してあった『宝箱』の中身である『鋼鉄の胸鎧(防御+5%)』を回収がてら、周囲の様子を偵察に行っていたセストが戻ってきた。
どことなく草臥れた様子のセストの装備は一新され、傷ひとつない新品の板金鎧――胴体部分を中心に、肩・上腕・肘・脇を守る五点セット――になっている。
『おお~、なかなか格好いいではないか!』
思わず素直な感想を述べると、セストは妙にはにかんだ様子で視線を彷徨わせ、わざとらしく話を逸らせた。
『……まさかあんな所に隠し部屋があったとは、この階を担当していた俺ですら知らなかったぞ』
『まあね。隠し部屋を開く条件は「道に仕掛けられた罠に全部引っかかった者が所定の場所を押す」という、馬鹿みたいな条件であるからなぁ』
普通の人族だったら迂回する。迂回せずとも罠の位置をチェックして、踏まないように歩くのが当然だろう。
仮に足に丈夫な防具を着けていたとしても、わざわざ罠を踏み抜いて歩く酔狂な奴はそうそういないだろう。
実際、丈夫そうなセストの脛骨も、トラバサミの歯であちこち欠けたり痕が付いたりしているし、なんだったらHPもわずかながら減っている。
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【動く白骨】
名称:六番目
分類:スケルトン騎士
レベル:31
HP:529(529/551)
MP:154(154/154)
腕力:203
耐久:330
俊敏:87
知能:41
魅力:177
スキル:剣技4、盾術3、毒無効、剛腕、根性
装備:鋼の長剣(攻撃力+15)、鋼鉄の胸鎧(防御+5%)、腰布
備考:進化条件レベル50↑(現在:2009/10000)
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『む、いかんな。今後のことを考えて万全な状態に直しておくのである、セスト』
吾輩は即座にセストの傍に寄って、屈み込んで脛に手を当て、スキル『自己修復&自己再生』を発動した。
スキルのレベルが(小⇒中)へ上がったお陰で、いちいち材料を手に取らなくても、近くにあれば(だいたい半径10メトロの円内)勝手に素材と化して、自動的に修復と再生ができる便利仕様になった。
幸いにして(?)セストと同じ《スケルトン騎士》も3~4体、脳天から唐竹割りで真っ二つになって転がっていたので素材には事欠かない。
第二階層でスキルを使って実感したのだが、同じ《動く白骨》を修復素材にするにしても、レベル差があるとなぜか素材が大量に必要となるのに対して、近いレベルの相手だと同じ魔力を使っても、かなり楽に修復することができるようなのだ。
『――よし直った。それにしても残念であるな。他の《スケルトン騎士》の装備が無事であれば、そのままセストの装備として流用できたのであるが』
まあ手甲とかなら使えそうであるが、
『負けた奴の装備などケチが付いている上、呪われそうなのでいらん』
と、当の本人がアンデットにあるまじき迷信深さというか、験担ぎをしたため、そのまま放置してある状態である。
ちなみに吾輩は《スケルトン・アーチャー》のチェインメイルすら、重すぎて装備すると常時HPが激減するので、いまだにボロ切れ同然の革鎧の残骸――変な感じに残って、まるで胸と腰だけ隠した下着のような恰好である――をぶら下げているが、防御力があってなおかつ薄くて軽い装備品が置かれているのは十一層以下なので、まだまだしばらくはこの無様な装備で我慢するしかないだろう。
『ふむ。とりあえず第二階層を一回りして放置してある魔石を回収し、吾輩が第二存在進化(レベル25↑)をしたところで、第三層に降りる……という当初の計画通りで問題ないか?』
そこいら辺に落ちている『魔石』を、落ち穂拾いのように拾い集めながらセストにそう確認をすると、一瞬思案してから首肯した。
『……まあ、大丈夫だろう。初見で〈勇者〉の腕前自体はさほど大したことがないのを見切っている。仲間の方も痕跡から見て、剣士としての天稟は並みか、せいぜい中の上といったところだろう』
いや、吾輩を庇った結果とは言え、その凡才相手に成すすべなくやられたわけなのであるが?
そう半畳を入れたげな吾輩に先んじて、セストは「ふん」と鼻を鳴らすような仕草で続ける。
『あのバカみたいな火力は単純に女神の恩恵とレベル差のみだ。有り余るフィジカルとスキルで力押ししているだけで、剣に合理性も優雅さも理念もない……〈心・技・体〉のうち〈体〉だけの剣だな。加えて領主の口車に乗る単純さからも、オツムの具合も大したことはないので、おそらくはいまはまだ非効率的に五層か六層にいることだろう』
魔王を倒すという稀有壮大な目標を達成できそうな〈勇者〉に対しても、思いっきり辛辣な評価を下すセスト。
なお、セストの言う『平凡』というのは『平凡な天才』という意味で、それ以外は「才能ウンヌン以前の話。趣味でやるのは構わんが、間違っても”剣士”は名乗るなよ」という高すぎるハードルの持ち主だった。
大言壮語と呆れるべきか、大した矜持と感心すべきか悩ましいところである。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「何奴だ!」
「我らをロンターノ様配下の『渾渾沌豚隊』と知っての狼藉か!?」
「人族ごときが、身の程を知れっ!!」
四階に屯していた《上級豚鬼》たちが色めき立つのを、無感動に眺めながら、
「死ね」
〈勇者ダルマーツィオ〉は無造作に、一撃で刀身が三つに分裂して刺殺する『三連撃』を放った。
「「「!?!??」」」
何をされたかも理解できるまま、即座に魔石を残して消滅する《上級豚鬼》。
「へっへっへっ、流石は勇者様。冒険者では、4~5人でも結構苦労する《上級豚鬼》を怪我ひとつどころか、指一本触れずに斃されるとは。いやぁ、お強い!」
冒険者たちの取りまとめ役だという、山賊の頭と大して違いのない中年男オーシプが、揉み手せんばかりの卑屈な態度で追従を放つ。
「当然ですわ、わたくしの勇者様が下等な魔物ごときにかすり傷ひとつ付けられるはずがありませんもの。――まあ仮に万が一怪我をされても、即座に〈聖女〉たるわたくしが癒して差し上げますけれど」
勇者の隣にほぼべったり侍っていた、金髪の……十人中七人が「美人」「容姿端麗」というだろう(残り三人は「雰囲気美人」「化粧を落としたら普通っぽい」と答える)、明らかに貴族らしい十代後半の令嬢が、優雅に口元に手を当てて高笑いする。
愛想笑いをしながらオーシプがおずおずと確認した。
「で、あの……。本当に魔石の方はあっしらでいただいていいんですか? 売れば銀貨一枚にはなりやすが?」
「構わないわ。魔石なんて荷物になるだけだし、施して差し上げますわ。〈勇者ダルマーツィオ〉の名において、で。ですので――」
「へへえ! 事が終わったあかつきには、仲間全員で勇者様の素晴らしい雄姿と寛容にして高尚な志を、領主や近隣全体に轟かさせていただきやす!」
撃てば響くようなオーシプの返答に、〈聖女〉はうっそりと満足げな笑みを浮かべる。
そんな傍らのやり取りとは無関係とばかり――実際、意識に入っていない――剣を納めた〈勇者〉だが、その刹那、利き手二の腕に引き攣るような痛みがあることに気付いて確認してみれば、わずかに一筋の傷が走っていた。
傷と言っても言うなれば書類仕事をしていて、思いがけずに紙の側面でスパっと切れた程度で、また逆にそれくらい鋭利だったので今まで気が付かなかったのだろう。
(森林地帯で葉っぱか何かで切ったか?)
いまのところ魔物の攻撃は掠めたこともないので、そう思ったダルマーツィオだったが、なぜかその瞬間、脳裏にこのダンジョンに入ったばかりの肩慣らしで蹴散らした、スケルトンたちの中に一体だけ毛色の違うスケルトンがいたのを思い出した。
一見したところ《スケルトン騎士》のように見えたソレは、とりわけひ弱で脆そうなスケルトンを、抱え込むようにして守りこちらの攻撃をもろに受けて四散したのだが、最後の瞬間、苦し紛れに持っていた大剣を一閃させた……ただそれだけのことであるが、なぜだかその剣先の軌跡がこの傷にピタリと符合するような気がする。
(――まさかな。ろくな意志を持たない下等なスケルトンが仲間を庇うわけもないし、まして一矢報いるとかあるわけがない。俺の故郷を亡ぼし、家族を友人知人を殺した魔物は、すべて邪悪な存在だ!)
そう己自身に言い聞かせて、仲間にバレないようにこっそりと自己治癒を行うのだった。
〈勇者ダルマーツィオ〉。この世には諸悪の根源があり、それを斃しさえすば世界は平和になると信じている、ある意味正しくも歪んだ青年である。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『それでは落ちている魔石を拾い集めつつ、まだ生き残りがいたら殲滅する。そしてこの階で吾輩が第二存在進化を果たす……ということで引き続き問題ないな?』
改めて両手で手旗を構えてそうセストに確認する。
『わかった。どうも〈勇者〉とその他の雑兵どもは、この階を念入りに踏破したようなので、まあ、残敵は少数の《犬精鬼》と《悪霊》くらいだろうが』
なお一階層の《動く粘液》や《小鬼》、二階層の《犬精鬼》は横穴に巣を作ったりして、同族同士で勝手に繁殖しているので全体の数は把握していない(《動く粘液》は勝手に分裂する)。
三階層にいる《豚鬼》も、野良だと他の種族の雌を攫ってきては、子作りの苗床にするが(違う所属でも100%《豚鬼》が一度に複数匹生まれる)、ダンジョン産の《豚鬼》はそのあたりが抑制されているので、生きた人族を生け捕りにすることはない……とは言え生来の好色さと貪欲さは矯正しきれなかったようで、女がいればその場で嬲り者にして、最終的に生きたまま食うらしい。どちらにしても女性にとって最悪の相手なのは確かだろう。
ちなみに他のダンジョンは知らないが、ここのダンジョンは三層ごとに環境が変わる仕様である。
地下第一~三層は鍾乳洞風の洞窟マップ。地下第四~六層は鬱蒼とした森林マップ。地下第七~九層は石壁で四方を囲まれた遺跡風マップで、中ボスである《牛頭半獣人》ロンターノのいる第十階層は、古代の祭祀場を模した広大な(一つの階層と考えると小規模であるが)石造りの大広間がひとつあるだけだ。
『好色な《豚鬼》か。……まあ、さすがに……大丈夫だろう。うむ』
そう独り言ちながら自己完結をするセスト。
そんな感じで連れ立って吾輩たちは、この階層を熟知しているセストの案内で、ぐるりと一周しながら落ちている『魔石』を拾っては吸収し、せっせと爆速でレベル上げに励んでいた。
『ところで、さっきから気になっていたのだが、その旗はなんだ?』
『吾輩の武器……のようなものだ。気にするな』
しかしながら世の中、そうそう都合よく事が運ばないもので、途中、三階層へ降りる階段のところへきたところで、
『六番目……ト、イツモノ金魚ノ糞カ。オ前ラモマサカ無事ダッタトハナ』
呆れたような、思いっきり馬鹿にしたような”関節話法”による声がかけられた。
『スネスネ……と、ジャイアントか。それはこちらの言い分であるな』
そう呟いた吾輩の視線の先には、セスト同様にこの階に駐屯していたはずの《スケルトン騎士》――吾輩らの2~3代後になるので明確な名前はないが、自分の短足にコンプレックスを持っていて、無理やり足の長い《動く白骨》の脛骨を奪った(そのせいで全体のバランスが悪い)ことから、吾輩たちは密かに『スネスネ』と呼んでいる《動く白骨》が立っていた。
あとこの『スネスネ』が他の《動く白骨》に比べて特徴的なのは、頭蓋骨の形状が明らかに人族のものではなく鳥の獣人種のものであり、そのため思いっきり嘴が尖ってひときわ目立つ。
ま、外見ウンヌンを抜きにして、一言で言うなら嫌な奴である。
そしてその背後にはやたら威圧感のある、明らかに人族ではない、直立すれば三メトロはありそうな、さしものセストでさえ比較すれば子供に見える、巨人族の《動く白骨》――《スケルトン・ジャイアント》が、吾輩らに向かって明確な悪意を持って立ち塞がったのだった。
10/4 スネスネの見かけを「くちばしの尖ったスケルトン」に変更しました。なんかこうしたほうがいいという天啓を受けたので。
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