1-1 第一存在進化《スケルトン???》
意外と続きを期待するご要望が多かったので、頑張ってみました!
鍾乳洞のように複雑に入り組んでいる通路の先。袋小路になっている場所のさらに突き当り。
一見して浅い水たまりに見えるそこには《動く粘液》がびっしりと詰まっているので、下手に手を入れると腕が溶かされる。
それ以前に生理的に気持ち悪くて触る気にもならない。
水場にもならないので、長らく放置されてきたその水たまりであるが、だがその底にレバーがあって、これを引っ張ると二重底になっていた袋小路の壁が開き、雪隠ほどの個室に、いかにもな『宝箱』が鎮座しているのを発見することができるのだった。
(うえ~……さすがにここの《動く粘液》は始末されておらぬか。みっちり詰まって相変わらず厭になる。ここに腕を突っ込むとか拷問であるな……)
生の肉が付いていないので即座に群がって溶かされるということはないが、時間をかければ骨でも溶かされる。
覚悟を決めて嘔吐を催す(気分的に)《動く粘液》溜まりに、「えい、やあ」とばかり腕を突っ込もうとした――寸前で、セストが先んじて、そこら辺に落ちていた赤鰯と化していた鉄の剣をふるい、無数の《動く粘液》の核をまるで卵の黄身を潰すかのように、ポイポイと事もなく両断しまくってくれた。
『カッ……カツッ、カツッ……カクカクカク!(おお! 助かったのである、セスト。相変わらず見事な腕であるな)』
『ガチッガチ(お遊びに過ぎん)』
吾輩の賞賛に、謙遜ではなく当然という自然な口調で応えるセスト。
同時に剣速に錆びた鉄剣の方が耐えられなかったのか、錆び切っていた鉄剣がボロボロと崩れ去った。
『魔石』を両断され、あっという間にダンジョンに吸収された《動く粘液》。お陰でちょいと腰を屈めば剥き出しのレバーを引くことができる。
開かれた隠し通路の中には、それなりに華美な『宝箱』が安置されていた。
まだここはお試しの第一層。当然、罠などないので無造作に蓋を開けると、そこそこよさげな長剣が置いてあるのが目に飛び込んでくる。
【鋼の長剣(攻撃力+15)】
吾輩が知る限り第一層に置かれた宝箱の中身としては、おそらくはこれが一番高価で実用的な代物であろう。他は銅貨とか薬草などのどうでもいい代物ばかりだ。
『ふむ、まあまあ使えそうだな』
1メトロ近い長剣ではあるが、巨躯のセストが持つと小剣にしか見えない。
ヒュンヒュンと目にもとまらぬ速さで片手で剣をふるい、一通り具合を確かめたところで、セストがそう評した。
非力で剣才もない吾輩が持っても豚に真珠なので、セストが装備するのは自然な流れであろう。
なお、会話は相変わらず”関節話法”であるが、二人きりだしいちいち訳すのも面倒なので通常の会話……という形式で以後の会話も進んでいる、ということにする。
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【動く白骨】
名称:六番目
分類:スケルトン騎士
レベル:31
HP:551(551/551)
MP:106(106/154)
腕力:203
耐久:330
俊敏:87
知能:41
魅力:177
スキル:剣技4、盾術3、毒無効、剛腕、根性
装備:鋼の長剣(攻撃力+15)、腰布
備考:進化条件レベル50↑(現在:275/10000)
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若干、レベルが上がっているのは、おそらくは吾輩と『パーティーメンバー』になった影響であろう。
道中で落ちていた(放置されていた)〈勇者〉たちが斃したと思しい魔物のクズ魔石を、吾輩は延々と拾い食いをしながら歩いて来たのだが、結果――。
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【動く白骨】
名称:九番目
分類:下級スケルトン兵(特殊個体)
レベル:9
HP:100
MP:295
腕力:42
耐久:26
俊敏:48
知能:45
魅力:∞
スキル:自己修復&自己再生(中)、毒無効、死んだふり1、魔力操作1
装備:革製の鎧(大破)、革の冑(大破)
備考:進化条件レベル10↑(現在:1440/1500)
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結構な感じでレベルが上がっている。間もなく待望の第一存在進化に至れるだろう。
ただ予想より若干停滞気味で寸止めなのは、おそらくは何らかの法則でセストと経験値が按分されているからだろう。
もっとも吾輩にとっては濡れ手で粟の大量経験値であるが、すでにレベル31であるセストにとってはこの程度、微々たる加算でしかないのでほとんど影響がないようであるが。
『一階層で手に入れられそうな装備はこれくらいであるので、さっさと地下第二階層へ向かうことにしよう。確か隠し部屋に「鋼鉄の鎧」と、何が出てくるか不明な「ランダム・ボックス」があったはずであるからな』
『ほう……鋼鉄製の防具があるのか。いつまでもこの格好では落ち着かないので、助かるな』
早々に先を促すと、セストは安堵した様子で腰に巻いていた、冒険者が投棄していったらしいボロ布に一瞥を加えた。
『……いや、《動く白骨》が骨盤を隠す意味ってあるのか?』
首を捻る吾輩に向かって、心外だとばかり捲し立てるセスト。
『騎士としてのモラルと紳士としてのエチケットだ。淑女の前で下半身を丸出しにするなどあり得ん!』
(こんなダンジョンのどこに淑女がいるのだ!?)
って……そういえば〈勇者ダルマ〉の一行には若い娘が何人かいたな。冒険者にも数は少ないながら女性もいたので(娘と言うには薹が立って、『姐さん』という感じだが)、万一遭遇した場合を想定しているのだろう。
変なこだわりを持っているものだ。
『まあいい。最短距離で二階層へ向かうのである』
『うむ、わかった。当然ノノも承知だと思うが、二階層にいるのは《スケルトン・ウォーリアー》、《スケルトン・ランサー》、《スケルトン・アーチャー》とそれを指揮する《スケルトン騎士》……まあこれは少数だ。後は《犬精鬼》と、《死霊》が不定期に彷徨い出るが、《動く白骨》に襲い掛かることはないので案じることはない』
うゎあ……さすがは第二階層。難易度がぐっと上がって、魔物のレベルも推定20前後になっている。攻略する側も、ベテラン冒険者でもなければ、軽々と突破できない仕様だろう。通常であれば。
『まあさすがに〈勇者〉が襲来するとか、《動く白骨》が裏切るとか想定していないだろうから、拾える魔石で吾輩も確実に第一存在進化できるであろう……運が良ければ第二段階進化も可能かも――いや、喫緊の課題としてぜひそうならねば追いつけそうにないのである」
そのようなわけで次の第二層で、吾輩もセスト同様に第二存在進化(レベル25↑)をして能力を底上げすることを目標と定めたのであった。
《動く白骨》が第一存在進化した場合、個人の特性に応じて《スケルトン・ウォーリアー》か《スケルトン・ランサー》か《スケルトン・アーチャー》になるのが定番である。
『吾輩の能力特性からして、後衛職の《スケルトン・アーチャー》が濃厚であろうな』
『そうかぁ?』
第二階層に降りる階段の前で、ひと悶着あったのかそれなりの数の魔石が落ちていたので、丁寧に拾って吸収しながら吾輩の推測を開陳すると、セストは思いっきり疑問を呈してきた。
さらに続けて、
『そもそもお前に戦闘職は似合わんと思う』
ダンジョンを守る魔物として生み出された存在意義を、根本から覆すような暴言を吐く。
『失礼な奴だな……っと。いまのでレベル10に達したらしい。全身に力が漲り――いまにも破裂しそうな塩梅である。これが存在進化であるか!』
噴き出す瘴気の圧力に耐え切れず、身体全体にヒビが入り一瞬焦ったものの、即座に蛇の脱皮か或いは毛虫が蛹から蝶へ変貌するかのように、新たな肉体――というかピカピカ新品の骨格――がその下から現れ出でた。
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【動く白骨】
名称:九番目
分類:スケルトン道化師(特殊個体)
レベル:10
HP:170
MP:357
腕力:66
耐久:43
俊敏:70
知能:51
魅力:∞
スキル:自己修復&自己再生(中)、毒無効、死んだふり2、魔力操作1、鏡写し(小)
装備:革製の鎧(大破)、革の冑(大破)
備考:進化条件レベル25↑(現在:136/3000)
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『カーッ! カクカクカクカクカクカク……!?(――は? なんなのであるか、これはっ!?!)』
表示された吾輩の新たな種族名に、吾輩は一瞬呆けたのち、魂の底から渾身の絶叫を放ったのである。
あれか、『歌って踊れる☆スケルトン』を自認する吾輩に対する当てつけか!?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その若い《犬精鬼》は逃げていた。
1、2、3,4……たくさん。数えきれない――これまで見たこともないほどの人族の群れが階段を下りてきて、《犬精鬼》たちがナワバリにしている第二階層に足を踏み入れた……そこまではいい。
食いでのある獲物がまとめて、自分から餌になりになりに来たのだから。
だがその考えがまったくの逆。自分たちこそが連中の餌に過ぎないと痛感したのは、五十近い仲間と群れを率いる《犬精鬼長》たちが、羽虫を潰すよりも容易く屠られ、ここで一番強くてかなわない骨の魔物たちでさえ、まるで仔犬が砂の山を遊びで崩すかのように、剣の一振りでバラバラに粉砕された時だった。
恐怖と恐慌に陥った《犬精鬼》たちが、文字通り尻尾を巻いて一目散に逃げだしたのは当然のこと。
だが、やたらと強い連中の後に続いて入ってきた、たまに5~6人の集団で見かける人族たちが――こいつらは寝込み・不意討ち・数匹がかり襲えば何とでもなる――勝ち馬に乗って、野卑な蛮声とともに、総崩れになった《犬精鬼》や、まだ辛うじて動いていた骨の魔物に追撃を加え、トドメを刺すために雪崩を打って襲い掛かってきた。
地下第二層に響く《犬精鬼》たちの断末魔の叫び。
どうにかこうにかこの《犬精鬼》が逃げ切れたのは、多分に幸運だったのと、他の仲間とまとまって動かなかっただけに過ぎない。
必死に逃亡を図った《犬精鬼》だが、必死過ぎて元の場所――一階層と二階層をつなぐ階段近くまで戻っていたのは喜劇としか言えなかった。
幸いにしてすでに人族たちは移動した後であり、その代わりというわけではないだろうが、やたら短躯で細くて弱そう……ついでにボロボロの防具を胸と腰のあたりにつけているだけの骨の魔物が、ぽつねんと佇んでいる。
『ガルルルルッ!(退けーっ!)』
叩いただけでも折れそうな骨の魔物に向かって、右手に握っていた棍棒を高々と振り上げ、走りながら一気に叩きつけようとしたところで――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
吾輩は明らかに錯乱している《犬精鬼》から明確な殺意を浴びせられ、咄嗟に左手に持っていた手旗――二階層の「ランダム・ボックス」から出てきた、何の意味もない紅白の旗――を大きく振り上げた。
ちょうど棍棒を頭の上に向けて襲い掛かってきた《犬精鬼》と、まるで鏡写しになるかのように。
途端、困惑した表情のまま突然その場に根が生えたかのように急停止する《犬精鬼》。
狼狽しながら自分の足と、吾輩とを交互に見比べるのをあえて無視して――。
『赤上げて、白上げて、赤下げないで、白下げて、白上げない、赤下げて、赤下げないで、白上げて』
吾輩の旗の動きに合わせて、最初はぎこちなく……ほどなく、ほぼタイムラグのないタイミングで、《犬精鬼》が『鏡写し』の動きに興じてきた。
徐々にスピードが上がってきても、しっかりとついてくる。
併せて吾輩も旗揚げの他に応用技を加えて、
『赤上げて、白上げない、赤下げないで、白上げる、右足上げる、左足上げない、赤下げないで、右足下げる、赤上げて、また赤上げて、首上げる』
最後、自分の頭蓋骨を掴んで思いっきり高々と掲げた。
ブチッ!!!
同時に、真似した《犬精鬼》の頸があっさりと千切れ、噴水のような鮮血を噴き出しつつ――アンデッドでもない魔物が首ちょんぱした結果――当然の帰結で、即死して棒のように倒れる。
『……うわぁ~。えぐいスキルであるな、この”鏡写し”という奴は』
格上の相手を一人で倒した扱いなので、思いがけずに大量の経験値を得ながら、吾輩はそう独り言ちた。
そこへ、二階層をホームとしているセストが偵察から戻ってきた。
作者のモチベーションの源となりますので
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【道化師の違い】
ジェスター ・・・ 王侯貴族のお抱え芸人
ジョーカー ・・・ 冗談を言う人、愉快な人、トランプのジョーカー
クラウン ・・・ 喜劇の道化役(役柄)、サーカスの道化師
ピエロ ・・・ 喜劇の間抜けなキャラクターの名前
スケルトン道化師:超レア。生前、王侯貴族によって面白おかしく運命を翻弄された人物が、怨霊と化さないでニュートラルな状態でスケルトンになった際に発生する。一般にはほとんど知られていない。