プロローグ 勇者から逃げきれたら勝ち
とりあえずいったん完結です。
ここのダンジョン――もとからあった森の名をとって、一般的には【ウヂュンマのダンジョン】と呼ばれているらしい場所は、森の中にあった小高い丘(一説には古代魔法王国、最後の姫君が終焉を迎えた地という胡散臭い伝承があるそうな)の中腹に開いていた遺構を出入り口として、他に出入りできるような場所や裏口はない。
ついでに言うと森というのは村有林を除けば大部分が領主の持ち物……という建前になっているので、勝手に入ったり、木を伐ったり獣を狩ったりするのはご法度である。
小鳥や野兎程度なら森林レンジャーも見逃すけれど、それ以上のことをした場合にはお縄になる。まあ、お縄になって獲物を没収されて罰金を取られる程度なので、この世界の罰則規定としてはかなり緩いほうだろう。
問題なのは領地内に魔物の大量発生、その原因である野良の魔物の巣やダンジョンが発生した場合で、そういう時は特例で外部から専門家を雇うことになる。その仲介と上前を撥ねるのが”冒険者ギルド”という奴らしい。
しかしながら所詮は外部の人間。それも一獲千金目当てのゴロツキであるので、逃げだしたり領地のモノや貴重品を懐に収めてトンズラこくパターンも当然ながら多々あるようだ。
また〈勇者ダルマ〉一行も間違いなくダンジョンマスターと《ダンジョン核》を破壊できるのか。確実にダンジョンが消滅するのを確認するために、領主自らが大軍を率いて高みの見物を兼ね、各自の動向を監視してするためにダンジョンの出入り口を囲む形で、水も漏らさぬ包囲網を敷いている……というのが実態であろう。
(……つまり、ここの出入り口を強行突破するか。もしくは《ダンジョン核》が破壊されて、ダンジョンが崩落するまでの間、脱出用の移動魔法陣が展開される――まあ冒険者が雑談で話していた噂なので、どこまで本当かは微妙なところであるが……それに賭けて、ダンジョンを破壊した勇者が、撤退した後に便乗して逃げるかの二者択一であるな)
眉唾ものだが、実際、そういう仕掛けでもなければダンジョンの崩壊に巻き込まれずに逃げるのは不可能であろう。
そしてここ以外にも幾つものダンジョンを走破して来たであろう〈勇者ダルマ〉一行が、一切の躊躇なくダンジョン深層へ一直線に向かって行った様子から、吾輩はその話がかなり信ぴょう性が高いと判断した。
吾輩はそこへ僅かな光明を見いだしていた――散骨されたかのように、バラバラになってダンジョン第一層の床に転がりながら。
なお、周りには同じように……否、もっと徹底的に砕かれ、破壊され尽くした《動く白骨》の後輩たち――の成れの果て――が死屍累々たる有様で屍を晒している。
言うまでもなく〈勇者ダルマ〉による、なんということのない『スラッシュ』(剣士系の基本スキル)の一撃を浴びて、一山いくらで屠られた第一層の衛兵《動く白骨》の成れの果てである。
他にも《動く粘膜》やら《小鬼》やらも、入口の騒ぎに気付いてゾロゾロと集まってきて、何も考えずに一斉に襲い掛かって一斉にやられたわけだが、アイツらは我ら《動く白骨》よりもさらにHPが低いので、あっという間にハナクソみたいな『魔石』だけ残して消え去り、いまだに残っているのは《動く白骨》の残骸だけだ。
床の下の方から振動が伝わってくることから察して、侵入者たちは早くも第二層を攻略しているのだろう。
早い。10分と経っていないぞ。文字通り電光石火であるな――。
ちなみに我ら《動く白骨》は、ちょっとやそっと骨を折られたり欠けたりしても死なないが、限界以上のダメージを受けたり(HPがゼロになった状態)、頭蓋骨の中にある『魔石』を破壊されるとイチコロで滅びる。
というかダンジョン産の魔物は体内に『魔石』を、胆石か尿道結石のように内包していて、体が滅びるとなぜか『魔石』だけ残して、他は全部『瘴気』に還元され《ダンジョン核》に回収される……という循環システムで供されているらしい。
冒険者はそうした『魔石』と、使えそうな装備や武器などがあればそれを拾って換金する。
もっとも一層の魔物が落とす『魔石』は、「拾う手間の方が面倒なゴミ」らしいので、こうして放置されるのが常であるが(時間が経過すると『魔石』もダンジョンに吸収される)、今回はそれが功を奏した。
(……よっこいしょーいち……)
吾輩はスキル『死んだふり1』でHPを限りなくゼロに近づけていた体の魔力を活性化させると、頭蓋骨を残してバラバラになっていた体を『自己修復&自己再生(小)』を使ってつなぎ合わせる。
ふと傍らを見れば、《スケルトン騎士》である六番目も、その他大勢として破壊され、地面に散乱していた。
(レベル31のセストが鎧袖一触で雑魚扱いであるか……)
化け物であるな『勇者』という奴は。戦慄しながらパーツを確認するが、やはり三分の一程度は粉々で即座の再生は不可能。残った体もかなりガタが来ている。
それにしてもまさか隠れていた吾輩たちまで、技の余波を食らっただけでこのザマとは。
結構な距離があったにも関わらず、一発で全身の骨という骨が540°くらい曲がったぞ。
『……まあ仕方がない。気は進まぬが、いずれにしても他の連中は助からぬのは明白。ぐずぐずしている暇もなし、動く白骨の骸は吾輩の糧になってもらう』
そう弁解しながら適当な《動く白骨》の骨を手に取って、
『”スキル・自己修復&自己再生”』
途端、手の中の骨がサラサラと砂細工のように崩れ、代わりに吾輩の全身に走っていたヒビが、わずかに塞がった。
これが吾輩の特殊スキルである『自己修復&自己再生(小)』である。
小さな欠損なら日にちを置けば勝手に直るが、そうでない場合はこうして材料――この場合、同族である《動く白骨》の骨になる――に触れることで、即座に破損・欠損した部分を直すことができるのだ。
ないよりも「マシな程度だな」とダンジョンマスターから評されたスキルだが、これがあったからこそ最弱レベルの《動く白骨》である吾輩が、僥倖にも今日まで生き延びられた最大の理由である。
(ふむ。さすがにダメージが大きいので何回か繰り返さねばならぬか。残った骨が《ダンジョン核》に回収される前に急がねば)
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【動く白骨】
名称:九番目
分類:下級スケルトン兵(特殊個体)
レベル:4
HP:4(4/25)
MP:103(103/106)
腕力:11
耐久:10
俊敏:22
知能:29
魅力:∞
スキル:自己修復&自己再生(小)、毒無効、死んだふり1
装備:革製の鎧(大破)、革の冑(大破)
備考:進化条件レベル10↑(現在:51/100)
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幸い無事であった冒険者のプレートで自分の状態を確認しながら、『自己修復&自己再生』を振り返す。
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【動く白骨】
名称:九番目
分類:下級スケルトン兵(特殊個体)
レベル:4
HP:25(25/25)
MP:88(88/106)
腕力:11
耐久:10
俊敏:22
知能:29
魅力:∞
スキル:自己修復&自己再生(小)、毒無効、死んだふり1
装備:革製の鎧(大破)、革の冑(大破)
備考:進化条件レベル10↑(現在:51/100)
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材料が豊富に落ちていたこともあり、ある程度まとめて『自己修復&自己再生』をすることで、六回目でどうにか元どおり、貧弱な骨格の《動く白骨》ながらほぼ万全な状態へ戻ることができた。
まだまだ堆積している骨の山は残っているが、正直、このスキルは他の《動く白骨》を使って共食いをしているようで、率先して使いたいものではないので、残りは手を付けずに軽く黙とうを捧げる。
『カッカッカッカ……カクンカクン…カクッカク……(結果的に、お前たちが目くらましになってくれたお陰で助かった。一応礼を言っておくのである)』
ついでに足元に落ちていたセストの頭蓋骨――奇跡的に原型を留めている――を手に取って、しみじみ語りかけた。
『ガッ……カクカク…ガキガキガキ……カクカク…ガタガタ……ボキ……ボキボキボキ…カクッ(セスト……。咄嗟に吾輩の盾になってくれたのであろう? そうでなければ吾輩如きイチコロであった。ありがとう親友よ。お前の仇は……取れそうにないが、お前の亡骸を越えて吾輩は生き延びよう)』
哀惜とともにそう若干情けない決意表明をした。
弔い合戦とか無理。だって勇者相手に、勝てないものは勝てないのである。
『さて、あとすることは……壊れた武器や装備の代わりを、適当に見繕って――』
もっとも他の《動く白骨》の防具など、吾輩がいま身にまとっているボロと似たり寄ったりのボロである。
どうしたものかとセストの頭蓋骨を片手で握ったまま、ラァメン屋の店主のように骨の腕を組んだポーズで思案したところ――。
『ガッカッカ(気にするな、ノノ)』
不意に手の中の髑髏に返事をされて、反射的に飛び上がった。
ワタワタと解いた腕の中でお手玉をしてから、気が付いてセストのステータスを確認する。
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【動く白骨】
名称:六番目
分類:スケルトン騎士
レベル:31
HP:1(1/551)
MP:4(4/154)
腕力:203
耐久:330
俊敏:87
知能:41
魅力:177
スキル:剣技4、盾術3、毒無効、剛腕、根性
装備:なし
備考:進化条件レベル50↑(現在:255/10000)
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『カッ!?(わっ、ギリギリ生きてた!?))』
吾輩の驚愕の叫びに、セストが嘆息しながら答えた。
『カッカッ、カツカツ……カクカク(咄嗟にスキル『根性』を発動しなければひとたまりもなかった。それでもこのザマとは無念だ)』
あー、そういえばあったなそんなスキル。HPが一割以下になるとすべてのステータスが爆発的に上昇するとかいうのだが、最近はそこまでセストが追い詰められる機会もなかったので吾輩も忘却していたが、それが紙一重で消滅を免れる要因となったらしい。
『カクカク……カク……カタカタ(お互い命冥加なことであるな。待っていろ、いま再生と修繕を行うので)』
幸か不幸か一階層にいたことで、より脅威度の高い二階層最強の《スケルトン騎士》と認識されず、まとめて斃され……その後も放置されたことで、思いがけずに生き延びる(?)ことができたのだろう。
なんにせよ一体より二体である。
ぐっと心もとなさが薄れ、心なしか肩にのしかかっていた重圧が分散された気分で、吾輩は残っていた《動く白骨》の骨の山を材料に、ほぼ使い切る形で、どうにかこうにかセストの巨躯を元どおりに直し切った(装備はどうしょうもないので、素の骸骨姿であるが)。
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【動く白骨】
名称:六番目
分類:スケルトン騎士
レベル:31
HP:551(551/551)
MP:12(12/154)
腕力:203
耐久:330
俊敏:87
知能:26
魅力:177
スキル:剣技4、盾術3、毒無効、剛腕、根性
装備:なし
備考:進化条件レベル50↑(現在:255/10000)
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吾輩のスキル『自己修復&自己再生(小)』は、一見して自分にしか効果がないように思えるが、実のところ吾輩が触れてさえいれば、任意の相手の自己修復&自己再生を促すことができる(MP消費は若干悪くなるが、もともとMPだけは余っているので2~3体なら問題ない)。
まあ他の連中に義理はないので、セスト以外には教えていないが。
なににしても普段は羨望でコンプレックスを刺激される巨体も、こういう時には途轍もなく頼もしく思えるのだから、我ながら勝手なモノだ。
『カクカクカクカク、ガッ、カクカク……ボキッ…ボキボキッ(助かった。礼を言う。しかし装備も何もなくなってしまったな。これからどうする? イチかバチか連中の背後から襲撃をかけるか、出入り口の強行突破をするか……)』
両手の指をボキボキ鳴らしながら、殺る気満々で短絡的に無謀な特攻を提案をするセスト。
『カタカタカタカタ……カタカタ……ポキン……ポキ。ギリ…ギリ……カクン、カクカク……カポン……(いくらなんでも瘴気の薄い外の真昼間に多勢に無勢。それは勇気ではなく蛮勇である。――かと言って『勇者』相手は、我らでは蟷螂の斧もいいところだからなぁ……正直、ほぼ万策尽きてる状態なのだが)』
まだしも〈勇者ダルマ〉一人なら、虚をつくことも可能かも知れぬが。ちらっと確認した他の仲間も、ほぼレベルが最高値している怪物集団であった。
付け入る隙がないわ。
『カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、カタ(「ほぼ」ということは何かしら策があるのだろう?)』
当然という口調でのセストの何気ない信頼に、吾輩はほのかに胸を熱くしながら軽く肩をすくめて答えた。
策と呼べるほど上等なものではない。苦し紛れの思い付きか、えらく割の悪い博打の類いである。
先ほど考えた通り、勇者たちがこのダンジョンを攻略することを前提として、奴らに見つからないように後を追って、《ダンジョン核》が破壊された瞬間、ドサクサ紛れに脱出用の移動魔法陣で逃げるというものだ。
『ガガガ……カク、カッ?(それでは転移した先で、先に出た『勇者』たちと鉢合わせするのではないか?)』
『カタカタカタ、カタタタ……(いや、同じ”パーティー”とかでないと、結構ランダムに場所が変わるそうだ)』
『カタカタ……ガッガッ……コキコキコキコキ……ポキン……ポキポキ(なるほど。聞いた話では可能性はありそうだな。だが、『勇者』たちは最下層を目指すのだろう? 武器も防具もない我々で付いていけるのか?)』
セストの当然の懸念に、吾輩はこれまた行き当たりばったりの策を提示した。
武器防具類についてはなんとなると思う。というのも吾輩は各階層にある宝箱に、ダンジョンマスターの指示で様々な物品を置いてきたのだが、中には隠し部屋や隠し通路などにあるために、冒険者も知らずにずっと死蔵されているものもあり、当然、吾輩は――吾輩だけが網羅している。
で、そういうものは結構貴重な武器・防具・道具類であるのが多いので、それを回収して自分たちで使おうというわけである。
『カッカッカッカッカッカッ!(どうせ滅びるダンジョンの物品なら、使わねば損であるからな)』
完全にルール無視の開き直った吾輩の物言いに、セストが苦笑いを浮かべたような気配がしたが、無言のままということは肯定しているということであろう。
『カクッカクッカクッ……ボキ……カンカンカン……カク、ポキ、コキコキ(そして可能な限りレベル上げを行う。できれば個別に行動している『勇者』一行とは別の、冒険者どもを始末して、我々の糧になってもらう。あとついでに――』
そこで吾輩は第一層の床一面に散らばる冒険者連中曰く「拾う価値もない」、《動く粘膜》、《小鬼》、そして一回り大きい《動く白骨》の『魔石』を集められるだけ集めて、それを両手ですくって一気に口の中に流し込んだ。
本来顎の下からこぼれるはずの『魔石』が、まるで雪が解けるかのようにたちまち分解され、同時に我が身に膨大な力がみなぎる。
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【動く白骨】
名称:九番目
分類:下級スケルトン兵(特殊個体)
レベル:8
HP:90
MP:277
腕力:35
耐久:22
俊敏:40
知能:39
魅力:∞
スキル:自己修復&自己再生(中)、毒無効、死んだふり1、魔力操作1
装備:革製の鎧(大破)、革の冑(大破)
備考:進化条件レベル10↑(現在:938/1500)
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ふむ。一気に第一存在進化を遂げられるかとも期待したが、さすがに数があっても第一層のクズ魔石ではこのへんが限界か。
言うまでもなく我ら魔物も他の魔物や人族を斃すとその分の瘴気を吸収して、レベルアップが可能となる。外界にいる野良の魔物はその辺が顕著だ。
いままでは最弱の《動く白骨》である吾輩がそれをやったら、たちまち反撃されて逆に経験値にされる可能性があるのでやらなかったのだが、こうして『魔石』という形で落ちていてくれるなら、何の問題もなく吸収して三段跳びでレベルアップすることも可能ということになる。
実際できたわけだし。
『カカカカカカッ! カタカタ……ガキガキッ!(この辺りのクズ魔石では、セストの経験値にはならないだろうからなぁ。しばらく我慢してくれ)』
『カク、カクカク……ガキッ、ガキン……(わかった。この調子でレベルを上げつつ、最下層を目指すんだな?)』
セストの念押しに力いっぱい頷く。
恐ろしくタイトな上に、追跡している勇者に見つかれば一発でお終いという洒落にならない状況ではあるが、他に助かる道はない。
『とにもかくにも勇者から逃げきれたら勝ちなのである!』
そう決意を込めて、吾輩は声にならない声でそう改めて宣言した。
セストは“関節話法”ですらないその言葉が耳に入ったかのように、片膝を引いて恭しくボウ・アンド・スクレープをしたのち、同行する――吾輩と運命共同体となることを誓ってくれたのだった。
【六番目をパーティーメンバー登録する。YES/NO】
途端、冒険者のカードに操作していないのに勝手に表示が示される。
怪訝に思いつつも、おっかなびっくり【YES】を指で押した。
【六番目がパーティーメンバーになりました。パーティー枠2/3】
特に変化はなく表示項目が追加されただけである。
(……まあいいか?)
まずは直近の問題を解決することだな。
『カタカタカタカタ(一層の隠し通路に長剣がある。まずはそれを回収しよう)』
吾輩はセストを促して、慣れた足取りで先へ進む。
生きるために。生き延びるために。
書いてて面白かったので、ご要望があれば続きを書くかもしれません。
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