プロローグ ダンジョンに勇者(厄災)がやってきた
とりあえず途中まで書いていたところを予約投稿いたします。
慣れた調子で“関節話法”で、吾輩に話しかけてくる六番目。
言うまでもなくこ奴も、ダンジョン開設当初にダンジョンマスターによって召喚された《動く白骨》。その安直なネーミングの犠牲になった六体目である。
もっとも今となっては初期配置された《動く白骨》組のうち、外部から襲撃をかけてくる冒険者や野良の魔物との戦いを経て、いまだ生き残っているのは五体ほどになってしまったが。
しかしながら吾輩以外はいずれも第一存在進化を経て、《スケルトン・ウォーリアー》や《スケルトン・アーチャー》となり、第二層で肩で風切ってブイブイ言わせている……というか、宝箱に中身を補充する際にたまにすれ違うと、知能が上がって多少の個性が生まれたのか、いまだ《スケルトン兵》なままの吾輩を見て『カッカッカッカ!』と露骨な嘲笑を向けてくるので、こちらとしても同朋意識など皆無に等しい。
なんならセスト以外は、さっさと死なないかな(死んでるけど)と思っているくらいだ。
そんなわけで現在、第一層にいる《動く白骨》は、その後逐次追加されたものばかりになる。ダンジョンマスターも我らのような雑魚にいちいち名前を付けるのは――1,2,3,4,5すら――面倒になったのか、冒険者のカードで観てみても、ほとんどが名前のところは空欄になっているものばかりである。
『カタカタ…ガキン……ボキボキボキ…カタタ……カキ…グキ゚……ガチョーン(ロンターノ殿からの命令だ。偵察中の《空飛ぶ目玉》が現在、ダンジョンの出入り口付近に武装した人族の集団を発見)』
ちなみに『ロンターノ殿』というのはダンジョンの十階を守る、冒険者が口にするところの『中ボス』――頑強極まりない《牛頭半獣人》のことであった。
付け加えると、この場合の“守る”というのは、外部からの侵略者のみならず、内部の魔物が勝手に外に出ないように、睨みを利かせる役目も担っている……という意味での“(秩序を)守る”でもある。
低層の魔物は自意識が低いので、「勝手に外に出るな」というダンジョンマスターの命令を金科玉条として実直に守っているが、下層の魔物になると知能と我欲が高くなるので、そうした命令を聞かない奴もたまに出てくる。
なお吾輩は出ようと思えば出られる。しかしながら不用意に外に出た際に、いきなり《角の生えた兎》に体当たりされて、バラバラにされた苦い経験があるので、不要不急の外出は控えるようにしている(自己修復&自己再生がなければお陀仏であった)。
ともあれ、そうした連中を追い返したり制裁するのが『中ボス』であり、そのために圧倒的な力を当初から与えられているのだった。
つまり我々一般的な魔物が、レベル1から死ぬ気でレベル上げしなければならないところ、大量の瘴気を消費して、いきなりレベル60とか、70とかで創造された連中が『中ボス』なのである。
この『中ボス』がダンジョンマスターを裏切らないのかと言えば、裏切らない。
我々のような替えのきく魔物と違って、『中ボス』連中はダンジョンマスターの眷属であり、ダンジョンマスターの手足のような存在なので、ダンジョンマスターが滅びる時にはともに滅びる運命共同体であるからだ。
そういう意味では随分と恵まれた羨ましい連中にも思えるが、世の中メリットがあればデメリットも当然ある。
『眷属』連中は能力値が固定され、それ以上上がらず(技を鍛えたり応用するとかの工夫は可能)、またもの凄い幸運で魔物として成り上がり、暖簾分けのような形でダンジョンを離れて、新たなダンジョンマスターとして独立する……ということは不可能なのだった。
(吾輩がそれまで生き残れる確率はほとんどないので、何とかしてコイツに進化してもらって、ダンジョンを離れる時にオマケで付いていければ万々歳なのであるがなぁ)
ダンジョンマスターは良くも悪くも凡俗なので、自分の配下の魔物が自分に並び立つほどの存在になれば、危機感を覚えて排除しようとするか排斥しようとするか、どちらか二者択一だろう。
何とかうまいこと排斥の方向へ持って行けるか。
(コイツは知能が上がっても、基本的に脳筋――そういった腹芸や裏工作は考えもしないであろう。そこらへんは吾輩がどうにかフォローするとして、どうにも細い糸をたどるような覚束ない道であるな)
気分的にため息をつきながら、吾輩は立ち上がって改めてセストと向き直った。
相変わらず見上げる立場でムカつくが、さっきまでよりは幾分かマシである。
『カッ、カカ……カタカタ…ガキッ…ガガガ…カタカタカタカタ?(武装した人族。冒険者の集団か。わざわざロンターノ…殿が警戒するほど数が多いのか?)』
『カカン、カッ、カッ(約200人ほどだそうだ)』
事もなげに言われた数に、持ちかけた山刀(これ以上大きくなると吾輩の腕力では振り回せない)を危うく取り落としそうになった。
『カタカタカタカタカタカタ……ボキボキボキ……クキカキ……ガキンッ!!(にひゃくぅ!? これまで来た集団よりも確実に一桁は違うではないかっ! 完全にこのダンジョンを潰す算段であるぞ!!)』
『カカン(俺もそう思う)』
重々しく頷くセストに飛びついて、吾輩は思わず胸倉を掴んでいた。
『カン、カン、カン、カン。カタカタカタ……ボキ…ポキン、ポキン……カタタ!(数には数である。これまでのような戦力の逐次投入など馬鹿な真似はせずに、動かせるだけの戦力を集中させ、敵の消耗と疲弊を待って、各階層の眷属たちで総力戦をすべきである!)』
『カタカタカタカタ……! カク、カクカク!(待て待て待て待て! 慌てる気持ちはわかるが、はしたないぞ!)』
ワタワタと妙に焦った(取り乱した?)様子で吾輩の肩を掴んで、丁寧にそっと距離を置くセスト。
『?』
小首を傾げる吾輩を見下ろして、なぜか呆れたようなため息の仕草とともに、セストは続きを喋り始めた。
『カタン……ガキ、ガキ、ガキ……カカカカカカッ……(無論、俺も最初にロンターノ殿に具申し、ダンジョンマスター殿に意向をお尋ねしたのだが……)』
吾輩如き素人にもわかる戦術上のことはセストも当然に気が付いていたらしい。すでに上に注意喚起をしたらしいのだが、どうにも奥歯にものが挟まったようなもどかしい態度に、非常に嫌な予感が吾輩の空っぽの胸中を満たす。
『――カッカ?(だが?)』
『ボキッ、ボキボキボキ……カン、カンッ(「それがどうした。獲物が多ければ多いほど良いではないか」と一蹴された)』
忸怩たる口調(というか雰囲気)で、ダンジョンマスターの危機感のなさを吐き捨てるセスト。
とは言えなんぼ上が馬鹿でも、それに従わなければならないのがダンジョンモンスターの辛いところである。
せめて集まってきた相手が烏合の衆であることを願うばかりであった。
三十分後――。
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【西方の勇者】
名称:ダルマーツィオ・シルヴェストレッリ
分類:風女神に選ばれた勇者
レベル:99
HP:3750
MP:2460
腕力:1830
耐久:1720
俊敏:1530
知能:200
魅力:450
スキル:スラッシュ(超)、オーバードライブ(超)、攻撃力UP(+125%)、腕力上昇(+210%)、ライジングブレイド(勇者スキル)、神嵐斬(勇者スキル)、疾風斬り(剣神スキル)、竜巻返し(剣神スキル)、アルティメットガード(勇者スキル)、ビクトリー・ハリケーン(勇者スキル)、真空斬り(剣神スキル)、会心率UP(+20%)、ドラゴンスレイヤー、メタルスレイヤー、ゴーストスレイヤー、三連撃、ピュアヒール、魅力UP(+40)、最大MP上昇(+25%)、常時自動回復(+50/分)、異常状態耐性(大)、魔術防御(大)、物理防御(大)、ゾーン(3分間、全能力+100%)、経験値倍増
装備:勇者の剣(片手剣)、風女神の大剣(両手剣)、勇者の盾、勇者の冑、勇者の鎧、風の衣、女神の護符、妖精王の指輪
備考:風女神の神託により魔王サタクゴを倒す旅の途中
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先陣を切ってダンジョンに入ってきた、やたらきらびやかな装備に固めた十人ほどの一行。
そのリーダーらしい若い男の情報を、物陰に潜んで覗った吾輩は危うく足を滑らせてひっくり返りそうになった。
(『勇者』ではないか! 『勇者』ではないか!? それもすでにカンストしている勇者がなんで、こんな僻地にあるこんな十把一絡げのどこにでもあるダンジョンに来るんだ!?!)
訳が分からん、と頭蓋骨を抱えたところで、ふとその可能性に気が付いて、吾輩の背後で指示に従ってでかい図体を可能な限り沈めて、息をしていないけれど息をひそめていたセストに、音を立てないよう注意しながら、とっておきの羊皮紙と小さなインク壺が付いたペンを取り出して、古代帝国語で質問を書いて確認する。
『もしかしてこのダンジョンは魔王サタクゴの拠点なのか?』
ふむ……と考え込む素振りを見せ、セストは吾輩から羊皮紙とペンを受け取って、同じくサラサラと慣れた調子で古代帝国語で回答をよこした。
『確か、ダンジョンマスターが以前所属していたダンジョンのボス。その義兄弟にあたる魔族の従兄弟の嫁が、もともと魔王が統治する魔国の首都に暮らしていたと聞いたことがあるな』
『うむ。まったく関連していないことが理解できたのである』
お互いになぜ古代帝国語の読み書きなぞができるのか。気が付いた時には首を捻ったものだが、おそらくは生前の慣習として骨身に染みているのだろう。
つまり我々は魔王軍に所属する下っ端とかではなく、まったく無関係な在野のダンジョンに棲むダンジョンマスターとその一派ということになり、ますます勇者が攻めてくる理由が不明なのであるが!?
いや、これがまだレベルが低いので、レベル上げのためにダンジョンを攻略している……というならわかる(攻められた方は理不尽だが)、だが勇者もうレベルカンストしてるだろう!
オーバーキルもいいとこである!!
本気で何しに来たんだ!?
そんな吾輩の内心の訴えが届いたのか。『勇者』ダルマーツィオ――名前が長くて面倒臭いので、適当に『勇者ダルマ』と勝手に呼ぶことにした――が、光り輝く大剣を片手で掲げで、大音量で宣言した。
「ここが平和に暮らす人々を脅かす邪悪なダンジョンか! 風女神リーシャ様の名にかけて、この勇者ダルマーツィオ・シルヴェストレッリが正義の鉄槌を下してくれるっ!」
途端、周りの連中が一斉に拍手をする。
それに合わせて、いかにも貴族風の身なりをした中年男が、護衛を伴って勇者一行の後についてダンジョンに入ってきて、揉み手せんばかりのおもねた態度と口調で訴えかける。
「頼みましたよ、勇者様。この領主所有の狩場にこんなダンジョンができたせいで、新鮮で珍しい肉が食卓にあがる頻度が極端に落ちてしまったのです。ぜひともこのダンジョンを潰して、もとの森に戻してください」
どうやらここの領主貴族らしい。
森ってのはだいたいが貴族の持ち物で、狩った獲物は貴族が食うものだからな。
「わかっている。世の為人の為、この世の魔を討つ。それが勇者の使命だ!」
「そうですそうです。我が領と領民のためにぜひともお願いいたします。そのためにありったけの領兵と民兵、冒険者を集めたのですから」
傍で聞いていても明らかに方向性が違うのだけれど、『このダンジョンを破壊する』という目的が一致した集団であった。
その後の盛り上がりを見ると、200人の内訳は『領主軍(民兵を含め)120・冒険者70・勇者一行10』といったところで、今回ダンジョンに攻め入って来るのは、勇者一行(勇者+賢者+聖女+盗賊+僧兵+騎士+精霊使い+大魔導士+吟遊詩人+荷物持ち)と、近くにあった冒険者ギルド所属の冒険者たち約70名のようである。
冒険者連中の心づもりとしては、最後の最後に勇者のおこぼれとして、いままで取りに行けなかったダンジョン下層階の希少素材を得ようという漁夫の利目当てだろう。
そして領主軍は万一にも外に逃げ出してきた魔物がいたら、数の暴力でタコ殴りにする……という布陣で、現時点では戦うも逃げるも万が一にも助かる可能性はない。完全に詰んでいる。
土日に修正する可能性が大です。
○ここのダンジョンマスターの眷属
10階中ボス:ロンターノ(牛頭半獣人)
20階中ボス:デントロ(混合獣)
30階中ボス:チェントロ(アルラウネ)
37階中ボス:アヴァンティ(一つ目の巨人)※本来40階の中ボスの予定だったが、まだできていないので急遽投入。
最下層大ボス:ディエートロ(翼竜)、ダヴァンティア(双頭魔犬※土壇場で急造した)
なお、ディエートロでLv80くらい。他はそれ以下、とは言え戦力の逐次投入という愚を犯さずに、一気に総力戦をかければカンスト勇者相手でも勝てる可能性はある。