1ー11 ドクター・モロのシマ
先に第三者視点による前置きが入ります。
そして、いま流行りの「その祠をこわしちゃなんねえ!」をやってみました。
【ウヂュンマの森】にほど近い、クズカレシの町は近郊の村々を結ぶ交通の要衝であり、二千人ほどの人口を抱えるこの辺りでは一番栄えた城塞都市である(なお、地名は現地語で『乙女の・城』という、古代魔法帝国の皇女様にちなんだものである)。
古代魔法帝国の遺跡があるということで、知る人ぞ知る冒険者や研究者にとっての穴場であった【ウヂュンマの森】であったが、最近になって『ダンジョン』が発見されたことから一躍脚光を浴びるようになった……まではいいのだが、どこをどうしたものか、アフォバッカ教国の〈勇者〉一行が勝手にずかずかとやってきて、ダンジョン攻略に乗り出したのだった。
〈勇者〉の行動を妨げてはならない。できうる限り協力せよ。
神殿からの通告と諸国会議で決まった王命に逆らうわけにはいかず、この地の領主にして『ブタ』『肉布団』『腹おどり伯爵』と陰口を叩かれるハマライネン伯爵は、正直「なんで他国の勇者に我が領を自由にされ。なかんずく歓待せにゃならんのだ!?」と忸怩たる思いを隠し――そこは貴族。腹芸のひとつふたつは地方領主と言えども標準装備している――ヘコヘコと揉み手をしながら『できうる限りの支援』をおこなったのだった。
無論、後ほどこれ以上の補填を期待してのことであるが、多少色を付けて返されたところで、正直、勇者の所業による被害と秤にかければ雀の涙であろう。
「くそっ、ダンジョン特需で本来なら数十年は何もしなくても現在の数倍の税金が入ってくる予定であったのに。単細胞の勇者め。あっさりと潰すだと……クソ、クソ!」
勇者の前での殊勝な態度とは一転して不機嫌極まりない表情で、ダンジョン近くに設営した貴族用の豪奢なテントで、持参した山海の珍味を肴に、連れてきた婀娜な容姿の獣人や亜人奴隷の美女たちを侍らせ、注がせた酒をヤケ酒気味に煽りながら、声高に鬱憤を吐き捨てるハマライネン伯爵。
伯爵という身分は実のところ非常に浮き沈みの激しい貴族階級である。
公爵は実質的な準王族であり、侯爵は臣下の最高位であり、この二つは国がある限り没落することはまずあり得ない――が、一応は上級貴族にカウントされる伯爵(王の直臣以外の陪臣伯爵は下級貴族)だが、結構な数があるために玉石混交なのが実情であった。
中央貴族であれば国王に諫言できるほどの権力を持った宮廷伯爵もいれば、領地を借金のカタにしなければならないほど逼迫した領主伯爵もいる。
ハマライネン伯爵領は可もなく不可もない。つまりは今後著しく発展する要素のない、緩やかに下り坂な領地であったが、そこに降って湧いたダンジョンの発見であった。
ダンジョンが領内にあれば投資なしで、ダンジョンからしか採れない希少品が採り放題である。それを目当てに冒険者や山師が集まり、さらにそれを目当てに宿屋や酒場、鍛冶屋や娼館が栄え、物流が活発になって人が集まり、モノが集まる。つまり濡れ手で粟で税収も上がるというわけである。
ある意味鉱山の発見にも匹敵する椿事であり、降って湧いた幸運に報告を聞いたハマライネン伯爵は、思わずお家芸である『腹おどり』を、その場で披露したほどであった(なお、もとは男爵家であったが五代前の先祖が、当時の国王夫妻の結婚披露宴で『腹おどり』を踊って爆笑させたことから陞爵して、ハマライネン伯爵領を賜ったという笑える歴史がある)。
それが脆くも崩れ去ったのである。
さらにいずれも若くなかなか個性的で、鬱憤晴らしに狙っていた女冒険者たちが、ダンジョン内部で罪を犯したという野盗モドキの冒険者たちを引っ立ててきて、だいたいの調査は終わったのでもうこの地を後にすると宣言されたのだ。
直接雇用したわけではないので、こうなっては引き留める手段はない。
内心歯噛みしたところ、警備責任者が疑問を差しはさんできた。
どうにも不自然な退去である。まるで逃げるかのような撤退の理由は、他に何かあるのではないか? ダンジョン内部で女冒険者たちの証言以外の何事かがあったが、彼女たちの不利になる内容なのであり、犯罪を犯したという冒険者たちも、なにやら黙秘を強いられている気がする。
そのような推測を聞いて、これを暴いてあの女たちの弱味を握って、脅して……と、舌なめずりをしてくだんの冒険者たちを、徹底的な拷問にかけるよう命令したのだが――。
「ふざけるな! なにが〝睾丸破裂〟遺跡だ! くだらん迷信でどいつもこいつも尻込みしおって!!」
ものの見事に失敗して容疑者全員が死亡。ならばと直接現場を確認すべく、領兵や私兵をダンジョン内部へ斥候に出そうとしても、誰も彼もが『睾丸破裂』の呪いを恐れて、二の足を踏むか、そのままトンズラこかれる始末であった。
領民と言っても現ハマライネン伯爵は、クズカレシの町に領主館はあるものの、ほとんど領地には寄り付かず、代わりに昔からの郷士であった町長を代官に任命して、細かな管理は家令に任せきりである。
地元住民にしてみれば領主という肩書だけのどうでもいい存在にしか過ぎない。
進んで命をかけようという気にならないのも当然であった。
「何が古代魔法帝国皇女の呪いだ! どいつもこいつも下らぬことをほざきやがって!」
腹立ちまぎれに周囲に侍らせていた奴隷たちを乱暴に薙ぎ払い、制止する護衛を無視して、鼻息も荒く現場に乗り込もうと意気込んで歩みを進めるハマライネン伯爵。
思うようにいかぬ現状への不満を、ダンジョンの警戒に当たる領兵や民兵にぶつけて、ついでにここで徹底的に領主と領民、貴族と平民の立場の違い……力関係の示威を目論んでの短絡的な行動であるが……。
「ん? なんだこの汚い犬小屋は?」
そこでふと、ダンジョンのある丘へ続く踏み固められただけの小道の途中に、野の花が飾られている素朴な祠があるのに、今更ながら気が付いて眉をしかめる。
「ああ、ここの遺跡に埋葬されているという古代魔法帝国の皇女様を、それは地元民が祀った祠って話ですよ」
ちょうど入れ違いで帰り支度を終え、帰路についていた女冒険者グループ〈星月の守護者〉のチームリーダーであるアレッサンドラが、帰りがけの駄賃……程度の軽い口調でそれに答えた。
「はああぁ!?! 古代魔法帝国の皇女を祀っただと!? けしからんっ、この国は地母神リアン様を国教として栄えているというのに! ただでさえ下らぬ迷信で浮足立っている時に、我が領民に異端者がいたなどと恥の上塗り。儂の顔に泥を塗りおって! 実に不敬で不愉快である! おい、お前たち今すぐこの貧相な掘っ立て小屋を叩き壊せ!!」
土着の信仰については大目に見られているのが通例であるが――下手に手を出すと『触らぬ神に祟りなし』になる可能性が高い――知ったこっちゃないとばかり、声高に命じながら苛立たし気に祠を足蹴にするハマライネン伯爵。
命ぜられた領兵や民兵たちは、そんな領主の蛮行を冷ややかな眼差しで見ているだけで、聞こえないふりをして、誰も率先して動こうとしなかった。
現地人である彼らにとっては、勝手に神殿を立てて『神殿税』と言って、勝手に収穫の一割を持って行く神なんぞよりも、古くからこの土地に根差した草の根の信仰の方が、遥かに身近で家族や故郷と同じくらい大事なものである。相手が領主でなければ全員でぶん殴っていたところであろう。
「くだらん。意気地なしどもめ。〝何が古代魔法帝国皇女の祟り〟だ。〝睾丸破裂〟だ。貴様らこそタマ無しの野郎どもだ。見ろ! 〝睾丸破裂〟の祟りなどないことを、この儂が証明してくれるわ!」
周りが動かないことにより一層激昂し――怒りが一周をして薄ら笑いを浮かべ、嘲罵するかのようにせせら笑い――腰に佩いていた儀礼用のサーベルを装飾過多な鞘ごと抜いて、ある種崇高な目的のために行動する宗教家のような恍惚とした笑みを浮かべながら、粗末な木製の祠に向かってそれを力の限り叩きつけた。
「「「「「その祠をこわしちゃいけない(なんねえ)(いけない)!!!!」」」」
血相を変えた周囲が止めるのも聞かず、やり遂げた顔でハマライネン伯爵は祠を単なるゴミに変え、高笑いを放つ。
手をこまねいて見ているしかなった領民たちや、〈星月の守護者〉のメンバーたち(特に〈呪術師〉のディアナを筆頭に)。また、そのあまりの美貌ゆえに運命を翻弄されたという皇女の物語に、虐げられている我が身を重ねて同情していた奴隷の女性たちが、同時に強く、侃く、勁く、勇く、倔く、剛く、勍く、豪く、毅く、彊く……より禦く、驕く願った。
(((((ハマライネン伯爵に天罰が下りますように!!!!)))))
その瞬間、まるで周りの期待に応えるかのように、『パン!パンッ!!』と連続して水風船が破裂するような音を立てて、
「ぎゃああああああああああああああっっっ!!!」
地獄の悪魔でも裸足で逃げ出すような、身も世もない断末魔の悲鳴――絶叫・叫喚・叫泣・叫声・号泣・咆吼がない交ぜになった叫び声――とともに、股間を押さえた姿勢のまま、ハマライネン伯爵は棒のように倒れる。
なお、同時にハマライネン伯爵の血族の男たちは、年齢を問わずに全員が睾丸が破裂し、これによって一族が途絶えたハマライネン伯爵家は、後に断絶となったのだった。
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【信仰心が一定の水準に達しました。スキル『天網恢恢疎にして漏らさず』習得⇒『天罰・睾丸破裂』に変化しました】
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【亜神族】
名称:九番目
分類:水の神子姫(特殊個体)
レベル:12
HP:2500
MP:10210
腕力:498
耐久:522
俊敏:461
知能:173
魅力:∞
スキル:水魔法2、氷魔法2、完全修復&完全再生(小)、死んだふり3、魔力操作5、鏡写し(中)、ロイヤル・クラウンバースト、ダーク・ニュー・ムーン(中)、肉体強化1、精神強化1、肉体強化1、状態強化、速度強化1、聖域(中)、神罰:睾丸破裂(任意・自動発動)
装備:高貴な杖(MP+18%)、防御の冠(耐久+38)、白麻製の下着、木綿のチュニック、革製の細帯、ダマスク織の外套、麻製の靴下、疾風の短靴(俊敏+15)、革製の小袋、紅白の小旗、防御の耳飾り(右:呪い。左:毒)
備考:次回進化条件レベル50↑(現在:5002/200000)
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「……なんだこれは?」
11階層から12階層へ降りる階段の途中。突然頭の中を流れた無機質な案内に、唖然としたのもつかの間。吾輩は『審判カード』でステータスを確認して、思わず首を傾げた。
試しにセストのステータスも確認してみたが、こちらは特に変化はないようである。
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【神霊族】
名称:六番目
分類:剣聖の英雄神霊
レベル:13
HP:6033
MP:2490
腕力:1011
耐久:799
俊敏:534
知能:120
魅力:685
スキル:剣聖技5、闘気法5、盾術4、精霊馬召喚2、剛腕、根性、指揮3、回避率上昇、物理攻撃力上昇(小)、雷属性付与(小)
装備:白骨の両手剣(攻撃力+5%。自己修復(小)。巨人種族に1/6確率で致命傷を与える)、ミスリルの長剣(攻撃力+35)、ミスリルの凧型盾(防御力+28)、羊毛の下着、魔神のベルト(攻撃力+8%)、軍用の外套(防御力+25)、ズボン、空歩の革靴
備考:次回進化条件レベル50↑(現在:5002/200000)
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「気のせいか、何か外部から魔力とは違う清涼な力が流れ込んでくるような……?」
その割にはステータスに反映されているのは、『神罰:睾丸破裂(任意・自動発動)』という得体のしれないスキルくらいなものである。……ああ、なぜか『聖域』も(小)→(中)にレベルアップしているか。
使いもしないのに進化した理由はわからないが、もしかしてこれが常時流れ込んできている力の影響だろうか? 考えられるのは『聖』に属する力が上がっているといったところ……であるかも? 何しろ仮説の上に仮説を重ねるだけなので、妄想と大して変わらない想像である。
「Dr.サガンボ・モロなら、嬉々として解明しようとするのであろうが……。ドクター・モロは国家や種族などの枠や、正義や倫理、道徳などの規範には何の関心も持たないけれど、自分自身が興味や関心のあるもの。重要だと認識したもののためなら、なりふり構わず死力を尽くすのである。ある意味、人間の本質的な姿の典型とも言えるが――」
そう呟いた独り言にセストが不機嫌な口調で合の手を入れた。
「そんなものが典型なわけないだろう。そういうのは精神が未熟な自体愛者と言うんだ」
そうこうしているうちに階段も終わって第十二階層。
見るからに『毒の沼』という趣で紫色の水がポコポコと気泡を発し、紫色に変色した汚泥が堆積した沼地が目の前に広がっていた。
上の階と同じように板張りの通路が張り巡らされているが、やはり魔物は水棲なのかまったく視認できない。
「とりあえず試してみるのが一番か。『神罰:睾丸破裂』っ!」
ならばと、いま習得したばかりのスキルを声高らかに、力いっぱい任意で発動させてみた。
「だから、お前は考えてから行動しろと何回も言っているだろう!!」
セストの怒号に合わせて、あちこちから何かが破裂するような音が水中を伝わってきて、ほどなく《毒魚人》たちが、なぜか等しく股間を押さえて水死体のように浮き上がってきた。
「「…………」」
よくわからんがいきなり第十二層の障害がなくなったっぽい。これで第十三層、ドクター・モロの錬金術工房のある領域まで安心して行けるというものである。
陞爵=ヨーロッパではそういう概念はありません。日本の華族制度ではありました。戦争で手柄を立てたので男爵から子爵になったとか。勲○等と同じで基本的に名誉称号なので、馬鹿男爵が馬鹿子爵に繰り上げという形になります。
対してヨーロッパでは、爵位=○○伯爵領の領主という意味合いなので、クズ男爵が何らかの理由でシリフケ伯爵領を賜った場合、クズ男爵兼シリフケ伯爵という二つの爵位を持っていることになり、その場合、より上位の爵位を名乗ったり呼んだりするのが通例です。
あと血統が途絶えて消滅する以外、爵位を継がない・継げないということはできません。
すべて国が管理して、税収・爵位順・財産など領地を得た段階で細部まで規定されるので、仮に現領主が「廃嫡だ!」と言っても通じません。どんなに馬鹿でアホで婚約破棄しようが、最初に決められた順番通りにアホが継ぎます。
弁護士、家令=どちらも嘱託に近い形で雇用しているので、弁護士=全体のNo.2。家令=領地管理の実質最高責任者という立場で、部下と言うより相談役に近い関係です。




