1ー9 Dr.サガンボ・モロに会いに行こう
サガンボ・モロ=栃木県でサメの事をそう呼ぶ「サガンボ(アブラツノザメ)」「モロ(ネズミザメ)」。冷凍輸送技術が発達する前は、内陸県の栃木県で新鮮な海水魚を入手することは困難であったが、サメ肉はアンモニアによって腐敗速度が遅いので流通させることができ、冬の味覚として定着した。
いまは一年中(栃木県内と一部茨城県の)スーパーに並んでいる。
このダンジョン(通称『睾丸潰しダンジョン』として、瞬く間に広まったらしい。なんでだろう? 釈然としないのだが)は十階層ごとにダンジョンマスターに絶対の忠誠を誓う眷属が、中間管理職として配置されていて、基本的にその他の雑魚魔物は経営者に直接目通りを叶ったり、指示を受けたりすることはなく――吾輩は特例として、ダンジョン内に冒険者の物欲を満たす宝物補充のため、《ダンジョン核》のあるマスタールームまで行って、十日に一回くらい会っていたが――階層主であるソイツに管理される体制になっている。
でもって、一階~十階を掌握している《牛頭半獣人》ロンターノであれば、
『頭脳や魔力よりも筋肉……そう、筋肉は裏切らない! 筋肉はすべてを凌駕する!!』
という脳筋じみた思想や好みに応じて、三階層あたりからお気に入りの《豚鬼》や《人喰鬼》を配置し、併せて単純労働と普段の警戒用に疲れ知らずのアンデッド――《生きた屍》や《ミイラ男》など――を徘徊させ、さらに階層が深くなるにつれて、そういった連中の上位種や《醜大鬼》、それと《人狼》などといった『半獣半人』や『鬼系統』のむさ苦しい連中を優遇する傾向にあった。
このあたりは他のダンジョンも同様なようで、冒険者たちも出現する魔物の傾向から――一層二層のお試し階なら、だいたいどこでも使い捨ての《動く粘液》や《動く白骨》がお約束らしいが――中間管理職……連中が呼ぶところの『門番』を予想して、装備や戦術、人数などを組み立てるそうである。
まあ今回は〈勇者〉というルールブレイカーが、無人の野を行くが如き快進撃ぶりでタイムアタックを敢行している訳で、作戦も何もないゴリゴリの力押しで、なおかつそれがまかり通っているわけであるが……。
そんなわけである程度階層が深くなると魔物も知恵が回るようになり、ダンジョンマスター……というよりも、普段から飴(美味い餌、酒、高濃度の瘴気)と鞭(圧倒的な力によって上下関係を教え込まれる)とで躾けられ、中間管理職に対する忠誠と恭順を誓った、軍隊とまでは行かないにしても野盗程度の統率と仲間意識のあった連中は、自ら誘蛾灯に飛び込む蛾のように、率先して〈勇者〉に挑んで行って、モノの見事に全滅の憂き目にあっていた(もともと質が向上した分、どうしても全体の数は減少する傾向にある)。
結果、後に残っているのは、冒険者も手を出さなかったゴミと――。
【四階層(遺跡エリア)】
「また《生きた屍》であるか」
「アンデッドの上位種とはいえ、所詮は半分脳味噌が腐った死体だからな。規定通りにダンジョン内を巡回していて、たまたま〈勇者〉連中と鉢合わせしなかった連中だろう」
吾輩がスキル『氷魔法』で頭の先からカチコチに凍らせた腐乱死体を、セストが白骨の両手剣で一薙ぎして粉砕する。
本来であれば《動く白骨》の進化先であるが、敵であった冒険者グループ〈星月の守護者〉と協力し合ったように、先日までは立場の違いで対立していただけで、特に個人的な遺恨や怨讐などがない以上、立場が変わった現在は協力することもやぶさかではないのと同様、もともと別に恩義も感慨もなければ、同族意識もない連中を斃すことに躊躇や葛藤などはない。
そもそも《生きた屍》等は最初っから、《生きた屍》として召喚された魔物なので、身内でも何でもない。単なる別な部署の名前も知らない同僚――例えるなら友達の友達くらいな希薄な関係で、人によっては『友達の友達はトモダチ』と言うかも知れないが、吾輩の認識では『友達の友達は赤の他人』である。
【五階層(遺跡エリア)】
『『『美少女美少女美少女っ! 見たことないほどの超絶美少女!! 俺の●×△はかつてないほどビンビンだぜ~~~~っっっ!!!』』』
あと幾らか残っていた半獣半人――山羊の角を持ち馬の下半身をもった《サテュロス》とかが、興奮して常に勃起させてるアレを片手で武器のように握りしめ(デフォルトで常にそうやって向かってくる変態種族である)、脇目もくれずに吾輩に向かってきたところを、セストが不快そうに横合いから一刀両断した。
【六階層(遺跡エリア)】
『『『ぶぉ~~~っ!!! 見ただけで興奮して鼻血が流れて失神しそうな上玉キターーーーッ!!!』』』
しぶとく生き残っていた《ハイオーク》が、満身創痍状態でなお性欲にまみれの本能に従って、いろいろと荒ぶりながら、群れ集って襲い掛かって来たり。
【七階層(森林エリア)】
『『『エクセレ~~ント! 素晴らしい! まさかこのような場所で、これほどの美姫に巡り合えるとは!! 今日は魔生最良の日として記念すべきでしょう!』』』
荒事から遠ざかって、コッソリ退避していた《男淫魔》が、ここぞとばかり影の中から姿を現して、吾輩を惑わせようと素っ裸で怪しい魅了のダンスを踊って、生涯を閉じたりと――。
「なんで吾輩に向かってくる相手は、揃いも揃って変態ばかりなのであるかーーっ!?」
ついでに偶然出会った冒険者たちも、周囲の目がないことをいいことにナンパしてきて、断ると即座に強姦魔にジョブチェンジするので返り討ちにしたり……という道中に、思わずそう疑似蒼穹を見上げて衝動的に文句のひとつも放っても、これはもう不可抗力と言えるのではないだろうか?
まあ、お陰で労せずして相手を探す手間も省けたわけであるし、雑魚とは言えさすがに低階層とは違って、一体ごとの経験値は豊富なようで、割とサクサクレベルも上がり(鏡合わせで通常の倍近い経験値が得られていることも大きいが)、また放置されたままの宝箱からいくつか使えそうなものも回収できたので、八階層くらいになると吾輩もセストもまだまだレベルは低いが能力的には中層帯の魔物が相手でも、十分な安全マージンを取って戦えるくらいにはなっていた。
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【亜神族】
名称:九番目
分類:水の神子姫(特殊個体)
レベル:11
HP:2250
MP:10060
腕力:477
耐久:512
俊敏:448
知能:152
魅力:∞
スキル:水魔法2、氷魔法2、完全修復&完全再生(小)、死んだふり3、魔力操作5、鏡写し(中)、ロイヤル・クラウンバースト、ダーク・ニュー・ムーン(中)、肉体強化1、精神強化1、肉体強化1、状態強化、速度強化1、聖域(小)
装備:高貴な杖(MP+18%)、防御の冠(耐久+38)、白麻製の下着、木綿のチュニック、革製の細帯、ダマスク織の外套、麻製の靴下、疾風の短靴(俊敏+15)、革製の小袋、紅白の小旗、防御の耳飾り(右:呪い。左:毒)
備考:次回進化条件レベル50↑(現在:2222/200000)
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というか、知らんうちに種族進化して(変態の相手をするのにいっぱいいっぱいで見逃して)いたらしい。道理で途中から、サクサクと楽に襲ってくる敵を斃せるようになったわけだわ。
なおセスト曰く、
「美少女度のレベルも上がっているからな。見慣れている俺だからこんなもので済んでいるけど、一般人が見たら多分心臓発作で死ぬ。下半身がある魔物が本能に従って殺到するのも当然だな」
と、擁護しているんだか自滅だと呆れているのか、非常に微妙な論評を語ったものである。
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【神霊族】
名称:六番目
分類:剣聖の英雄神霊
レベル:11
HP:5733
MP:2410
腕力:988
耐久:761
俊敏:519
知能:108
魅力:678
スキル:剣聖技5、闘気法5、盾術4、精霊馬召喚2、剛腕、根性、指揮3、回避率上昇、物理攻撃力上昇(小)、雷属性付与(小)
装備:白骨の両手剣(攻撃力+5%。自己修復(小)。巨人種族に1/6確率で致命傷を与える)、ミスリルの長剣(攻撃力+35)、ミスリルの凧型盾(防御力+28)、羊毛の下着、魔神のベルト(攻撃力+8%)、軍用の外套(防御力+25)、ズボン、空歩の革靴
備考:次回進化条件レベル50↑(現在:2222/200000)
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そんなセストの能力も順調に急成長しており、なんなら1VS2だったら〈勇者〉相手でも勝てるかも知れない――とすら錯覚するレベルである。
しかしながらそんなものは陸の上で練習する水練も同様で、まったく現実に即していない話だ。
そもそもそんな都合の良い状況になるわけがない。
だいたい〈勇者〉の引き連れている仲間は10人はいて、それぞれが〈勇者〉と同等か専門分野ではアレを凌駕する能力者なのだから、個人ではなく甘く見込んでも最低〈勇者一行〉全員が、一度に戦う相手である――と想定すべきであろう。
そうなると、この程度の能力では全く問題になるわけがないのだ。
いまだにアレを相手に正面から戦う愚は避けるべきである。
もっとも、おそらくは《牛頭半獣人》ロンターノくらいであれば、やり方次第で勝てるとは思う。ダンジョンマスターが相変わらず戦力の小出しと逐次投入という愚を犯しているならば。
十階層で待ち構えているのは、ロンターノとそれ以下の高位半獣半人が何人か……という感じのままであるなら、先に子分どもを一掃して、それからロンターノ本体にふたり掛りで全力を注入すればいい話である。
レベル的には足元にも届かないが、基本的にアイツは馬鹿なのでハメ技にかければ、成すすべなくHPを削り切ることができるだろう。
【八階層(モンスターハウス)】
「……やめ…た、食べないで……」
「た……助け……」
広大なフロアに普段であればみっちり魔物が詰まっているのだが、ここぞとばかりに広域破壊魔術やらスキルやら使ったのだろう。見事にもぬけの殻になっていた。
部屋のそこかしこに散乱していたのであろう、ドロップアイテムやら宝箱からこぼれ落ちたお宝を拾おうと、意地汚く残っていた冒険者が、間一髪難を逃れていたらしい《下級死神》に切り刻まれ、さらに時間の経過で瘴気が凝って自然発生したらしい《屍喰人》に、虫の息状態で食われるという、色々な意味で悲惨な光景が部屋の隅で繰り広げられている。
とりあえず関係ないのでそれらは無視して、幸い(?)すぐに一望できる下の階へ続く階段に向かって真っすぐ向かう吾輩とセスト。ついでに吾輩が抱いている犬であった。
【九階層(森林エリア)】
『『『美少女美少女っ! 見てくれ俺の●×△をっ!!』』』
『『『ぶぉ~~~っ! 超超超上玉♥ 犯す奸す姦~~す!!』』』
『『『エクセレ~~ント! 私と甘美で爛れた日々を送りましょう、お嬢さん』』』
「「「おんな、オンナ。キャオン! キャホホオゥ! キャヒ! キャオオオオオゥ!」」」
「ここぞとばかりにまとめてくるんじゃないわっ、変態集団!!!」
ぶちっと頭の中で堪忍袋の緒が切れた吾輩の怒りに呼応して、炸裂した『氷魔法』がエリアの大半を氷漬けにしたり――階段を探すのが大変だった。
「俺って氷ばっかり壊していないか?」
あと白骨の両手剣を両手で振り回して、氷のオブジェクトと化した森林を、スキル『剛腕』『物理攻撃力上昇(小)』を併用して、まるで砂のトンネルを掘るが如く粉砕しながら、ブツブツと不満をこぼすセストが若干ウザかったのも付け加える。
でもって【十層階(中ボス部屋)】
「……案の定、もぬけの空であるな」
中央でいつも偉そうにふんぞり返っていたロンターノも、その取巻きであった威張りん坊の上位種獣人や鬼人も、焦げた跡とか壁のひび割れといった痕跡を残して空っぽになっている。
あと傍観していて文字通り『壁の花』になった冒険者たちが、力任せに壁にぶつけたベリー状になって張り付いていた。
あとロンターノが許可するか斃されるかしないと開かない、十一階層へ降りる階段も開放されている。
「階段があるということはLv.65のロンターノも斃された証拠なわけであるな」
「やれやれ、口だけ野郎だな。もう少し粘るかと思ったんだが……」
とんだ肩透かしだとばかり、石でできた空の巨大な玉座を一瞥するセスト。
「まあやむを得ん。人族や亜人などは、HPが低い代わりに数が多い。それに案外攻撃力もあるので、人数が増えると厄介この上ない。おまけに相手の弱点を巧みに狙って、様々な手段で対抗措置や強化、回復など多彩であるから。対するロンターノはビタイチ回復手段を持たずに、『攻撃こそ最大の防御』を地で行く脳筋ぶりである。さだめしHPを削る一方の美味しい獲物であったことであろう」
できれば我々で斃して経験値にしたかった。
つーか、アイツ馬鹿だったから、もしかすると〝旗振り〟に抵抗できなかったかも知れないな。だったら面白おかしくオモチャにして楽しんでやったものを……。
ま、終わったことは仕方がない。吾輩とセストは開いたままの階段を下って、十一階層へと足を踏み入れたのだった。
【十一階層(湿地エリア)】
「――ぬっ」
重厚な黒雲が頭の上で重く垂れこめ(実際にはそう見えるだけの疑似環境で、雲を抜けると天井にぶつかる)、澱んだ泥水とぬかるんだ泥に一面覆われた見渡す限りの景色を眺めて、早くも辟易した様子のセスト。
一応、通路として粗末な木製の渡し板が、エリア中に張り巡らされているが、四方八方無防備という状況は不安しかないだろう。
吾輩はそれなりに見慣れているが、そういえばセストは十階層より下の階層を見るのは、初めての経験であったな。
「足元が安定していない上に、確実に水の中から何かが襲ってくるパターン……と見せかけて、俺だったら注意してない真上から攻める――なっ、と!」
その台詞が終わらない内に、頭の上から音もなくするすると落ちてきた、胴体部分だけで中型犬ほどもある《ポイズン・スパイダー》を、取り回しが良いミスリルの長剣で瞬殺するセスト。
「お~~っ、さすがはセスト。注意する前に気が付いたか」
軽く手を叩きながらセストの危機意識の高さを賛嘆する。普通は足元が気になって、頭の上に対する注意はほぼ疎かになる。ましてや頭の上は雲だと無意識に安心してしまうが、あくまであれは雲に似た煙幕に過ぎないのだ。
「この辺りにいる魔物の半分は、ドクター・モロが錬金術で造った魔法生物やホムンクルスであるので、ダンジョンマスターとは別系統で動いている。いままでの階層と違って、おそらく結構な魔物が残っていると予想されるのである」
ましてや相手は〈勇者〉。あいつらを病的に恐れているドクター・モロであるなら、戦力を温存……というか、自分の存在を極力隠すために作品をしまって、息を潜めてやり過ごそうとするはず。
「というか、すでに逃げている可能性も高くないか、その〝非常用脱出転移陣〟とやらで?」
セストの懸念ももっともだが、可能性としては五分五分だと思っている。
「どうかな。セストは知らないだろうが、ここのダンジョンマスターはとことん小物だからな……」
「――?」
ダンジョンマスターは小物だけに、妙なところで鼻が利く。自分のダンジョンの一から十まで知っている部外者を、放置できるほど器は大きくないということだ。
疑心暗鬼で必ずや何かしらの仕掛けを、十重二十重に施してあるはず。そしてそれをドクター・モロが想定して上回っているかどうか。ここが勝負の分かれ目と言ったところである。
作者のモチベーションアップのため
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《設定》
○デミゴッド(女性型:デミゴッデス):半神 。もしくは半神半人。 神には至らない下級神を意味することもある。 不死不滅の存在である神と違って死ぬこともある。能力は親である神から引き継いだ極めて強力なものを使える。代表的なのは北欧神話のワルキューレ。
○へーロース:英霊。人でありながら神に至るほどの能力と伝承を遺して崇められた存在が、死後、民族やその国の神と化した存在。




