1ー8 Dr.サガンボ・モロの錬金術工房
「本当なら〝ポーション〟の何本か譲っておきたいんだけど、こればっかりは回復職のいないアタシらの生命線だからねぇ……マジで、秤にかけるようで忍びないんだけれど、リーダーとしちゃ仲間の安全が最優先なので……すまないね」
苦渋の決断なのだろう。休憩が終わって別れ際、女冒険者グループ〈星月の守護者〉のリーダーであるアレッサンドラが沈痛な表情で頭を下げるのであった。
これから吾輩らを襲ったゴロツキ冒険者を引き連れて出入り口へ戻り、しかるべき筋へ突き出す……と言葉にすれば簡単であるが、いくら過疎っているダンジョンの一、ニ階層とはいえ危険は皆無というわけではない。
まして拘束されているとはいえ、いまだ法の埒外であるダンジョン内部。どうせ罪人となって死罪か奴隷落ちになるくらいなら死ぬ気で暴れてやろうと、鵜の目鷹の目で反抗の機会を窺っている、彼女たちの倍ほどの人数と荒事の経験豊富な(元)冒険者たちを監視しながらの帰路である。
どれだけ用心しても用心し過ぎということはないだろう。
「気になさらないでください。わたくしには治癒能力もありますので、そんな効能の怪しい頓服だかテンプクだか〝ポーション〟だか――」
「ゴホンッ!! まあそういうことだ。こちらはノノがいるのでその手の心配はない。そちらこそ気をつけて帰れよ」
なぜか即座に背後からセストに口を塞がれて、口上を遮られた上に無理やり別れの挨拶で話を切り上げられた。
いやだって連中の使っている〝ポーション〟とやら、マジで使いものにならないのであるぞ。
せいぜい浅い切り傷を治すのが精いっぱいで、おまけに割れやすい瓶に入っているので持ち運びにくく嵩張るという、ちょっと考えてもいいとこ何もない代物である。
あんなもの古代魔法帝国なら薬じゃなくて、(やたらマズい)清涼飲料扱いであったことだろう。後生大事にする気持ちがわからんわ。
せめて錠剤にするとかアンプルにするとか、もうちょっと何とかならんものかと思うのだが、大方、漠然と先人の教え通り作っているだけで中身を理解していないので、どこをどう手を付けていいのかわからないのであろうな。嘆かわしいことに。
「ああ。ありがとうよ。じゃあね、水の精霊姫様に妖精の騎士様。達者でね!」
ニカッと男らしく笑って手を振りながら踵を返してアレッサンドラに続いて、ベルタ、キアラ、ディアナも口々に別れの挨拶をして、ふん縛ってある(元)冒険者たちを急き立てて地上を目指して、別れとなったのである。
「さようなら! 貴方たちに会えたことは一生忘れないわ」
「案外、どこかでひょっこり会えたりするんだよね。そん時はよろしく! あとダンジョン内では避妊しときなよ!」
「貴方たちのことは内緒にしておくわ。あの強姦魔連中も、一言でも喋ったら睾丸が二個とも、『パーン!』と一気に破裂する呪いをかけておいたので大丈夫よ」
背後でにこやかに手を振っていたセストが、キアラの余計な一言に心なしか動揺し、ディアナの恐ろしい警告に、呪いをかけられた(元)冒険者たちが一斉に蒼白になって股間を押さえたのと同様、なぜか及び腰になって汗を流すのであった。
その隙にセストの拘束を解いた吾輩は、一列になって連行される(元)冒険者たちに向かって、
「〝ダーク・ニュー・ムーン〟」「〝ダーク・ニュー・ムーン〟」「〝ダーク・ニュー・ムーン〟」「〝ダーク・ニュー・ムーン〟」「〝ダーク・ニュー・ムーン〟」「〝ダーク・ニュー・ムーン〟」
念のために連続でデバブを重ね掛けして、途中で暴れても〈星月の守護者〉の皆で対応できるよう、能力を半減させておく。
「多分、出口につくまで効果は持続すると思いますけれど、万一の時には『パーン!』とやっちゃってくださいね♪」
「「「「おーーっ。ありがとう、姫様っ!!」」」」
再度、にこやかに手を振りながら、二階へ続く階段を上っていく〈星月の守護者〉のメンバーたち。
「「「「「おいっ!」」」」」
「「「「「待てこらっ!」」」」」
弱体化した(元)冒険者たちを悠々と引き釣って、文句を聞き流しながらほどなく吾輩たちの視界から消え、ほどなく騒々しい雑音も何も消えたのだった。
◆
さて、着替えもできたし情報の交換もできた。その代わり思いがけなく時間を費やしてしまった吾輩とセストは、遅れを取り戻すために小走り――セストの小走りは並み、否、鍛えられた人族の全力疾走に等しいので、吾輩は『水魔法』で〝水の障壁〟を張って、床の上を滑るように――三層を抜けていた。
よほど激しい戦闘があったのか、途中の通路が窪んでいたり、壁に穴が開いたり、天井に亀裂が走ったりしている。
「かなりの怪力を持った魔物が複数で暴れ回った痕のようだな」
「本来ならこのあたりは《人喰鬼》や《人喰女鬼》の縄張りであるからな。連中は好戦的で、相手が強ければ強いほど喜んで悦んで慶ぶという、生粋の戦闘民族なので、おそらくは一人残らず〈勇者〉に挑んで全滅したのであろう」
ちなみにカラスのように光る金目のモノを集める習性があるので、連中の巣には結構なお宝が隠されている……と、もっぱらの噂だった。
「……お前、どこでそういう噂を拾っていたんだ?」
「はっはっはっはっはっ。セスト、オンナには秘密がたくさんあるのだよ」
心底不思議そうな表情で首を傾げるセストの疑問を、笑って誤魔化す吾輩。まあほんの一時間前まで自分が女だったことも知らなかったわけだけれども。
なお、念のために空っぽになっていたねぐらを確かめたけれど、案の定、根こそぎ冒険者に強奪された後だった。
「惜しかったであるな。その『鋼の長剣(+15)』と対になっている『鋼の盾(+20)』も、ここに安置されていたのであるが」
スッカラカンの宝箱を指して教えたが、セストは軽く肩をすくめただけで、大して関心のある様子は見せなかった。
さて、寄り道をした甲斐がなかったのであるな。
と思いながら再び〝水の障壁〟を張ろうとしたところで、ふと足元がもぞもぞした感触に襲われて、反射的に飛び上がった。
「な、なんであるか……!?」
「――敵か!」
即座に取り回しの良い『鋼の長剣(+15)』を抜いて警戒するセストだが、その目が当惑に揺れ、
「……犬? 犬の子供か?」
困惑と警戒混じりの呟きがその口から洩れる。
セストの視線を追ってみれば、吾輩の足元を白い毛並みをした仔犬(推定生後1ヵ月以内)が一匹、鼻を擦り付けるようにして、無邪気にじゃれついていた。
一瞬当惑した吾輩であるが――「!!」――すぐに仔犬の正体に見当がつき、思わず満面の笑みを浮かべてソレを両手で掴んで抱き上げ、まじまじと顔を覗き込んで普通の犬にはない野生と気品を感じて頬刷りする。
「ふふふふふ…ふっ。こんなダンジョンの奥深くに仔犬がいるなど不自然過ぎるのである。となると先の展開も見えている。一見してただの白い仔犬に見えるが、その正体は実は伝説の神獣の子供というどんでん返し……というお約束な展開。吾輩、このパターンは親の顔よりも知っているのである。『白い仔犬を拾ったらフェンリルの仔狼』というのが、この業界の鉄板なのである」
「……だから、お前のその妙な知識はどこから仕入れているんだ?」
危険はないと判断したのだろう。「だらしない顔だな」と失礼な呟きをこぼしながら、セストは剣を鞘に戻した。
論より証拠とばかり吾輩は『審判カード』で確認してみる。
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【犬】
名称:実験動物兼非常食5963号
分類:雑種犬(瘴気によって14%魔獣化)
レベル:0
HP:5
MP:1
腕力:2
耐久:1
俊敏:2
知能:1
魅力:8
スキル:なし。無芸
装備:Dr.サガンボ・モロの首輪
備考:進化条件レベル10↑(現在:0/100)
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「…………」
「犬だな。それも瘴気の影響で若干魔獣化しかけている」
当てが外れて黙り込む吾輩の背後で、結果を覗き込んで確認したセストが念を押してとどめを刺す。
「――大方、この騒ぎでDr.サガンボ・モロの錬金術工房から逃げ出したのであろうな」
一気に興奮の薄れた吾輩は、雑種犬――よくよく客観的に見れば馬鹿犬っぽいアホ面――を一瞥して、そっと床に戻した。
さらばだ犬。無事に自力で生き延びられることを祈る。
「でDr.サガンボ・モロ。あの変人錬金術師か」
珍しく苦手意識を隠そうともせず、辟易した表情でため息をつくセスト。
まあ仕方ない。あの自称『漂泊の天才錬金術師』は、ある日、ふらりとダンジョンを訪れ、ダンジョンマスターと交渉をして、協力する代わりにダンジョンの一角――現在は十三階の隠し部屋――に錬金術工房を作って、日々訳の分からん実験を行っているのだ。
《動く白骨》であった当時、特殊個体である吾輩や、無類の強さを誇ったセストも、妙に気に入られて様々な実験に付き合わされた口なのである。
ちなみに20階にいる中ボスである、108個の目と千二本の様々な手足を持った《混合獣》デントロはDr.サガンボ・モロ(問答なので以下、「ドクター・モロ」)の作品だったりする(土台となる部分はダンジョンマスターの眷属であるが)。
付け加えると外の世界にいる〈勇者〉の恐ろしさを吾輩に教授してくれたのも、ドクター・モロであった。
在りし日――。
「勇者って人族の中の特殊個体――いや、エラー品だね。あまりにも戦闘に特化し過ぎてバランスがオカシイ。ここいらじゃないけど、東の海の向こうにある列島では、知性ある魔族を『オニ』って呼んで、代々〈勇者〉が倒しているんだけど、まあそんな僻地まで足を延ばす魔族もそうそういないし、いてもせいぜい中級魔族がいいとこだけどさ。稀に中級上位の強力な魔族に負ける事もある。そうしても負けた時のデータを即座に反映させて次代の〈勇者〉を生み出すシステムなんだ」
試験管で謎の液体を飲みながら、ドクター・モロがうんざりと説明してくれた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ぐわああああああああああああっ!!!」
仲間はすでに全滅し、魔族の攻撃によって致命傷を負った〈勇者〉モモタ・ロー(56代目)は、もはやこれまでと悟り最期の力を振り絞って、自分のすべてにいま詳らかになった敵の手の内のすべてを添え、次代のモモタ・ロー(57代目)に託すことにした。
「ポコペンポコペンダーレガ コロシタ クックロビン」
「ポコペンポコペン…ダーレガコロシタ クックロビン」
秘術を完成させた〈勇者〉モモタ・ローの口が大きく開き、そこから一抱えほどもある巨大な桃が生み出され、勢いよくどこへともなく放たれて宙を飛んで行く。
「わが子よ…いつの日か、父の恨みをはらしてくれ……! 正義の根をたやしてはならんぞ……」
それを見送りながら、満足げな笑みを浮かべてこと切れる〈勇者〉モモタ・ローであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「以上が私が調べた列島勇者モモタ・ローの転生システムである。いや~、あの桃ってどこから流れてくるんだと疑問に思って調査してみたら、まさかこんな頭おかしい背景があったとは……」
そんな茶飲み話の与太話を聞きながら、吾輩は、
(勇者って本当に人族であるのか!?)
と大いに疑問を抱いたものである。
「ま、いずれにしても〈勇者〉なんぞと関わるもんじゃないね。万一このダンジョンに来たら、私はさっさと非常用脱出転移陣で逃げさせてもらうよ」
最後にそう締めたドクター・モロの台詞を思い出して、
「――あ」
吾輩はもう一つ脱出経路があったことを思い出して、ポンッと軽く手を打ってから、改めて足元にまとわりついている仔犬を抱きかかえた。
よく見れば首に表面に『Dr.サガンボ・モロ』裏面に『No.5963』と刻印されたメダルが、細い首輪に括り付けられている。
案外、これが事態打開のための鍵になる可能性が高い!
「ひょっとすると、労せずして逃げられるかも知れないのである」
「?」
怪訝な表情を浮かべるセストに吾輩は手短に事情を説明し、取り急ぎ十三階を目指すよう方針転換する我らであった。
【〈星月の守護者〉後日談】
無事に地上へ戻れた〈星月の守護者〉たち。
領主に連行してきた冒険者たちに襲われそうになって返り討ちにしたことを話して、身柄を領兵に渡したが、話に微妙な欺瞞の臭いを感じた衛兵たちによって、洗いざらい吐くように強要された結果――。
次々に冒険者たちの金玉が連鎖するかのように破裂するという、百戦錬磨の拷問官でもトラウマになる光景と死に顔を目の当たりにして、一時領主軍がパニックになる事態へと波及した。
『あのダンジョンの奥に入ると男のタマが破裂する呪いにかかる』
という噂と『ナッツ・クラッカー事件』という呼び名が瞬く間に、主に男たちを中心に燎原の火のごとく炎上し、調査のための決死隊を結成しようにも、
「戦って死ぬならともかく、金玉破裂させて死ぬとか絶対に嫌だっ!」
と屈強な騎士でさえ泣き叫ぶ事態に、幸か不幸か後続の兵は派遣されずに済んだのだった。
なお、事件後もかの地は『ナッツ・クラッカー遺跡』と呼ばれて、いつまでもいつまでも男たちに忌避されたということである。
作者のモチベーションアップのため
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サガンボ・モロの中の人は一見すると女性に見える男性ですが、本人の性癖はどっちでも行けます。




