1-7 地下三階層での一時休憩と現状把握
女冒険者グループ〈星月の守護者〉。
もとは騎士家や地方地主の二女、三女等が己の才覚と腕っぷしを頼りに、実家や男に頼らずに独立独歩の精神でもってやって行こうと一念発起して結成された冒険者グループであるらしい。
(ある意味、庶民程差し迫った暮らしはしていないけれど、貴族程余裕のない……長女以外に持参金も用意できない中途半端な層のさらにミソッカスである次女以下が、粋がって始めたお遊び騎士ゴッコ集団といったところであるか)
当然口には出さずに、そう内心で結論付ける。
ちなみにここにいるのは、リーダーのアレッサンドラ(27歳、剣士)以下、サブリーダーのベルタ(24歳、軽剣士)、キアラ(21歳、盗賊)、ディアナ(25歳、呪術師)の四人であるが、二つほど離れた町にある本部には、他に非戦闘員を混ぜて二百人(戦闘員は半分ほどらしい)ほどの所帯を構える女性ばかりの集団であるとのことだった。
なおアレッサンドラは今回の〈勇者〉によるダンジョン攻略に参加した、〈星月の守護者〉の中でも武闘派として名を馳せているグループリーダーという立場だとか。
あと、たまに聞く『ギルド』(この場合『冒険者ギルド』)だが、他のギルドもそうであるがそこに所属しているのは、あくまで代表者だけであり前線で働く冒険者は従業員――商業ギルドや工業ギルドであれば、見習いとか丁稚とかの使用人にあたるらしい。
代表者がギルドで仕事を受注や斡旋され、その上で自分たちで采配して所属冒険者に振り分け、無事に依頼を果たしたらそれに応じた報酬を月々の給金に上乗せする……というのが一般的な形式ということであった。
あと外界の魔物はダンジョン内のものと違って生身の肉体が残るのだが(多くの肉食獣の肉に臭みがあるように、大多数の魔物の肉は非常にマズいらしいが、無理すれば食えないことはないらしい)、魔石以外勝手に肉や希少な薬草等を採るのは原則違反である(雇われ漁師が金になる魚を勝手に食うようなもの)。
考えてみてもわかる通り、領地領主や地元の地主はケチでしみったれなのだ。勝手に自分のところの獲物や薬草などを、ふらりと来た余所者に持っていかれて面白いわけがない――ので、村人総動員で死体を持ち帰って地産地消とするのが通例となっているそうだ。
そのようなわけで冒険者は基本的に依頼で魔物を斃したり、ダンジョンを攻略するだけに特化したヤクザな職業らしい。
と、それだけ聞くと冒険者ギルドに加盟したうま味はないように思えるが、その代わり信用できる依頼主からの依頼を回してもらえるし――阿漕な村長や商人は、なんだかんだと難癖付けて金を出し渋る。それどころか金を払うのが嫌で殺されることもあるとか――場合によっては、ギルドが依頼料を立て替えてくれる仕組みであるそうだ。
また冒険者もグループ法人を結成していることで、失敗した時の違約金は個人ではなく法人が建て替えてくれるので、個人の瑕疵は最低限で済む(失敗の内容によっては個人の問題になることもある)し、この世界で『市民』と呼ばれるのは都市部に住んで税金払っている住人だけだが、ギルドに加盟している間は『準市民』として身分が保証される他、万一怪我をした場合でも保険や治療費をギルドが払ってくれるので、長い目で見ればギルド所属のグループに加入するのがお得なのだとか。
「いずれにしても、女性の社会進出も進んだのですね。これが新進の気性というものでしょうか」
実際、自慢するだけあって四人とも連携の取れた動きで、あの後、チンピラ冒険者や《豚鬼》の群れにも臆することなく、冷静に撃破していったものである。
勿論数の上では圧倒的に不利だったのであるが、洞窟という地形を利用したのと、所詮は統制の取れない烏合の衆であったこと、なにより背後からセストと《一角獣》が、当たるを幸いに連中を案山子のようになぎ倒し、一騎当千の働きをしたのが大きかった……と、身内贔屓でなしに言い切れる見事さであった。
ちなみに現在《一角獣》は元の場所に帰還済みである。
女性ばかりの〈星月の守護者〉であるが、まあ自由奔放な生き方を選択した全員二十代の女性ばかりであるので、《一角獣》の好みとは乖離していたらしく。彼女たちを一瞥して、ポタラ高原スナギツネのような変顔をしたかと思うと、そのままものも言わずに帰って行った。
ということで、生きていたチンピラ冒険者たちは盗賊であるキアラの手で、そうそう逃げられないように濡れた革ひもで拘束され、武器やら何やら没収されて床の上に座り込んで不貞腐れている。
〈星月の守護者〉も予定を変更をして、連中を連行してこれから取って返し、出入り口の領主軍に連中を引き渡すとのこと。
そんなわけで一仕事終えた後の小休憩に、吾輩とセストも成り行きで便乗することとなった。
なお《豚鬼》の方はあらかた魔石になったので、今回のお礼を兼ねてアレッサンドラたちに全部進呈してある。実はこっそり吸収しようかと思ったのだけれど、どうやら魔物として要素が消えた段階で吾輩とセストは、魔石や瘴気に対しての親和性もなくなったようで、逆に拒絶反応が起きて激しく咳き込んだのである。
つまり今後は人族と同じように、斃した経験値でしかレベルが上がらないという縛りプレイを強いられることとなった。
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【精霊族】
名称:九番目
分類:水の精霊姫(特殊個体)
レベル:3
HP:450
MP:777
腕力:199
耐久:178
俊敏:156
知能:84
魅力:∞
スキル:水魔法1、氷魔法1、完全修復&完全再生(小)、死んだふり3、魔力操作3、鏡写し(中)、ロイヤル・クラウンバースト、ダーク・ニュー・ムーン(小)
装備:白麻製の下着、木綿のチュニック、革製の細帯、ダマスク織の外套、麻製の靴下、短靴、革製の小袋、紅白の小旗
備考:進化条件レベル10↑(現在:750/10000)
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装備に関しては〈星月の守護者〉の四人が、予備のものを提供してくれたのだが、
「うわ~、見事に中身に衣装が負けてるわ」
「生粋のお姫様が庶民の変装をしているようにしか見えないわね」
「アタシの持ち物の中では結構いいやつだったんだけどな~」
「これは仕方ないわ。まあさっきまでの半裸よりはマシ……程度に思わないと」
着替えも手伝ってくれた(そもそも吾輩は自分で女ものの着替えなどできないのである)彼女たちの評価は微妙なものであった。
(若干計画とは違うのであるが、いずれにしても゛雨降って地固まる”というか゛人間万事塞翁が馬”で、予定より遥かに平和的に女冒険者の衣装を身につけることができたのである。その上、情報も得られて重畳重畳)
(相変わらずの能天気さだな)
げんなりした念話で応じるセストも、男冒険者の荷物を漁ってまあまあ使えそうな衣装に着替えている。
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【精霊族】
名称:六番目
分類:妖精の騎士
レベル:3
HP:606
MP:167
腕力:249
耐久:361
俊敏:92
知能:43
魅力:558
スキル:剣聖技3、闘気法4、盾術3、精霊馬召喚1、剛腕、根性
装備:白骨の両手剣(攻撃力+5%。自己修復(小)。巨人種族に1/6確率で致命傷を与える)、鋼の長剣(攻撃力+15)、円形盾(防御力+8)、羊毛の下着、革製のベルト、毛皮の外套、ズボン、革靴
備考:進化条件レベル10↑(現在:750/10000)
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経験値がピッタリと等配分されているのは、吾輩のスキル『鏡写し(中)』のお陰であろう。ついでに吾輩単独でこれほど経験値を得られたとは思えない――何しろあの後《豚鬼》二匹と、冒険者二名を強制浣腸させただけな――ので、セストが斃した分と合算されているのであろう。
あと、女性陣の着替えと違ってセストの方は若干不潔っぽかったので、その場で吾輩が『水魔法』で一抱えほどある水の球を生み出して、その中へ全部突っ込んで高速回転させながら洗濯したところ、なぜか〈星月の守護者〉のメンバーが目と口を大きく見開いて、唖然としていた。
「何かおかしいのであ……おかしなことをしましたでしょうか?」
「オカシイというか……異常?」
特に愕然としていた〈呪術師〉のディアナが、自分が見たものが信じられないとばかり、首を何度も縦や横に振りながら、ようよう一同の総意という感じで答える。
「あら、そうなのですか? ディアナ…さんは〈呪術師〉だそうですけれど、同じようなことはされないのですか?」
「無理無理! 〈呪術師〉ってのは〈魔術師〉になれなかった半端者だし、たとえ〈魔術師〉でも魔術で作った水や炎はすぐに消えるのが常識だわ」
「へえ、それでは喉が渇いても水を作って飲むこともできませんわね」
魔術って不便であるな。魔法で作った水は水。そのまま飲めるし、何なら聖水や霊水と呼ばれる癒しの効果がある水だって、魔力が持つ限りほぼ無尽蔵に生み出すことができるものであるが。
「……はーっ、参った参った。御伽噺や吟遊詩人の歌で聞いてはいたけど、『魔法』ってのは本当に何でもできるんだねェ」
ガシガシと頭を掻きながら、隔靴搔痒という風情で眉根を寄せるアレッサンドラ。
さらに続いてこうぼやくのであった。
「聞いた話では、『精霊姫』様も『妖精騎士』様もなぜか知らないけど、気が付いたらこのダンジョンに居たってことだろう?」
「その通りです(嘘はついていないのである)」
普通はこんな荒唐無稽な話など信じてもらえるわけはないが、例の冒険者御用達の金属板(『審判カード』が正式名称らしい)で、吾輩とセクトが現代では地上界に存在しない《水の精霊姫》であり《妖精の騎士》であることに嘘偽りがないこと――。
「とゆーか、こんなド外れた完璧な美貌の美少女が人間なわけないわよ。それも素顔よ!? それになにこの真珠みたいに真っ白い肌!」
「ふふん。あたしは美貌の御利益を期待して、さっき姫様から髪の毛を一本分けてもらったわ」
「ああっ、ズルい! アタシも欲しいっ!」
そもそもこのダンジョンが古代魔法帝国の遺跡(というか墳墓?)を礎に発生したらしいこと。そこへ〈風の女神の加護を授かった勇者〉が足を踏み入れて大暴れしていることなど、あり得ない複合要因が重なって、あり得ないことが起きたのではないか……というのがアレッサンドラやディアナの推測であった。
(つまり訳の分からんことだらけなので、この上さらに訳の分からないことのひとつふたつ増えても、どうでもいいと思考を丸投げしているということであるな)
女性陣のオモチャにされながら吾輩はいろいろと平仄が合ったのであるが、だからといって〈星月の守護者〉と一緒になって、「遭難者で~す♡」と愛想を振りまきながら出入り口から出られるかと言えば――。
「無理ね」
「無理でしょうね。絶対に領主に目を付けられて、保護という名目で囲い込まれるわ」
「あの領主の女好きは有名さ。まあ貴族なんて大概そうだけどさ」
「おまけに世界に唯一の《水の精霊姫》ともなれば、国の上層部やら神殿やらが躍起に合って取り合いでしょうね」
口を揃えて危険性を指摘してくれる〈星月の守護者〉の皆であった。
「貴族なんざ俺たち以上に悪辣だからな。適当なお題目で拉致して、権力にものを言わせて好き勝手するだろうな」
「何をやっても罪にならないし、何をしても許されるって本気で思ってる連中だし」
「実際、俺たちと違って誰も裁くことができねーところが終わってる」
「神殿の神官だって同じよ。〈聖女〉なんて実際は『下町の聖女』と同じで、貴族のボンボンや高位神官に股を開いて、〈聖女〉の称号を受けたってもっぱらの噂ですものね☆」
ついでに縛り付けられたままのチンピラ冒険者たち(吾輩が石筍で貫いたせいで、新たな扉が開いてしまったらしい連中2~3人)も同意して、自分たちの事は棚に上げて国の上流階級のえげつなさを槍玉にあげる。
「こらっ! お前らの発言は許していない! 調子に乗るな!!」
一喝したアレッサンドラに合わせて、吾輩はスキル『ダーク・ニュー・ムーン(小)』を使って、彼らのステータスを一時的に下げた。
このスキルは、縛られたチンピラ・ゴロツキ冒険者相手に人体実――もとい試行錯誤で使用してみたところ、一時的にステータスを下げる効果があることが知れたものである。
いまのところレベルが低いので効果範囲は2メトロほどだが、使用する魔力も大したことがないので連続使用や重ね掛けも可能と、かなり汎用性が高い。
「つまり人に見つかれば身の安全は保障されないというわけか。では〈勇者〉に協力を求めたらどうなる?」
スキルの効果で野郎たちが悄然と押し黙ったところで、セストが何気ない口調で〈星月の守護者〉の誰にともなく尋ねた。
(――おい?)
(懸念はわかるが、それはダンジョンの魔物……《動く白骨》だったからだろう? いまの姿なら問題なく協力を得られるのではないのか?)
なるほど、セストの言い分ももっともであるな――と希望的観測を抱いた吾輩だったが、一斉に諦観の表情で大きく首を横に振るその場にいた全員の態度に、即座にその望みは潰える。
「ダメダメ。あの勇者はアフォバッカ教国出身で、アフォバッカ教国といえば人族至上主義さね。『精霊姫』様や『妖精騎士』様であっても、連中にとっては人以外は全部『悪』って価値観なのさ」
「特にあの勇者はちょっと話を聞いただけでも、カチカチの教条主義で一切聞く耳持たないのがわかりましたし」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
同時刻、十階層のボス部屋にて――。
〈勇者〉如き何するものぞと、十匹近い《人喰大鬼将》を配置させ、手ぐすね引いて待ち構えていた、全長四メトロの巨体を誇る《牛頭半獣人》ロンターノであったが、躊躇なく入口の扉を開け、飛び込んできた〈勇者〉たちによって瞬く間に《人喰大鬼将》たちはゴミクズのように蹴散らされ、自身の攻撃もほとんど痛痒を与えることなく、僅か数合打ち合っただけで瀕死の状態にされてしまった。
「こんなものか……」
つまらなそうに鼻を鳴らして、とどめを刺そうと近づいてくる〈勇者〉。
「――ば、馬鹿な!?」
真の強者との立ち合いを経験したことのない、ロンターノの根拠のない自信はたちまち瓦解し、身も世もない命乞いの言葉が口から洩れるのだった。
「ま、待ってくれ! 話せばわかる!」
「問答無用」
氷よりも冷たい口調で、蚊を潰すほどの感情の動きもなく、淡々とした流れ作業のようにロンターノの首を一瞬で断ち切る。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「『人族以外絶対殺すマン』って感じだよね~。親兄弟でも殺された上で、周りから無茶苦茶吹き込まれた狂信者って感じだね、あれ」
「まあ理想の〈勇者〉というものはああいう、何の迷いも恐怖も感じない化け物みたいなものなんでしょうし……また、意図して神殿でそう造られた存在なんでしょうけど、ある意味哀れよね」
勇者の危険性を――現在の状態でも、目に入った瞬間、有無を言わせず抹殺される――口々に訴える〈星月の守護者〉の面々。
(……つまり状況的には、当初とほぼ変わっていないということであるな)
(さすがに何もかも上手くいくほど世の中甘くなかったか)
ガッカリはしたが、振出しに戻ったと考えればそれほど傷は深くない。
吾輩とセストは改めて当初の目的通り、『勇者に見つからないようにこっそりつけて行って、ドサクサ紛れに脱出する』計画を遂行することを確認し合ったのだった。
作者のモチベーションアップのため
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《設定》
冒険者のカードはもともと古代魔法帝国で、帝国民以外の属国民や併呑した蛮族の管理をするためのマイナンb……じゃなくて、身分証明カードでした。
そのため帝国以外の周辺国に製造装置があったため、現在でも割と残って稼働しています(古代遺跡にあるので必然的に冒険者ギルドで独占する形になっています)。
ノノは生粋の帝国人で皇女様だったので、聞いたことくらいあるかも知れませんが見たことはありませんし、なんなら意識したこともありません(現在は記憶もあいまいだし)。
あと古代魔法帝国は純然たる実力主義だったので、魔法力の弱い者は皇族でも淘汰されました。
実際ノノは直系ではなく傍系の皇族だったのですが、その膨大な魔法力とカリスマを買われて皇位継承権上位(というか実質次代の女帝として)に据えられた経緯があります。
《閑話》
ちなみにヨーロッパはほとんどの地域で硬水なので、洗濯に石鹸や洗剤を使ってもまったく泡立たずに役に立ちません。なので昔は川の水で流して乾かすだけという洗濯方法でした。
現在の洗濯機も仕組みはほとんど同じで、高速回転させて乾かすだけ。洗剤を使えないのがデフォです。




