第8話 入学試験
いよいよ王立学院入学試験の時期がやってきた。
試験は国内各地で行われるが、王都周辺の王室直轄領にある町の住民は王都にある王立学院本院で試験を受けなければならない。俺が住む街サディナから王都までは馬車で2日ほどの距離だが、途中何があるかわからないため、5日前には出発することにした。しかし、幸いなことに道中何もトラブルは無く、馬車は順調に王都に近づいている。街道はしばらく森の中を進んでいたが、森を抜けると、目の前に平原と、流れる大河、そしてその畔に建つ巨大な都市、王都アレクシアが見えてきた。
王都アレクシア。初代国王アレクシウス陛下にちなんで名付けられたこの都市は、人口50万人を擁する、この世界ではまごうこと無き大都市である。この大陸でアレクシアを超える規模の都市は、隣国ミノス神聖帝国の聖都イスタリヤくらいであろう。ちなみにアラバイン王国の総人口が600万人くらいなので、アレクシアには総人口の1割弱が集まっている計算になる。
当初、城郭都市として誕生したアレクシアだが、人口流入と共に城壁外に人が住み始め、度重なる再開発の結果、城壁外の新市街を平民街、城壁内の旧市街を貴族街とする現在の姿が完成した。城壁を持たない新市街はどこまでも広がっている。新市街の中を巡る運河は、かつて新市街を囲む防衛用の堀として作られたものだが、堀の外側にまで街が広がっていき、今や用途を全く変えていた。
アレクシアに到着したのが夕方であったため、観光などは明日に回し、まずは宿に向かう。宿はギルドが手配したため、アレクシアの冒険者ギルドに併設する宿泊施設だった。受付はギルドの受付が兼務している。
さすがに王都のギルドだけあってサディナのギルドとは規模が段違いである。
確か王都のギルドには金剛石級の冒険者が在籍しているはずだが、会えたりしないだろうか、まあ、王宮専属で仕事をしているから無理だろうなあ、などと思いながらギルド内を見回す。見るからにお上りさんだ。
そうこうしているうちに受付が空いたので、そちらに向かい、宿泊の予約があることを告げる。受付嬢は「はいはい、宿泊ねぇ」と言いながら書類を見ていたが、突然、ガタンと立ち上がった。
「紅玉級冒険者ぁ? しかも14歳?」
大声がロビーに響き渡り、みんなが何だ何だと集まって来る。
しまった。サディナでは俺がいることが日常になっていたので、こんな反応が返ってくることが無かったから忘れていたが、世間一般では成人前の子供が冒険者でしかも紅玉級なんてことはありえないことだった。
俺は苦笑いしつつ、「まあ、いろいろありまして……」と言葉を濁すが、受付嬢は興味津々といった感じで身を乗り出してくる。
「アレクシアの訪問目的は? 仕事? でもサディナのギルドから仕事の話は来てないし」
客のプライバシーをこんな公衆の面前で聞いちゃダメだろ、と思いつつ、この世界にはまだプライバシーの概念自体無かった、とため息をつく。
「王立学院の入学試験を受けるんですよ」
しかたが無いので正直に話す。まあ、知られても問題になることでは無い。
「ええーっ!じゃあ将来はお貴族様? 唾付けとこうかしら?」
……苦笑い以外どうしろと?
そんなこんなで部屋に向かおうとすると、冒険者数名に取り囲まれた。
「よう、お前14歳で紅玉級なんだって?しかも王立学院受けるの?」
あっ、これはあれですね。絡んできた三下を主人公が叩きのめすイベントですね、と思ったら違った。
「すげぇじゃねえか!」
「え?」
「なあみんな、こんな子供が頑張ってるんだ、応援してやらねえとな」
「ああ、坊主。頑張れよ! お前は俺たち冒険者の誇りだよ」
「よし、今日は俺たちのおごりだ。飲め!」
「あ、いや、僕子供なんで酒飲めない……」
「じゃあ食え!」
……宴会が始まった。何なの?
翌朝、ギルドに併設する食堂の椅子で目が覚めると、周りには酔い潰れた冒険者が死屍累々。俺は、酒は飲まなかったけど、みんなの話を聞いているうちに眠ってしまったようだ。
しかし、最後まで俺に金を払わせなかった。こんな初対面の俺に良くしてくれる。気のいい連中である。彼らのためにも頑張らなきゃな、と気持ちを新たにした朝であった。
入学試験当日、貴族街の石畳を歩く。
貴族街は白を基調とした小綺麗な町並みだが、今日は明らかに異質な人たちが多数歩いている。彼らは俺同様、王立学院の平民枠を受験する人たちだろう。
王立学院本院に着き、受付をすます。俺の受験番号は273番だった。王都だけで300人前後と言うことは地方受験枠も含めると1000人以上は受験生がいるのではないだろうか。平民枠は多くても10人程度だから、倍率100倍を超える難関だ。
試験は午前中、座学の試験でこれは楽勝だった。何しろ初等教育すら受けたことの無い人も多い平民向けの試験なのである。苦労するはずも無かった。
午後は実技試験。
エルサに聞いておいた情報によると、数人が一つのグループになり、それぞれに試験官が付いて、魔法や剣技の腕前を評価するとのことだった。そのグループ分けのためにグラウンドに並んでいると、「受験番号273番は前に」と声がかかる。
何だろう?と前に行くと、「君は特別プログラムがあるからそこの担当者についていけ」と言われる。ますます意味が分からないが、担当者についていく。周りの受験生は「裏口か?」とか、「いやこの時点で失格なんだろ」とか姦しい。
担当者に連れて行かれたのはグラウンドの片隅。
「クリストフ、さん?」
そこに、第二騎士団副団長が待っていた。
「やあ、ラキウス君、やっぱり来たね」
「あの、クリストフさん、これは?」
「ああ、心配しないでください。実は君の合格はもう決まっているので向こうの試験は受けなくていいんですよ。ただ、適性などいろいろ見てみたいので、私と模擬戦をしてもらおうと思いましてね」
そう言うと、練習用の刃を潰した鉄剣を投げて寄こす。
「ルールは魔法使用もOKの何でもありで。ただし、致死性の魔法を直接体に当てることは禁止。君が持ってるかはわかりませんが、即死系の魔法も使用禁止と言うことでお願いします。それでは、行きますよ!」
クリストフの突貫!
加えて魔法が飛んでくる。
「氷結槍!」
四方を氷の槍にふさがれ、避けることができない。
ならば、受けきるのみ!
クリストフの剣を受け払うと走り出す。
クリストフも走りだし、並んで走りながら魔法を撃ち合う。
「氷結槍!」
「炎熱槍!」
氷の槍と炎の槍が相殺して次々に爆ぜる!
その爆風の中、クリストフが新たな魔法を放つ。
「氷刃旋風!」
氷の刃をまとった暴風が殺到する!
それを土属性魔法で構築した壁で防ぐ。
「岩石防壁!」
だが、土の壁は一瞬暴風に耐えた後、崩れ去る。
しかし、その一瞬で逃げる時間は稼げた。
俺は暴風を避けると炎の槍を叩きこむ。
「炎熱槍!」
しかし、その前に俺の作った土の壁など比べ物にならないほど巨大な氷の壁が立ち上がる。
「氷結大壁!」
「ちっ」
相性的にはこちらの方が有利なはずなのに、その巨大さ故、炎熱槍程度ではビクともしない。
壁を避けて接近すれば狙い撃ちされるだろう。さて、どうする。
闇属性魔法なら、あるいはこれも抜けるかもしれない。だけど、俺はまだクリストフを心から信頼出来てはいない。この魔法を見せていいのかまだわからない。
だが、そうだ。クリストフは「適性などを見たい」と言った。
これは模擬戦と言いつつ、試験なのだ。試合ではない。試合ならこんな距離で戦っているときに大規模魔法は撃てない。だが、クリストフは言っているのだ。
「お前のできることを見せて見ろ」と。
ならば、この氷の壁すら凌駕する火力を見せてやる!
俺は火属性魔法と風属性魔法を融合し、術式を構築していく。あの氷の壁を飲み込む巨大な火炎旋風、その術式は完成した。
「業火暴風!」
その瞬間、グラウンドに直径十数メートルには及ぼうかという巨大な炎の竜巻が吹き上がる!
業火が、その猛熱をもって氷の壁を飲み込んでいく。
氷が消えた先にはクリストフが立って拍手していた。
「いや、見事ですね。ですが、まだ終わりではありませんよ!」
再び突貫してくるクリストフ。
だが、接近を許す俺ではない。
「氷結槍!」
敢えて相手の得意技を足元に撃ちこみ、足を止めると逆に突貫する。
間合いにはまだ遠い。だが、剣に風魔法を乗せて振り抜く。
「旋風刃!」
風の刃が飛んでいく。
が、クリストフもまた剣に風を乗せて飛んできた刃を叩き落とす。
その瞬間、俺は剣を突き出し、突入していた。
刹那、交錯する剣閃。
お互いの剣は双方の首筋に添えられている。
そのままにらみ合いが続くが、先に引いたのはクリストフだった。
「引き分けですね」
「いえ、何度も技を出すための猶予をいただいてました。試合なら負けていたでしょう」
クリストフの言葉に、正直な感想を述べる。
クリストフは微笑んで見ていたが、試験の終了を告げた。
「今日はもう終了です。帰って大丈夫ですよ。あっ、帰る前に入学案内だけは忘れずにもらうようにしてくださいね」
俺は礼を言ってその場を後にするのだった。
❖ ❖ ❖
帰っていくラキウスの姿を見送った後、クリストフはグラウンドの観客席にちらりと目を向ける。
そこにいたのは長身痩躯の男。頬はこけ、どこか不健康そうな顔にロイド眼鏡のような丸眼鏡をかけている。ただ、その眼鏡の奥の眼光は異常なまでにするどい。男は笑っていた。
「いやいや、クリストフに面白い奴がいると聞いて、見に来てみたら、これは想像以上だ!」
男の名はサヴィナフ・カーライル・アナベラル。
クリストフの兄にして現アナベラル侯爵家当主、そして魔法士団長だった。
「ラキウス君とやら、君には期待しているよ」
次回はいよいよメインヒロイン登場
第9話「白銀の乙女」お楽しみに。
よろしければ、ブックマーク、評価をお願いいたします。