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第7話 リヴィナの戦い④

 夜になり、廃屋だった屋敷に灯りがともる。

 それと共に、何台もの馬車が到着していた。


 俺とエルサはオークション会場となっている広間の窓の外に身を潜めている。ここに来るまでに3人ほど見張りがいたが、全て気付かれる前に喉を搔き切った。


 会場内では奴隷とは関係ない物品のオークションが進められており、オークショナーが軽妙な話術で場を盛り上げている。いくつかの物品が落札されたのち、布に覆われた大きな四角い箱のようなものがステージに運ばれて来ると、オークショナーが声を張り上げた。


「それでは本日の目玉商品、魔力持ちの女冒険者です!」


 布が払われると、檻の中に天井から手を吊るされたリサとサラが見える。

 彼女たちは、全裸だった。その姿を見た客からも喝采が上がる。


「……ふざけるな」


 本人の意思を無視して奴隷に堕とすことすら許しがたいのに、こんな見世物のようにして、人の尊厳を何だと思ってる。主催者だけじゃなく、こんな悪趣味な見世物を喜んでいる客の方も客の方だ。捕まえて出るべきところに出てもらおう。


 俺はエルサに客が逃げようとしたら逃げ道をふさぐように指示してから、着ていたマントを渡してもらった。どうせこの後は踏み込むだけだから、マントは必要ない。


 俺は身体だけでなく、刀にも魔力を通していく。

 そして、一気に窓を蹴破り、突入した!


 まず狙うは、檻!

 振るわれた刃は、鉄製の檻を紙のように両断する。そして二人の手枷を切断すると、二人はぐったりと床に倒れこんだ。どうやら薬で意識を失っているらしい。二人に自分のマントと、エルサのマントを掛け、他人の視線から守る。

 その頃になって、呆気にとられていた会場はようやく動き出した。


「誰だ、貴様! こんなことしてタダで済むと思ってるのか⁉」


 オークショナーが喚くと、4~5人の剣を持った男たちが俺を取り囲む。客たちは、突然の闖入者が切り刻まれる姿を想像して歓声を上げた。だが、この程度の連中に取り囲まれようと怖くは無い。


旋風爆発(フォルテスヴェンタス)!」


 次の瞬間、暴風が吹き荒れ、取り囲んでいた男たち全員が吹き飛ばされた。床に倒れる者、壁に叩きつけられて気絶する者、いずれも再度立ち上がってくることは無かった。


 事ここに至って、会場にいた者は、その突然の闖入者が猫では無く、虎だったことに気づいたらしい。パニックになった客が逃げようと扉に殺到する。


「エルサ!」


 呼びかけると、扉の前に炎の壁が吹き上がる。彼女が炎の壁(フラマミュール)の魔法を発動したのだ。

 先頭にいた者たちは止まろうとするが、パニックになった後続に押されて炎の壁に押し付けられる。「押すな、押すな、止まれー!」という声がこの世のものとも思えぬ断末魔の絶叫に切り替わる。ようやく後続が異常に気付いて止まったころには少なからぬ人数が炭化した丸太のような姿をさらすこととなった。


 一方、俺はその光景を横目で見つつ、オークショナーを追い詰めていた。


「い、命ばかりはお助けを!」


 無様に命乞いをするオークショナーにかける情けが見つからない。だが、こいつにはいろいろ証言してもらう必要があるだろう。仕方ない、ここで命は取らないでおいてやるか、と思った矢先、オークショナーの首がずるりと落ちた。


「やれやれ、ここまで使えない奴だったとは」


 後ろから姿を現したのは、甲冑を着こんだ大男である。


「貴様、この街の騎士だな?」


 問いかけるが、明後日の答えが返ってきた。


「言葉遣いがなっておらぬな。平民はこれだから困る。名を訊ねるなら、自ら名乗るのが礼儀であろう」

「……ラキウス・ジェレマイアだ」

「ふむ。言葉遣いはまだまだだが、まあ良い。我はこの街の治安維持を任された騎士、セーデス・ハルト・イグナイア準男爵である」

「治安維持が聞いてあきれる。女性を拉致して奴隷として売買することのどこが治安維持だ?」

「わかっておらぬな。彼女らが産む子がもしも貴族となれば、王国の戦力となり、王国の平和や治安を守ることにつながるのだ。彼女らにとっても、貴族の母親となる名誉に比べれば、奴隷として売られることなど些細な事」


 ……ダメだ、こいつ、根本から価値観が違う。

 そこにエルサの絞り出すような声が響く。


「ふざけないでよ! 貴族の母親になるために奴隷として売られろ?誰もそんな事望んでないわよ!」

「ああ、同感だ。貴様は民を守るべき騎士として失格だ!」


 指弾すると、セーデスは初めて怒りを見せた。


「許さぬぞ! 平民ごときが騎士のあるべき姿を語るなど不遜! この私が成敗してくれる!」


 セーデスが剣を抜いて斬りかかって来るのを刀で受ける。


「フハハハハハ! 我が剣を受け止めるとは平民にしては誉めてやろう。しかし、どこまでもつかな?」


 俺は押し込んでくる剣を受けながら、その剣圧に驚いていた。

 ここまで……、ここまで…………弱いとは。


 逆に怒りが沸き上がって来る。

 この程度の力で貴族としてふんぞり返っていたのか?

 この程度の力しか持たずに平民を辱めていたのか?

 俺たちは、この程度の力しか持たない奴らに怯え、へつらっていたのか?


 俺は剣を跳ね除けると怒鳴る。


「ふざけるな! それがお前の本気か? もっと真面目にやれよ!」


 セーデスは一瞬何を言われたかわからないような顔をしていたが、その顔が青くなり、赤くなった。


「貴様ぁぁぁぁぁっ!!」


 怒りに任せ、斬りかかって来るが、あまりにも遅い。


「もういいよ。お前、消えろ」


 刀に改めて魔力を注ぐと、刀身が黒く黒く光り始める。この漆黒の輝きこそがもう一つの魔法。みんな知らないから勝手に闇属性魔法なんて中二な名前を付けた魔法。この魔法の特徴は、他の魔法で相殺できないこと。障壁を貼っても防ぐことができないのだ。


 斬りかかって来るセーデスの目の前で漆黒の剣閃が輝く!

「へ?」とセーデスが間抜けな声を上げるのと、握りしめた剣ごと彼の両手首が飛んでいくのは同時だった。


「ああああああああ! 俺の腕が、腕があああ!」


 膝をついて、見苦しく喚くセーデスを冷たく見下ろす。


「貴様ぁ! 貴族である私にこんなことをしてどうなるかわかっているのか⁉」


 言い返そうとしたが、そこに後ろから声がかかった。


「わかってないのは、あなたの方ですよ」

「!!」


 驚いて飛び退る。

 声のした方向を見ると、そこからヌッと男が現れた。


「クリス⁉」


 男はクリスだった。しかし、こいつ、いつからここにいた? 全く気付かなかったぞ。


「お、お前、いつから……?」

「やだなぁ、()()からいたじゃないですか」


 ニィっと笑うとクリスはセーデスの前に立つ。

 するとセーデスがガタガタ震えだした。


「ク、クリストフ様」

「残念ですよ、セーデス君。栄えある第二騎士団からこのような輩を出すとは」


 クリストフと呼ばれた男が合図すると、複数の騎士がなだれ込んできて、あっという間に、セーデスや残っている客を取り押さえていった。クリストフはその様子を見届けると、こちらを向いて挨拶する。


「改めまして、ラキウス君。アラバイン王国第二騎士団副団長、クリストフ・カーライル・アナベラルと申します」


 第二騎士団副団長?

 こいつが王族警護の近衛騎士団、王都警護の第一騎士団と並ぶ王国三大騎士団の一角、第二騎士団の副団長と言うのか⁉

 クリストフは近づいてくると秘密の話をするように人差し指を口の前に立てる。


「ラキウス君にはお願いがあるのです。今回の件は第二騎士団にとっても大きな汚点。スキャンダルとなります。君にはこのことを決して口外しないようにして欲しいんですよ」

「揉み消すつもりですか?」

「いいえ、背後関係含めきちんと調査した上で責任者を処分します。その前に好き勝手に情報が流れてしまうと、黒幕に逃げられたり碌なことになりません。情報はコントロールしたいのですよ」


 それはわからないでは無い。前世の社会人生活でも誤報だらけのマスコミやネット記事に振り回され続けた。


「タダとは申しません。サディナのギルドに君を紅玉級冒険者に昇格させるよう、推薦状を書いておきましょう。いかがですか?」

「もう一つ条件があります」

「何でしょうか?」


 俺はエルサの方を見る。


「エルサさんやその友達に手を出さないと約束してください。それが条件です」

「いいでしょう。彼女たちにも黙っていてもらうことが条件ですが」


 その言葉にエルサが何度も首を縦に振る。


「交渉成立ですね。良かったです。正直、君と戦うことになったらどうしようと思ってたんですよ」

「買い被りでしょう。あの時、あなたが僕を殺そうと思っていたら何の抵抗もできなかったですよ」


 クリストフは、ジッとこちらを見つめていたが、再び口を開く。


「そう言えば君は12歳でしたね。王立学院を受けるつもりはあるのですか?」

「そのつもりです」

「そうですか、それでは2年後、お待ちしていますよ」






 事態は収束したが、それから数日、俺は後始末に忙殺された。

 リヴィナのギルドに話を通さず進めていたこともバレた。もっともクリストフから通達が行っていたため、リヴィナ側が一方的に謝罪する流れだったが。


 そして今日はサディナに帰る日。

 俺はサディナに向かう乗合馬車の護衛として集積所に来ていた。見送りには、エルサに加え、回復したリサとサラも来ている。エルサはすっかり元気になり、身だしなみもこざっぱりして見違えるように綺麗になっていた。それにいつものダボッとしたローブではなく、体のラインがよくわかる私服を着てるから少年には目の毒である。その胸元には、俺が贈ったブローチが光っていた。リサとサラは後ろで「エルサったら急に化粧とかして色気づいちゃってー」とか騒いでいる。


 そのエルサは俺の前に立ち、何か言いたそうだったが、言葉にならずにいた。

 そして突然、俺を抱きしめると、頬に口づけをする。


「また、何かあったらお願いするから。これはそのお礼の前払い!」

「その時には僕も大人になって悪い男になってるかもしれませんよ」

「ラキウス君になら襲われてもいいかも」


 そう言って笑った。






 そして俺は再び馬車の人となる。

 それにしても今回は考えさせられることが多い依頼だった。

 貴族と平民の価値観の違いもあった。もちろん、あれが貴族全ての価値観では無いだろう。だが、この世界は、貴族と平民の間に魔法という絶対的な壁があるために、前世よりもさらに価値観に歪みがある可能性がある。

 強さの点でもそうだ。

 セーデスは弱かったが、クリストフは化け物だった。しかもあれで副団長だ。さらにその上に団長クラスがいる。もちろん、単純に地位=強さでは無いだろう。だが、それは逆に言うと、クリストフよりさらに強い部下もいる可能性があるということだ。

 貴族を侮ることはできない。


 考え込んでいたが、気が付くと何故か馬車の乗客がこちらをチラチラ見てきたり、クスクス笑ったりしている。

 ……いったい何だろうと思うが、よくわからない。

 そうしているうちにサディナに着いた。馬車から降りた後も同様である。頭に疑問符を抱えながら自宅に着くと、フィリーナが飛び出してきた。


「お兄ちゃん、おかえ……り……?」


 上機嫌だったはずのフィリーナの機嫌は急降下し、氷点以下の目で俺を見つめてくる。


「お兄ちゃん、仕事で出かけたって聞いてたけど、女と遊んでたの?」

「へっ?」

「その頬の口紅は何?」


 慌てて手で頬をぬぐうと、真っ赤な口紅がべったり付いた。

 あれか、エルサがキスしたときのか。それじゃ俺、リヴィナからサディナまでずっと頬にキスマーク付けたまま移動していた?

 恥ずかしさのあまり死にそうになる。

 しかし、それよりも今は目の前の事態だ。


「お兄ちゃん、何か言うことある?」


 脂汗をダラダラ流しながら必死に言い訳を考える兄であった。


 翌日ギルドに顔を出すと、いろんな人に見られていたからか、すっかり噂になっていた。

 リィアさんは笑いをこらえるのに必死という感じで、ロッドさんからは「大人の仲間入りしたんだってな!」とからかわれた。

 ……勘弁してくれ。


 その2週間後、俺は昇格し、ロッドさんに続いてこの街二人目の、そして恐らくは王国最年少の紅玉級冒険者となった。


 ……フィリーナがどうなったって?

 お土産のブローチを渡したら機嫌直してくれたよ。

 同じものを別の女性にも贈ってあることは絶対秘密にしておかなきゃって心に決めたね。



次回は第8話「入学試験」。お楽しみに。

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