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第20話 クリスティア王国の使節団

 セリアの自宅から通勤することになったその日、俺は王宮にある第一騎士団本部に呼び出されていた。


「クリスティア王国の使節団ですか?」

「そうだ。王都に到着するには後三週間ほどかかるだろうが、既に国境を越えて、王国内を移動中だ。他の団員にはまだ伝えていないが、君は竜の騎士として、いくつかの公式行事にリアーナ様と出席することになる。準備のために早めに伝えておくのだ。くれぐれも内密にな」

「了解しました」


 アーミス団長からの伝達事項を肝に銘じる。それで終わりかと思ったら、続きがあった。


「公式行事などの細かいロジは、文官が詰めている。確か、カーライル公爵のお嬢様が取りまとめをしているはずだから、聞いておくといいだろう」

「ソフィア様が?」

「ああ、公爵閣下のお嬢様が何も一文官などやらなくてもいいのに、酔狂なことだ」


 その感想は、この世界ではごく一般的なものだ。だが、俺はソフィアの生き方をカッコいいと思うし、応援したいとも思う。アーミス団長の感想には敢えて反論などせず、その場を辞すと、ソフィアの働いている部屋に向かう。ソフィアの部屋はごく普通の執務室で、数名の文官が忙しそうに働いていた。


「ソフィア様」

「ああ、ラキウス君。久しぶりですね」

「ソフィア様もお元気ですか?」


 何気なく聞いたその言葉に、ソフィアは人差し指を立てると横に振った。


「その『ソフィア様』と言うのはやめて下さい。今の私はただの文官。あなたは竜の騎士なのです。どうぞ、ただの『ソフィア』と呼んでください」

「でも、ソフィア様のことを呼び捨てなんて」


 ためらう俺に、彼女は優しく微笑むと言った。


「あなたにそんな他人行儀に呼ばれていると、カーライル公爵の娘としか見られていないのかと思って悲しくなってしまいますから。公爵の娘ではなく、個人としての私と向き合っていただけると嬉しいです」


 そう言われてハッとしてしまった。ソフィアの生き方を応援すると言っておきながら、自分もやはり旧態依然の価値観に囚われていたのでは無いか。


「わかった。ソフィア、これでいい?」

「ええ、ありがとうございます」


 その後、ソフィアからいくつかのロジについて説明を受ける。俺が参加するのは、公式晩餐会と神殿視察ということになるようだ。警護は要人対応ということで、直接には近衛騎士団が行うようだが、使節団来訪中は王都の治安維持にもいつもより気が使われるということで、第一騎士団の仕事もそれなりに増えそうだ。


 それにしても、この時期にクリスティア王国からの使節団が来ると言うことは、目的は、テシウス殿下の反乱で弱ったアラバイン王国との同盟関係の再強化、アラバイン王国内のクリスティア派閥の引き締め、と言ったところか。ただ、具体的にはどういう話を持ち出してくるだろう。その点をソフィアに聞いてみる。


「そうですね。まず有り得るのは、テオドラ様とハリス殿下の婚約でしょうか」

「ハリス殿下?」

「クリスティア王国のテオドール国王陛下のお孫さんです。王太子であるカルロス殿下のご長男ですね」

「と言うことは、将来のクリスティア国王?」

「その可能性は大きいでしょうね。でも、この話はアラバイン王国としては簡単には呑めません」

「それはまたどうして?」


 ソフィアが以前言っていた話だと、テオドラとクリスティア王国の王族を結婚させて両国の関係強化を図るという目論見だったはずだ。


「以前とは状況が違いますから。アルシス殿下とテシウス殿下のお二人が亡くなられた今、テオドラ様はドミティウス陛下の未婚のお子としては最年長です。第一王女のアナスタシア様は私の兄に降嫁されましたし、第三王子のヨハン殿下は病弱、第四王子のラウル殿下はまだ5歳。なので、テオドラ様が王族の誰かと結婚されて、その方が王になる、というシナリオが一番現実的なのです。なので、テオドラ様は国外に嫁がせることはできません」


 なるほどなあ。王族と言うのも、いろいろ不自由なものだ。しかし、両国間の政略結婚で無いとなると次は何だ?


「なので、クリスティア側はテオドラ様のクリスティア訪問を打診してくるのでは無いかと思います」

「それはどういう目的で?」

「まず当然ながら、将来のアラバイン王妃とクリスティア国内の有力者の結びつきを強めること。併せて、国外で側近から引き離した状態でいろいろと言質を引き出そうと考えているでしょうね。それと、ハリス殿下との婚約を諦めていない場合、訪問中にハリス殿下と懇ろにさせて既成事実を作ってしまおうと考えている可能性があります」


 あーやだやだ。政治がらみだとどうしてもいろいろ胡散臭くなってしまうよね。と、ここまで考えたところで、とんでもないことに気づいてしまった。


「テオドラ様がクリスティア王国に行くとなると、近衛騎士団も随行することになるよね?」

「当然ですね」

「嫌だあ! セリアと何か月も会えなくなる!」


 クリスティア王国の首都クリスタルまでは片道40日超かかる。往復だけで90日弱、3か月だ。当然、それだけかけて行ったのに、数日のみの滞在となるわけは無い。最低一月は滞在するはずだ。そうなると4か月、下手すると5か月近くセリアと会えないでは無いか! だが、俺のそんな煩悶を、ソフィアは冷ややかに眺めている。


「国家間のことにそんな個人的なことを持ち込んで悩むなんて、よほどの大物なのか、よほどのバカなのか、どっちなんでしょうね」

「後者だから笑っていいよ。自覚してるよ」


 それを聞くと、ソフィアはまるで子供のように軽やかにコロコロと笑った。


「安心してください。この話も我々としてはそうそう呑める話ではありません。相手側の意図が分かり切っている以上、招待には感謝しつつ、受けるかどうかは検討する、と返すのが公式の対応になるはずです」

「良かったぁ」


 ソフィアの説明に安心する。だが、その時の俺には想像できていなかったのだ。文官の描いたシナリオなど上書きされてしまう事態が簡単に起こってしまうことを。



昨日はメンテのため投稿できませんでした。

次回は第3章第21話「晩餐会」。お楽しみに。

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