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第19話 思い出はゲロの香り

 それから一月ほどが経った。季節は初夏を迎えつつある。


 あれからリュステールは姿を現していない。王宮内部では、その後も継続して対応が話し合われているようだが、殆ど蚊帳の外で、良く分からない。対応が決まったら指示が来るだろう。


 それでも漏れ伝わってくる情報から判断するに、話し合いを模索と言う方針は変わらないようだ。魔族との交渉とのことで、軍の中には反発もあったようだが、テオドラが上手くまとめているとも聞いている。全く、王族とは言え、未成年の王女が良くやっていると思う。


 神殿にも人が戻ってきつつあった。最初の数日こそ人出が減って、広場も閑散としていたが、今はかつての賑わいを取り戻しつつある。そして、俺も再び、退屈な日常に戻っていた。


 変わったことと言えば、勝負を挑むふりをする腕自慢どもがいなくなったことか。リュステールに投げ飛ばされた槍使いのことが針小棒大に伝わったのか、あの手の類がいなくなったのは清々する。そう言えば、あの槍使い、幸い一命は取り留めた。エヴァが聖癒(サクラメント)で回復させたからな。


 後は、やけに女性からモテるようになった。以前も竜の騎士と言うことで黄色い声がかかることはあったけど、リュステールと派手な空中戦まで演じたせいか、カッコいいと思われたらしかった。こっちは一方的に手玉に取られていたという認識でしか無いのだが。


 そう言う訳で、見回りをしていると、花束やら、手紙やらを押し付けてくる女性が増えた。まあ、男だから、女性にモテて嬉しくないわけは無いのだが、俺にはもう心に決めた女性がいるし、正直困ってしまう。きっぱりと断って受け取らないのが正解なのだろうとは思うが、ついつい相手を傷つけたくなくて優柔不断に受け取ってしまい、捨てる訳にもいかないので、控室の物入に読んでもいない恋文の類が山ほど突っ込まれると言う状況になっていた。


 エヴァが呆れて、「あんた、いつか刺されるわよ」と言っていたが、どないせえっちゅうねん。リアーナはと言うと「お姉ちゃんはあなたをそんな女にだらしない男に育てた覚えはありません!」とか言ってたけど、いや、俺もリアーナ様に育てられた覚えは無いし。


 そう言う訳で、今日も女性から声かけられて、またか、とうんざりしながら声のした方を見たら、見知った顔だった。


「エルサさん! それにリサさんにサラさんも!」


 リヴィナで出会った3人組だった。それにしても久しぶりだ。4年ぶりくらいだろうか。懐かしくて、仕事が終わってから食事を一緒にしようと約束した。仕事に戻る際、使い魔を送ってフィリーナに夕食は不要である旨伝えておくことを忘れない。そうしないと、夕食を食べずに、いつまでも俺を待っていたりしかねないからな。最近はセリアとの交際も認めてくれるなど、少しはましになったけど、まだまだ兄離れが出来ていない。学院では普通クラスに配属されているし、周りのイケメン貴族の男をつかまえればいいのに。





 さて、仕事が終わった後、エルサ達と合流し、神殿近くの食堂兼酒場に行く。そこは気安い酒場で、貴族で利用している人間は殆どいないが、実家の食堂を思い起こさせることもあり、俺は気に入っていた。みんなでエールを飲みながら、最近の状況について語り合う。今回の旅行の趣旨を聞いたら、エルサがおずおずと語りだした。


「実はね、私結婚することになったの」

「そうなんですか! それはおめでとうございます!」


 訳ありで女性だけのパーティーを組んでいたエルサが結婚とは、感慨深いものがある。相手が誰かは気になるが、リヴィナの人だと聞いても分からないだろうな。───と思ったら、横からリサが説明してくれた。


「それがねえ、相手は何と騎士様なんだよ」

「そうなんですか?」


 リヴィナの騎士と言うと、セーデスのクソ野郎しか知らないから心配になる。また、権力で無理やり手籠めにしたとかじゃ無いだろうな。


「ラキウス君がやっつけてくれた、前の騎士がひどかったじゃない? だからか、新しく来た騎士様は私たち3人に凄く良くしてくれてね。そうしてるうちに、ね」


 エルサからの説明に安心する。


「私みたいな平民でいいの?って聞いたんだけど、そんなの関係ないって言ってくれて」

「それは素晴らしい方ですね」

「ええ、私には勿体ないくらい」

「そんなことありませんよ。エルサさんは素敵な女性ですし」


 そう言ったらエルサに苦笑された。また、そういう調子のいいことばかり言って、と思われてしまったらしい。エルサが素敵な女性だと言った言葉に嘘は無いんだけどな。


「それより、ラキウス君の方はどうなの? 彼女とかできた?」

「ええ、それはもうとっても素敵な、世界一の彼女が出来ましたよ!」


 思いっきり惚気てしまう。リサとサラが興味深そうに身を乗り出してきた。


「そんな風に言われると、どんな娘か、会ってみたくなるんだけど」

「ねー!」


 いや、そう言われても、平民街のこんな安酒場に呼び出すわけにもいかないしさ。食い下がるリサとサラを宥めていたら、いきなり横からフィリーナの声がした。


「お兄ちゃん! 遅いから来てみたら、また女の人と!」


 ゲッと思って見てみたら、フィリーナに、何故かセリアまでいる。


「セリア! 何でここに?」

「今日早番だったから、あなたの家に行ったんだけど、遅くなるってことだったし、フィリーナちゃんを一人にするのもどうかなって思って一緒に待ってたの。そうしたら、迎えに行くとか言い出すもんだから。一人で行かせるわけにもいかないでしょ」


 セリアは苦笑しながら説明してくれた。俺の妹が迷惑をかけてばかりで申し訳ない。


「で、今日は何の集まりなの?」

「昔、4年前かな。冒険者として依頼を受けたことがあるんだ。その時の依頼主の人と4年ぶりに会ったからさ。紹介するよ。リヴィナの冒険者でエルサさんにリサさん、サラさん」


 まあ、浮気を疑われていることは無いと思うが、きちんと説明しておかねば。セリアは頷くと3人に向き直る。


「ラキウスがお世話になったようですね。初めまして。セーシェリア・フィオナ・フェルナースと申します」

「ど、どうも……」


 3人は、セリアの美貌に圧倒されている。リサが顔を寄せて聞いて来た。


「この人がさっき言ってた娘なの?」

「ええ、そうです」

「何の話?」


 会話の内容が分からないセリアが訝し気に問うが、エルサが説明してくれた。


「ラキウス君が、世界一の彼女ができたって自慢してたんですよ」

「そうそう、でもこんな美人なら、それも納得かな」


 エルサの説明にサラが頷いている。セリアはと言うと、少し赤くなって「バカ」と俺を小突いたが、すぐにはにかむような笑顔を見せてくれた。


「で、こっちのお嬢ちゃんは? お兄ちゃんって言ってたところを見るとラキウス君の妹さん?」


 リサからの質問にフィリーナがふふんと胸を反らしながら名乗る。いや、何でお前が偉そうなんだよ。


「そうです。お兄ちゃんの妹、フィリーナ・リーファス・ジェレマイアです」


 実は、フィリーナは、形式上、俺の養子ということにしてあり、子爵令嬢として貴族になっていた。別に違法でも何でもなく、自分の子供以外の優秀な子を養子にして跡継ぎにするなどはいくらでも行われてきたことだ。フィリーナの場合、実際に血も繋がっているし、何の問題も無い。妹にして娘というややこしい関係だがな。





 そんなこんなで6人で飲み直し始めたが、早速問題である。

 未成年のフィリーナには酒は早いからとジュースを勧めたら、子ども扱いするなと不機嫌になって、逆にエールを飲みまくっている。まあ、この国では未成年はアルコールを飲んだらいけないというような法律があるわけでは無いし、法的には問題無いけど、大丈夫か、ほんと。


 まあいいや。少し心配ではあるけど、中断してしまった話をしよう。エルサ達の旅の目的だ。目的を聞いたら、結婚の話を始めたと言うことは要はそういう事か?


「エルサさんがご結婚されたらパーティーはこれで解散ということですか? それで旅行に?」

「そうなの。まあうちのパーティーはエルサの魔力でもっていたようなものだから、私とサラだけじゃね。じゃあ、解散しようってなって、最後の思い出に旅行しようってなったの」


 リサの説明にエルサが申し訳無さそうな顔をする。これまで何年も一緒にやって来たのだ。葛藤があったことは容易に想像がつく。


「ごめんなさい。私の我儘で」

「いいの、いいの。いい男はちゃんと捕まえとかなくちゃ」


 リサの答えはエルサに気を遣わせないようにという心遣いからのものだろうが、一方で、現実は厳しいことを踏まえると、聞かずにはいられない。


「お二人はこれからどうされるんですか?」


 失礼ながら、女性ばかりのパーティーでは依頼もそう多い方では無かっただろうし、それほど貯金ができているだろうとも思えない。訳ありとなると結婚相手がそうそう見つかるわけでも無い。どう取り繕っても男性上位の社会なのだ。


「うーん、どうしようかな。ラキウス君のところとか、セーシェリア様のところで雇ってくれない?」


 うーむ、俺は騎士としての給料しかない。一般人より遥かに多くもらってるし、数年たって隊長とか副団長とか役職持ちになるとかなり高額の給料もらえるけど、今はな。それでも貴族である以上、無理をすれば召使の一人か二人位は雇えそうでもあるが、そうするとセリアとの結婚資金が溜まらない。フェルナース家の方も今は女性の護衛騎士の募集は無いようだった。


 やっぱり無いか、と思ったが、一つだけ当てがあることを思いついた。


「たいした給料とか出せませんが、俺の実家で住み込みでウェイトレス兼ボディガードをやってみませんか?」


 俺が竜の騎士と言うことで、各国から俺の関係者は狙われている。セリアには常にちびラーがひっそりと側にいてくれるし、フィリーナは俺と同居している。だが、サディナにいる両親までは守れない。まあ、この二人より母さんの方がよほど強そうだが、それでも一人じゃ限界あるしな。給料は雀の涙ほどしか出せないが、住み込みでまかない付きなら、そう悪い話でも無いだろう。幸い、俺とフィリーナが家を出たおかげで、部屋も開いている。


「いいね、それ。考えてみようかな」

「考えてみて下さい。ただ、親父の女癖が悪いので、セクハラされそうになったら、思い切りぶっ飛ばしていいですからね」


 皆でクスクス笑いあっていたが、突然、ダンっと大きな音がした。見るとフィリーナがエールのジョッキをテーブルに叩きつけて三白眼で睨んでいる。


「お父さんの女癖が悪いって、お兄ちゃんに言う資格なんかあるわけー? いっつも周りに女の人侍らせて。セーシェリア様がいる癖にー!」


 いかん、完全に酔っぱらってる。だから酒はダメだって言ったのに。


「フィリーナ、お前、酔ってるだろ」

「酔ってなーい!」


 完全に酔っぱらいモードだ。しかし、俺の女癖が悪いなんて思われては困るぞ。俺はセリア一筋なんだ。


「だいたい、俺が女の人侍らせてって何だよ。卒業してからこっち、俺の周りにいる女性なんて、セリア以外だとエヴァとリアーナ様だけだぞ。そもそもこの二人は仕事仲間であって、そういう関係じゃ全く無いし」

「私に隠れて今日も女の人と飲んでた」

「だから、エルサさんは4年前にリヴィナで仕事の依頼を受けたってだけで」

「……4年前、リヴィナ……あーっ!!」


 突然の叫び声に驚いてしまう。何事かと思っていると、フィリーナがとんでもないことをしゃべり始めた。


「お兄ちゃんがほっぺたにべったりキスマーク付けて帰ってきた時だ! あれ、この人たちだったんだ! 誰? あのキスマーク!」


 おいおい、俺すら忘れてたよ、そんなこと。今さら蒸し返すか? でもまずいぞ。セリアの方を見たら、ジロっと睨まれた。


「どういう事?」

「ちょっと待って。俺、その時12歳よ! 何かあるわけないだろ!」

「本当に?」

「本当だって! それに俺、セリアの事しか見てないから。本当だから!」


 周りから「お、兄ちゃん、痴話げんかかー?」なんて声がかかるけど、うるせえよ!


「ご、ごめんなさい、それ多分私」


 エルサがおずおずと切り出した。


「助けてくれたラキウス君にお礼が言いたくて感極まって……。でも、彼の言うとおり、本当に何も無かったから」

「本当ですかー?」


 フィリーナが突っ込みを入れる。お前はもう黙ってろと言いたい。とにかく、セリアの誤解を解かないと。セリアの手を握り、目をまっすぐ見る。


「本当に何でもなかったんだ。それに君しか見えないってのは嘘じゃ無いから」


 思いっきり歯が浮きそうだが、真剣そのものだ。セリアは、その俺を見つめて───ブッと吹き出した。


「ごめんなさい、意地悪しちゃって」


 そう言うと、俺の手を頬に当て、優しい視線を向ける。


「大丈夫、あなたのこと信じてるから。愛してるわ」


 良かった、良かった。やっぱりセリアは天使だ。惚れ直してしまう。リサとサラがピーピー口笛拭いて冷やかしてるが、耳に入らないね。見たか、これが愛の力だ! そう思ってフィリーナを見る。


「スピー……」


 ───寝てるんかい!!

 全く、かき回すだけかき回して、呑気なもんだよ。





 その後、エルサ達と別れフィリーナを背負いながら、セリアと一緒に家路につく。3人はまだもう少し王都に滞在するとのことで、リサとサラには、後日、両親への紹介状を渡すことにした。

 

 夜道をセリアと並んで歩きながら、改めて今日の騒ぎを詫びる。


「今日はフィリーナが面倒をかけてごめんね、セリア」

「そんなこと無いわよ。それに、私の知らない頃のラキウスのことが聞けて楽しかったわ」

「本当に?」

「本当。12歳のころのラキウスも見てみたかったわね。キスマーク頬につけた姿とか」

「……勘弁してください」


 そんなくだらない話をしていたら、おぶっているフィリーナが目を覚ましたようだ。


「お兄ちゃん……」

「どうした、フィリーナ」

「……気持ち悪い」


 えっ?と思った次の瞬間。


「ゲロロロロロロ!!」


 思い切り吐かれた!

 ゲっと思う間もなく、ゲロ塗れである。


「た、大変!」


 セリアが大慌てで拭いてくれるが、とても手持ちのハンカチとかでは追いつかない。


「ラ、ラキウス、今日はうちに泊まって行って。お風呂用意するから。服も洗わせるわね」

「……本当に申し訳ない」


 俺は彼女の屋敷にお邪魔することになり、風呂やらなにやら至れり尽くせりの歓待を受けた。

 しかし、彼女の家へのお泊りと言う甘酸っぱいはずの思い出は、強烈なゲロの香りと共に記憶されることとなったのであった。


次回は第3章第20話「クリスティア王国の使節団」。お楽しみに。

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