第17話 リュステール
広場は混乱の極みにあった。
突然、魔族が、それも72柱の魔族が姿を現したのである。滅ぼされたとは言え、かつてこの地を支配していた72柱の魔族に対する恐怖は根深いものがあった。
しかも第5席次。いや、第1席次から第4席次が根源から消失していることを思えば、現存する最強の魔族と言うことになる。
「リュステール、ここに来た目的は何だ?」
その質問にリュステールはコテリと首を傾げる。
「挨拶に来た、と言ったはずですが」
「ふざけるな! ただ単に挨拶に来ただけとか、そんな訳があるか!」
魔族が、「竜の騎士様、初めてお目にかかります。今後ともよろしくお願いします」とか、挨拶に来る訳が無いだろ! しかし、まあ真の目的なんか話してはくれないだろう。そうだとすると、もう一つの疑問だ。
「何故、アデリア様の姿をしている?」
「答える必要を認めませんね」
まあ、これも答える訳が無いけどな。だが、だいたい想像はつく。
「殺したアデリア様の姿を奪ったな?」
「……」
アデリアの姿はトロフィーか何かのようなものか。ふざけるな。怒りに任せ、突貫すると龍神剣を振るう。もちろん、こんな群衆のいるところで光の刃は使えないから、通常の剣としての使用だ。
極限まで身体に魔力を流し、常人ならば目にも止まらないほどの速さで突貫した。だが、振るわれた龍神剣は空を切る。避けられたのでは無い。消えたのだ。
リュステールは龍神剣の軌道から姿を消すと、瞬時に俺の後ろに現れた。
「問答無用で襲い掛かって来るとは野蛮ですね」
「お前が言うな!」
攻撃を受けないように急いで飛び退りながら反論する。そこに、エヴァが援護の魔法をかけた。
「神聖領域!」
領域内の相手の力を弱め、味方の力を増す、強力な光属性魔法。だが、次の瞬間、俺たちは、本当の意味で驚愕することになった。
「神聖領域!」
リュステールが同じ魔法を唱えたのである。
「嘘! 魔族が光属性魔法?」
エヴァのその疑問は、俺たち共通のものだ。魔族は闇属性魔法で術式を編まれた存在で、光属性魔法は使えないのでは無かったのか。しかも、驚きはそれだけでは無かった。
「お、圧し戻される?」
魔族の使う光属性魔法が、正真正銘の大聖女が使う光属性魔法を圧倒しつつあった。いけない、このままでは。俺は再び、龍神剣を振るうが、リュステールは宙に逃げる。彼女を追って、俺も空へと飛び、何度も斬り付けるが、その度に消えては現れるリュステールに翻弄される羽目になった。
クソ、ラーケイオスから、次元の狭間に潜む魔族と情報をもらっていたにも関わらず、対処もできない。クソ、クソ、クソ。何度目かの空振りの後、突然、目の前に現れたリュステールに、両手で顔を掴まれた。
やられる、そう思ったが、次の瞬間、気づいてしまった。その手に何の力も込もっていないことに。ただ、頬に手を添えているだけであることに。そして、彼女の顔を見て、何も言えなくなってしまった。魔族であるはずの彼女が、例えようも無く、優しく、そして切なそうな顔をしていたから。
「……全く、アレクと言い、あなたと言い、考え無しに突っ込んで。竜の騎士とは単純バカしかいないのですか?」
「アデリア……様?」
アレクシウス陛下を愛称で呼ぶ魔族など存在するはずが無い。まさか、本当にアデリア様だとでもいうのか? なら、何故リュステールと名乗った? だが、その疑問を口にする暇は無かった。
「ラキウス君から離れなさい!!」
リアーナが特大の竜魔法をぶっ放したのだ。いや、上空に向かって放ってるからいいけど、こんなの街中で放ったら大問題だろ。
リュステールは俺から離れると再び消えた。目の前をリアーナの特大魔法が通過していくが、リュステールが再び現れることは無かった。ただ、耳元に彼女の声が聞こえただけである。「また会いましょう」と。
地上に戻った俺の元に、エヴァとリアーナが駆け寄って来る。大丈夫か、と問う二人に、大丈夫と答えつつ、俺は思った疑問を口に出していた。
「彼女、本当にアデリア様なんじゃ無いか?」
「何バカなこと言ってるのよ。角もあったし、翼もあったし、魔族以外の何者だって言うの?」
エヴァの反論はもっともだ。あの外見は人間ではあり得ない。でも、魔族が、あんな優しそうな顔をするのか? それに改めて気づいてしまった。
「彼女、俺たちに一度も攻撃していないんだ。あんなに俺から攻撃喰らってたのに」
そうだ、やっていたのは、直接的に危害を加えることの無い、光属性魔法で圧倒していただけ。後はただただ、攻撃を避けるだけだった。あの瞬間移動を駆使すれば、こちらを攻撃するなど容易かったはずなのに。
魔族とはいったい何なのか、彼女は本当にアデリアなのか。黒き大聖女の出現が新たな謎を俺たちに突き付けるのだった。
次回は第3章第18話「混乱の王国軍」。お楽しみに。




