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第10話 姉、襲来

 キャスリーンと話をした日の夜、夕食後に母さんの父親、俺にとっては祖父に当たる人について母さんに聞いてみた。


「母さんのお父さんねえ。母さんも小さかったからよく覚えてないのよね」

「何かちょっとしたことでも覚えてない?」

「30年以上前のことだしねえ。……うーん、そもそも一緒に暮らしてなかったような。たまに来る男の人をお父さんと呼んでたような気がする……かなあ」


 一緒に住んでおらず、たまに来ていた。つまり、貴族が愛人として祖母を外に囲っていた、と考えるとピタリとはまる。だが、それだけだと誰かわからない。


「何か手掛かりとか無いの? 所持品とか、手紙とか」

「所持品ねえ。……そうだ!」

「何かあった?」

「お母さんの形見が確かお父さんからもらったものだって」


 そう言って、母さんが棚の奥から取り出してきたものはネックレスだった。


「……凄い」


 俺の隣でフィリーナが目を丸くしている。無理もない。ネックレスには大きな貴石が使われ、地金にも繊細な宝飾が施され、それは見事なものだった。どう見てもそこらの庶民が買えるような代物では無い。相当高位の貴族で無ければ、こんな物は買えないだろう。母さんはそのネックレスを懐かしそうに見てる。


「お母さん、あなたたちにとってはお祖母ちゃんね。もう形見はこれだけになっちゃった。後は生活のために売り払って。でもこれだけは売れなかったのよね。お祖母ちゃんがすごく大切にしていたから」


 改めてネックレスを見せてもらう。石は青い宝石が使われている。サファイアだろうか。見ただけで鑑定できるような目を持っていないので分からないが、鮮やかなブルーと高い透明度で、素人目にも高価な石と分かる。何よりその大きさ。カラットは分からないが、直径は3センチほどもある。台座は恐らくプラチナで、金で細かい装飾がなされている。恐らく庶民なら一生遊んで暮らせるほどの高価なものだ。


 ペンダント部分を裏返すと名前が書いてある。「フィリーナへ」と。


「私?」


 フィリーナが首を傾げるが、それに母さんが説明してくれる。


「ああ、フィリーナってのは、私の母さんの名前ね。あなたの名前はお祖母ちゃんの名前にちなんでつけたの」

「そうだったんだ。私、お祖母ちゃんと同じ名前だったんだ」


 フィリーナの名前が祖母の名から取ったと言うのは初めて聞いた。まあ、珍しいことでは無いし、祖母の顔も知らないから、そうかと言う感想しか無いのだが。気を取り直して、ペンダントを改めて眺めたところで、ロケットになっていることに気づいた。開けてみると蓋の裏側にそれがあった。彫られている紋章、大きな手掛かりが。


 だが、この紋章は見たことが無い。この王国に伯爵以上の高位貴族は50家ほど。貴族に叙された時に、教養として、高位貴族の家紋は一通り目を通した。すべて覚えているかと言われると自信があるわけでは無いが、少なくとも、今目の前にある紋章が含まれていなかったことは間違いない。


 すると、考えられるのは3つ。まずは子爵以下の貴族によるものという可能性。しかし、これほど高価なものを愛人に買うほどの財力を持つ貴族が子爵以下にいるだろうか。もちろん、これ単体なら買える貴族はそれなりにいるだろう。だが、外に屋敷を持ち、愛人の生活の全てを見て、さらにこの高価な宝石となると、やはり相当限られる。


 次に外国の貴族という可能性。これは無いわけでは無い。外交官としてこの国に来て、現地妻として祖母を囲ったという可能性はある。


 最後に、これが最も可能性が高いが、この紋章が、家紋では無く、個人の紋章である可能性である。この国では、高位貴族が家紋の他に個人で紋章を持つことがある。ただ、そうだとすると、数が数百、数千に昇る上に、王国で統一的な管理をしていないから、すぐには分からない。管理をしているのは各家だ。それらに「この紋章知りませんか?」と一つ一つ聞いて回るのも現実的では無いし、事が愛人の話だけに隠したがるところも出てくるだろう。


 大きな手掛かりは得たが、実質的に手詰まりと言うことだ。まあいい。誰かまでは突き止められなくても、俺とフィリーナに相当高位の貴族の血が流れているらしいことが分かっただけで、取りあえずは良しとしよう。誰か、と言うのは、追々探していけばいいことだ。まあ、分かればラッキーくらいの気持ちである。祖父が誰であれ、今の俺は正真正銘の貴族で竜の騎士だ。焦ってどうこうする必要は無い。





 翌日、フィリーナと街に買い出しに出かけた。王都で買えるものは王都で買えばいいが、事前に用意しておかないといけない細々したものを揃えるためである。


 一通り買い物を済ませ、広場で二人並んで噴水の脇に座りながら屋台で買った甘味を食べる。平和な時間を過ごしていると、フィリーナに声がかかった。見ると女の子が二人こっちを見ている。何か見覚えがあるなと思ったが、確か、4年くらい前にフィリーナと私塾で一緒だった子達である。そう言や、当時、不審者と間違われたかと思ったが、先日の話を聞くと、俺を紹介しろとか言ってたんだな。まあ今や、あの子達も忘れていることだろう。


 友達と話すフィリーナをボケっと眺めていたが、考えることが無ければ、思い起こされて来るのは昨日のキャスリーンの事である。本人は否定していたが、わざわざ実家にやって来たと言うのは、お前の家族の居場所は把握しているぞ、と言う脅しの意味も含まれているのだろう。ミノス神聖帝国だけでも厄介なのに、オルタリアや、恐らくは他の国も水面下で動いているとなると、とても個別には守り切れない。


 そんなことを取り留めも無く考えていたが、突然、パスが繋がった。


『ラキウス君、見つけました。行きます!』

『リアーナ様、行きますって何⁉」


 次の瞬間、広場に巨大な影が落ちた。ラーケイオスが突如飛来したのである。住民は一瞬パニックになって逃げそうになったが、相手がラーケイオスと分かって留まった。「ラーケイオス様だ!」という声があちこちで上がり、皆が上を見上げる中、誰かがラーケイオスの背中から飛び降りてきた。


「リアーナ様⁉」


 リアーナは真っすぐ俺に向かってくると、両手を広げ、まるで抱き着くように飛び込んで来た。彼女を受け止め、勢いを殺すために2~3回転してから地面に下ろす。


「何無茶してるんですか⁉ 死ぬかと思いましたよ!」

「ラキウス君、成功したんです! できたんですよ!」

「は?」


 言ってる意味が分からない。と言うよりも、また、この人はスカートで空飛んできて。こないだ、散々俺に罵声浴びせたくせに。


「リアーナ様、そんな恰好で空飛ぶと、また覗かれますよ」


 リアーナはキョトンとしたが、スカートを見ると、ああ、と納得したような顔をする。


「大丈夫ですよ、ほら」


 そう言うと、いきなりスカートをピラっとたくし上げた。


「い、いきなり何するんですか? こんな人が見てる中で……って、ズボン?」


 リアーナはスカートの下にズボンを履いていた。


「これで、ラキウス君にいくら覗かれても平気です」


 いや、俺が覗くこと前提かよ! 心の中で突っ込みまくっていると、フィリーナの氷点以下の声がかかった。見ると、汚物を見るような目を向けている。


「お兄ちゃん、私ね、お兄ちゃんが他の女と仲良くするの嫌だけど、お兄ちゃんがセーシェリア様のこと、どれだけ好きか分かったから、二人のこと認めることにしたの。それなのに何? セーシェリア様の他にもこんな美人な恋人がいたわけ?」

「ち、違うって。リアーナ様とはそんな関係じゃないって」


 必死で説明しようとしていたら、リアーナから援護射撃があった。


「そうですよ。私とラキウス君はそんな関係じゃありません」


 言ってやれ、言ってやれ。リアーナ様、ビシッと言ってください。


「私はラキウス君のお姉ちゃんです!」


 違うだろ! 何でそっちに行く? フィリーナも啞然とした表情を浮かべている。そりゃそうだ。いきなり見ず知らずの女が姉だとか言ってきたら、こいつ頭おかしいんじゃ無いかと思うよな?


「え、お兄ちゃんのお姉ちゃんってことは……。私に……お姉ちゃんがいたの?」


 だから! 何でそうなる⁉

 その後、一生懸命説明して、ようやく理解してもらった。───疲れた。


「それよりリアーナ様、さっき言ってた、成功したって何ですか?」

「そう、それです! ラキウス君に教えてもらった方法を試して、ついにオンソクを超えたんですよ!」

「ああ、音速ね。……って凄いじゃないですか!」


 リアーナには、ラーケイオスと一緒に、魔法だけで飛ぶ実験をしてもらっていたのである。ラーケイオスの全身を包むように魔法障壁を張り、衝撃波を防ぐことにより、乗っている人間に負荷がかからず、高速で移動が可能になったのだ。リアーナは音速突破を早く報告したくて、王都からここまで超音速で飛ばしてきたらしい。全くお茶目な人である。


 実験の成功を伝え終わったリアーナは帰るようだ。ラーケイオスの飛来を待っている。が、振り返ると言った。


「少しは心が軽くなりましたか? パスを繋げた瞬間、心にいばらの棘が絡みついてましたよ」

「……リアーナ様」


 ───そうだったのか。俺の心を軽くするためにわざとバカな話をしてくれ───いや、やっぱ素だろうな。それでも心が軽くなったことは確かだ。リアーナ様、ありがとう。あなたは素敵なお姉ちゃんです。ポン〇ツだけどね。



次回は第3章第11話「入団式」。お楽しみに。

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