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第9話 オルタリアの影

 卒業後、新年の休暇明けの騎士団入団まで少し時間があるので、いったんサディナの実家に戻ってきた。王都にやって来ることになるフィリーナの引越しの手伝いと、母さんの血統について調べるためである。


 ───なのだが、実家の食堂で、対面に座る女性を前に、難しい顔をする羽目に陥っていた。実家に帰るなり、テーブルにつかされ、母さんからあれ食え、これ食えと胃袋への攻撃を喰らっていたところに、突如、片隅に座っていた女性が、「ジェレマイア子爵ですか?」と声をかけてきて、強引に相席にしてきたのである。しかもご丁寧に遮音障壁を張りながらだ。


 彼女は、オルタリア王国の参事官、キャスリーン・トワナ・サルマと名乗った。オルタリア王国は、アラバイン王国の西の隣国。両国間では相互不可侵条約が結ばれ、敵では無いが、味方でも無いと言う間柄だ。キャスリーンは、20代後半くらいか。ブルネットの髪をボブカットにし、ジャケットの下にウエストコートとトラウザーズという、男装の麗人とも言うような恰好をしていた。この世界の貴族の女性としてはかなり異質なファッションである。


「それで、サルマ参事官」

「キャスリーンで結構ですわ」

「では、キャスリーン様。今回いらっしゃった目的をお聞かせいただいても?」

「それはもちろん、新たなる竜の騎士様にご挨拶をするためです」

「それを馬鹿正直に信じろと?」


 そう言うと彼女は楽しそうな表情を見せる。


「では、他にどういう意図があると?」

「美しい女性の外交官が近づいてきて、ハニートラップを警戒しない奴はいませんよ」


 彼女は今度こそ、こらえかねたようにクスクスと笑いだした。


「お褒めに預かり恐縮ですが、私はもう少し謙虚なつもりです。あれ程お美しい恋人がいらっしゃるラキウス様に、自分などが、そう言う意味で取り入ることができるなどと自惚れてはおりません」

「言っておくが、セリアに手を出したら、例えオルタリアの外交官であろうと容赦しないからな」


 セリアへの言及が、いつでも彼女に危害を加えることができると言う脅しである可能性を考え、強く牽制しておく。だが、キャスリーンはしれっとしたものだ。


「ご心配無く。我々はラキウス様と敵対しようとは考えておりません。ラキウス様の想い人に手を出すなどあり得ません。もちろん、他のご家族も同様ですよ」

「それでは、あなたと会っていること自体が、俺がスパイだという噂を流すための罠と言う可能性の方を考慮すべきですかね?」

「まさか。そのような意図があれば、もっと人目のある王都で接触しています」


 全く、この手の連中はいつもこうだ。のらりくらりとして真意を見せようとしない。どこかの魔法士団長との会話を思い出して、少しイライラする。


「今日は本当にご挨拶のつもりですので。これはお近づきのしるしに」


 そう言うと彼女は懐から封書を取り出した。一瞬、金かと思ったが、この国で紙幣は一般的では無いから金では無いだろう。


「これは?」

「ラキウス様に必要な情報ですわ。我々が良き隣人であることをお示ししたいと思いまして」


 封書を開けてみると、人名と、いくつかの背景情報が記載されていた。


「ラオブルート・ミナス・バルド・エアハルト? こいつは?」

「先日の襲撃事件の黒幕です。ミノス神聖帝国と外交関係を持たない貴国では、下手人は分かっても、黒幕まではお分かりにならないでしょう? 我々はそのような情報も提供できます」


 なるほど。俺がこのラオブルートとか言う奴と潰しあって共倒れしてくれればと、そう言うことか。それは分かりやすいな。


「ありがとうございます。ですが、ミノス神聖帝国と外交関係を持たないわが国では、黒幕が分かっても対処のしようがありませんね。まさか、他国に軍や暗殺者を送り込むようなこともできませんし」

「必要があれば、オルタリアが仲介の労を取ることも可能ですわ」

「考えておきますよ」


 どれだけ高くつく仲介になる事やら。さて、キツネとタヌキの化かしあいはここまでだ。いや、俺の場合、子ダヌキにすらなっていないか。相手は九尾とまではいかなくても、外交の世界を泳ぎ渡ってきた老獪なメス狐だ。とても太刀打ちできるとは思えない。早々に立ち去ってもらいたいところだが、彼女自身も潮時と判断したらしい。


「それでは今日はこれくらいで。近いうちにまたお会いできるのを楽しみにしています」





 にこやかに去っていくキャスリーンを苦虫を嚙み潰したような表情で見送っていると、フィリーナに声をかけられた。どうやら、何度か声をかけられていたのに気づかなかったらしい。


「もう、お兄ちゃん、返事してよ!」

「ごめん、ごめん。考え事していてさ。それで何?」

「うー。お兄ちゃんの周り、女の人ばっかり。セーシェリア様に怒られちゃうんだからね」


 いやいや、そんな色っぽい話じゃ全然なかったんだけど。遮音障壁のせいで話が聞こえなかったフィリーナには年上の女性に恋文でも渡されて話し込んでる風に見えたようだ。


「仕事の話だよ。全く浮ついた話じゃないから」

「ならいいけど……」


 何となく釈然としない顔で頷いたフィリーナだったが、取りあえず、話題を変えることに決めたようだ。


「それよりお兄ちゃん、私の家ってどうなったの?」

「ん? 貴族街にアパルトメントを借りたよ。年が明けたら二人で暮らそうな」

「やったー!」


 フィリーナには王都での家探しを頼まれていた。一人暮らしをさせるのはセキュリティ上問題があるし、俺も当直の時以外は隊舎に寝泊まりしないといけないと言う訳でも無いので、二人用の部屋を借りることにしたのである。それにその方がセリアとゆっくりできる空間を作れるしな。


「でも、時々セリアも遊びに来ると思うから、仲良くしてくれよ」

「大丈夫。セーシェリア様ともだいぶ仲良くなったんだよ。でもお兄ちゃんの方こそ大丈夫なの?セーシェリア様が来るのに私がいて。お邪魔じゃ無い?」

「そう言うのは気にしなくていいから」


 心配そうに尋ねるフィリーナを安心させるように答えるが、実は意図は別にある。さすがに俺が独り暮らしだと、辺境伯家の人達も二人きりになる空間にセリアが通うのを歓迎しないだろうが、妹がいて二人きりにはならないとなれば話は別だ。セリアが俺の家に来るハードルがずっと下がると言う訳で、これはフィリーナだけでなく、俺にとってもWinWinの関係なのだ。家に来てしまえば、後は自分の部屋に連れ込めばいいんだしな。もちろん、辺境伯との約束は守るけど、もうちょっとイチャイチャはしたいぞ。


 ささくれ立っていた心がフィリーナのおかげで癒され、さらに妄想で紛らわされ、冷静さを取り戻したところで、もう一度キャスリーンからもらったメモを眺める。ラオブルートと言うのは、辺境伯領と国境を接する地区を担当する大司教で、選帝侯でもあるらしい。相当な権力者であることが伺える。こいつが本当に、あの襲撃の黒幕なのか。


 だが、冷静に考えろ。これはオルタリアがもたらした情報だ。オルタリアにとって都合がいいように情報が改変されている可能性がある。何より相手が選帝侯となると、ただの狂信者と括るわけにはいかない。ミノス神聖帝国そのものを相手にすることになる可能性だってあるのだ。やはり、個人で動くわけにはいかないだろう。王国上層部にも話を通しておかなければ。


 アナベラル侯爵に言われた言葉が、心の中でこだまする。「今後、世界は君を中心に回ります。行く末が楽しみになってくるでしょう?」、そう言われた言葉が。


「……ふざけるなよ!」


 世界の中心になることなど望んでいない。俺はただ、セリアと慎ましく、幸せな生活を送りたいだけなのに。竜の騎士と言う巨大過ぎる力を得て、しかし、自らの望みとかけ離れていきそうな現実を前に、俺はただ嘆息するのだった。


次回は第3章第10話「姉、襲来」。お楽しみに。

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