第5話 リヴィナの戦い②
リヴィナに到着後、エルサの家に直行する。
通常であれば、ギルドに挨拶するなり、先に情報収集なりするところだが、今回は事情が事情だけにギルドには寄れない。それに何となくだが、急いだ方がいいような気がしていた。時刻は夕方で、じきに暗くなってくるだろうが、その前に会った方がいい。
エルサの家は瀟洒では無いものの、閑静な住宅街の中にあった。
(……いるなあ)
監視らしき男の姿が1人、2人、……3人か。
一瞬どうしたものかと悩んだが、どうせ夜になっても監視がいなくなることは無いだろうと踏んで、正面から入ることにする。幸い、監視役の連中に誰何されることもなく、ドアをノックすると、少しだけ開く。
「……どなた?」
「依頼を受けた隣町のラキウスです」
突然、ドアがバンッ!と開いて、家の中に引っ張り込まれた。
「いてててて」
引っ張られた腕をさすっていると、ドアを再びバンッと閉めた女がこちらを振り返る。
「尾行られてないわよね?」
「尾行られてはいませんが、この家、もう監視されてますよね」
「だよねぇ」
へなへなと座り込む女に聞いた。
「あの、エルサさん、ですよね?」
「あっ、ああごめんなさい。名乗ってなかったわね。そう、エルサよ。よろしくね」
エルサは何日も洗ってなさそうな薄汚れたローブを着て、髪はボサボサ、目は落ちくぼんでクマができており、お世辞にもきれいな恰好とは言えなかった。おそらくは何日も家から出ることができず、夜も十分に休んでないのだろう。
「何があったんですか? 人探しって依頼にはありましたけど」
「探してほしいのはパーティー仲間だったリサとサラよ。私たち、女だけでパーティー組んでたの。その、訳ありでね」
そのあたりの訳はだいたい見当がつくが、詮索することはしない。
「10日前に、リサに指名の依頼が入ったの。普通、女の冒険者に個人指名の依頼が来ることなんて無いし、怪しいとは思ったんだけど、騎士様からの依頼だったし」
「騎士から?」
この街は俺たちの街サディナ同様、王室直轄領に位置する都市で領主はいない。
常駐している貴族は、まず王の代官として市政を司る市政官、その下で徴税と裁判を取り扱う官吏が数名ずつ。これらは文官である。
それから、治安維持のために騎士が派遣されてきて、平民の衛士を指揮することとなっており、この辺り一帯の街には、王都周辺警護担当の第二騎士団から騎士が派遣されていたはず。この騎士は市政官とは指揮系統が別で、軍事を握る分、市政官を超える権力を持つことも珍しくなかった。
「……つまり、騎士に拉致された、と?」
「そうだと思う。依頼遂行中に行方不明になったという連絡がきたんだけど、それで騎士様のところに捜索してくれって頼みに行ったサラまで戻ってこなかったの。私の周りにも怪しい人たちが出没するようになったし、騎士様が相手だとギルドや街の上層部もぐるの可能性が高いし、もうどうしたらいいか」
だんだん興奮してきたのか、声のトーンが上がってくるが、俺は口に指をあて、シッと制する。
「囲まれてますね」
窓から覗くと、10人以上の男たちが集まっている。
おそらくは、俺が家に入ったのを見て、護衛が付いたことを悟った監視者側が先制攻撃をかけようとしているのだろう。
「どうするの?」
「逃げましょう!」
俺はいきなりエルサを抱え上げる。
「失礼します!」
「ふえぇぇぇっ⁉」
驚くエルサを無視して身体に魔力を流すと次の瞬間、窓を蹴破り、空に跳躍した!
「ええええええええええっ!!」
エルサの悲鳴が空中に響き渡る。
俺は3階建ての隣の家の屋根に着地すると、エルサをお姫様抱っこしたまま、加速! 家を2、3軒飛び越えつつ、屋根の上を疾走していく。最初追いかけてきていた男たちはすぐに見えなくなった。
半時の後、俺とエルサは、ある店の中にいた。エルサは魂が抜けた顔で片隅にへたり込んでいる。この店は1年ほど前に別の案件で世話になった情報屋で、信用できる相手である。
「それで、どういう情報が欲しいんだ?」
「性奴隷のオークション情報だ。それも魔力持ちの」
店主の問いに答えると、呆けていたエルサがハッとこちらを見る。
女冒険者を拉致する狙いなんて十中八九これしか無い。魔力持ちの子を産ませるための道具にするつもりだ。
「……わかった。だが明日まで待て。情報を集める」
「いいだろう。後、信用できる宿を紹介してくれ。騎士とか冒険者ギルド上層部と結びついてない方がいい」
「あるにはあるんだが……」
エルサをチラチラ見て煮え切らない。
「? いいから早く教えてくれ」
エルサを連れて紹介された宿に向かったが、宿に着き、情報屋が煮え切らない態度だった訳が漸く分かった。宿の前で固まってしまう。
「あいつ、こういうことだったら、ちゃんと言えよな!」
情報屋に思い切り悪態をつく。
宿は1階が酒場になっていて、女給にチップをはずむと一緒に2階に上がって朝まで「お楽しみ」できるタイプの宿だった……。さすがにこんな宿に子供が女連れで正面から入ったら目立つことこの上ない。無理を言って、裏口から入れてもらった。
だが、試練はそこで終わらない。部屋に入ると、壁が薄いのか、両側から嬌声が響いてくる。エルサは経験が少ないのか、顔を真っ赤にして目をグルグル回している。
「や、やっぱり、あたしをこんなところに連れてきて、ラキウス君もその、そういうことするつもり?」
「しねえよっ!!」
思わず怒鳴ってしまった。
いけない、いけない。
宿を取ったのは、このところ気を張り詰めて休めていなかったであろう彼女に安心して休んでもらうためだったのに、怒鳴ってどうする。
寝るだけだったら野宿でも何でもよかったのだ。宿に泊まるなど情報が洩れて相手に見つかるリスクが高まるだけだ。それでも彼女にきちんと休息を取って欲しかった。
おそらくは襲撃されることを警戒して、魔法付与してあるローブを脱げず、風呂にも入れないし、寝る時もローブ着たまま熟睡できずにいたのだろう。
この宿は周りの環境は何だが、用途が用途なだけに、各部屋に簡易のシャワー設備があるし、ベッドも大きいし、まあ悪くは無い。
「ねえ、エルサさん」
彼女を安心させようと、できるだけ優しく呼びかける。
「安心して下さい。ここにはエルサさんを襲おうとする人はいません。僕は子供だからそんなことできないし」
嘘だ。身体はもう大人の機能を備えている。でも、そんなことを言ったら不安にさせちゃうので、子供のままと思っておいてもらった方がいい。
「ちゃんとシャワーを浴びて、着替えて、寝てください。もし僕が気になるなら外に出ています。さすがに眠った後は見張りのために部屋に入るのを許してほしいけど」
エルサは少し目を丸くして、それから優しく微笑んだ。
「優しいのね。大丈夫。外に出てもらう必要は無いわ。さすがにシャワーの時はこっち見ないようにして欲しいけどね。後、着の身着のままで連れ出されちゃったから、着替えは無いのよ」
「ごめんなさいっ!」
「いいの、明日買えばいいから」
そう言うと、俺の手をそっと握った。
「ありがとう。あなたに依頼して良かった」
次回は第6話「リヴィナの戦い③」。お楽しみに。
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