第4話 リヴィナの戦い①
冒険者になってから6年の歳月が流れた。
俺は12歳になり、蒼玉級まで昇って来ていた。
ちなみにロッドさんは2年前に紅玉級に昇格している。
そうそうロッドさんと言えば、俺との試合後しばらくして、リィアちゃんと結婚することになった。リィアちゃんは結婚後も受付嬢を続けている。もうリィアちゃんじゃ無くて、リィアさんと呼ばなければならないな。
さて、今日も一仕事終えて家路を急いでいると、私塾帰りらしいフィリーナと出会った。
この国には義務教育なんて無いから、平民の子は一定の年齢に達すると、大抵、親の仕事の手伝いをすることになる。子供は労働力の世界なのだ。私塾に子供を通わせるのは、裕福な商人や下級貴族などに限られており、それより上の上級貴族になると家庭教師を付けることが一般的。だが、俺は自分の稼ぎを王立学院の学費のために貯金する他は、フィリーナを私塾に通わせるために使っていた。もちろん、冒険者として最低限の装備などにも使うが。
平民の子は親の手伝いとは言うが、冒険者稼業の手伝いを女の子にやらせるわけにもいくまい。サポーターをやっていた母さんはあくまで例外中の例外だ。であれば、将来の選択肢を広げるためにも学問を修めて欲しかった。俺は前世で大学まで行ってたから、今更この世界で初等、中等教育を受けようとは思わないが、フィリーナには必要なことだろう。
そのフィリーナは友人らしき女の子二人と歩いていたが、呼びかけると友人二人がひそひそ話を始め、その後フィリーナとちょっと押し問答気味になっていた。不審者と間違われたか、と思ったが、フィリーナは小走りでやって来る。
「お兄ちゃん、おかえり!」
笑顔で挨拶するフィリーナに何かあったのか尋ねると、少し不機嫌そうに唇を尖らせる。
「何でもない!」
あれっ、もしかして反抗期?と思ったが、次の瞬間には笑顔で腕を絡ませてくる。
「そんなことより早く帰ろ! お兄ちゃん!」
良かった、良かった、反抗期はまだ先ですね、と安堵しつつも、少し距離感近すぎない……?
妹のブラコンぶりが心配になる兄であった。
翌日、冒険者ギルドに顔を出すと、リィアさんが手招きしてくる。
「あなたに指名の依頼が入ってるのよ」
「僕一人ですか?」
「ええ」
指名の依頼は珍しいわけでは無いが、大抵はパーティーを指名するものである。個人を指名してくるのは珍しい。
「依頼主が隣町の冒険者なんだけど女性なのよね、だからかしら」
それを聞いて、ああ、そういうことか、と納得する。
この世界、女性の冒険者というのは少ない。
それはもちろん、男性ですら危険な稼業を女性がやろうと思うと、俺の母さんのような相当な魔力持ちであることが求められ、そもそも母数が少ないことが主たる要因である。
だが、それだけでは無い。女性冒険者の敵は魔獣だけではなく、周りの男性冒険者も敵になりうる、ということだ。冒険者稼業はダンジョンだったり森林だったり、とにかく人目につかないところが多い。しかも命の危険にさらされ、極限状況に陥ることもある中で、目の前に女性がいれば、理性を保てない男だって出てくる。この世界、人権意識なんて無いに等しいから、そんな環境に好き好んで飛び込んでくる女性なんてそうそういる訳がない。
つまり、この世界では珍しい女性冒険者がパートナーが必要となったけど、見知らぬ男たちとパーティーを組むのは危険なので、子供でそういう危険性が少ないであろう俺を指名してきた、ということに違いない。
……中身は子供じゃないんだけどね。
依頼内容は?と見てみると「人探し 仔細は直接対面で説明」と、これまた怪しさ全開である。
それに、とリィアさんが付け加える。
「これ、リヴィナのギルドを通さずに、直接来てるのよね」
リヴィナというのは隣町の名前である。ちなみに俺たちの住む街はサディナ。
自分の街以外の冒険者に仕事を頼む場合は、トラブルを避けるために、ギルド同士で話を通すのが普通であるが、今回はそうでは無いという。
「それじゃどうやって依頼が来たんですか?」
「使い魔が届けに来たのよ」
その答えに俺は強い興味を抱く。
「それじゃ、つまり依頼者は」
「そうね。魔法士よ。エルサ・フォーサイト、翠玉級冒険者ね」
魔法士。
その名の通り、魔法で戦う人たちである。
そのために高い魔力と高度な魔法制御が必要とされる。
貴族であれば珍しくは無いが、平民で魔法士というのは極めて稀である。
もしかしたら、王立学院卒業生かもしれない。
俄然興味が出てきた俺は依頼を受けることにした。
リヴィナまでは馬車で半日程度の距離だが、依頼終了までどのくらいの日数がかかるかわからないため、いったん家に帰って数日分の宿泊に堪える簡易の宿泊キットを持って来る。ギルドに戻ると、リィアさんが乗合馬車組合に話を通して、護衛をする代わりに、無料で馬車に乗れるように手配してくれていた。
「くれぐれも気をつけてね。ギルドを通さず来たということは、最悪、ギルドが信用できない可能性もある。少なくとも依頼者はそう考えている可能性が高いわね」
リィアさんの忠告にお礼を言いつつ、乗合馬車の集積所に向かう。
集積所には顔見知りの御者が待っていた。
「アンディさん、ありがとうございます。タダで乗せていただいて」
「いや、こっちこそ助かるよ。大した距離じゃないけど魔獣とか出たら厄介だからな」
そこに背後から声がかかる。
「子供が護衛なのか?」
振り向くと背の高い赤髪の男が立っていた。
一見、優男風だが、その瞳の奥に光る気配はただ者ではない。
「いやいや、ラキウス君はまだ子供だけど、これで蒼玉級の冒険者なんだよ。何度も護衛を頼んでるけど、腕は折り紙付きさ」
アンディの答えに男は「……ほう?」とこちらを値踏みするように一瞥するが、「……了解した」と、意外とあっさり引き下がった。
馬車が動き出し、しばらくは馬車の中を沈黙が支配する。
乗客は優男と俺の他に数人いたが、皆、他人のことに気は回らないようだ。
と、優男が俺に声をかけてきた。
「ラキウス君と言いましたっけ。冒険者とのことですが、失礼ですが、おいくつですか?」
突然の質問に一瞬戸惑うと、別の意味にとったのか、名乗ってくる。
「ああ、失礼。名乗っていませんでしたね。僕はクリスと言います。行商人をやっています」
……いや、その眼光で行商人は無理でしょ!
心の中で突っ込みを入れるが、それには触れない。
「そうなんですね。僕は12歳です」
「12歳で蒼玉級冒険者だとするといくつのころから冒険者をやっているのですか?」
「6歳です」
「6歳? よくそんな年で冒険者登録できましたね?」
新たな質問に御者台からアンディの声が飛ぶ。
「ラキウスはなあ、6歳の時に当時の蒼玉級冒険者との試合に勝ってさ、特例で登録を認められたんだよ」
その答えに、クリスがこちらを向いて視線で真偽を問うてくる。
「向こうが魔法を使わないってハンデ付きだったので、かろうじて勝てただけですよ」
「そうだとしても大したものですね」
次に視線を腰に向ける。
「その下げているものは剣、ですか?」
「これは刀と言います。片刃の剣と思っていただければ」
刀を鞘ごと腰から抜いて、相手によく見えるようにかざす。
これは日本刀を参考に街の鍛冶屋に特注して作ってもらったものだ。玉鋼が手に入らないため、日本刀そのものでは無いが、鋼を鍛えたもので、形状も極力再現している。ただの鉄製のナマクラとは物が違う。
「見せていただいても?」
依頼に、少し躊躇うが、刀を渡す。次いで、抜いてみても?と問われ、それにも首肯する。見ず知らずの人間に武器を渡すなど、危険極まりないが、この状況で襲ってくることもあるまい。クリスは矯めつ眇めつ刀を眺めていたが、満足したのか、納刀し、こちらに返してくる。
「かなりの業物ですね。しかし、失礼ながら、蒼玉級の冒険者ともなれば、ミスリル製の剣なども手に入るのでは?」
「いろいろと物入りですので」
こちらの事情を詳しく説明する必要も無いだろうから適当に言葉を濁す。
それに、刃に魔力を流し込んで戦うのが俺のスタイルだから、必ずしもミスリルほどの切れ味を求める必要は無いのだ。
「そうですか。それでリヴィナにはどういったご用件で?」
俺の曖昧な答えを受け流しつつ、クリスは核心をついてくる。まあ疑って当然だろう。集積所でのアンディとの会話を聞いていれば、勘の鋭い人間であれば、馬車の護衛はついで仕事だと気づいてもおかしくない。
だが、正直に答える必要は無い。
「もちろん、馬車の護衛ですよ。まあ街に着いたら観光ぐらいはして帰ろうと思いますが」
「そうなんですね」
いや、お前絶対信じてないだろ!と思うが、クリスはそれ以上追及してくることは無かった。
そして、日が傾きかけたころ、馬車は隣町リヴィナに到着するのであった。
次回は第5話「リヴィナの戦い②」。お楽しみに。
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