第3話 6歳児の冒険者
「だからね、ラキウス君、子供は冒険者に登録できないのよ」
「そこを何とかお願いします!」
小一時間、俺は冒険者ギルドの受付嬢と押し問答をしていた。
母さんに王立学院の話を聞いてから1年。俺はだいぶ強くなった。母さんにも10回のうち2~3回は勝つことができるようになった。並の冒険者には負けないんじゃないだろうか。なので、冒険者登録を認めてもらおうと冒険者ギルドに押しかけたのである。
冒険者ギルドに登録できるのは成人年齢を迎えてから。
それはもちろん冒険者稼業が危険だからである。子供がお遊び気分で足を踏み入れて良い世界では無い。だけど俺は前世の25年と現世の6年合わせて31歳だ。何の問題も無い。
……っていうのは他人には言えないんだけどね。
とにかく、冒険者登録して経験を積まないと強くなれない。この世界は経験値を稼いでレベルアップなんて、そんな都合のいいものは無いけれど、戦って魔力を強化していけば、何倍にも身体能力を強化したり、強力な魔法を撃てるようになったりする。
しつこく食い下がっていると後ろから声をかけられた。
「何やってるんだ、お前」
父さんである。
おそらく俺があまりにしつこいから、ギルドから父さんに連絡が行ったんだろう。と、思ったら、受付嬢にウィンクしてやがる
「あんまりリィアちゃんを困らせるなよ」
……こいつ、母さんの浮気は疑っておきながら、他の女に色目使ってんじゃねえぞ。いらぁっとしながら父さんの顔を見ていたが、閃いて、父さんを指さす。
「そうだ、こいつと勝負して僕がこいつをぶっ飛ばしたら認めてくれますよね!?」
「おまっ、言うに事欠いて父親のことをこいつとは何事だぁ!」
「うるせー! リィアちゃんに色目使ってたって母さんに報告するからな!」
「上等だ、こらぁっ!! 相手してやるから表出ろ!」
低次元な親子喧嘩を繰り広げていると、一人の男が親父の肩を叩いてきた。
「なあマーカス、ここは俺に任せてくれないか?」
「ロッド?」
ロッドと呼ばれた男がこちらに向き直る。
「坊主、俺が相手をしてやる。お前が勝ったら冒険者登録できるように掛け合ってやろう」
そう言った男の胸には蒼いプレートが輝いていた。
……蒼玉級の冒険者か。
冒険者にはその実績に応じてクラスが割り振られている。
上から
金剛石級
紅玉級
蒼玉級
翠玉級
水晶級
琥珀級
という並びだ。
この内、金剛石級は今、王国に一人しかいなくて王宮専属になっており、紅玉級もこの街にはいない。つまり蒼玉級のロッドというのはこの街最強の冒険者の一人と言うことである。
一人と言ったのはもう一人蒼玉級の冒険者がいたから。俺の母さんである。もう引退してるけどね。
ちなみに父さんは翠玉級。もう少し頑張ってもらいたいものだ。
いずれにしても、冒険者登録を掛け合ってもらえるというのは願ったりかなったりだ。ちょっとばかし、いや、かなり相手が格上になっちゃったけど、この街最強の冒険者に頼まれたらギルドだって嫌とは言えないよね。
試合はギルドの中庭で行われることになった。
中庭は建物の床より一段下がった長方形で、周りを数段の階段が取り囲んでいる。臨時の観客席としても使える形だ。
何人かの冒険者が座り込んで観戦しており、中には賭けを始めている奴もいる。
リィアちゃんがハラハラしながら見守っており、父さんはその横でだらしない顔をしている。
……やっぱ母さんに言いつけよう。
ロッドは中庭の真ん中に悠然と立ち、練習用の木剣を肩に、手招きをする。
「いつでもかかってこい。俺は魔法は使わないでおいてやる」
余裕である。まあ相手は6歳の子供だ。当然だろう。
だが、そいつが命取りだ!
俺は全身に魔力を流すと一気に踏み込む。
逆袈裟!
一気に降りぬいた木剣の勢いに、ロッドは一瞬驚きの表情を浮かべ、しかし、剣の勢いを受け流すと返す刀で横薙ぎに払う。無造作に振るわれたかに見えた剣は、豪速をもって俺の目の前を通り過ぎる!
……危なかった。
一瞬、後ろに飛びのくのが遅れていたらただでは済まなかった。
魔法で身体強化しているから死ぬことは無いだろうが。
……と、思う間もなく、追撃が来る!
上段からの振り降ろしをかろうじて受け止める。
が、木剣を握る手がしびれる。
そのまま二合、三合と打ち合わせるが、四合目を受けきれず、吹き飛ばされる!
まずい、ここまで地力に差があるのか。
しかし、それも当然である。
魔法で強化していてるとは言え、ベースは6歳児なのだ。
相手を見くびっていた。大人の、それも蒼玉級の冒険者に接近戦というのが間違いだった。
だが、勝たなければならない。
ならば。
戦い方を変える!
俺は距離を取るために走り出すと魔法を放つ。
「火炎弾!!」
散弾のようにばら撒かれる炎の弾は一つ一つの威力は小さくとも足を止める効果はある。こうして牽制して隙を見せたところで踏み込む!
が、一閃!
無数の火の弾を木剣で払うとロッドが突っ込んでくる。
繰り出される剣は横薙ぎ!と見せかけて、刺突!
突進の勢いを殺さぬまま突き出された剣は、周りの空気をつむじ風のように巻き込みながら俺の顔をかすめて後ろに突き刺さる!
避けられたのは一瞬首をひねったからか。
それとも
相手に当てる気が無かったからなのか。
突き出された剣の先を見ると思いもかけぬ光景に息を呑む。
階段席の鉄製の手すりが折れ曲がっている。
なんで木剣で鉄の方が折れ曲がってるんだよ。
……勝てない。
勝つ方法が見つからない。
より強力な魔法を使えば勝てるかもしれないけど、この距離ではだめだ。
魔法を発動するのに必ずしも詠唱は必要ないけれど、魔法名を唱えれば自動的に飛んでいくようなもんじゃない。頭の中でイメージして術式を構築しないといけないのだ。強力な魔法の術式構築には時間がかかる。そんなの悠長にやっていたら、踏み込まれて斬り倒されるだけだ。
だが、負けるわけにはいかない。
こうなったら、多少汚いと言われようとかまうものか。
俺は土系統の散弾を組み上げていく。
一瞬で術式構築が終わる簡単な奴だ。
「砂塵弾!!」
つぶてが飛んでいき、やはりロッドに一閃で払われる。
だが、それこそが狙い!
払われた散弾は一瞬で砕け、砂の煙幕となってロッドの視界を奪う。
眼に砂が入ったのであろうロッドが一瞬怯むのを見て、俺は、最大の魔力でもって身体強化し、突貫する!
繰り出すは、先ほどのロッドと同じ。
刺突!
砂の煙幕を突き抜け、ロッドに迫る。
「もらったあああああ!!」
そこに、横合いから剣が飛んできた。
いや、飛んできたとしか言いようのないスピードで剣が振るわれたのだ。
不味い!
とっさに障壁を張ろうとするも、間に合うはずもなく、剣が右肩にめり込み、体ごと薙ぎ払われた。
俺は二度、三度、地面でバウンドし、転がっていく。
「きゃあああ!!!」
悲鳴を上げたのはリィアちゃんか。
彼女が慌てて駆け寄ってくるのが見える。
「大丈夫っ⁉ ラキウス君、大丈夫?」
リィアちゃんに抱き起されながら、俺は自分の体の様子を観察する。
骨は……折れてなさそうだ。魔法で強化していたおかげだろう。でも右腕はしばらく動かせなさそうだな。
「……大丈夫、です」
答えると、少しホッとした表情を浮かべたリィアちゃんは、ロッドをキッと睨む。
「やり過ぎです、ロッドさん。相手は子供なんですよ!」
リィアちゃん、いい娘じゃないか。父さんのことを告げ口するのはやめよう。父さんが殴られるのは別に構わないが、リィアちゃんに迷惑がかかったりしたら申し訳ない。
……命拾いしたな、父さん。
しかし……
「負けた」
ふらふらと立ち上がる。
負けたことよりも、冒険者登録ができないことの方がショックが大きい。他にどうやって魔力強化していけばいいのか。
「いいや、俺の負けだ」
突然、ロッドの声が響く。
振り向くと、ロッドは剣を持った右腕を見つめている。
「俺は魔法を使わないと言ったのに、あの時、とっさに魔法を使っちまった。……だから、俺の反則負けだ」
ロッドは俺のところに来るとワシャワシャと俺の頭を荒っぽく撫でる。
「約束どおり、冒険者登録できるように掛け合ってやる」
そう言うと、今度は親父の方に向き直った。
「マーカス、こいつを俺のパーティーに任せてくれないか?」
「お前の?」
「ああ、こいつは才能がある。育ててみたい。小僧、お前も文句無いよな?」
文句などあるはずも無かった。蒼玉級の冒険者とパーティーを組める。強力な魔獣と戦える機会も増えるはず。
「はい、よろしくお願いします。ロッドさん!」
こうして前代未聞の6歳児の冒険者が誕生したのであった。
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次回は第4話「リヴィナの戦い①」。お楽しみに。