第6話 俺の妹と女友達が修羅場な件
セリアの領地に向かう途中、サディナに立ち寄ることとなった。
フェルナース家の領地フェルナシアは王都アレクシアから400キロ程離れているので、本来であれば、テオベ川を一旦下って海に出て、船旅の方が早い。しかし、シーサーペントが暴れているという情報があったので、海路は使えず、馬車の旅と相成ったのだった。馬車だと片道10日ほどかかるから、往復だけで夏休みの半分が飛んでしまうが、まあ、旅そのものが楽しいので、それもまた良しである。
いずれにしても野営は極力避けるということで、街に寄りながら進むことになるのだが、2日目の今日は、リヴィナに泊まるか、サディナに泊まるかでひと悶着あった。俺は、知り合いだらけのサディナの街で、セリアみたいな美人のお嬢様と一緒に行動していたら、噂にどんな尾ひれがついて飛んで行ってしまうかわからないので、リヴィナに泊まろうと主張したのだが、セリアが俺の生まれ故郷と家を見てみたいと強硬に主張して、結局サディナに泊まることになったのだ。
「ラキウスだけ、私の家に行くのは不公平じゃない」とか、何とか言われたけど、何が不公平なのか、良くわからない。まあ、俺も父さんの始めた店を見てみたいと思ったりもしたので、最後は折れた。
フィリーナに聞いた話では、結局食堂にしたらしい。父さん曰く、「食は需要が無くなることが無い」だそうだ。それは確かにそうだけど、お店の需要がいつまでも続くかは別問題だけどね。ただ、今見えてる分には、それなりに繁盛してそうに見えた。
俺達は今、店のほど近くに馬車を止めて店を伺っている。街に着いたのが夕方なので、今は一番忙しい時間帯。───さて、後は本当に入るかどうかなのだが。
「ねえ、早く入りましょうよ」
「ちょっと待ってよ。本当に入る気? セリアみたいな貴族のお嬢様が入って行ったら大騒ぎになるよ」
「ええー、ここまで来たのに?」
不満そうなセリアを宥め賺し、様子を見てくるから、と言って、一人で店に向かう。
「いらっしゃ……、お兄ちゃん⁉」
ウェイトレス姿のフィリーナが出迎えてくれた。驚いていたが、すぐに顔が喜色に染まる。しかし、店中に響き渡る大声で父さんと母さんに俺の帰宅を伝えるのは勘弁して欲しい。もう少しそっとしておいて欲しいのだけれど。
「お父さん、お母さん、お兄ちゃんが帰ってきた!!」
「あらあ、ラキウス、お帰り! まあまあ、立ち話も何だし、座って、座って。何か食べる?」
母さんがすぐに食事を勧めて来る。ありがたいんだけど、セリアを馬車に残してるし、早く退散しないと、と思ったところで、今度は後ろから組み付かれた。
「よお、ラキウス、久しぶりだな!」
「ロッドさん?」
「聞いたぞ、騎士になったそうじゃねえか。大したもんだ」
「本当に凄いわよね。あのラキウス君がねえ」
「リィアさん」
懐かしい顔ぶれに感無量になるが、こんなことをしている場合じゃない。早くセリアの元に戻らないと。
そんな思いも空しく、次々声がかかる。
「よおロッド、そいつは……って、ラキウスじゃねーか。大きくなったなあ」
「ああ、しかも聞いて驚け、この年で騎士様になったんだとさ」
「そいつは凄いな」
「ああ、乾杯だ」
「おおーっ!」
何か、勝手に盛り上がってる。
皆の視線を一身に浴びている、その時、間の悪いことに後ろの扉がキィと開いた。
「ラキウス、まだなの?」
「セリア⁉」
途端、盛り上がっていた店内がシーンと静まり返った。
かと思うと、ガシャン、ガシャンとあちこちでジョッキが床に落ちる音がする。突如現れたセリアの美貌に呆気にとられた連中が乾杯のために振り上げてたジョッキを取り落としてしまったようだ。
「な、何?」
異様な雰囲気を感じ取ったセリアが俺の陰に隠れるが、もう遅い。
店内は一瞬にして喧騒に包まれた。
「おい、ラキウス、その娘誰?」
「名前なんて言うの?」
「俺にも紹介して!」
「可愛い!」
あああ、これだから、セリアを店に連れて来るのは反対だったんだ。
背中越しにチラリと見ると、セリアは困惑した表情で俺を見つめている。貴族社会では、ここまで露骨に下心を露わにした視線にさらされるようなことは無かったのだろう。背中をつかんでいるセリアの手をそっと握り、小声で「大丈夫だよ」と伝えると、少し安心してくれたようだ。
そこに母さんの一喝が響き渡る。
「静かにしな、あんたら! お嬢さんが怯えてるじゃないか!」
さすが、元蒼玉級冒険者は伊達じゃない。一声で酔っ払いどもを黙らせると、セリアににっこりと笑いかけた。
「いらっしゃい。ラキウスのお友達?」
「ラキウス様のお母様でいらっしゃいますか。セーシェリア・フィオナ・フェルナースと申します」
「これはこれはご丁寧に。ラキウスの母です。よろしく」
セリアに母だということを伝えたら、やけに仰々しい挨拶になった。母さんは笑いをこらえている。俺もくすぐったくて仕方が無い。
「セリア、何今さら『ラキウス様』とか言ってるんだよ」
「だって、お母様の前で呼び捨てにしたら失礼じゃない」
「調子狂うからいつも通りにして」
「……わかったわよ、ラキウス」
そこで、ロッドに肩を叩かれた。振り向くと、ニカッという笑いと共に、小指を立てて聞いてくる。
「で、お前の彼女?」
「ちちち、違います。と、友達、友達です。ね、セリア?」
「そそそ、そうです。ラキウスは、友達、その、……大切な……友達、です」
二人して真っ赤になってしまった。周りから生暖かい視線が注がれている。
そこに氷点以下の声がかかった。
「お兄ちゃん、セーシェリア様と随分仲良くなったんだね? 何、セリアって? 愛称で呼んじゃうくらい仲良くなったんだ、フーン」
「え、ええと……」
「あら、ラキウスは大切な友達だもの。私からそう呼んでってお願いしたの」
答えに詰まっていたら、セリアが割り込んできた。二人は睨み合っている。何、この、俺の妹と女友達が修羅場な件。ラノベのタイトルか何かかよ。
───とか何とか思っていると、二人がこっちを向いた。
「お兄ちゃん、私とセーシェリア様のどっちが大事なの?」
「ラキウス、もちろん、私よね?」
おいおいおい、何だこの展開。
そんなの選べるはずがないだろ。そりゃ、本音を言えば、フィリーナには悪いけど、セリア一択だ。俺にとっては彼女が世界で一番大事なんだ。だけど、こんな所で、こんなシチュエーションで言える訳ないじゃないか。
「ええと、そりゃりょ……」
「お兄ちゃん、言っておくけど、両方なんて選択は無しだからね」
「ええ、ちゃんと白黒つけてね」
どないせえっつうねん!
周りはそんな俺の気持ちも知らずに無責任に囃し立てている。
「ラキウス、二股はいかんぞ、二股は」
「羨ましいなあ。両手に花で」
「おい、俺と代われ」
うるせえよ!
うう、妹に口きいてもらえなくなる覚悟で本当のことをしゃべるか。でも、それも色々と問題ありそうだよなあ───と悩んでいたら、スパァーン、スパァーンという音が響いた。
「あ痛ーっ!」
フィリーナが悲鳴を上げる。セリアも声は上げないが、お尻を抱えていた。振り向く二人の前に母さんが仁王立ちしてる。母さんが二人の尻を叩いたのだった。
「フィリーナもセーシェリアちゃんも喧嘩しないの。だいたいそんな迫り方したらラキウスに嫌われちゃうわよ」
嫌われると言われた二人は慌てて謝ってきた。
「ご、ごめんなさい、お兄ちゃん」
「私もごめんね、ラキウス」
───助かった。
しかし、辺境伯の娘の尻を叩くとか、母さん凄いな。後で聞いたら、そんな偉い人の娘とは知らなかったみたいで、事実を知って冷や汗をかいていたけど。
次回第2章第7話「セリアの縁談」。お楽しみに。




