第4話 ソフィアの護衛
「あの、ソフィア様?」
「何ですか、ラキウス君」
「ちょっと、近すぎません?」
「あら、そんなことはありませんよ」
レジーナの襲撃から1週間後、中断されていた授業が再開された。
───のだが、ソフィアが隣に座っている。
反対側に座っているセリアが渋い顔だ。
「ソフィア、あなた、何のつもり?」
「あら、どこに座ろうが自由では無くて?」
───怖い、怖いよ。
「ソフィア様、やっぱりちょっと……」
「そうだ、ラキウス君はセーシェリアのことをセリアと呼んでるのですよね。でしたら、私の事はソフィーとお呼びください」
「いやいや、そんな馴れ馴れしい口きいたらイレーネさんに殺されちゃいますって」
絶対、からかわれてる。
閉口していたら、更に声がかかった。
「面白そうな話をしてるわね。私も混ぜていただいても?」
「カテリナ様?」
「あら、私の事はカティアと呼んでちょうだい」
───いったい何なの、このカオス。て言うか、痛い、痛いよ。お願いだから腕をつねらないで、セリア。
その日の昼休み、学院の事務局に呼ばれた。
「ソフィア様の護衛……ですか?」
「そうだ。先日の襲撃を受けて、カーライル公爵家から正式に要請があってね。朝夕の通学時に同行して護衛してほしいとのことだ。期間はとりあえず夏休みまで。報酬は後期の学費を公爵家の方で負担するとのことだが」
まあ、そう言って来ることはわからないでもない。レジーナがあれで諦めたとは限らない。また襲撃してきた場合、魔族の可能性が高い以上、一般の護衛騎士を付けていても守れるかわからない。今、王都にいる中で魔族の闇属性魔法に対応できる可能性があるとしたら、俺か光属性魔法を使えるエヴァだけだろう。それにエヴァに直接戦闘は無理だろうから、そうなると俺一択になるよな。正直、前回もかなり劣勢だったけどね。
「公爵家からは何なら住み込みで護衛してもらっても構わないと言われている。その場合は衣食住全て公爵家で面倒を見るということだけど」
いやいやいや、それはダメでしょ。
条件は美味しいけど、セリアの怒った顔が目に浮かぶ。
それに、これはやっぱり、先日の派閥入り絡みの話なのだろうか。
だとしたら、尚更自分だけの判断で受けていいものではあるまい。
とりあえず保留にしてもらって、通学時の護衛だけ引き受けていいかセリアに聞いてみた。
「好きにすれば。だいたい何で私の許可がいるのよ」
ううう、絶対怒ってる。
セリアの機嫌をこれ以上損ねたくない。でも、ソフィアの身が危険なことは確かなので、結局、通学時の護衛だけは引き受けることにした。
───イレーネの視線が痛い。
今は、帰宅する馬車の中。一緒にいるのはソフィアとイレーネの二人のみ。居心地が悪いったらありゃしない。
「ソフィア様……」
「あら、ソフィーと呼んでくださいと言ったはずですよね」
ギロっとイレーネに睨まれた。
「いえ、そんな畏れ多いですから」
「残念。振られてしまいました」
クスクスと笑う彼女はこれっぽっちも残念そうな顔をしていない。
絶対この人、わかっててからかってるだろ。
「あの、ソフィア様、やっぱり外で護衛した方が」
「相手は魔族なんですよ。突然、馬車の中に出現しないとも限らないではありませんか」
いや、そんなことは無いだろうと思うが、否定できるほど魔族に詳しくない。
「それに、お友達なんですから、少しは私のおしゃべりに付き合ってください。こういう時でも無いと、そうそう自由におしゃべりもできない籠の鳥なんですから」
ソフィアはどこか遠い目をしている。そうか、先日の貴族然としたソフィアの姿には圧倒されたけど、やっぱり少し寂しかったりするのだろうか。
「……わかりました」
神妙に頷くと、プッと吹き出された。
「本当にラキウス君は素直ですね。ダメですよ、そんな簡単に人の言うことを信じちゃ」
そう言うと、片目を瞑る。だ、騙された。
「いいですか、ラキウス君も卒業すると男爵。正式な貴族なんです。そうするといろんな人が近寄ってきますよ。善意の人だけじゃありません。貴族だったり、商人だったり、いろんな思惑を持った人たちが近づいてきます。騙されないように、相手の言うことをすぐに信じたりせず、裏が無いか、まず考えるようにしてください」
「それは、ソフィア様の言うことも含めて、ということですか?」
「当たり前じゃないですか。私など一番信用してはいけないタイプの人間ですよ」
ソフィアを見つめる。ニコニコと微笑んでいるこの笑顔も信じるなと彼女は言う。だが、分不相応に成りあがってしまった俺を心配してくれる言葉の全てが嘘ではあるまい。
「いいえ、僕はあなたを信じています。だって、友達じゃないですか」
ソフィアは目をパチクリさせていたが、クスリと微笑とも苦笑ともつかない笑みを漏らす。
「お人好しのラキウス君にもう一つだけ忠告。貴族の言う友情は、ほぼ打算と同義です」
「……」
「私はいくつも見て来ました。固い友情で結ばれていたはずの貴族が、利害が対立した途端に離れて行くことも、反対に親の仇のように嫌っていた相手と翌日には手を結んでいることも」
彼女の顔からは笑みが消えている。
「もちろん、貴族とて人間ですから、それに収まらない関係はありますよ。あなたとセーシェリアの関係もそうなのでしょうね。少し羨ましいです」
そう言うと、しばらく無言で窓の外を眺めていた彼女だったが、ポツリと呟いた。
「……そう言う意味では、あなた達に期待しているのかもしれません。そんな打算に塗れた関係では無い、純粋な絆を見せてくれることを……」
その言葉を意外に思うよりも前に、彼女はハッとしたような表情を浮かべると頭を振る。
「私は何を言ってるのでしょうね。……少し、色ボケ野郎に毒されているのかもしれません」
黙り込んでしまった彼女にかける言葉が見つからないまま、その日の護衛は終了したのだった。
次回は第2章第5話「セリアのご自宅訪問」。お楽しみに。




