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第2話 レジーナ再び

 その日、ソフィアは珍しく父と朝食を共にしていた。

 父、アルベルトは王国宰相だけあって、非常に多忙であり、王宮に泊まり込みになることや、早朝から朝食会名目の会合などに出ていくことも珍しくない。こうして朝食を共にすることは久しぶりであった。

 朝食を終え、紅茶を味わいながら、父娘水入らずの時間を過ごす。


「それでどうかね。学院の方はうまくいっているか?」

「はい、万事つつがなく」

「そうか、ところで、あの少年はどうしているかね?」


 聞かれた途端、ソフィアはテーブルをドンッと叩いていた。そのこめかみがピクピク動く。テーブルの上では、零れた紅茶がテーブルクロスを濡らしていた。


「あのバカップル! 教室でイチャイチャ、イチャイチャ!」

「……よ、良くわからんが、引き続きよろしく頼むよ」


 驚いて、戦略的転進を選んだアルベルトが退散し、久しぶりの父娘の朝食は余韻無く終了したのだった。



 ❖ ❖ ❖



 今日は、実技演習の一環であるダンジョン攻略対抗戦が行われている。初級クラス、普通クラスも含めて6つのチームに分かれ、特待生クラスの生徒に率いられて課題攻略のスピードと正確性を競う。単純にダンジョン攻略すればいいと言う訳では無く、途中で設けられている小課題を解きながら攻略することになる。前世のオリエンテーリングに魔獣討伐とトラップがくっついたようなイメージだろうか。まあ魔獣と言っても今日はせいぜい7階層くらいまでだ。俺がレジーナと戦った30階層とは難易度も比べ物にならないくらいに低いから何の問題も無いけど。


 そんな調子でのんびりと歩いていたが、前方に倒れている別のチームの人達の姿が見え、気の抜けた雰囲気は一変した。全員、気絶している。いったい何があった? 見回すと、倒れ伏している人たちの中に、赤い髪の女性がいるのが見えた。一瞬、ソフィアかと思い、駆け寄ったが、倒れていたのはカテリナだった。呼びかけるとかすかに目を開けたので、回復薬を飲ませて事情を聴く。


「急に変な女の人が襲ってきたの。燃えるような赤い髪で、剣の付いたガントレットを武器にしてた。戦ったけど、まるで歯が立たなくて、みんな一瞬で倒されちゃった。」


 ───レジーナだ。あいつ、今度は何を。


「それで、その女はどうしたんですか?」

「それが、私を倒してから、『人違いだった』とか言ってたの。その後、気を失っちゃったからわからないけど、ダンジョンの奥に行ったんじゃないかしら」


 人違い? 誰だ? ───いや、俺も最初カテリナをソフィアと間違えたんだ。狙いはソフィアか。

 チームのメンバーには倒れている人たちの救助と撤退を命じて、俺はソフィアがいるだろう地点に向かうことにする。

 カテリナの声が飛んできた。


「ラキウス君、気を付けて。すごく危険な奴よ。とても人間とは思えないくらい」

「わかってます。ありがとうございます。」


 カテリナに感謝しながら先を急ぐ。

 途中、セリアのチームに出会った。セリアが無事であることにホッとしながら、カテリナのチームが襲われたこと、危険だから撤退してほしいことを告げる。


「ラキウス、あなたはどうするのよ?」

「ソフィア様が危険だから助けに行くよ」

「ちょっと、また無茶するつもりじゃ無いでしょうね!」


 しまった。彼女、前回の事がトラウマになってしまっている。これじゃ放してくれない。


「大丈夫。今回の敵は見当がついてるし、昔戦ったことがあるんだ。セリアが心配するようなことにはならないから」


 しかし、そんな言葉では納得してくれない。自分もついて行くと言い出した。だけど、レジーナが本当に魔族なら、今のセリアには対抗できる手段が無い。何より、あんな快楽殺人鬼みたいな奴の前にセリアを連れて行くなんてできるはずが無い。


「ダメだ、ダメだ、ダメだ!」

「何でよ⁉」

「君が心配だからに決まってるだろ!」


 何も言えなくなった彼女に説明する。


「セリアは僕の戦い方を見たからわかってるだろ? 今回はあの力が無いとダメなんだ」

「まさか、相手は……魔族なの?」

「確証は無いけど、多分。だから君は安全なところに避難して、できれば先生を呼んできて欲しい」

「……わかったわ」


 彼女はチームに指示を出すと、撤退を始めるチームの殿を務めながら、何度も何度も振り返り、帰って行った。これでいい。彼女を少しでも危険にさらすわけにはいかない。



 ❖ ❖ ❖



「キャハハハハ、お嬢ちゃん、そんなもんなの? もっと頑張んなよ!」

「クッ!」


 ソフィアはレジーナに翻弄されていた。

 完全に遊ばれている。いや、(なぶ)られていると言っていい。

 チームのメンバーは皆、一撃で昏倒させられた。

 やろうと思えば、自分も一撃でやられるだろう。でも、しない。大怪我しないように、薄皮一枚でとどまるように手加減しながら、服を切り裂いて、羞恥に染まる様を楽しんでいる。


炎熱槍(ハスタ・イグニス)!」

「だから、無駄だって」


 簡単にかわされる。

 ソフィアは元々前衛よりも後衛で戦うタイプだ。前衛で、しかもレジーナみたいな超スピードタイプにまとわりつかれながら戦うのは全く得意ではない。


 周囲を跳ね回っていたレジーナが突如、ソフィアの前面に着地する。ソフィアは避けることもできない。

 そのまま、ソフィアの腹部に強烈な拳の一撃が叩き込まれた。

 手甲剣は収納してあるから、怪我は無い。だが、気絶しそうなほどの衝撃と、嘔吐感に見舞われる。地べたに這いつくばり、吐しゃ物をまき散らす。


「あんたみたいな可愛いお嬢ちゃんとはもっと遊んでいたいけど、そろそろ終わりにしようかね」


 レジーナがソフィアの首を片手で掴んで持ち上げる。

 息が出来ない。目がかすむ。ソフィアは自分がもう最後だと覚悟した。

(殿下……)


 その時、何本もの漆黒の槍が飛び込んできた!



 ❖ ❖ ❖



 薄暗いダンジョンの中にあってすら、二人の姿は浮かび上がって見えた。どちらも明るい赤い髪。その一人がもう一人を片手で持ち上げている。間に合ってくれ! そう願う思いと共に、魔法を放つ。


黒闇槍(ダルク・ハスタ)!」


 迫りくる漆黒の槍を見て、レジーナはソフィアを放すと後ろに飛び退った。

 投げ出されたソフィアを庇うように前に立つ。


「ソフィア様、大丈夫ですか?」

「……ラキウス君?」


 良かった。間一髪間に合った。

 レジーナに改めて目を向ける。

 彼女は右肩から血を流していた。


「レジーナ、何のつもりだ? 何故ソフィア様を襲う?」

「坊やじゃないか、腕上げたねえ。でも、残念。坊やとは戦うなって言われてるんだよね」

「誰から?」

「ヒ・ミ・ツ」


 そう言うと逃げようとする。だが、逃がすか。


炎熱槍(ハスタ・イグニス)!」


 敢えて炎の槍をレジーナの逃げようとする方向に打ち込み、逃げ道を塞ぐと、ミスリルの刃に黒の魔力を流して突貫した。それを防ごうと、レジーナから漆黒の槍が飛んでくる。


氷結空堡(スカーラエ)!」


 水魔法と風魔法で足場を作り、ダンッダンッと空中を駆けながら、それを避ける。

 そのまま、レジーナに追いつくと、剣を振るった。


 ガキイインッと剣が咬合する。レジーナが手甲剣で受けたのだ。そのまま何合か打ち合う。が、怪我のせいか、以前ほどのスピードが無い。いける。

 ───そう思った時、いきなり蹴りが飛んできた。

 避け切れず、まともに食らってダンジョンの壁に叩きつけられる。

 身体強化していてなお、身体中に響く衝撃。魔族の力とはこれほどのものか。

 苦しいが、体勢を立て直して、次の攻撃に備える。

 一方、レジーナは不機嫌さを隠そうともしない。


「しつこいねえ。あんたとは戦うなって言われてるって言っただろう!」


 しばらく俺を睨みつけていたレジーナだったが、いきなり叫んだ。


「見てるんだろ! いい加減手を貸せ!」


 いったい誰に話してるんだ? そう思った次の瞬間、レジーナの姿が掻き消えた。何が起こった? 目にも留まらぬスピードで動いた、という訳ではあるまい。本当に一瞬にしてフッと消えてしまったのだ。


 しばらく新たな襲撃に備えていたが、そのような様子は無かった。恐らく本当に逃げてしまったのだろう。仕方ない。いつまでも身構えている訳にもいかないので、警戒を解くと、ソフィアの元に向かう。


「ソフィア様、大丈……夫……!!!」


 思わず目を背ける。ソフィアは上着だけじゃなくて下着まで切り裂かれていていろんなところが見えてしまっていた。ソフィアも俺の視線で今さらながらに自分の格好に気付いたのか、大声で叫んで座り込む。


「み、見ましたね?」

「見てません、見てません、本当です!」

「本当ですか?」

「本当です。ピンクの下着なんか見てませんから!」

「見てるじゃないですか!!」


 ホントはその先まで見えちゃったんだけど、それ言ったら殺されかねない。

 俺は視線を向けないようにしながら、自分の上着を渡して着てもらった。そう言えば、以前、セリアにも同じことしたなあ。ソフィアは「もうお嫁に行けない」とか「殿下、ごめんなさい」とかつぶやいていたけど、俺の責任じゃないもん。


次回第2章第3話「本物の貴族と色ボケ野郎」。お楽しみに。

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