第25話 セリア
式典の後にはささやかながら宴席が設けられた。
会場の隅で、俺の家族が料理に舌鼓を打っているのが見えるが、主賓となる俺は挨拶回りである。これもランク順に挨拶していかないと、順番を飛ばしたりすると失礼に当たるからややこしい。
国王陛下は、さすがに宴席までは出てこないので、ここにいる最上位の参加者はカーライル公爵である。公爵はソフィアと一緒にいた。
公爵のもとに赴き、騎士叙任、男爵叙爵への推薦に対する礼を述べる。
「娘から君のことは聞いているよ。元平民でありながら、上級貴族をもしのぐ実力だとか」
「いえ、私などはまだまだ。ソフィア様にはいつも助けていただいております」
「謙遜することは無い。各国騎士団すら手こずっていた傭兵団を一人で壊滅させたのは誇っていいことだろう」
「一人ではありません。セーシェリア様に守っていただきました」
「ふむ。君はフェルナース家のご令嬢と親しいようだが、フェルナース家の陪臣となるつもりなのかな?」
「いえ、そのつもりは。今は騎士団に入ろうかと思っております。認めていただければですが」
「そうか。君には期待している。娘とも引き続き仲良くしてやってくれたまえ」
その言葉を受け、ソフィアに向き直る。
「ラキウス様、貴族になるというあなたの目標は果たされましたね」
「ええ、でも、ソフィア様から問われた、貴族となって何を目指すのか、それを探し続けていきたいと思います」
ソフィアはじっと俺の目を見つめていたが、「期待していますよ」と言うと、微笑んだ。
次に向かうのはフェルナース辺境伯。本来はアナベラル侯爵の方がランクが上だが、侯爵本人は所要により欠席しており、今日はクリストフが代理で出席しているため、辺境伯の方がランクが上になる。こうしたプロトコールもセーシェリアから教えてもらった。何だ、彼女は自分のためとか言ってたけど、ちゃんと俺自身のためになってるじゃないか。
セーシェリアと共にいる辺境伯の前に出て、騎士の礼を取ろうとすると、彼に制された。
「君には娘の命を助けてもらった。礼を言わなければならないのは、こちらの方だ」
「いえ、私の方こそセーシェリア様のおかげで命を助けられたと聞きました。お礼のしようもありません。その上、様々なご推薦、ご尽力をいただきましたこと、感謝いたします」
辺境伯は片眼を瞑る。
「なあに、娘にどうしても君を貴族に取り立てられるようにしてくれ、と頼まれたからな。一生のお願いとまで言われては、父親としては叶えてやらないわけにはいくまい」
「ちょっとお父様!」
娘から秘密の暴露を抗議されても辺境伯は笑って受け流す。
俺はセーシェリアに向き直るとこれまでの様々なことについてお礼を述べた。彼女の優しさに報いるには、言葉ではとても足りないけれど。だが、彼女は首を横に振る。
「ううん、私の方こそ、あなたにはいっぱい、いっぱい助けられたの。今回の事だけじゃ無い。だから、これくらいの事は当然。それと、その服、着てくれたのね。とても似合ってるわ」
その眼差しがとても優しい。その瞳に見惚れて、しばらく見つめ合っていると、辺境伯に肩を叩かれた。
「少年、もっと上に上がって来い。男爵ではまだまだ娘はやれんぞ」
「おっ、お父様っ!!」
今度こそ仰天したような娘の抗議を無視し、辺境伯は笑いながら離れて行く。
セーシェリアがこちらをチラリと見た。その顔が見る見るうちに朱に染まっていく。真っ赤になった頬を両手で隠すようにして、彼女はバタバタと父親を追いかけるのだった。
離れて行く二人を見ながら思う。
辺境伯は、男爵ではまだまだ娘はやれない、と言った。だが、それは裏を返せば、もっと上に爵位を進めれば、二人の仲を認めてくれるということでもある。平民が男爵になれたのですら奇跡のようなものだ。それより上になど、どれほどの困難が伴うか、想像もできない。でも、王国に貢献していくことが、自分の昇進にもつながるだろう。
貴族として何を目指すのか、と問われた。その答えが好きな女性と結婚することだ、など、不純極まりない。ソフィアに言えば、失望どころか軽蔑されるだろう。だが、王国の利益と自分の望みが同一線上にあるのなら、それを目指していくことに何の問題があろうか。王国に貢献し、昇進して、いつか辺境伯に堂々と伝えるのだ。
「セーシェリア様を俺に下さい」と。
ああ、いつか、いつの日か彼女に釣り合う男になりたい。
❖ ❖ ❖
セーシェリアは控の間に一人佇む。
「男爵ではまだまだ娘はやれん」
その言葉で急に意識してしまった。確かに辺境伯の娘が男爵の男に嫁ぐなど、貴族の常識からは程遠いだろう。男爵の娘が辺境伯に嫁いだ両親の時でさえ、多くの陰口が叩かれたのだ。逆の場合にどれほどの誹謗中傷が沸き起こるか想像もできない。
セーシェリアは思う。これまで自分は父と母を侮辱した者たちを見返してやりたいと思っていた。だが、実は、一番囚われていたのは自分では無かったか。所詮男爵家の血を引く娘、その言葉に反発しながら、実は自分を何故もっと高位貴族との間の子として産んでくれなかったのかと内心で思っていなかったか。例え、父が母フェリシアを選ばなければ自分は生まれて来なかったということを頭では理解していたとしても。
だが、今なら父と母の気持ちが理解できる気がする。血統や魔力によらず、純粋に人を好きになる。その何と甘美なことか。関係の無い者の陰口など色あせて見えなくなってしまうほどに。
そう言えば、あの時、薬を飲ませるためとはいえ、彼と唇を重ねたのだった。唇に手を触れると、胸が高鳴ってくる。その高鳴る胸をそっと手で押さえ、彼女はつぶやくのだった。
「ありがとう、ラキウス、私を───助けてくれて」
それは果たして何からの助けであったのか。襲撃犯からの救出か、それとも長年彼女を縛り続けてきた呪縛からの解放であったのか。
彼女のつぶやきは、誰に聞かれることも無く、控の間に溶けていく。
❖ ❖ ❖
騎士叙任式から10日ほど経ち、俺たちは2年生になった。
その最初の授業の日、俺は横に座るセーシェリアに困惑していた。
彼女は、ちょっといい?と言って横に座ると、何かを言いたそうにもじもじしている。
「どうしたんですか。セーシェリア様?」
「それよ!」
「?」
「私たちはもうお友達なのだから、そんな堅苦しい呼び方はやめて」
そう言うと、胸に手を当てて、微笑みながらその名を告げる。
「セリア」
「?」
「私の呼び名。親しい人達にはそう呼んでもらっているの」
「ええと、セリア様?」
「様はいらないわ。呼び捨てにして」
「そんな恐れ多い。じゃあセリアさん」
だが、まだ不満のようだ。むぅっと頬を膨らませている。
「ええと、じゃあ、セ……セリア」
その言葉に、彼女は満面の笑みを浮かべる。
「ええ! 改めてよろしくね、ラキウス!」
ああ……
その眩い笑顔に───
プラチナのように輝く銀の髪に───
優しい眼差しを宿す宝石のような瞳に───
銀の鈴を転がすような美しい声を紡ぐその唇に───
俺は何度でも一目惚れしてしまうのだった。
第一章:白銀の乙女編 完
第1章「白銀の乙女編」完結です。
続く第2章では、プロローグで登場した竜の巫女リアーナや、竜王ラーケイオスが登場し、物語が大きく動き出します。
それでは第2章「黄金の巫女編」お楽しみに。




