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第28話 忘れないで

 龍神剣(アルテ・ドラギス)を手に、空中のセラフィールに向けて疾走する。


「リアーナ、もう一度だ!」

「ええ!」


 ついさっき、光の刃は素手で受け止められた。有効な手では無い。だが、それでもこの剣を届かせる!


「馬鹿の一つ覚えか」


 嘲笑と共に、セラフィールが刃を受け止めようと伸ばした、その腕がずるりと切断された。それだけでは無い。驚愕の表情を浮かべた彼の首が、胴が、足が、次々と輪切りにされて、ずれていく。


 アデリアの空間魔法が炸裂したのだ。俺はあくまでも囮。龍神剣(アルテ・ドラギス)の動きに気を取られている隙に、アデリアの魔法で始末する。そういう作戦だった。かつて水龍レイヴァーテインすら葬り去ったアデリアの空間魔法。空間ごと、あらゆるもの全てを切り裂く、究極の必殺魔法。


 バラバラになったセラフィールにとどめとばかりに光の刃を叩き込む。流石の魔王も、無事では済まされまい、そう思われた。……だが。


「ふむ、これはなかなか面白い攻撃だったぞ」


 バラバラになった姿のまま、セラフィールの含み笑いが響く。


「そんな!!」

「何をそんなに驚いている。お前にその力を与えたのは余では無いか」


 悲痛な叫びをあげるアデリアに侮蔑の視線を向けると、セラフィールのバラバラになった身体が一瞬で元に戻った。


 ……どこまで、どこまで力の差があると言うのか。手の一振りでラーケイオスを地に叩き伏せ、アデリアの空間魔法すら通用しない。皆が絶望に飲まれそうになった時、エヴァの声が響いた。


「リアーナ様、私をブーストして!」


 それは400年前にリュステールを封印するために使われた魔法。他者の魔力を何倍にも、何十倍にも高める竜の巫女の奥義。だが、相手にも相当の負担がかかる。400年前のアデリア様もそのために、最後、リュステールに魂を持ち去られた。リアーナは一瞬、逡巡したが、決断は早かった。


「わかりました!」


 次の瞬間、エヴァの足元に魔法陣が浮かぶと、彼女の身体を包んでいく。それと共に、膨大な白き魔法の炎が彼女から吹き上がったように見えたのは錯覚だろうか。鑑定眼など持ってもいない俺にすら感じられるほどの巨大な光属性魔法。


聖撃(カエレスタインパルス)!!」


 それはかつてアスクレイディオスを気絶させるために使われた魔法。だが、その威力はけた違いだった。錫杖を地に叩きつけ、叫んだ彼女の声とともに、セラフィールの頭上に魔法陣が浮かぶ。そこから、白光がまるでレーザー光線のように降り注いだ。その攻撃に初めて、セラフィールの顔が歪む。


「チッ! アースガルドめ、厄介な魔法を!」


 いける! 光属性魔法は魔王にすら有効だ。致命傷までは負わせられないにしても、少しずつでも削っていければ。その思いで、エヴァだけでなく、アデリアまでもが同じ魔法で攻撃を始めた。


「ええい、うっとおしい!」


 セラフィールが障壁を張って防ごうとするが、いきなり聖撃(カエレスタインパルス)の光が軌道を変えた。いや、アデリアが空間魔法で捻じ曲げたのだ。障壁の内側に次々と叩きこんでいく。その間断ない攻撃に、ついにセラフィールがキレた。


「舐めるなぁあああああ!!」


 片手を振るう。繰り出された暴風で、その、たった一撃で、俺たちは吹き飛ばされていた。地に叩きつけられた全員、肩で息をしていた。


「アースガルドが来るまでは生かしておいてやろうと手加減しておれば図に乗りおって! いいだろう、我が真なる姿を目に焼き付けて死ぬが良い!」


 その声とともに、セラフィールの姿に変化が生じる。天女の美貌に変わりはない。だが、現れたのは漆黒の翼。6枚の。そしてねじ曲がった角。その姿は、神話にある堕ちた天使。


 その姿が掻き消えた。常人とは桁外れなまでに身体強化してなお、目で追うこともできない。そんな超スピード。対応できたのは、アデリアだけだった……。







「あ……あ……あ……」


 目の前には、立ちはだかったアデリア。だが、その背に腕が生えている。いや、セラフィールの腕に身体を貫かれたのだ。結界障壁ごと。それ程の攻撃を前にして、アデリアは自らの身体を盾にしたのである。


 セラフィールがアデリアの身体から腕を引き抜くと、アデリアはそのまま崩れ落ちた。


「バカな娘よ。アースガルドの眷属を守って身を投げ出すとは」


 セラフィールの嘲笑が響く。だが、そんな笑いは耳に入らなかった。


「アデリア、しっかりしてくれ! アデリア! 目を開けてくれ!」


 倒れ伏したアデリアを抱き上げ、必死で呼びかけるが、彼女からの応えは無い。


「エヴァ、エヴァ、助けてくれ! 彼女を死なさないでくれ!」

「無理よ! 魔族の身体に光属性魔法は効かないの!」


 ああ、クリスタルで言い聞かされていたでは無いか。それなのに、俺は彼女をこんな死地に連れてきてしまったと言うのか。


「……ラキウス……様」


 そこにようやく意識を取り戻したらしい、アデリアの弱々しい声が響く。


「……良かった。……お怪我が無くて……」


 馬鹿野郎……俺の怪我なんかより、自分の心配をしろ。お前の方が重症なんだぞ。今すぐ治療しなければ。だが、そこにセラフィールからダメ押しとも言える言葉。


「その娘の術式を解いた。じきに崩れて果てるだろう」


 術式を解いた? どういうことだ? いや、魔族は魔王によって身体を構成する術式を編まれているのでは無かったか? その術式を解いたと言うことか? さっき、身体を貫いた時に。見ると、アデリアの身体が足の方から崩れていっている。


「創造主に逆らったのだ。こうなることも覚悟していたのだろう? まあ余も鬼では無い。最後の別れくらいは待ってやろう」


 ふざけるな! 何が鬼じゃないだ。そう言うのなら、お前の顔に張り付いた、その嫌らしい笑みは何だ! 俺達が悲嘆にくれるのをただ喜んでいるのだろう? 他人の嘆きを、慟哭を、舌なめずりして見ているのだろう? この悪魔め!


「ラキウス様……」

「アデリア、喋るな。少しでも体力を保たせなきゃ」

「いいえ……私はもう……助かりません……。だから……聞いて下さい」


 その、力なくも真剣なまなざしに何も言えなくなってしまう。


「貫かれた時にわかりました。……あいつは、セラフィールは、ただの……影です。本体は、まだ次元の向こうにいるんです……。だから、目の前のあいつを攻撃しても……何の意味も無い……」


 愕然とする。それでは、どうすればいいのか。次元の彼方にいる敵をどうやって倒せばいいのか。いや、それよりも今はアデリアだ。どうすれば彼女を助けられる?


「ラキウス……様、最後の……お願い……」


 彼女の手が弱々しく持ち上げられる。その手を必死で掴むと、彼女の言葉を待つ。


「……キス……して……」


 心はぐちゃぐちゃだった。死の間際にある彼女の願いをかなえてあげたいと言う思いと、セリアへの想いと、何より、アデリアの死を認めたくない心が入り乱れ、暴風のように荒れ狂っていた。周りを見渡すが、みんな下を向いている。アデリアの死が避けようが無いことをみんな悟っているのだ。


(ごめん、セリア)


 既に足が半分以上崩れ去っているアデリアの身体を抱きしめると唇を重ねた。今この時だけは、彼女がこれまで寄せてくれた想いに応えたい。


 その時、唇を通じて流れ込んでくるもの。何だ?という疑問を持つよりも早く、それは勢いよく流れ込んでくる。それは、アデリアの術式だった。彼女の力が、どんどん、俺の身体に流れ込んでくる。身体の中で、ドクンっという震えと共に、彼女の魔力が、俺の魔力に編みこまれていく。俺よりも遥かに大きな彼女の魔力が。当たり前だ。彼女の魔力は、レイヴァーテインすら葬るほどに強大だったのだ。


 一方で、彼女の身体の崩壊は加速していた。駄目だ、そう思って引き剥がそうとした体は、彼女の半分以上崩れ去った腕に阻まれた。彼女は俺を決して離すまいとしていた。そうして全てが流れ込んだ時、彼女は身体を離す。その時には、腕も崩れ去り、もはや、上半身の一部を残すのみ。


「……全部……私の力、全部あげるから……。忘れ……ないで……」


 そう言い残すと、彼女の身体は全て崩れ去り、消え去った。風に吹かれる砂のように。

 カラン、と小さな石が地に落ちて乾いた音を立てた……。



次回は第7章第29話「竜の騎士の真実」。お楽しみに。

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