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第20話 調子に乗るなよ、この野郎!

「シーサーペントのような魔族ですか?」

「ええ、ラザルファーンでは1000人以上の死傷者が出たようね」


 クリスティア大公国の首都クリスタル。その大公宮の一室で、テオドラはアレクシアとラザルファーンから来た連絡を手にアデリアと向かい合っていた。


 今回の魔族は未知の存在。シーサーペントのような外見で、大きさは推定100メートルほど。20匹ほどの群れで行動し、再生能力に優れ、口から漆黒のブレスを吐く。そしてラザルファーンで分かったことだが、人を喰う。逆に言うと、それくらいしかわかっていることが無い。その少ない情報を基に、何か心当たりが無いかとアデリアに聞いているところだ。だが、アデリアも首を傾げている。


「500年ほど前に私、と言っても半身となったリュステールの方ですが、この世界に送り込まれた際には、そのような魔族は存在していなかったと思います。今まで見つかっていなかったのも不自然ですし、最近になって送り込まれてきたとしか思えません」

「送り込まれたって、やっぱり魔王みたいな存在がいるの?」

「はい。魔王様は複数いて、その中でも力の強い魔王が6人ほどいます。私の創造主もその一人ですね。魔王セラフィール様です」

「名前聞いても、どんな奴か想像もつかないけどね。やっぱり魔王って強いの?」

「私など比べるまでも無く。ラーケイオスよりも遥かに強いでしょう」

「じゃあ、その魔王セラフィールって奴がシュペールを消した犯人の可能性あり?」

「それは無いと思います。魔王様は力が巨大過ぎて次元の壁を越えられませんし、大地を消すほどの大魔法を使えば、流石に私は気づきます」


 結局良くわからない。最近送り込まれたらしいと言うだけで、送り込んだ魔王が誰か、目的が何か、契約主がいるのか、ブレスや再生以外の能力が何かも良くわからない。ただ一つ明らかなのは、海沿いの街が危ないということ。このクリスタルのような。


「それにしても、良くラザルファーンはその魔族を退けられましたね」

「退けられて無いわよ。人を喰いまくって満腹になったから帰って行ったってだけでしょうね。魔法士団の大規模魔法もほとんど効かなかったらしいわ」

「そうすると、この街に現れた場合は……」

「悪いけど、あなたに頼るしか無いわね」

「わかりました」


 元よりアデリアにとってテオドラは契約主。命令に従う義務がある。だが、それ以上に、今はこの素直でない契約主が好きになって来ていた。以前は理不尽な扱いも受けたけれど、今はそんなことは無い。これもテオドラが満たされているからだろうか。敬愛する従兄と一緒に未来を創る。そのことにこの年若い契約主が夢中になっていることがわかる。もっとも、女として愛されるという望みは叶えられていないが。それを言ったら、アデリアとて同じなのだが、同じ男への叶わぬ恋をしている契約主に共感を感じてしまうのだった。


 そうした、緊張しつつも、どこか和やかな時間は、響き渡る半鐘の音で終わりを告げた。






「これが、その魔族ですか?」


 魔族からクリスタルを庇うように、港の上空に浮かびながら、アデリアは眼下の巨大な魔族を眺める。人を喰らおうと港に突進した数多の鎌首を、空間を切り離した結界障壁で弾く。レイヴァーテインの大津波すら寄せ付けなかったアデリアの空間魔法。巨大とは言え、津波と比べれば遥かに矮小な魔族の攻撃など受け付けるはずも無い。


 暫く無意味に突進を繰り返していた魔族であったが、アデリアを敵と認めたかのように、顔の無い首が彼女の方を向いた。次の瞬間、複数の首からブレスが放たれる。


「無駄です」


 全てのブレスを結界障壁で防ぎつつ、アデリアは手を横薙ぎにはらう。その一薙ぎで魔族全ての首が落ちていた。しかし……。


「再生能力ですか。報告にはありましたが、本当に厄介ですね」


 魔族は依り代となっている核を叩かない限り致命傷にはならない。しかし、再生能力があるかは別問題。全ての魔族が持っているわけでは無い。現にアデリアにはそんな能力など無い。大怪我をすれば、死にはしないまでも痛みに苦しむことになるだろう。腕や足を飛ばされれば、それまでだ。生えてくることなど無い。


 一方、攻撃が効かないことに苛立ったらしい魔族は、標的を変えた。それぞれの口元に魔法陣を浮かべると、あちこちへと乱射を始める。


「こいつ!」


 いくらアデリアの空間魔法が優秀でも、目標も定めず、あらゆる方向に吐き出されるブレスを全て防ぐのは容易では無い。自分の身だけを守ればいいのなら、いくらでも対処のしようはある。だが、彼女は契約主の治めるこの街を守らなければならない。


 鎌首の一つが、街とは異なる方向に逃げようとしていた船の方を向いた。次の瞬間、漆黒のブレスが発射される。アデリアはそれを結界障壁で守ったが、そのために一瞬注意がそれた。その隙に別の鎌首から放たれたブレスが、港の一画を吹き飛ばす。崩れる建物から、逃げ遅れて隠れていたのだろう人たちが大慌てで逃げ出していくのが見える。その中に小さな女の子が一人いた。


 どうしてこんなところに子供がいるのか。親に連れられてきていたのか、遊びで迷い込んで逃げ遅れたのか。彼女は逃げようとして、立ちすくんだまま動けなくなっていた。その小さな女の子に鎌首の一つが狙いを定め、勢いよく喰らいつく。アデリアは思わず、女の子をその身で庇っていた。


 何故、そんなことをしてしまったのかわからない。結界障壁を張ればいいだけの話だったのに。考えるより先に身体が動いてしまったのだ。アデリアは腕の中で震えている女の子を見つめる。少しでも恐怖を和らげようと笑顔を見せながら。


「大丈夫? 怪我は無い?」

「う、うん、大丈夫。お姉さんは大丈夫?」

「大丈夫。お姉さん、強いんだから」


 アデリアは改めて結界障壁を張ると、さらに攻撃を加えようとする魔族を防ぎ、周りに呼びかけた。「早く逃げろ」と。そうして誰もいなくなったことを確認した彼女は改めて魔族に向き直る。その黒き大聖女のローブの背中は裂け、血がダラダラと流れている。その痛みに耐えながら彼女は叫んだ。


「調子に乗るなよ、この野郎!」


 障壁を拳にかけると、襲い来る鎌首を思い切り殴りつける。その一撃で鎌首は海まで吹き飛ばされていた。その鎌首を追って再び空へと駆けたアデリアは群がる魔族をねめつける。


「お前が再生で魔力を失うのが先か、私が魔力を失うのが先か、勝負だ!」


 そう叫ぶと、彼女はその秀麗な顔に獰猛な笑みを浮かべるのだった。


次回は第7章第21話「ノブレスオブリージュなど今は忘れろ」。お楽しみに。

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