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第19話 ガレアの思惑

 王都ラザルファーン。海に面したこの街は、人口40万を数える大都市である。その規模はミノス神聖帝国の聖都イスタリヤ、アラバイン王国の王都アレクシアに次ぐ。その街の背後、小高い丘の上にそびえる王城は、深夜と言うのに、魔石灯の明かりが至る所に点り、不夜城の様相を呈していた。


 王国第二の都市、シュペールが消滅したのだ。やるべきことは山ほどあった。シュペールは海を挟むとは言え、隣国マリス島嶼国連邦への玄関口。王国最重要拠点の一つである。当然、王室直轄領となっており、代官がシュペールに駐在していたのだ。その代官や、彼の下でシュペールだけでなく周辺地域の統治を行っていた文官、武官達は、街と一緒に消滅してしまった。統治機構の空白を埋めねば、周辺地域の治安の悪化や住民の流出を招きかねない。


 それだけでは無い。シュペール消滅の衝撃は、遥か遠く離れたアレクシアですら地震と感じるほどのものだった。当然、より近いラザルファーンでは大きな揺れに見舞われ、街の中には倒壊した建物も多い。死傷者の捜索、救出作業なども終わっていない。そうした作業に武官、文官問わず不眠不休で奮闘していたのである。


 そんな慌ただしい空気に包まれた城の中、王弟シャープールは兄である国王シャーリーアの部屋を訪ねていた。帰国するなり、シュペール消滅にかかる業務のトップを押し付けられ、今日のところはようやく解放されたばかり。


 人使いの荒い兄に文句の一つも言いたくなるが、兄に任せると、いい加減な処理の尻拭いで余計大変になると思えば、最初から自分でやっておいた方がマシだと思い直す。兄は、戦場でこそ輝く人間なのだ。人を導くカリスマも、決断力も自分に勝る。それを事務仕事で使いつぶすなど、それこそ人材の無駄使い。そう、気持ちを切り替え、兄の部屋の扉を叩く。


 短い応えを受けて部屋に入ると、シャーリーアは酒の入ったグラスを片手に、窓から外を眺めていた。年齢は28歳。さっぱりと短く刈った赤髪と筋骨逞しい偉丈夫。尚武の国ガレアの理想を体現したような王。


 彼は、勧められるままソファに座った弟の対面に座ると、グラスを置き、自分が飲んでいるのと同じ酒を注ぐ。それはエールと同じ材料から作られる蒸留酒。シャープールはそれを一気にあおった。かッと体の奥が熱くなる。


「悪かったな。帰国早々大変な仕事を頼んでしまって」

「いいや、これも王族としての義務だよ、兄さん」


 弟を労わる兄の言葉は本心からのものだ。二人の仲は悪くない。権力を巡って殺し合うことも珍しくない王族の兄弟としてはましな方だろう。これも豪放な兄と誠実な弟という正反対の性格がうまく嚙み合っているせいかもしれない。そんな気心の知れた弟に兄は問いかける。


「ところで、例の王太子はどうだった?」

「そうだね。良くわからないというのが本音かな。シュペールで彼と竜王の戦いを見たけど、あれ程の力を持っていれば、この大陸全てを征服することも容易いだろうに、本人にはまるでその気が無いようだ。領土的野心は無い、産業を興して国を豊かにするのが目標だと言っていたよ」

「その言葉をどれほど信じられる?」

「さあ? でも信じていいんじゃ無いかな。何より、ミノス神聖帝国を屈服させて以降、軍事的な動きは完全に止まってる。彼がその気になれば、オルタリアなど一日で落とせるだろうに」


 そうか、としばらく考え込んでいたシャーリーアであったが、話題を変えると、少し言いにくそうに切り出す。


「それでアーゼルは大丈夫だったのか?」

「大丈夫かと言うと?」

「その……あの王太子と恋仲になったりとかは無かったのか?」


 シャープールは一瞬、虚を突かれたような顔をしたが、思い切り吹き出した。本当は、全て知ったうえで妹の密航を見逃し、お目付け役として弟を同行させた兄の言葉とも思えない。


「無い無い。あの男がアーゼルに向ける視線は妹か娘に向けるものと同じだったよ。彼にも妹がいたから、その妹に重ねて見てたのかもしれないね」

「ああ、あのレドニアに嫁ぐ姫か」

「それに、あの男の奥方を見れば、そんなことにはならないと確信できるよ」

「噂には聞いているが、そんな美人だったのか?」

「ああ、絶世の美女とは、あの奥方のためにあるような言葉だな」

「そんな美人なら直接会ってみたかったものだ」

「義姉上に怒られるぞ」

「そうだな。アティーファは怖いからな」


 兄をたしなめる弟の顔には少し苦さがある。兄の妃となってしまった初恋の人、年上の幼馴染を思い浮かべ、だが、すぐにその思いを振り払う。そんな弟の苦悩を知ってか知らずか、兄の答えはのんびりとしたものだ。だが、そんな兄もすぐに顔を引き締める。


「まあ、恋仲はともかく、友人にはなれたのだな、アーゼルは。あの男と」

「ああ、それは間違いないよ」

「それならいい。アーゼルをアラバイン王国に行かせた目的は果たせたわけだ」


 シャーリーアがアーゼルメーデの密航をわざと見逃した理由、それは彼女をラキウスの友人として近づけるためだった。


 竜の騎士と言う、人の常識を超えた存在。それにどう対抗するべきか。ガレア王国の取った手段はラキウスのことをよく調べることだった。そうして集めた情報を分析したシャーリーアとシャープールは一つの結論にたどり着く。彼は平民出身の故か、帝王学を身に着けていない。戦場で多くの人を容赦なく殺してきたくせに、身内や友人に対しては極端に甘くなる。必要だとわかっていても、切り捨てることが出来ない。


 ならば───彼の友人を作ってしまえばいい。人たらしたるアーゼルなら、王族の警戒心を突破して友人になれるだろう。そうすれば、ラキウスのガレアに対する姿勢は甘くなる。苛烈な判断を躊躇するようになる。


 それに、アラバイン王国以外の国に対する牽制としても有効だ。竜の騎士を友人に持つ姫を抱える国に手出しができる国はそうそうあるまい。現状でも大陸第三位の国ではあるが、保険はいくらでも掛けておくべきだ。


 ただし恋仲はまずい。相手には既に正妃がいる。恋仲になって、側室に入るようなことがあれば、ガレアがアラバインの下風に立つことを認めたようなもの。オルタリアは地方領主時代の彼と第七王女の結婚を画策したようだが、それは、アラバインの隣国という立地故の危機感あってのものだ。普通、王族の姫を他国に嫁がせるなら王族の正妃であるのが当然。事は国の威信に関わるのだ。


 そうした微妙な舵取りのために弟であるシャープールをお目付け役として同行させた。アーゼルメーデは彼に密航を手伝ってもらったくらいにしか思っていないが、事実は違ったのである。


 さて、目的は果たした。次はどう動くか。そう兄弟が考え込んだ、その時だった。窓の外に閃光が走ったのは。続いて響き渡る大音響。窓ガラスがビリビリと震える。驚いて窓際に寄った兄弟が見たものは遠くで炎上する港。そして赤々と燃える炎に照らされるように鎌首をもたげたのは───


「兄さん、シュペールにいた魔族だ!」


 海蛇の顔の無い首が十数本、ラザルファーンの港の上で揺れていた。その一つの口元に魔法陣が浮き上がる。次の瞬間、漆黒のブレスが街に突き立っていた。



次回は第7章第20話「調子に乗るなよ、この野郎!」。お楽しみに。

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