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第16話 魔王の降臨

 アレクシアでシャープールとアーゼルの歓迎パーティーが開かれていた頃、ガレア第二の都市、シュペールは夕方に差し掛かろうとしていた。王国はサフとレントと同時に戦争をしているとは言え、今は停戦中。しかも、ここは前線を遥かに離れた南の街で、対岸のマリス島嶼国連邦との関係も良好だ。平和な街には家路を急ぐ人の姿が溢れ、家々からは夕餉の用意をしているだろう煙が立ち上っていた。


 そんな中、一人の少女が家に入らず、庭で遊び呆けていた。母から早く家に戻って手伝いをするように言われているにもかかわらず、少しでも遊ぶ時間が惜しいのは、少女の年頃であれば仕方ないのかもしれない。流石にしびれを切らしたらしい母親が呼びに来て声をかける。だが、少女の視線は海の一点に向けられていた。


「お母さん、あれ何?」

「ええ……何だろうねえ?」


 少女の指さす先、遥か海上に黒い球体のようなものが浮いている。いったいそれは何なのか。だが、その疑問に続く言葉を、母も娘も永久に口にすることは出来なかった。その黒い球体が巨大な衝撃と共に爆発的に広がって、一瞬のうちに街中を飲み込んだから。


 黒い球体は、シュペールと対岸のマリス島を飲み込むまでに広がると、今度は一気に収縮した。まさに爆縮という言葉がふさわしい勢いで収縮した黒い影が消えた後には何も残っていなかった。街どころか大地そのものが。マリス島もまた、跡形も無い。


 全てが消え去った空間、その真ん中に浮かぶ球体。小さく収縮したそれは色を次々と変えていきながら、さらに収縮していく。周り中に放電するような光を纏い。そして、目に見えない程の点にまで収縮したそれから、大気を引き裂く大音響とともに、天空に向かって黒い光が一気に噴き出した。それはこの時代の人がまだ見たことの無い光。ラーケイオスのブレスをも凌ぐ高密度のエネルギーの奔流。ブラックホール砲が放たれた瞬間だった。


 だが、そのエネルギーが空に届くことは無かった。突如空中に浮かび上がった魔法陣。その魔法陣に吸い込まれるように黒い光が消えていく。しばらくして、その魔法陣を中心に、空にひびが入り始めた。見る者がいれば、目を疑ったであろう。空が割れる、そのような事があるのかと。


 割れた空の向こうは血の色を思わせる赤。いや、断ち切られた肉か。そのおぞましき断面を思わせるような空の割れ目からドロリと、何かが落ちてくる。毒々しい血の色に彩られたそれは、一見、卵のようだった。


 卵は地面から1メートルほどのところに止まると、ひび割れていく。そこから出てきたのは膝を抱えるように丸まる一人の青年。いや、青年と言っていいのだろうか。その肌は白磁のように滑らかで、女性にも見紛うその顔は、非人間的なまでに美しい。艶やかな長い黒髪は黒曜石のごとき光を湛えている。その青年は立ち上がり、ゆっくりと目を開くと周りを見渡した。その金色の瞳で。


「おお、お待ちしておりました。我が魔王よ!」


 青年がその声の方に視線を向けると、そこにいたのはサヴィナフであった。アラバイン王国の魔法士団長にして、エルミーナ殺害事件の最有力容疑者である男が何故このようなところにいるのか。だが、青年は見知った者であるかのように呼びかける。


「久しいな、アスクレイディオス」

「は、魔王様におかれましてもお変わりなきご様子、安堵いたしました」

「お前は随分と小さくなったようだがな」


 魔王と呼ばれた男は、ラキウスに退治されたはずの魔族の名を呼ぶと面白そうに声をかける。それにサヴィナフ、いや、アスクレイディオスは面白くも無さそうに吐き捨てるのだった。


「各地に放っていた分体が全て死んでしまいましたので。先日、最後の一体が竜の騎士にやられてしまいました」

「竜の騎士?」

「あやつの眷属の一人です。竜の騎士が動き出せば、あやつも出てくるだろうと思い、覚醒させたのですが、まだ出てきておりません」

「そうか、では、あいつはまだ見つかっていないのだな?」

「申し訳ございません」

「良い。余もこの地は初めて。古き友を探しがてら見て回るのも一興よ」


 アスクレイディオスの謝罪を鷹揚に受け入れた魔王は話題を変える。


「それにしても良く世界を繋げられたな」

「苦労しましたよ。分体を総動員して、各地の伝説や神話を掘り返して、前回使われた機械を特定して。それを探しだすのも一苦労でしたがね。それを再度動かすための方法を探すのもまた大変で。でもおかげで、あやつがこの世界に来た時と同じ状況を再現できました。さらに人間の部下に命じて作らせた次元の壁を超える魔法も使い、念には念を入れましたからね」

「次元の壁を超える魔法か。逆にこちらの世界から我らの世界に踏み入って来られる恐れは無いのだろうな?」

「その点はご心配なく。開発した人間は始末して、記録の類も焼却しました。この機械を使った人間も皆、始末しています」


 この場にラキウスがいたならば逆上すること間違いない対話を淡々と交わした後、魔王はサヴィナフに手をかざす。


「ご苦労だった、アスクレイディオス。我が力を分け与えた魔族よ。戻るが良い」


 その言葉を受け、サヴィナフの身体から光が抜け出すと、魔王の手の中に吸い込まれる。すると、魔王の額にスーッと縦に割れ目が走り、まるで傷口が開くように、第三の目が開かれた。魔王はその第三の目に浮かんだ魔法陣をもって、アスクレイディオスが抜け出た男を眺める。


 サヴィナフは戸惑っていた。


「わ、私は何を?」


 記憶はある。竜王を覚醒させたことも、エルミーナを殺したことも。でも、何故その時の自分がそういう行動をしたのかわからない。まるで全ての認知が歪められていたような……。だが、そんな人間の戸惑いなど、魔王にとっては考慮に値しない。彼に取りついていたアスクレイディオスを吸収した魔王には、サヴィナフがアスクレイディオスの憑依を許した経緯すらわかっているから。


「矮小な人の身でありながら、この世の全てを知りたいと願った強欲なる人間よ、その欲望にふさわしい姿に変わるが良い」


 魔王が指をぱちりと鳴らすと、サヴィナフの身体が変貌を始めた。醜く膨れ、人ならざる物に姿を変えていく彼に対する興味を無くしたように、魔王は空を眺め、独り言ちる。


「待ちわびたぞ、こちらの世界を訪れる日を。この魔王セラフィールが直々に出向いてやったのだ。早く出てくるがいい、アースガルド!」


次回は第7章第17話「大混乱」。お楽しみに。

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