第15話 破滅の予兆
その日の夜、シャープールとアーゼルを歓迎する宴が開かれた。急遽の開催であるため、盛大なものでは無いが、それでも、講和会議に出席する各国代表団も招かれ、それなりに盛況である。
ホストとして、歓迎の挨拶と乾杯の音頭を取った後、セリアと共に、主賓二人の元に赴く。シャープールもアーゼルもこれまでのラフな格好から一転し、正装していた。
シャープールは白地に金装の、軍服にも見える詰襟の服を着ている。その日焼けした精悍でありながら甘いマスクと、均整の取れた長身をこれ以上無い程引き立てている。しかも独身の王族だ。会場中の女性陣の視線を一身に集めていた。
一方、アーゼルは薄紅色のロングドレスで、花柄の模様と合わせ、とても可愛らしい。赤い髪は編み込まれ、後ろには銀の髪飾りが光っていた。昼間、ハルバードを振り回していたお姫様と同一人物とはとても思えない。
「シャープール殿下、アーゼル様、いかがですか?」
「これはラキウス殿下、私どものためにこのような宴を催していただき、誠にありがとうございます」
当たり障りのない挨拶を交わしていたら、突然、「ふわあっ!」というアーゼルの気の抜けた声が聞こえてきた。何事かと見ると、アーゼルがセリアの手をガシッと掴んでいる。
「すごく綺麗! こんな綺麗な人、初めて見ました!」
「は、はあ?」
「ラキウス様の奥方様はそれはそれはお美しい方だと聞いていたのですが、本当にお綺麗でビックリしました!」
「あ、ありがとうございます」
グイグイ距離を詰めてくるアーゼルにセリアも困惑気味だ。どうなる事かと見ていたら、アーゼルがぴょこんと頭を下げた。
「セーシェリア様、お友達になって下さい!」
「え、ええ。私で良ければ。喜んで」
「やったあっ!」
大喜びでセリアの手をブンブン振っているアーゼルが微笑ましい。良かったな、今回はお断りされなくて。そのまま談笑し始めた二人を眺めていたら、少し離れたところに移動していたシャープールに呼ばれた。
「ラキウス殿下、今日はありがとうございました。アーゼルもすごく喜んでましたよ。練兵場から帰って来てから、あなたのことばかり話してましてね」
「いや、お恥ずかしい。大人げないことをしてしまいました」
「いえ、あの子にもいい経験になったことでしょう。子供の頃はともかく、最近は負け知らずでしたから、増長しないかと心配だったんです」
「なるほど。でも、アーゼル様はお強いですよ。……人の範疇でなら十分に」
「……まるで自分は人では無いような言い方ですね」
「そうですね。竜の騎士と言うのが、もはや純粋に人なのか、私にもわかりません。あまりにも普通の人と在り様がかけ離れすぎていて」
かつて自らの在り様が、魔族と同じでは無いかと考えたことがあった。流石に今でもその考えに囚われていると言うことは無いが、それでも竜の騎士とはいったい何者なのか、と言うのは、解けない疑問だった。シャープールに言ったとて、彼も答えなど持ち合わせているはずも無いが。だから、その話題を続けても詮無きこと、そう思ったのか、彼は話題を変えてきた。
「お聞きしたいことがあったんです。アラバイン王国は、殿下は何故、オルタリアと共に参戦しなかったのでしょう? 同盟国として参戦する大義はあったはず。 レントもサフも殿下の敵では無い。もっと広大な帝国を築くこともできたはずなのに」
「シャープール殿下、そんなの私の望みでは無いのですよ。我が国の安全保障上、脅威となるミノス神聖帝国の宗教勢力は叩きましたし、ミノス攻略の前提としてクリスティア王国を属国化しましたけど、私に領土的野心はありません」
「そう言われて、素直に信じる為政者がいると思いますか?」
シャープールの真剣な眼差しを見て思う。この質問こそが彼の真の来訪目的だったのだろうと。アーゼルは知らないが、彼が密航する理由など無い。俺の考えを探りに来たか。だが、どう聞かれようとも、俺は真実しか語っていない。
「それはそうでしょうね。ですが、例え広い領土を獲得したとしても、それを維持できるのはどれほどですか? 一人の人間の統治など、せいぜい20年~30年です。私が生きている間は、竜の騎士の強大な力で押さえつけることができたとしても、私の死後、広大な国土を維持できると思いますか? 分裂してさらなる混乱を引き起こすことは目に見えています。もしかしたら、その混乱で自分の子や孫が死ぬかもしれない。そんなリスクを背負ってまで広大な帝国を欲するなど、ありえません」
それはかつてテオドラにも、ソフィアにも語ったこと。嘘偽りない本心だ。ローマ帝国もスペイン帝国も大英帝国も衰退していった。歴史上最大の領土を誇ったモンゴル帝国も分裂して滅亡した。それがわかっていて同じ轍を踏もうなど、馬鹿のやる事としか思えない。もちろん、今この世界の人に、そんな説明ができる訳も無いが。
「私のやりたいことは、領土を広げることでは無く、産業を興し、国を豊かにすることです。今はその準備段階なだけ。税制を変え、軍の在り方を変え、国民の生活を変革する。そのためには、文化や価値観の異なる他国を取り込むなど、むしろマイナスでしかない」
じっと聞いていたシャープールは何度もかぶりを振った。
「あなたのおっしゃることの真偽は私には判断しかねます。ただ、少なくとも同じ王族の前で、領土的野心は無いとおっしゃったことを言質としておきましょう」
十分に理解してもらえたとは思えない。だが、今はこれでいい。そう思い、次の話題を口にしようとした、その時、それは不意にやって来た。
最初の兆候はカタカタと鳴り始めた食器類。それが地面が揺れているのだと気づいた、その少し後だった。突き上げるような衝撃と共に、建物が大きく揺れた。一瞬の衝撃にあちこちから悲鳴が上がる。
「地震?」
食器だけでなく、テーブルまでもが床を滑るように動き、不運な人が下敷きになる。誰もが何をしていいのか分からず、立ちすくむか、座り込むかしている。無理も無い。この国で地震があったなど、記録が残る限り、一度も無いのだから。未知への恐怖に悲鳴が飛び交う中、俺はセリアの元に急ぎ、彼女と側にいたアーゼルを障壁を張って守ったのだった。
揺れは来た時と同様、あっという間に治まった。状況を確認するためにテラスに飛び出して外を眺める。日が暮れているため、一目ではわからないが、そこらじゅう倒壊していると言う感じでは無い。地震だとすると、リヴェラやレオニードなど、海に面した街に津波の警戒をするよう伝えなければいけないが、今、この瞬間、それほど大きな被害は出ていないか。
そう判断し、諸々の指示のため部屋に戻ろうとした俺の耳に、ドンッという遥か遠くから遠雷のように響いてくる音が微かに聞こえた。いったい何だ? 音は西側から来た。だが、西の方を見ても何も変わった風景は見えはしない。
そのまま、見ていても何がわかるわけでも無い。俺はいったん執務室に戻ると、レオニードを始めとする沿岸領地に津波に警戒するよう伝え、その夜は被害情報の収集に努めた。
幸い、国内の被害はさほど大きくなかった。アラバイン王国側には津波の襲来も無い。クリスタルには小規模な津波があったようだが、幸い被害は無く、一安心である。だが、情報収集はそこまで。この時代の技術では、震源地を特定することもできず、国外の被害規模なども良くわからない。
そこで、地震のあった翌々日には、日常に戻り、講和会議も再開されることとなったのだが、会議開始とほぼ同時刻、ガレアから飛び込んで来た報告に全員が仰天することになった。それは、マリス島嶼国連邦の主島、マリス島が、対岸にあるガレア第二の都市、シュペールともども消滅したという報告だったのである。
次回は第7章第16話「魔王の降臨」。お楽しみに。




