表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
198/216

第14話 王妹 VS 王太子

「……で、近衛騎士団に連れて来たわけですか?」

「そんな嫌そうな顔するなよ、クリストフ」


 翌日、アーゼルを連れて、近衛騎士団の練兵場にやって来たが、事前に話を通してあったにもかかわらず、騎士団長は渋い顔である。


「そりゃ、近衛騎士団は要人の接待で剣技を披露したりもしますよ。それも仕事のうちですよ。でも、王族に怪我させたりしたらまずいのは、近衛騎士団も一緒ですからね」

「悪かった、悪かったよ。今後は通告じゃ無くて、ちゃんとお前に相談するから」


 俺が相手をするとアーゼルに怪我をさせかねないとして、結局、近衛騎士団の稽古に参加してもらうことで納得してもらったのだが、何分にも急な事で、受け入れ側の近衛騎士団の方から不満たらたらなのであった。だが、不満を漏らしていた騎士団の面々も、アーゼルがやって来て挨拶をしたら、空気が変わった。


「皆さん、今日は突然、すみません。私の我儘に付き合っていただいて。アーゼルメーデと申します。よろしくお願いします!」


 そう言ってぴょこんと頭を下げた王女様に、みんな笑顔になってしまったのだった。まるで魅了の魔法でもかけられたかのような変化に、クリストフが感心したように口笛を吹いた。


「ああ言うのも、天性のカリスマって奴なんですかね」

「そうだな。俺には無いものだから、少し羨ましいな」

「まあ、殿下には圧倒的な力がありますからね。むしろ為政者には、そっちの方が望ましい能力ですよ」

「恐怖による支配は長続きしないさ。周囲から愛されるのも為政者の必要不可欠な能力だな」


 他人の心を捉え、懐に入っていくアーゼルの能力はかなりのものだ。恐るべきは、それを狙ってやっているのでは無く、無意識にやっているだろうこと。


 その彼女は、燃えるような赤い髪をポニーテールにまとめ、革製の胸当てだけをつけた軽装の戦闘衣を着ている。無邪気な色を湛える瞳と合わせ、一層、快活な少女の面影を強くしていた。


 しかし、そのイメージは従卒が重そうに運んできたケースを開けた途端に一変する。


「ハルバード?」


 ケースから取り出されたのは大槍斧だった。長さは2メートル以上あるだろう。金属製の柄の先、片方に巨大な斧、反対側に少し小さな刃、そして柄の先端には槍の穂先。重さは10キロ近くあるのでは無いか。大の男でも長時間振るうと腕がしびれてくるであろう、その巨大な斧を、彼女は指先で軽々と回しながら感触を確かめている。恐らくは訓練用に刃を潰した鉄製の斧に付け替えているため、重量バランスの変化に慣らしているのだ。その動きには少しの隙も無い。


「魔力による身体強化はかなりのもののようですね。さすが王族と言ったところでしょうか」

「ああ、怪我をさせたらとか、失礼だったな。むしろこっちが怪我をしないようにしないと」


 王女の様子を見たクリストフは、急遽対戦相手を組みなおす。当初は女性と言うことで、朱雀隊が相手をすることを考えていたが、儀典がメインの朱雀隊では相手にならないと見て、男性騎士が相手をすることになった。


 最初の模擬戦が始まり、アーゼルと近衛騎士団の男が10メートルほどの距離で向かい合う。アーゼルの顔からは先ほどまでの笑顔は消え、ただ静かに相手を見据える瞳の強い光だけがあった。


「始め!」


 その掛け声とともに、アーゼルが突貫する。


「早い!」


 どよめきが起きた。その声が収まらないうち、振り払われたハルバードは、対戦相手の剣を十数メートル先に弾き飛ばす。剣を飛ばされた騎士が咄嗟に後ろに下がるも、次の一瞬、ハルバードの槍が首筋にピタリと当てられた。


「私の勝ちです」


 淡々と告げられるアーゼルの言葉に、練兵場は一瞬にして静まり返った。近衛騎士団のメンバーは仮にも上級貴族ばかり。魔力もかなりのものだ。武器の違いがあれど、力が同等なら後れを取るものでは無い。それがこれほど一方的な展開を見せるとは。尚武の国、ガレアの王族とはこれほどのものか。


 その後、3人程が相手をしたが、全員、1合か2合、打ち合うのが精々。誰も彼女のハルバードを受け止められない。アーゼルの目にも失望の色が浮かんで来ていた。


「やはり、相当な魔力持ちで無いと厳しいか。相手は仮にも王族だしな」

「そうですね。そうすると、ここには殿下しかいませんよ。王族は」

「は?」


 いやいや、俺がやると怪我させるからって、近衛騎士団に連れてきたんだろ。今さら、俺がやるの?


「このままだと我が国の威信にも関わりますから」


 そう言うとクリストフは俺を練兵場の方に押し出した。ご丁寧に大声まで張り上げて。


「次はラキウス殿下が出られるぞ!」

「ええーっ!」


 クリストフの宣言に近衛騎士団の面々は大盛り上がりだ。おおーっと(とき)の声まで上がって、とても今さらやりませんとは言えないじゃ無いか。……クリストフ、後で覚えてろよ。


 一方、練兵場の反対側では、アーゼルが喜色に染まっていた。


「ホントに? ホントにラキウス様が相手して下さるんですか? すっごく嬉しいです!」


 嬉しさのあまり、ピョンピョン飛び跳ねている彼女を見ると、腹を括らざるを得ない。これでやっぱりやらないとなったら、そっちの方が外交問題だ。


 仕方が無いので、練習用の鉄剣を受け取ると、練兵場の中央に出る。ただの鉄剣だと、飛ばされなくても、ハルバードを受け止めきれずに折れ曲がる可能性があるため、お互い、武器に魔力を流すことにして向き合う。彼女の目が真剣そのものだ。


「ここからは全力で行きます!」


 彼女の宣言は、これまでは本気を出していなかったことの吐露。その言葉に違わぬよう、一瞬、身体を沈み込ませ、開始の合図とともに飛び出した彼女のスピードは、これまでの5割増し程もある。もはや、身体強化が出来ない普通の人間の視覚ではとらえきれない域まで加速した彼女は、さらに半身のひねりと共に、ハルバードを横薙ぎに振り切る。その速度は先ほどまでとは比べようも無かった。


 普通ならバックステップで後ろに避けるところ。だが、敢えて彼女の技を正面から受ける。剣を瞬時に左手に持ち替えた俺は、襲い来るハルバードをその剣で受け止めた。ガキィィィンッという、鋭い衝撃音と共に、ハルバードと剣が咬合する。


 アーゼルの顔が驚愕に染まった。全力で振るったハルバードが、左手一本の剣で止められている。押し切ろうと彼女は更に力を込めるが、ビクともしない。当たり前だ。彼女には悪いが、大人と子供どころでは無い力の差があるのだ。


 彼女はいったん後ろに飛び退って距離を取り、ハルバードを一回転させると、今度は槍のように何度も繰り出してきた。しかもただ突くだけでは無い。軌道を変え、時に斧の刃で引き切ろうという動きまで加え、連続で攻撃してくる。だが、その目にも留まらぬ連続の突きを、さらに超える速度で全て躱し、彼女の正面に肉薄する。


 そのまま剣を繰り出せば、そこで勝負は終わり。だが、今までのはただのデモンストレーション。力でもスピードでも、越えられない壁があるのだと理解させるための。その分かりやすい挑発に、彼女の目に一瞬、焦燥の色が浮かんだ。


 彼女はさらに距離を取ると、突進してきた。その勢いのまま飛び上がり、身体を回転させながら、ハルバードを上段から叩きつける。それを瞬時に避けると、叩きつけられたハルバードは地面に食い込み、大地に亀裂を走らせた。そのハルバードの柄に飛び乗り、動きを封じると同時に、彼女の喉元に剣を添える。


「俺の勝ちだ」

「……参りました」


 大歓声が上がる中、膝を屈してしまった彼女に手を差し伸べ、立たせる。その彼女は下を向き、ブルブルと震えていた。まずい、これはやり過ぎてしまっただろうか、と思った瞬間、彼女が顔を上げた。


「凄いです! やっぱりラキウス様は凄いです! 感動しました!」


 目をキラキラと輝かせ、興奮して語り掛けてくる彼女に苦笑してしまう。負けてしまっても彼女の明るさが失われることは無いのだと微笑ましくなってしまう。そうして彼女を見ていたら、ぴょこんと頭を下げられた。


「私を弟子にしてください!」

「お断りします」

「ええぇーっ!」


 いや、他国の王族を弟子になんかできる訳無いだろ。何考えてんの、このお姫様。

 最後、グダグダになってしまったが、こうして、異国のお姫様との対戦は幕を閉じたのだった。


次回は第7章第15話「破滅の予兆」。お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ