第12話 新たなる秩序を求めて
大陸西側最大の大国、ガレア王国の参戦は、戦況を一変させた。
ガレアを進発した5万の軍は、二手に分かれ、2万がレントとの国境に、3万がサフへと向かった。だが、サフへと向かった3万の軍勢は、サフを素通りし、そのまま、ナルディア王国領になだれ込んだのである。
ナルディア中央部で、パルティアから進発していたナルディア軍3万と対峙していたサフ軍1万は、背後からガレア軍3万の急襲を受ける形となった。さしもの精強を誇るサフ騎兵隊も、大混乱に陥り、その混乱の中で、軍を率いていた首長が捕虜となってしまう。
サフは7部族の集合体国家であり、それぞれの部族に首長がいて、持ち回りで王となる。今回の遠征を率いたのは、その中でも最も好戦的な部族の首長であったが、それが捕虜となってしまい、総司令官を失ったサフ軍は、本国への撤退を余儀なくされたのであった。
一方、サフの首長を捕虜としたガレア軍も、それ以上、戦線を拡大すること無く、本国へと引き返した。その電撃のような攻勢は見事と言う他ない。
それによって漁夫の利を得たのは、ナルディア軍だった。既に王朝は滅亡している。しかし、彼らの多くは、地方の貴族達。王朝が無くなったとて、侵略者に膝を屈するかどうかは別問題だった。目の前のサフ軍という脅威が無くなったナルディア軍は、王都奪還に向け、まだレントの侵略を受けていない、王国の東側、オルタリア国境付近を北上していく。そこで、さらに地方領主たちの軍を加えながら。
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「……以上が、現在の戦況になります」
ソフィアからの報告を受けながら、考え込む。ナルディア領に攻め込みながら、すぐに引き返したガレアの意図は何処にあるのか。その疑問に対するソフィアの見解は明確だった。
「ガレア王国は現状維持を望んでいると言うことでしょうね」
「現状維持?」
「はい、ガレアは西側最大の国家です。我が国が大陸最強の国家として登場するまで、ミノス神聖帝国に次ぐ、大陸第二の国家でもありました」
「つまり、下手に現在の国際秩序を書き換えられるよりも、現状の方が望ましいと言うことか」
「そう言うことでしょう。現状のままでも、我が国に対し、一定の発言権を得られるという自信があるのだと思います」
なるほど。サフの首長を捕虜とし、サフ本国と交渉しながら、レント国境の2万の軍は張り付けたまま。レントにこれ以上、戦線を拡大しないように牽制をかけていると言うことか。
「しかし、ナルディア王国内の秩序はどうなる? 王朝は滅亡したけど、レントはラキアからパルティアまでを飛び地のように支配しているだけなんだよな。南部はサフ軍に蹂躙されたけど、東部や西部の地方領主は健在だろうし、この後、内部で権力争いでも起こる流れか?」
「そうですね。その可能性は十分あります。ですが、王朝は滅亡したと言っても、ナルディア王家の血を引く人物が残っていますよ」
「誰だ?」
「レドニア大公です」
そうか、公爵以上の爵位は、王家の親戚などに対して与えられることが殆どだ。カーライル公爵家も5代前の王弟が起源だし、ドミテリア公爵家は初代国王アレクシウスの生母の家系、レオニード公爵という俺の爵位も、王族故のものだ。ましてや大公。仲たがいしたとは言え、ナルディア王家の血を引く一族だったか。
「有り得る可能性として、ナルディア貴族がレドニア大公を担ぎ上げ、王都奪還に動くことが考えられます」
「レドニア公国が戦争に巻き込まれると言うことか」
「ええ。そして、それは恐らく、オルタリア王国が巻き込まれることと同義でもあります。オルタリアは単なる同盟国では無く、建国以来、レドニアの後ろ盾となってきた国です。レドニア公国が動くなら、まず間違いなく動くでしょう」
「オルタリアの同盟国である我が国はどうするか、と言うことだな?」
「理解が早くて助かります」
さて、どう答えるか。同盟国であるオルタリア王国やフィリーナが嫁ぐレドニア公国の後ろ盾として、この混乱の中に飛び込んでいくのか、あるいは別の道を行くのか。だが、俺の考えは決まっていた。
「アラバイン王国は不干渉を貫く」
「理由は?」
「オルタリアの同盟国として、一方に加担しても今の世界の延長が続くだけだ。サフやレントを征服し、一時的に影響下に置いたとしても、いずれ抑えられなくなって分裂する。そんなの意味が無い」
「そうかもしれませんが、オルタリアとの友好はどうなりますか? レドニアにはフィリーナ様もいるのですよ」
「まず、オルタリアとの関係では、同盟違反にはならない。オルタリア側から攻勢に出た場合、一緒に戦う義務は無い。レドニアも今は同盟国では無い以上、特別扱いはしない。フィリーナとて、覚悟してるだろう。その上で、我が国は、調停者として動く」
「調停者ですか」
「そうだ、適切な段階で介入し、当事国を集めて講和会議を開く。我が国はその主催者として、新たな国際秩序を作る側に立つ」
それを聞いたソフィアは満足そうに微笑んだ。
「ラキウス様、ご立派です。色ボケ野郎やシスコン野郎からようやくご卒業ですね」
「全然褒められた気がしねえ」
不満そうに唇を突き出す俺を見て、コロコロと笑みをこぼした彼女の瞳は優しい光を湛えている。
「冗談です。あなたのことを尊敬していますよ、心から」
「それは俺から君に贈るべき言葉だよ」
「フフ、そうですね。あなたの期待に応えられるように頑張らないとですね」
俺もまた、彼女の期待に応えたいと思う。誰よりも才溢れ、誇り高い彼女の期待に。
その後の動きは、ソフィアの予測をなぞるように進んでいった。ナルディア国内の貴族たちはこぞってレドニア大公への恭順を表明した。それは、ナルディア王家の血を引く大公の権威によるものだけではあるまい。恐らくは、アラバイン王国の姫君を取り込んだレドニア公国に対して、レントもサフも手出しできないという目論見があったのだろう。いずれにしても、担ぎ上げられる形でレドニア大公は挙兵する。それと同時に、オルタリア王国もレドニア大公への助勢を表明したのだった。
かくして、ナルディアの貴族連合4万5千にレドニア公国軍5000、オルタリア王国軍1万を加えた総勢6万の軍勢は、パルティアに迫った。駐留していたレント軍3万は当初、パルティアに籠城しようとしたが、反発した市民が暴動を起こして城門を開けたため、籠城を諦め、両軍はパルティア近郊で激突する。レント軍は善戦したものの、2倍の兵力差を覆すことは叶わず、壊滅的な被害を受け、ラキアに後退したのだった。
大勢は決したと言えるだろう。レント軍は完全にナルディアから撤退したわけでは無いが、抵抗は、ほぼ抑えられた。ガレア王国が南の国境を攻めている状況では、本国からさらなる援軍を送る余裕も無い。
頃合いだと見た俺は、声明を発した。全ての軍事活動の即時停止と講和会議への参加を呼び掛ける声明を。そして付け加えた。この声明に従わない場合、武力介入も辞さないと。
ラーケイオスの力を背景とした恫喝。だが、それが今のこの世界の現実だ。暴力だけに頼らない秩序をこの世界にもたらすために、今は力による恫喝を逡巡するまい。
こうして、大陸西側全てを巻き込んだ戦乱は収まったのだった。
次回は第7章第13話「ガレアの王妹」。お楽しみに。




