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第10話 ナルディア大乱

 アラバイン王国にてエルミーナの葬儀が行われているのと同日、サフ首長国との国境にあるナルディア王国の砦は平和な朝を迎えていた。このまま、平和な一日が過ぎて欲しい。詰めている兵たちは皆そう思っていた。


 兵の多くは近隣の領地から集められているとは言え、司令官を務める貴族を始め王都パルティアなど遠隔地から赴任している者も多い。故郷に残した妻子を想い、なるべく早く戻りたい、それが正直な彼らの願いだった。だが、昼前になり、そうした彼らのささやかな願いは踏みにじられることとなる。


「おい、あいつら、また来てるぞ」


 砦の兵士が指さした先にいたのは、サフ首長国の騎兵。このところ、サフ首長国から数騎の騎兵が現れては撤退すると言う行動が目立っていた。通常であれば、大規模攻勢前の偵察と思えるだろう。だが、サフ首長国は元々、遊牧民の部族がいくつも寄り集まってできた国。今までも、少数の部族がナルディアやオルタリアに侵入して略奪行為を働くことがあった。だから今回のことも、それと同じこと。そう、ナルディアの兵たちは思ってしまったのだった。


 だが、それからおよそ2時間後、兵たちは砦の前を埋め尽くす騎兵の群れに驚愕することになる。その数は一万を超えているだろう。決して単純な略奪などでは無い。それを認識した司令官が迎撃態勢を取るよう指示するも、全ては遅かった。騎兵の群れが一斉に襲い掛かってきたのである。


 サフの騎兵は騎兵と言いつつ、騎乗しているのは馬では無い。鳥である。ラキウスがいれば恐鳥みたいだと評したであろう、クウィルと呼ばれるこの鳥は、飛行能力を失う代わりに走りに特化した鳥だった。


 目を引くのは、その巨大さ。肩までの高さは2メートル前後、頭までの高さに至っては3メートルを超える個体すらいる。肩までの高さが1.5メートルから1.7メートル程度の馬と比べても遥かに背が高い。この高さが騎兵戦で有利な戦いを可能にするのだ。しかも馬よりも瞬発力に優れ、小回りが利き、しかも持久力が遥かに高い。最高速度こそ馬と同等だが、それ以外の全てで馬を凌駕していた。それに加え、巨大なくちばし、足の爪など、クウィル自体が高い戦闘能力を持つ上に、飛べはしないが、跳躍すれば数メートルの高さまで跳ぶことができる。


 そこまで高い能力を持ちながら、サフ以外の国で一般的でないのは、生息地の制約の他、極めて狂暴な、その性格にあった。クウィルは肉食鳥である。攻撃的で殆ど人に懐かない。それを手懐けているのは、卵の時から育てている、彼らの生活にあった。サフの民はクウィルの卵を抱いて過ごし、孵化する時にも常に側にいる。その刷り込みによって、狂暴なクウィルを飼い馴らしているのだった。


 そのクウィルの群れ1万が襲い掛かったのだ。数百人しか詰めていない砦に。ひとたまりも無かった。もちろん、ナルディア側とて、クウィルの習性を踏まえ、跳躍しても越えられないよう、10メートルはある壁を設置していた。だが、鉄のスパイクを付けた長い板を壁に突き刺して踏み台にし、そこから跳躍してくるクウィル達を防ぐことは出来なかった。1時間も経たずに砦は占領され、ナルディア兵たちは皆殺しにされたのである。


 勢いに乗るサフ騎兵は、そのまま北上を続け、街々を襲った。男を殺し、女を攫って本国に引き返すのが、これまでの彼らの在り方。だが、今回は違った。男も女も虐殺しながら北上を続けていく。その意図が何処にあるか、もはや誰の目にも明らかだった。






 一方、王都パルティア。そこでは王太子ルヴィスが父である王を前に必死の説得を試みていた。彼はここ数日、同じことを王に上奏し続けていたのである。


「ですから、アラバイン王国に救援を求めるのです。敵がサフだけで終わるとは思えません。それでも、竜の騎士を味方に付けさえすれば、この危機を乗り越えられます」

「だがな、ルヴィスよ。あのような無礼な要求をしてくる男に膝を屈するわけにはいかん」


 ルヴィスの説得に父王はつれない。居並ぶ重臣たちも次々と王に同意するのだった。


「全くです。港町ラキアを租借させろ、さらには軍の駐留も認めよ、とは何たる侮辱」

「そのような事を許せば、ナルディアはアラバインの植民地も同様ではありませんか」

「第一、妹君を襲ったのは、本当に我々と関係ない跳ねっ返りだと言うのに、全くこちらの話を聞こうともしない」


 父王も重臣たちも、アラバイン王国から送られてきた要求の理不尽さに冷静さを失っている。交渉など、最初は高いタマを投げて徐々に落としどころを探るのが常套だと言うのに。


 ルヴィスも、最初に送られてきた要求を見た時は目を剥いた。だが、良く良く読んでみると、租借の期間、租借料、駐留軍隊の規模、全てに交渉の余地がある。この文章をまとめた文官は、本当に良くわかっている。恐らくは、王太子ラキウスの隣に控えていた、あの秘書官が主導したのだろう。あの時、引き下がらず、ラブコールを続けていれば良かった……。ルヴィスはそう思い、だが、それも繰り言に過ぎないと意識を切り替える。


「そこは交渉次第でいかようにでもなるはずです。あの男は決して話の分からない男ではありません。直接会った私が保証いたします」

「だが、交渉の時間的余裕など無い。一刻も早くサフの蛮族どもを王国から駆逐しなければならないのだ。足元を見られて、さらに要求を吊り上げて来るやもしれん」


 そうなのだ。文章はよくできている。交渉の余地はある。だが、交渉の時間が無い。最悪のタイミングだった。


「王太子殿下、そうご心配されませんよう。既に3万の軍がサフを迎え撃つために進発しています。魔法士500人も随行しています。いかに彼ら騎兵が強壮でも、数も地の利も圧倒的にこちらに有利です」


 自信たっぷりに発言したのは、軍務長官である。だが、ルヴィスはそこまで楽観的になれなかった。各国の戦略は変化している。アラバイン王国に対抗するために他国を飲み込もうと。その標的にナルディアが狙われたのは、アラバイン王国と敵対していると見なされたからに他ならない。ならば、サフだけが敵国で済むはずが無いのだ。


「だが、その隙に別の国が攻めてきたらどうする?」

「もちろん、東西の国境線の防御も固めております」


 だが、ルヴィスが何を言っても通じない。結局、父王を説得できないまま、ルヴィスは自らの執務室に引き上げてくるしか無かった。


「いかがでしたか?」

「駄目だ。メンツのことしか頭に無い老人どもめ」


 軍議の様子を伺う側近に、吐き捨てるように伝えるとルヴィスは考え込む。アラバイン王国に救援要請を行うことは却下されてしまった。だが、何とかアラバイン王国を巻き込む方法は無いものか。どんな形であれ、あの国が介入してくれば、他の国も好き勝手できないはず。しばらく考えていたルヴィスは側近を呼んだ。


「私の直属の軍だけでオルタリア王国に侵攻する」

「な、何をおっしゃってるんですか? 王太子殿下!」


 目を剥く側近に苦笑しつつ、ルヴィスは噛んで含めるように説明する。確かに説明が足りなかったなと。


「我々がオルタリアを攻めれば、同盟関係にあるアラバイン王国は出て来ざるを得ない。竜王を操るあの男なら、1時間もすればパルティアまでやって来て占領してくれるだろう。そうすれば、我が国は救われる。あの男は戦場では苛烈だが、市民に暴力を振るったりはしないと聞いているからな」

「ですが、王国は? 殿下のお命は?」

「父と私の首二つで済むのなら、安いものだよ」

「殿下……!」


 息を呑む側近の前には覚悟を決めた男の姿があった。女性にだらしないと思わせた、いつかの姿はただの演技。ラキウスに精神的な揺さぶりをかけ、失言を誘うための。


 その試みは意図を察したソフィアの介入で阻止されたのだが、それでも実際のルヴィスは誠実で有能な男だった。国と国民を救う道であれば、自らの命を差し出すことも覚悟するほどに。ただ、妻ミネアとまだ3歳の息子レギスだけには生き残って欲しいと願う。それも、あの男なら、決して悪くはしないはず。妻を辱めたり、まだ幼児の息子を殺したりはしないはずだ。


 だが、そう願い、準備を進めていたルヴィスの元に届いた報せは、全てが遅すぎたことを告げるものだった。


「レント都市連合共和国が我が国に対し、宣戦を布告しました! 既にラキアが占領され、殺到する船から、兵が続々と上陸しているとのことです!」


次回は第7章第11話「ナルディア王朝の滅亡」。お楽しみに。

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