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第6話 このシスコン野郎!

 ルナールとフィリーナが襲撃を受けた日の午後、執務室には緊張の空気が流れていた。だが、事件を受けてのものでは無い。俺の前にはルナールが深く膝をついていた。


「ラキウス殿下、フィリーナ様との結婚を許可いただきたく、お願いいたします」


 そのルナールを横で心配そうに見守っているフィリーナを見ながら、自らの過去に思いを馳せる。子爵になったその日、セリアをくれと辺境伯邸に押しかけた日のことを。あの日の義父も今の自分と同じ気持ちだったのだろうか。


「フィリーナ」

「何、お兄ちゃん?」

「本当にいいんだな?」

「うん、私、この人がいい。ううん、この人じゃなきゃ嫌」


 念のための確認に返してくる彼女の瞳には強い意志があった。だが、もう一つ確認しなければならない。


「ルナール殿、今のやり取りでわかったかもしれないが、妹は貴族の礼儀作法を完全に身に着けているとは言い難い。私も彼女も平民上がりだ。王族の血を引いていることが判明して王太子、王女などと言われているが、所詮付け焼刃の作法しか持たない。あなたはそれでも彼女がいいと思ってくれるだろうか?」

「構いません。いえ、むしろそこに惹かれました。男に媚びるだけの貴族の子女とは違う輝きに」


 そうか。ならばもう何も言うことはあるまい。


「ルナール殿、妹をよろしくお願いします」

「ありがとうございます! お約束します。彼女を必ず幸せにして見せると」

「フィリーナ」

「ん?」

「幸せになりなさい」

「うん、ありがとう、お兄ちゃん……」


 お転婆姫の目に光るものがあった。その涙に込められた思いを俺も共有する。小さい時から「お兄ちゃん、お兄ちゃん」とついて来ていた彼女がようやく巣立とうというのだ。


 だが、感傷にふけってばかりもいられない。仮にも王族の結婚。しかも相手は外国の国家元首の息子だ。


「ルナール殿、王族の結婚である以上、最終的な許可は国王陛下に諮らなければならない。家長であり、王太子である私が了承している以上、判断は覆らないとは思うが、少し待って欲しい」

「それはもちろん承知しています」

「それと、この場で婚約と言う訳にもいくまい。一月半後、貴国で婚約式を行うと言うことでどうだろうか? 婚約式が終わればフィリーナにはそのままレドニア宮廷に入ってもらい、結婚式までの間にレドニア宮廷の作法を叩き込んでもらおうと思うが、それで構わないか?」

「それは、もちろん構いませんが、よろしいのですか? 正式な結婚前にレドニアで彼女を預かることになってしまって」

「構わないさ。何ならそのままそういう関係になってしまっても文句は言わんよ」

「お兄ちゃん!」


 冗談めかして言った言葉にフィリーナが真っ赤になって文句を言うが、本心だ。結婚までお預けを喰らった俺と同じ我慢をすることもあるまい。二人が本当に愛し合っているなら、何の問題も無いはずだ。


 その後、婚約式に関わる細かい打ち合わせを済ませた俺は、ソフィアを伴い、応接室に急ぐ。めでたい話ばかりでは無い。きっちりと落とし前を付けないといけない話が残っているのだ。






 応接室には男が一月前と同様、緊張した面持ちで待っていた。ナルディア王国大使、彼を前にソファに座るのももどかしく、冷ややかに言い放つ。


「それで、何か申し開きはあるか?」

「王太子殿下、これは何かの間違いです! 我が国は貴国に対し、何ら敵意を持っておりません。これは我が国を陥れようという他国の罠です!」

「だが、襲撃犯は皆、貴国に所属する貴族達ということだぞ」

「いいえ、例えそうだとしても、誓って本国からの指示ではありません! あのフェルナシアでの戦いを見て、王太子殿下と、その家族に手を出そうなどと考える国はありません!」


 必死に弁解する大使は嘘を吐いているようには見えない。だが、ここで追及の手を緩める訳にはいかないのだ。


「他国の罠だと言うなら、首謀者は何処の誰だ?」

「そ、それは……!」


 大使はうな垂れる。それがわかるなら、最初に言っているだろう。


「それは……わかりません」

「話にならんな」

「お待ちください! あくまで我が国の仕業だと言い張るのであれば、そちらこそ証拠はあるのですか⁉」

「襲撃犯が貴国の人間だった。それだけで十分だろう」


 食い下がって来る大使との話を打ち切るために立ち上がると叩きつけるように言い放つ。


「首謀者を特定して、こちらに引き渡さない限り、我が国は貴国による襲撃と見なさざるを得ない。これは明白な主権侵害だ。どうすべきか本国に諮って答えを持って来い!」






 一月前よりもさらに肩を落として帰って行く大使を見送った後、ソフィアを見る。


「本国からの指示で無いと言っていた話、どう思う?」

「本当のことでしょうね」


 即答だった。いや、俺もそうだと思ったけど、全く迷いが無いな。


「根拠は?」

「あの男が言った通りですよ。今、あなたとあなたの家族に手を出すことは各国の間でタブーになっているとの情報が入っています。まかり間違えば国が滅びかねないと。レドニアのことはナルディアとしても受け入れがたい話でしょうが、それでも本国を危機に晒してまで行うことではありません」

「まあ、そうだよな」


 フェルナシアで12万人を死傷させた攻撃は、各国に計り知れない衝撃をもたらした。これまでの戦争はせいぜい1万人規模の軍隊同士で戦い、死者は双方合わせ、多くても2000人行くか行かないかくらいが通例だったのだ。桁外れの威力、まさに戦争の在り方を一変してしまう戦略兵器が出現したのだ。


 そんなことを考えていたが、気づくとソフィアが真っすぐ俺を見ていた。


「事前にご相談いただいていませんでしたが、ナルディアにあそこまで強気で押し通した理由を聞いてもいいですか? ナルディア本国の指示で無いことはラキウス様も分かっていたのですよね」

「生じた事態から最大限のリターンを得ようと考えただけだよ。ナルディアは首謀者を差し出せるわけが無いんだ。だって本当に知らないんだから。だからこそ、脅しつけて彼らから譲歩を引き出す。レドニアを国と認めさせて不可侵条約を結ばせるくらいできればいいかな。フィリーナが嫁ぐ国の安全を考えておくべきだろう?」

「……この、シスコン野郎!」


 ……え? ソフィア今なんて言った?


「セーシェリアの事しか考えてない色ボケ野郎から最近は少しマシになったかと思ってましたが、実は重度のシスコンでもあったのですね!」

「ちょっと待て! 人をライオットと同じみたいに言うな!」

「誰ですか? ライオットって。知りませんよ、そんな人!」

「俺の陪臣にいるんだよ。姉べったりのシスコン野郎が!」

「同じじゃないですか!」

「同じじゃ無い!」


 王太子とその秘書官の間で交わされるものとは思えないような低レベルな言い争いと共に睨み合っていたが、先に目を逸らしたのはソフィアの方。


「とにかく、フィリーナ様が嫁がれる国とは言え、他国の国益を外交判断の基軸に据えることはおやめください。あなたはこの国の王太子なのですから。せめて事前に相談してください」

「……」


 ため息とともに紡がれる言葉に何も言えなくなる。それはどこまでも反論の余地が無い正論だったから。ソフィアはしきりに頭を横に振っていたが、改めて俺の方を見ると頭を下げた。


「……申し訳ありません。言葉が過ぎました」

「……いや、俺の方こそすまなかった。これからはちゃんと相談するから」


 ソフィアの方から謝罪させてしまった自分の不甲斐なさを呪いつつ、改めて彼女に問う。


「ナルディアの大使に伝えた言葉を修正する必要があるかな?」

「止めておきましょう。下手に修正するのは、あなたの言葉の重みを疑わせることになります。それに、圧力をかけて譲歩を引き出すこと自体は間違っていません。問題は相手に何を要求するかですね」

「そうだな。何かアイディアはあるか?」

「そうですね……。港町を一つ租借して、軍の駐留を認めさせる……と言うのはどうでしょう?」

「お前……」


 ……こいつ、いきなりとんでないこと言い出しやがったぞ。その愕然とした心を映す俺の表情を読み取った彼女はニィっと笑った。おおい、笑顔が黒いよ。顔は可愛いのに。


「これなら、ナルディアがレドニアに侵攻しても背後から攻撃できます。レドニアと連携してナルディアを挟撃できるでしょう。それに、ナルディアだけでなく、さらに西方のレントやガレアにも睨みが効きます。何より、海軍力主体に軍の近代化を図ろうとしているラキウス様の改革にも沿ったものと考えますが」


 それは確かにその通りだ。最終的な決戦は陸戦になるにしても、敵の喉元に素早く軍を送り込む。そのためには海外に海軍の拠点が欲しい。それにしても、王国宰相の下で、生まれた時から王妃になるべく教育されてきた女の胆力と知力はこれほどのものなのか。彼女の優秀さは良く理解していたはずなのに、改めて鳥肌が立つほどの感嘆を覚える。セリアとは別の意味で、彼女とこの世界で出会えたことの幸運に感謝せずにはいられなかった。


 しばらくナルディアとの交渉のことで盛り上がったが、しかし、ナルディア側に回答の期限を切っていない以上、交渉はしばらく先になる。今はそれよりも目先の問題があった。ソフィアもそれに気づいているのだろう。顔を引き締めると切り出した。


「もう一つ、もっと重要なことがあります」

「ああ、本当の首謀者は誰か、と言うことだな」


 そう、ナルディア本国の指示で無いのだとすると、襲撃犯の黒幕は誰なのか。捉えられた生き残りは尋問に掛けられたが、今のところ有力な手掛かりは無いという。だが、俺には一つ確信があった。


「ソフィアも気付いてると思う。あの場にルナール様とフィリーナがいるという情報を外部の人間が知っていたとは思えない。よしんば何らかの方法で知ったとしても、あんなに素早く動けるはずが無いんだ」

「ええ、私も同意見です。手引きをした人間が、王宮内にいますね」


 敵はナルディアでは無く、王宮内にいる。その見えざる敵を炙り出さなければならない。しかし手掛かりは何も無い。


「厄介ですね。内部調査を進めておきます」

「わかった。でもくれぐれも気をつけてくれ。君にまで危害が及んだら大変だ」

「あら、心配していただけるんですか? ようやく、秘書官の大切さに気付いていただけましたか」

「そんな損得勘定じゃ無い。君はかけがえの無い大切な友人だ」


 その言葉にソフィアは一瞬、目を丸くする。だが、すぐにその顔が喜色に染まった。


「ありがとうございます。素直に嬉しいです」


 そこに浮かんでいる笑みは、いつもの皮肉めいたものでは無く、どこまでも無邪気な笑顔だった。


次回は第7章第7話「フィリーナの婚約」。お楽しみに。

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