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第2話 妹、暴走

「すげええっ!! マジか⁉ セリア、フィリーナ、凄いぞ!」

「ちょっとラキウス、落ち着いて」

「お兄ちゃん、ちょっとキモい」


 大興奮している俺を見て、セリアとフィリーナが引いてるけど、これが興奮せずにいられるか。今、俺の目の前に自動車がある!


 もちろん動力はガソリンエンジンなんかじゃ無い。蒸気機関だ。燃料もガソリンどころか石炭ですら無く、薪だ。シャシーだって木製だし、オープンタイプの馬車に蒸気機関が付いたような代物ではあるが、それでも正真正銘の自動車が出来上がってきたのだ。ステアリング機構もブレーキもちゃんとついている。まあブレーキは馬車の駐車用ブレーキを流用した、革張りの板を後輪に押し付けて無理矢理止めると言った原始的なものであるが。


 見た目で特徴的なのは、車体の後方寄りに積まれた蒸気機関。前世の何かの本で見た最古の蒸気自動車は、蒸気機関が前に付いていたが、目の前にある車は違う。重量物である蒸気機関を前部に積めば、ハンドリングに影響するし、事故を起こした時に蒸気機関が壊れてしまう可能性が高い。だから敢えて後ろに蒸気機関を積んで、後輪を動かす。もっとも、後輪の車軸より後ろに積んでしまうと重量バランスの関係で前輪が浮き上がってしまうので、車軸よりは前。つまりミッドシップなのである。同じレイアウトのスーパーカーとは見た目も性能も全く異なっているが。


 元々、自動車を作るつもりは無かった。あくまで開発していたのは蒸気機関であり、蒸気船や蒸気機関車を作るのが最終目標だが、研究開発の過程で、小型の蒸気機関ができたので、技術者に自動車のコンセプトを伝えて作ってもらったのである。コンセプトだけで、ここまで開発してくれる技術者はやっぱり凄い。


「良くやってくれた! 本当に良くやってくれた!」

「め、滅相もございません。身に余る光栄でございます」


 責任者の手を取ってブンブン振りながら礼を伝えると、逆に恐縮されてしまった。でも、どれだけ褒めても過剰なことは無い。褒美は弾まなけりゃな。







 さて、せっかく出来上がったのだ。試乗しなけりゃということで、王宮の前にある庭園にやって来た。広い空間が必要だし、ここなら多少事故っても花壇に突っ込むだけだ。


 車に乗り込み、アクセルを踏む……のでは無く、手元にあるレバーを操作して蒸気の量を上げていく。そうしてギアを繋ぐと、自動車はゆっくりと進み始めた。何しろ燃料は薪。出力は大きくないからスピードは出ない。せいぜい時速10キロを少し超えるくらいだろう。20キロまではとても出ない。


 だが、第一歩と考えれば悪くない。ここまで来れば、船や鉄道に積むための大型の蒸気機関は目の前だ。さらなる高出力化のためには石炭が欠かせないが、幸い、国内に炭田の候補が複数見つかっている。鉄道を敷設して炭鉱から都市部に石炭を持って来ることができれば、蒸気機関を産業用にも使え、産業革命を進める条件の一つが揃う。それから、それから───。夢は広がっていくのだ。


 そんな思いを抱きながら、庭園を一周して戻って来ると、フィリーナが目をキラキラさせている。


「面白そう。私も運転したい!」


 ついさっき、兄をキモいと罵倒したことなど忘れたかのような言動に苦笑してしまうが、興味を持ってもらうのはいいことだ。簡単に運転方法を教えるとフィリーナを運転席に座らせ、俺は助手席に座った。ミッドシップレイアウトで二人乗りのため、セリアは乗らずに俺達の運転を見学である。


「いやっほー!」


 とても王族の貴婦人とは思えないような声を上げながら出発したフィリーナは、意外と運転の才能があるのか、すぐに慣れると、ジグザク走行などアクロバティックな運転をし始めた。


「おい、フィリーナ、壊すなよ」

「大丈夫、大丈夫」


 何の根拠も無い主張を繰り返しながら、フィリーナは運転に夢中だ。それでも何とか事故は起こさず、出発地点に戻ってきたのだが、そこでトラブルが起こった。


「あ、あれ? どうやって止めるんだっけ?」

「何やってるんだ! ブレーキを踏め!」

「踏んでるよ! でも止まらないんだもん!」


 見ると、蒸気を絞ってない。ブレーキが貧弱だから、蒸気をカットしないと止まらないのに。


「蒸気を切れ!」

「え、え、どうやって?」

「手元のレバーを倒せ!」

「え?」


 ああ、もうしょうが無い! 俺は助手席からレバーを動かして蒸気を切った。だが、慣性がついた車はなかなか止まらない。見ると車の先にはセリア。スピードはそんなに速くないから逃げようと思えば逃げられたはずだが、自動車が突っ込んでくるなんて、この世界の誰もまだ体験したことの無い事態に脳がバグって動けないでいるに違いない。


 どうする? このままじゃセリアに突っ込んでしまう。でも、セリアを助けるとフィリーナが車ごと突っ込んでしまう。どうしたらいい? ───などと迷うことは一切無く、俺はセリアを助けるために車を飛び出した。そのままセリアを抱えて宙に飛ぶ。


「大丈夫か、セリア。怪我は無いか?」

「あ、ありがとう、ラキウス。私は大丈夫。……でもフィリーナちゃんが……」


 まだ突然の事態を飲み込めないのか、俺にしがみついているセリアの声に下を向くと、フィリーナの乗った車が盛大に花壇に突っ込んで止まっていた。フィリーナはハンドルに身体を打ち付けたのか、ぐったりしている。ただ、大きな怪我とかはしていないようだし、まあいいか。それにしても世界初の自動車で世界初の交通事故とか、我が妹ながら、本当にお騒がせ娘だ。







「ちょっとお兄ちゃん! 酷くない⁉ セリアお義姉ちゃんが大事なのはわかるけど、妹の私をほっといて!」

「だから前にも言っただろ。俺にとってセリアは世界中の誰より大事なんだって」

「それにしたって、もう少し迷うくらいしてくれてもいいじゃない?」

「花壇に突っ込んだって大した怪我はしないだろ。それに対して車に突っ込まれたらセリアは大怪我するか、下手すりゃ死ぬかもしれないんだ。迷う余地なんか一切無いよ。だいたい注意したのに乱暴な運転して。セリアに何かあったら絶対に許さなかったからな!」

「ううう~」

「ラキウスもフィリーナちゃんも落ち着いて、ねっ」


 今は屋敷に戻って来て、リビングで休憩中だ。フィリーナは一応医師に診てもらったが、軽い打ち身だけだと言うことで一安心である。


 車を持ってきた技術者たちは、軽い打ち身とは言え、王族に怪我をさせたと言うことで蒼白になっていたが、気にすることは無いと言って、開発の褒美を持たせて帰らせた。車の方は、王宮のエントランスロビーに展示することにしてある。


 元々、実用目的では無く、蒸気機関のデモンストレーション用に開発させたもの。動くには動くが、蒸気機関だと長距離を走るのに石炭の補給施設や給水施設が不可欠だ。鉄道ならともかく、自動車だと、そのインフラ整備は現実的では無い。やはり自動車の実用化のためには、もう少し文明が進んで、石油などの液体燃料の発見・開発と内燃機関の発明を待たなくてはならないな。


「……ねえ、お兄ちゃん、聞いてる⁉」


 一人もの思いにふけっていたが、フィリーナの声で我に返った。いけない、いけない。会話の途中だったな。そう思ってフィリーナの言葉を再度聞こうとしたところでドアがノックされた。


「ラキウス殿下、秘書官殿がいらっしゃってますが?」

「ソフィアが? 通してくれ」


 取り次いだ侍女の言葉に首を傾げる。今日は特にアポは入っていなかったはずだが、緊急の要件だろうか。


「ラキウス様、セーシェリア、それにフィリーナ様も。お休みのところ申し訳ありません」

「いいよ、ソフィア。緊急の用件なんだろう?」

「それが、そこまで緊急という訳では無いのですが……」


 部屋に入ってきたソフィアの歯切れが悪い。それにチラチラとフィリーナを気にしている。これはフィリーナを退席させた方がいいのだろうか。だが、そこでフィリーナの口から思わぬ言葉が飛び出してきた。


「ちょうどいいや。お兄ちゃん、ソフィアと私とどっちが大事?」

「「は?」」


 俺とソフィアの困惑の声がハモってしまった。何を言ってるんだ、こいつ?


「だから聞いてたじゃん。セリアお義姉ちゃんが一番なのはわかったから、じゃあ私は何番目って。リアーナ様やエヴァ様、ソフィアにカテリナと比べたら何番目なのって」

「お前、何言って……」


 絶句してしまったが、今度はソフィアの忍び笑いが聞こえてきた。


「ラキウス様、それ、私も聞きたいですね。あなたの大事な大事な秘書官は何番目ですか?」

「ソフィア、あなたふざけてないで!」


 セリアに注意されてもソフィアのニヤニヤ笑いは消えていない。……全く、こいつらは本当に。


「お前ら、いい加減にしろ!」


 ソフィアとフィリーナの頭の上にチョップを落とす。相当に手加減してあるが、だいぶ堪えたみたいだ。二人して頭を押さえている。


「うう、御免なさい、お兄ちゃん」

「失礼しました、ラキウス様」


 二人とも謝ってくれたけど、本当にわかってくれたのかなあ。フィリーナは恨めしそうな目をしてるし、ソフィアはテヘペロしてるし。───ちゃんと自分の気持ちは言葉にしないとダメか。


「どっちが大事かなんて、そんなの、どっちも大切に決まってる。そりゃ、俺にとってセリアが一番なのは変わらないけど、お前たち二人だって掛け替えの無い大切な人なんだ。順番とか関係ないよ」

「……」

「……」


 二人とも黙ってしまった。納得してくれたかはわからないけど、今はこれ以上のことは言えない。この話はここまで。本題に戻らないとな。


「それでソフィア、用件は何だ? フィリーナには退席してもらった方がいいのか?」

「いえ、フィリーナ様にも関係のあることですので」

「フィリーナに?」

「はい、フィリーナ様に結婚の申し込みです。レドニア公国から、ルナール公子との縁談が届いております」


 それはまさかの国外からの縁談だった。


文中で「最古の蒸気自動車」とあるのはキョニューもといキュニョーの砲車。大砲を牽引するために開発されました。

次回は第7章第3話「フィリーナの縁談」。お楽しみに。

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