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第20話 あなたの奥様に会わせて

 ルクセリアを連れて帰国した俺は、彼女と共に謁見の間に通された。

 緊急のことでもあり、列席している貴族は多くは無い。それでも居並ぶ貴族たちから好奇の目がルクセリアに注がれているのがわかる。決して気分のいい視線では無いが、取りあえずは無視して玉座のドミティウス陛下に報告しよう。


「陛下、ミノス神聖帝国の皇女、ルクセリア・エルク・バルド・ラザリオネ様をお連れしました」

「ご苦労だった。しかし、当初の話だと皇帝レオポルドを連行するとの話だったが」

「現地にて判断を変えました。その理由については後ほど。しかし、その判断は間違っていないと考えています」

「ふむ、彼女を返す条件はどのようなものにしたのだ?」

「はい、国境からの撤退と停戦、和平交渉の実施を当面の約束とし、和平成立の後、返すとしています」

「甘い! 甘いですぞ!」


 国王と話をしていたのに、突然大きな声が響いた。声の方向に視線を向けると、一人の貴族が鼻息荒くこちらを見ていた。あの男は確か、レードン伯爵だったか?


「何が甘いんだ? レードン伯」

「領土の割譲や賠償金の支払いも条件に加えておくべきでした! それを条件に入れてこなかったのは失態ですぞ!」

「それは和平交渉の中で議論されるべきことでは無いか」

「いいえ、最初から条件に加えておけば、和平交渉を有利に進められたのに、王太子殿下も甘い!」


 その言葉に何人かの貴族たちが、そうだ、そうだと賛同を始める。ふむ、ラウル派を一掃したが、まだ全てを掌握するには至っていなかったか。そんな風に呑気に構えていたが、調子に乗ったレードン伯はとんでもないことを言い出した。


「何なら、今からでも追加すればいいのです。なに、その小娘の指を1~2本切り落として送り付ければ、すぐに言うことを聞くでしょう」

「……もう一度言ってみろ!」

「え……」

「もう一度言ってみろと言ったのだ! 聞こえなかったのか⁉」


 龍神剣(アルテ・ドラギス)を抜きはしなかったが、怒りのあまり、その鞘の先で床を叩きつける。謁見の間全体が震え、大理石の床一面にひびが入ったが構うものか。一方、レードン伯を始めとした皆は、俺の剣幕に息を呑んでいた。


「そんなことをしたら、ミノス神聖帝国との和平は絶望的になるぞ。それだけじゃ無い。今後数百年に渡ってあの国は我が国を許すまい。そんな短慮をしろと言うのか、貴様は⁉」

「……えと、その……」

「何より彼女は俺の客人だ! 彼女を連れてくるとき、俺は皇帝と約束したのだ。俺の名誉にかけて彼女の安全を守ると。貴様はその約束を違えろと言うのだな! 俺の名誉に泥を塗る気か、貴様!」


 レードン伯は蒼白となって口をパクパクするしかできなかった。彼はもはやどうでもいいが、他の家臣たちにも言い聞かせるために、改めて宣言する。


「改めて言うぞ! 彼女は捕虜ではなく、俺の客人だ。彼女に対する攻撃は俺に対する攻撃と見なす。絶対に許さんからな!」


 ここまで言っておけば、そうそうバカなことをする者はいないだろうが、念のため、最も信頼する男を呼んだ。


「クリストフ!」

「は、ここに」


 近衛騎士団長が一歩前に出る。


「朱雀隊のドミニクと相談して、ルクセリア様に護衛を付けろ。信頼できる護衛をだぞ」

「かしこまりました。直ちに人選に入ります」


 クリストフが出て行くと、ため息をついてルクセリアを振り返った。


「すまない、ルクセリア。聞き苦しい話を聞かせてしまった」

「……やっぱり蛮族じゃない。でも……一応、感謝はしとくわ」


 先入観なく、とお願いしたけど、いきなり「指を切り落とせ」とか言われたら、そんなの無理だよなあ、と思うと、先の長い話になりそうだ。







 その後、ルクセリアをドミニクたちに任せて、国王執務室に赴く。揃っているのは、定例の閣議メンバーである。真っ先に口を開いたのは国王本人。


「早速だが、拉致対象を皇帝から娘に変えた理由を聞こうか」

「はい、陛下。理由は二つあります。第一の理由は、皇帝本人が極めて真っ当な人間だと判断したことにあります。教皇の傀儡と想像しておりましたが、そのようなことは無く、聖教会とは独立した考えを持っておりました。従い、皇帝を帝国の意思決定プロセスから外してしまうのはデメリットの方が大きいと考えました」

「ふむ、二つ目は?」

「ルクセリアを皇帝が溺愛しているためです。敵と相対している状況にもかかわらず、娘を愛称で呼んでましたし、私の敵意が娘に向かないように必死でした。皇帝を本国に残して、娘を人質にした方が、娘を助けようと皇帝が必死になり、遥かに人質としての価値が高いと考えました」

「なるほど、それでその成果は出ているのか?」


 最後の問いは俺にでは無く、軍務卿に向けられたものだった。


「まだ、わかりません。フェルナシアの敵軍はいったんゼーレンの街まで退却していますし、ヘルナの敵は逃げ帰ったとのことなので、どちらも国境からは撤退しておりますが、今回の人質とは関係ない、戦術的撤退です。そもそも、殿下の作戦により前線が停戦命令を受けるのは、今日の夕方以降になるでしょう」


 そう、ラーケイオスがいるため、こちらはイスタリヤまで30分程度で行けてしまうが、イスタリヤから前線への指示は、使い魔を使ったとしても半日はかかるのだ。だが、あの皇帝が約束を破ることは無い。そこは楽観していいだろう。それより、何だよ。ヘルナの敵軍、逃げ帰ったって、アデリアいったい何をしたんだ? ちょっと心配だぞ。


「それで、和平交渉ですが、どこを落としどころとするつもりなのでしょう? レードン伯にはああ言われましたが、何十万もの軍勢を送り込んできた相手です。相応の対価を求めねば納得しない者も多いでしょう」


 思考が変な方向に脱線していたら、いきなり外務卿に詰められてしまった。そうなんだよな。実際、難しいのはこれからだ。軍事的に倒せばいいだけなら簡単なのだが、宗教国家相手に完全勝利など難しい以上、落としどころを考えておかねばならない。


「そうだな。領土割譲は無くても、軍事的緩衝地帯を置くぐらいはしたいと思っている。ただ、あの皇帝なら話ができるだろうが、聖教会の横槍が入るだろうからな。和平交渉が決着するまでに、もう一戦あると考えた方がいいだろうな。その状況次第で変わり得るから今はまだ何とも言えない」


 何とも歯切れの悪い回答だったが、外務卿は満足そうに頷いた。


「殿下の見通しが我々外交部の分析と一緒で安心しました。ただ、その場合、ルクセリア様の扱いはどうします? もう一戦となった状況で処刑しますか?」

「いや、和平交渉が決着するまでにって言っただろう。途中で単発的な軍事衝突があったからと言って殺したりしないよ」

「単発的? 殿下は単発的になると考えているのですか?」

「ああ、聖戦軍は解散したわけじゃ無い。あの軍勢を維持できるだけの兵站がいつまでも保つわけが無い。それに、次に攻めてきた時には、今度こそラーケイオスを正面に投入するつもりだ。それで全てが終わる」

「わかりました。殿下にそのお覚悟があると言うのなら安心です」


 臨時閣議はその後、今後の細かい方針の詰めを行い、ルクセリアの扱いについても了解をもらい終了した。








 閣議後は、ルクセリアの様子を見るために、彼女にあてがわれた王宮の一室に向かう。一室と言っても部屋一つという訳では無い。リビングに寝室に食堂に、それだけでなく侍女の詰所や護衛騎士の詰所まで備えた広大な一画である。逃亡できないように窓は開かないが、サンルームタイプのバルコニーまで備えた豪華な部屋だった。


 ドアの外の見張りに敬礼され、中に入ると、見知った顔が出迎えてくれる。


「お、セーシェリアの旦那様じゃ無いですかあ」

「セーシェリアは元気ぃ?」

「ルビーネ、サンドラ、何してるの、ここで?」

「何って、ルクセリア様の護衛よ、護衛」


 なんとルクセリアの護衛はクリスタルでセリアを半裸に剥こうとしていた下着娘たちだった。詳しく聞くと、部屋の外はドアの他、バルコニーに面した庭など5人ほどの男の近衛騎士が護衛についているようだが、部屋の中になると女性騎士で無いといけないと言うことで、この二人が護衛の任についていると言うことだった。


 二人に案内され、リビングに入ると、ルクセリアは窓際に立ち、外を眺めていた。故郷と異なる風景を映す窓に何を思うのか、その胸の内は知れない。せめて部屋だけでも快適だと思ってくれればいいが。


「部屋はどうだ。気に入ったか?」

「悪くは無いわね」

「そうか、何か不自由なことがあれば遠慮なく言ってくれ。流石に自由に外を歩かせるわけにはいかないが、できるだけ便宜は図ろう。それに事前に言ってくれれば、護衛付きではあるが、外にも行けるようにしたい。さっきも言ったように、君には俺の国を見て欲しいからな。謁見の間での貴族のようなバカばかりで無いことを分かってくれるとうれしい」

「じゃあ、一つお願いがあるのだけど」

「何だ?」

「あなたの奥様に会わせて」


 彼女の最初の望みは、なんとセリアに会わせろと言うことだった。


次回は第6章第21話「命懸けた絆」。お楽しみに。

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