表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
169/216

第17話 国境に現れた地獄

 その日、フェルナシア辺境伯領の国境砦前は人で埋め尽くされた。ミノス神聖帝国の聖戦軍到来である。


 砦から1キロほど離れた地に布陣しつつある聖戦軍。このような戦いで想定される攻城塔や投石機などは存在しない。魔法士による大規模魔法はそれらの威力を凌ぐし、そんな大掛かりな機械は、前線で組み立てるにしても進軍速度や展開速度を鈍らせてしまう。この世界では無用の兵器だ。だから、ただ見渡す限り、人、人、人である。違うものと言えば、彼らが乗っている馬と後ろにかすかに見える飛竜くらい。


「敵の布陣はどうなっている?」

「前衛に騎士が5万ほど。その後ろに魔法士団と飛竜騎士団、さらに後ろに続いていますが、良く見えません」

「前衛だけでこちらの3倍以上か。嫌になるな」


 部下の報告にフェルナシア辺境伯ガイウスはため息を吐く。可能な限り領内から騎士をかき集め、レオニード領を始めとする他領からの応援、王国騎士団の援軍などを合わせると2万を超える。しかし、その全てを国境砦に張り付ける訳にはいかない。この砦には1万5千の兵が詰めるのみだった。


 そんな絶望的な状況でなお、ガイウスを始めとして砦の兵たちの士気は決して低くない。何より彼らは1年も前から、この日のために準備してきたのだ。


「魔法士団の位置はどうだ?」

「まもなく地雷原に入るとの報告です」

「良し。1回しか使えない罠だからな。慎重に行けよ」

「了解です」


 これこそが今回の切り札。エルミーナの協力で完成した、遠隔爆破できる地雷。それを大量に地中に埋設してあるのだ。それこそそこら中一帯が全てひっくり返るほどに。


 火薬による戦いを想定していないからこそ使える罠。相手にその存在を知られてしまっては、以降、相手の動きを牽制するくらいにしか使えなくなってしまうだろう。だが、初見の敵ならば一網打尽にできる。


 敵が布陣を完了し、魔法士団が詠唱を始めるその時を狙う。この世界では、個人で魔法を使う分には詠唱は不要だが、集団で行使する大規模魔法は魔力を合わせるための詠唱が不可欠だ。その詠唱中は魔法士は詠唱に集中するため、周りへの注意がおろそかになる。普段はそのために護衛の騎士が周囲にいるが、まさか地面から攻撃を喰らうなど考えてもいまい。


 そして、その時がやって来た。斥候により魔導士団が詠唱を始めたことを知らされたガイウスが命令を下す。


「今だ、やれ!」


 その命令を受け、味方魔法士たちが魔力を流す。敵魔法士がその魔力の流れに気づいた時はもう遅かった。


 ドオオンッという巨大な爆発音とともに、大地が爆ぜた。魔法士2000を全て覆い尽くして余りある範囲の地中に埋め込まれた数千に及ぶ地雷が一斉に爆発したのだ。木っ端微塵となって一瞬で死んだ者、手足を吹き飛ばされ、呻きながら地面を這いずる者、そこに現れたのは地獄だった。


 さらに爆発に驚いてパニックになった飛竜や馬が騎乗している騎士たちを振り落として大騒ぎとなる。そんな大混乱している部隊の上空に大規模な魔法陣が浮かび上がった。かつてテティス平原で千人を超える兵を押しつぶした氷結暴雨(グレイシスインベリス)がさらに威力を増して生き残りの魔法士や飛竜騎士団を中心に降り注ぐ。魔法士による障壁を失った彼らには防ぎようが無い。2000の魔法士と300の飛竜騎士は、その殆どが地面の染みと化した。


 そこに、とどめとばかりに、砦から砲弾が降り注ぐ。艦載砲よりもさらに大口径長射程になった砲30門から発射される榴弾は1キロと言う距離をものともせずに飛び越え、次々と敵騎士たちをなぎ倒していく。何しろ、そこら中人だらけだ。照準を合わせる必要すら無い。撃てば当たる状態で、一方的な攻撃が展開していった。流石に途中からは騎士たちが自分で展開した障壁により、直撃で無ければ被害を与えにくくなったが、それでも、前衛5万人のうち、千人以上が犠牲となったのである。


 こうして、大損害を出した聖戦軍は、再編のため、退却していった。特に魔法士を根こそぎ失った影響は大きい。障壁を張れない状態で敵の前に出れば、再び大規模魔法の餌食になるだけだ。魔法士団の補充を待たなければならない聖戦軍は足止めを余儀なくされ、フェルナシアの戦線は膠着したのであった。






 一方、同日のヘルナ戦線。そこでは異常で凄惨な光景が広がっていた。ミノス神聖帝国の魔法士たちの首が次々と落ちて行くのである。それなのに攻撃している者が見えない。どこから誰が攻撃しているのかわからない。


 最初、魔法士たちは集団で強力な障壁を張って防ごうとした。だが、そんな障壁などまるで存在しないかの如く、次々と首が落ちていく。魔法士たちはパニックに陥った。


「嫌だぁ! 死にたくない!」

「誰か、誰か助けて!」


 ある者は集団での障壁を止めて自分の周りだけに障壁を張った。だが、攻撃者はそんな抵抗をあざ笑うかのごとく首を落としていく。


 ある者は恐怖にかられ、逃げ出した。だが、走っても走っても一歩も前に進めないまま、首が地面に転がるのだった。


 そのうち、攻撃者は業を煮やしたのか、一人ひとり首を落とすのをやめ、数十人、百人単位で胴を撫で切りし始めた。こうして、2000人を数えた魔法士たちは一人残らず両断されたのである。


 惨劇はそれで終わらない。続いて飛竜と飛竜騎士たちが解体され始めた。慌てた飛竜騎士が上空に逃げるも、翼を切断された飛竜共々地面に叩きつけられ、肉塊と化していく光景がそこら中で展開していく。


 そんな光景を見せられて、他の部隊も平然としてはいられない。皆、パニックとなり、逃げるようにヘルナから撤退していった。彼らがヘルナに戻ってくることは二度と無かったのである。


 一方、その光景をヘルナの街に設けられた指揮所から眺めていたテオドラは満足そうに微笑んでいた。この国境の死守は敬愛する従兄から託された大事な役目。どんな手段を使ってでも守らなければ。


 そこに、斜め後ろの空間が揺らいで、黒ずくめの女性が姿を現した。テオドラは振り返ることなく、声をかける。


「ご苦労様、アデリア」

「殺しすぎないようにって面倒くさいです。あの程度の軍勢、流星召喚(メテオ)で一発なのに」

「殺しすぎないようにってのはお従兄様の指示なのよ」

「ラキウス様の、ですか? それは絶対守らないといけませんね♡」

「ねえ、アデリア、わかってる? あなたの主人はお従兄様じゃ無くて、私ですからね」


 従兄の名前が出た途端、瞳を輝かせる魔族の娘を見て、テオドラはため息を吐く。従兄と自分は同志、いや共犯者なのだから、それでいいはずなのだけれど。それでも自分と契約したはずの魔族を見ながら、複雑な気持ちにならないではいられなかったのだ。





 こうして、フェルナシア、ヘルナ、双方の戦線が膠着した。いよいよ聖都イスタリヤ襲撃の時が近い。その歴史に残る日は刻一刻と近づいていた。


次回は第6章第18話「聖都強襲」。お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ