第11話 信頼には信頼を
「見事にレティシア様の掌の上で踊らされましたね」
「ラキウス、気を落とさないで」
ソフィアにいじられ、セリアに慰められてる俺、情けない。立太子の儀の後のパーティーで一通り挨拶を済ませた後、壁際でやけ酒である。唯一の救いは、同盟の話自体はそう悪い話では無かったことか。
「しかし、オルタリア側の狙いは何だと思う?」
「そうですね。まずは、王族間の個人的な絆を見せつけて、強固な同盟ができると周囲に思わせる。それによって、他国、特にナルディア王国とサフ首長国を牽制するのが、第一の狙いでしょうね」
ソフィアの考えはまあ妥当なところではある。オルタリアと西の国境を接する二つの国のうち、レドニア公国は建国の経緯から、歴史的にオルタリアと友好関係を築いている。逆にオルタリアの介入でレドニアの独立を許すことになったナルディアとオルタリアの仲は決して良いものでは無かった。
また、南の国境を接するサフ首長国も、近年は定住化が進んでいるとは言え、今でも一部の部族が遊牧生活を営み、時に国境を越えてオルタリア側に略奪を行うなどの行動が見られる。オルタリアはサフ側に取り締まりを要請しているが、いっこうに実効が上がらない状況に緊張関係は高まっていた。
そうした中、アラバイン王国との同盟は、ナルディア、サフ両国に対する牽制という観点からはそれなりに意味があるだろう。しかし、同盟となると、そのメリットを超えるリスクがあることは無視できない。
「オルタリア側のリスクが大きすぎる。ナルディア王国とサフ首長国に対抗するのと、ミノス神聖帝国と事を構えるのでは、メリットとデメリットが釣り合ってないだろう」
同盟となると、一方が第三国から攻められた場合、要請があれば出兵する義務を負う。アラバイン王国とミノス神聖帝国の戦争に巻き込まれる恐れがあるのだ。
「でも、オルタリアからしたら、直接国境を接してないミノス神聖帝国より、目の前の驚異の排除の方が重要でしょうし、何より、アラバイン王国と言うより、竜の騎士であるあなたとの同盟にそれだけの価値があると考えてるんだと思いますよ」
うーん、そうなのだろうか。だが、例え竜の騎士に価値を見出しているのだとしても、ラーケイオスを巻き込むわけにはいかない。条約には除外対象として明示しておかねばなるまい。
そんなことをつらつら考えていたら、一人の男がやって来るのが見えた。彼は確かナルディア王国の王太子で名はルヴィス・デ・ラ・ナルディアとか言ったか。年のころは20代前半くらい。金髪翠眼で、死んだ元近衛騎士団長には及ばないものの、かなりのイケメンである。
「ラキウス君、ちょっといいか……ん⁉」
こいつ、同じ王太子で年上だからっていきなり君呼びかよ、馴れ馴れしいな、と思ったら、次の瞬間、彼は目を丸くしてセリアの元に近寄っていた。
「なんとお美しい! お嬢さん、お名前を教えていただいても?」
「え? え?」
いきなりにじり寄ってきたルヴィスにセリアも思い切り困惑している。このままにしておくと手を出しそうな勢いだったため、セリアを庇うように前に立った。
「ルヴィス殿下、彼女は私の妻です。お控えください」
「マジか!」
マジかじゃねえよ! お前の反応がマジかだよ! そう心の中で悪態をつくが、それで終わらなかった。
「そうかあ、人妻かあ。……でも人妻ってのもいいと思わない? ねえ、ラキウス君」
「……はあ?」
知らねえよ、お前の性癖なんて! 頭痛くなってきた。女性陣もドン引きで白い目を向けている。でも、ルヴィスの方は、そんな視線はお構いなしで、今度はソフィアに目を付けたようだった。
「それでは、そちらの赤毛の美しい女性はラキウス君の側室かな?」
「違います! 秘書官ですから!」
「ええ、女の秘書官?」
こいつ、喧嘩売ってるのか、と思ったが、ソフィアが俺を制し、前に出る。
「ルヴィス殿下、お初にお目にかかります。ラキウス様の秘書官、ソフィア・アナベラル・カーライルでございます。以後、お見知りおきを」
「ソフィア嬢か。君はラキウス君のお手付きじゃ無いの?」
「残念ながら、そう言う意味では全く相手にされていませんね」
いや、俺が切れそうなのに、何冷静に返事してるんだよ、ソフィア。
「そうなの。じゃあ俺のところに来ない? 君みたいな美しい女性は大歓迎だよ」
「お褒めいただき光栄です。ですが、私が忠誠を誓う相手はラキウス様以外におりませんので」
「ええー、そうなの?」
こいつにそんな価値あるのか、とでも言いたげなルヴィスの視線に頭が沸騰しそうになるが、落ち着け、ここは冷静にならないとダメだ。
「ルヴィス殿下、そろそろ本題に移りませんか? まさか私の周りの女性を口説きにいらしたわけではありますまい?」
その言葉に、彼は二っと笑う。
「そうだね、ラキウス君。じゃあ単刀直入に聞こうか。君はオルタリアの申し出を受けるつもりなのかい?」
「何も決まっておりませんよ。我々自身、初めて聞いた話ですからね。これから内部で検討します」
「検討する必要も無いだろう? アラバイン王国の敵はミノス神聖帝国なんだ。ミノスと国境を接してないオルタリアとの同盟なんて役に立たないよ」
「それを判断するのは我々ですので」
それを聞いたルヴィスは、露骨に不機嫌そうな表情を浮かべた。
「オルタリアのお転婆姫みたいなのが好みなのかな?」
「そんなの関係ありませんよ。別に私と彼女はそう言う関係じゃありませんが、そもそも国と国との関係に、男女の感情を持ち込むなどあり得ないでしょう?」
「ふん、まあいいだろう。冷静に考えたまえ。オルタリア1国を味方にするためにナルディアとサフの2国を敵に回すことを良しとするかをね」
「別にオルタリアとの同盟で自動的にナルディアやサフが敵になるわけではありませんよ。あなた達がオルタリアと敵対しなければいいだけの話です」
双方、声を荒げることは無い。だが、互いの視線にはまるで火花が散るような緊張感があった。しばらく睨み合っていたが、先に視線を外したのはルヴィスの方。
「君の考えはわかったよ。だが、我々も君と敵対したいわけじゃない。それは理解しておいてくれ」
「我々も同じです。我々の方から貴国と敵対するつもりはありません」
「……これからもそうありたいものだな」
最初の軽薄な雰囲気が嘘のような真剣な眼差し。俺を一瞥すると去っていくのだった。
それと入れ替わりのようにやって来るのは、お転婆姫。ルヴィスとすれ違いざまに二人の視線が交錯するが、そこに込められた思いは分からない。
「ラキウス様、ルヴィス殿下と何のお話を?」
「いや、あなたの申し入れをどう扱うつもりか探りを入れに来ただけですよ」
別に隠す必要も無いので、正直に話す。彼女は「そうですか」と頷くと頭を下げた。
「ラキウス様、騙し討ちするような真似をして申し訳ありませんでした」
「訳を聞いても?」
普通、同盟の申し入れなど、水面下で調整して、成立の段階で対外発表するものだ。ある国との同盟は他の国と敵対することになる可能性が高い以上、ルヴィスが牽制してきたように、成立を阻止しようとする他国からの介入なども出てくる。だからこそ、平場での同盟申し入れにあれ程驚いたのである。
「理由は二つあります。一つはアラバイン王国側にオルタリアが本気であることを示すと言うこと。そしてもう一つは、オルタリア自身を後戻りできないように追い込むため、ですね」
「あなた方自身をですか?」
「ええ。誤解して欲しくないのは、王である父は同意しています。だから、同盟の申し入れは正式のものです。それでも、国内に反対意見があることは否定できません。ミノスやナルディアと通じている貴族もいますし、その、申し上げにくいのですが、同盟国であったはずのクリスティア王国へのあなたの仕打ちを問題視する貴族もいます……」
「まあ、そうでしょうね」
鮮血の王子の悪名は大陸中に轟いていた。あの行動には理由があったし、国内ではその悪名をものともしないだけの支持がある。支配者たらんとする者として、恐怖の対象となることには利点も多い。何よりセリアが心の支えになってくれている。そうしたこともあって、そんな悪名は放置しているが、同盟の議論では、相手が躊躇することがあるのは避けられないことだろう。
「レティシア様はどうなのです? 私を恐ろしいとは思わないのですか?」
「私がですか? いいえ、私は自分の目で見て、お話をして、あなたを信頼できる方だと思っておりますから」
思いもかけないことを聞かれたと言うような顔をするレティシアに、今度はこちらが驚く番だった。わずか数日会っただけの相手をどうしてそこまで信頼できるのかわからない。その点では、同盟に反対している貴族の方がむしろ理解できると言っていいだろう。だが、その考えは続く彼女の言葉で消え去った。
「そうした貴族たちからの妨害があると言う情報が入ったのです。中には、私を暗殺してでも止めると言っている貴族もいるらしく、そうした貴族たちへの牽制のため、もう後戻りできない状況に追い込む必要がありました。それでも、ラキウス様に事前にお知らせせず、ご迷惑をおかけしたことは何度でもお詫びいたします」
前言撤回だ。理解できようとも共感などできない。
「状況は了解しました。ですが、安心してください、レティシア様。信頼には信頼を、そう申し上げたのは嘘ではありません。あなたを暗殺などさせはしない。アラバイン王国王太子の名にかけて、必ずあなたをお守りします」
「はい、あなたを……信じています」
同盟を結ぶかどうか、その是非は改めて検討する必要があるだろう。だが、お互いの間には、同盟締結に向けた意思と信頼関係がある。この日の会話は後の歴史書には残るまい。だが、歴史に新たな一頁を刻む動きは、今日この時、始まったのだ。
次回は第6章第12話「全艦撃沈せよ!」。お楽しみに。




