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第1話 鮮血の王子

 ゴオオオっという音と共に、炎の舌が建物の壁を舐めていく。


 立憲君主制という建前の下、有力貴族の専横を許した十侯会議と、その暴走を止めることのできなかった国民議会。その政治の舞台であった議事堂が今、崩れ落ちて行く。それはクリスティア王国の崩壊を象徴する光景であった。


 テティス平原での大虐殺からわずか10日。通常であれば2週間以上かかる行程を9日で踏破し、クリスタルにたどり着いた後は、1日とかからず陥落させたのである。道中、阻む者は何処にもいなかった。十侯会議のメンバーを始めとする有力貴族たちは首都を放棄して自領に逃げ込み、守りを固めていた。


 クリスタルはその街門を固く閉ざし、籠城を図ったが、その門は、俺の一撃の前に、紙ほどの耐久性も示すことが出来なかった。なだれ込んだ1万人近い騎士たちの前に、クリスタルは為す術無く白旗を掲げたのである。







 俺は今、崩れ落ちた議事堂の前の広場に臨時に置かれた指揮所の中で各軍の指揮をしていた。僅かに王城に詰めていた騎士団の他は、組織だって抵抗してくる勢力は無かったが、ごく一部に武器を持った市民が立て籠もり抵抗を続けていた。


 武器を持たない市民への虐殺、暴行、略奪は固く禁じているが、抵抗する市民を制圧していく過程で間違いが起こりかねない。特に起こりがちな婦女暴行に関しては死刑と宣告して厳しく対処するようにした。我々は既存秩序の破壊者としてこの地に来たが、市民を敵に回しては本末転倒である。敵にすべきは、あくまで立憲君主制、民主制の衣をまとったこの国の貴族制度なのだ。


 指揮所のあわただしい空気を逃れ、外の空気を吸うべく天幕を出る。そこはかつて、ラーケイオスと共に恫喝を続けた広場。懐かしさはしかし、燃え盛る議事堂の炎にかき消された。この炎はこの国の偽りの民主主義を焼き尽くす炎だ。夜の帳を明々と照らす炎を見ながら思う。かつて立憲君主制と言う理想を追い求めた一人の男の姿を。


 だが、顔も知らぬその男のことを思っても仕方あるまい。所詮、表面的な改革しかできなかった男。今、この国に必要なのは、時間ばかりかかって、誰も責任を取らない民主主義などでは無い。強大な指導力で国を導く独裁者こそが必要なのだ。


 後1か月ほどすれば、従妹(テオドラ)がやって来るだろう。大公としてこの国を導くために。齢15、いやもう16か。成人したばかりの年齢にして300年の人生を生きている女。彼女の治世が順調にスタートするように、準備を整えなければ。そう物思いにふけっていると、背後から声がかかった。


「殿下、テオドール陛下を王宮にて確保しました」

「わかった。行こう」


 クリストフからの連絡に短く答える。

 テオドール・ラーヴァイン・クリスティア。クリスティア王国の現国王にしてテオドラの祖父。お飾りであろうとも、国王として最後の責務を果たしてもらおう。






 テオドールは王宮の一室に軟禁されていたが、流石に現国王だけあり、縛られたりもせず、暴行の跡なども無かった。周りを俺の部下に固められているだけである。逆に言うと、抵抗することも無く、投降したのだろう。その彼は悄然としていたが、俺が近づくと怒りの目を向けてきた。ソファに座ったまま罵声を浴びせてくる。


「この人殺しめ! 血に飢えた悪魔め!」


 突然の悪罵に、周りの騎士たちが殺気立った。流石に自国の王族を罵倒されれば憤慨するのだろう。逆に言うと、王族になって日が浅い俺でも、それ位は忠誠を得られるようになったかと感慨深い。


 それにしても、エドヴァルト伯爵と言い、この男と言い、自分の方から手を出して反撃されるとは思っていなかったのだろうか。ここで大人しく国王としての最後の務めを果たせばいいものを。この男に対する評価をさらに下げざるを得ない。


 色めき立つ騎士たちを手で制すると、テオドールを睨み返す。立ったままなので、ソファに座っている彼を見下ろす形だ。


「人殺しとは随分だな。戦場でのことならお互い様だろう。俺の部下とて無傷だったと思っているのか」

「何を言う! 逃げ帰ってきた者に聞いたぞ。既に勝負がついていたにもかかわらず、皆殺しにしたと。投降して命乞いする者まで殺したというでは無いか。人殺しの悪魔以外の何だというのだ!」


 ふむ、逃げ帰った者がいるのか。確かにあの広い戦場、逃走を完全に防ぐことなど不可能だ。だが、別に構わない。戦時国際法など存在しない世界だ。しばらくは悪い風聞が立とうとも、すぐに消えるだろう。俺の内心さえ大丈夫なら。……大丈夫のはず、だ。


 心のうちに一瞬よぎった弱みを見せないよう、敢えて強く言い返す。


「そちらから手を出してきたくせに、こちらを悪く言うのは止めろ。例え立憲君主制であろうとも、外国への侵攻である以上、最終的に裁可したのはお前だろう。彼らの死は、お前の責任だ」

「おのれ、おのれぇっ!」


 わかっている。お飾りの国王に、貴族どもが持ってきた出兵計画を却下できる訳も無い。だが、実態はともかく、制度上は可能である以上、彼は反論できない。反論することは即ち、自分がいかに力を持たない王であるかを自ら明かすことになるのだから。その彼の前に2枚の紙を叩きつけるように置く。


「国王として最後の仕事をしろ」

「これは?」

「降伏宣言書と退位宣言書だ。早くサインしろ」


 退位宣言と同日だと降伏宣言の法的位置づけを問われかねないため、退位宣言書の方は一日遅れの日付にしてある。それに無理やり同時にサインさせると宣言書を取り上げた。


「これで明日からお前はただの一市民だ。国王としての最後の夜を過ごすんだな」

「呪われろ、鮮血の王子(クルエント・レグルス)!」


 鮮血の王子(クルエント・レグルス)か。そう言えば、アスクレイディオスに憑依されていたレジーナがその名をもじって流血姫(クルエント・レジーナ)と呼ばれていたのだったか。あの狂った魔族と同じ二つ名をもらうのも、これも業と言うものかもしれない。まあいい。この二つ名の名付け親とは明日以降、接点は無い。出て行こうとする俺に、テオドールから声がかかった。


「待て、お前はこの国をどうするつもりだ?」


 貴族の専横を止められなかったくせに、国の行く末を心配するのか。その内心の苛つきを抑えることが出来ず、出てきた声は氷点以下のものだった。


「安心しろ。この国はお前の孫娘が導いていくことになっている。お前よりよほどましな国にしてくれるだろうよ」

「……テオドラが?」


 一瞬、期待の色を浮かべたテオドールだったが、すぐに俺の言葉の裏を理解すると顔を青ざめさせた。実権無き王とは言え、立場上、彼は今回の出兵がテオドラの手引きによるものであることを知っていただろう。そのテオドラが処罰もされず、この国の新たな支配者としてやって来る。その意味するところは一つだった。


「……まさか、まさかテオドラとお前はグルだったのか?」

「今頃気づいたのか。お前はずっと孫娘に裏切られ続けてたんだよ」


 膝から崩れ落ちる老人から目を逸らす。


「戻るぞ、クリストフ」


 指揮所に戻るために、その場を後にすると、背後から聞こえてくる慟哭を無理やり意識の外に押し出す。そう、覚悟したでは無いか。全ての汚名をかぶると。俺は鮮血の王子(クルエント・レグルス)なのだから。


第6章「清冽の皇女編」開幕です。

次回は第6章第2話「誰がための王位」。お楽しみに。

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