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第30話 我はクリスティア大公

 王都アレクシア、王宮の一画にあるラキウスの屋敷。その廊下に複数の影が落ちていた。


「いいか、狙いはラキウスの妻セーシェリアと妹のフィリーナ。この二人は人質、無傷で捕らえるんだ。後は殺して構わん」


 先頭を歩く隊長の指示に、残りの男たちが無言で頷く。彼らはこれまでも多くの要人を暗殺して来た腕利きの暗殺者たち。王都の暗殺者ギルドに協力を断られたエドヴァルト伯爵がテオドラの伝手でクリスティア王国から引き入れた暗殺者であった。


「しかし、静かすぎますね」


 副官らしき男が隊長の耳元で囁く。その言のとおり、屋敷の中に警備の姿は無く、周囲は異様なまでの静けさに包まれていた。


「うむ、気を付けねばな」


 隊長も同意し、彼らは一層慎重に歩を進める。しかし、その警戒がまるで無駄であるかのように、彼らは誰とも出会うこと無く、目的の部屋の前までやって来た。そこはラキウスの家族がリビングとして利用している部屋。


 事前情報通りなら、この部屋にセーシェリアとフィリーナがいるはず。ドアの隙間から様子を伺うと、確かに人がいる気配。彼らはそのまま部屋になだれ込んだ。しかし───


「な、何だこれは?」

「こ、ここは?」


 そこは、どこまでもだだっ広く、それどころか、上も下も無い空間。立っているはずの床が無い。しかし、だとしたら、彼らはどこに立っていると言うのか。戸惑って辺りを見回す彼らの耳元に、クスクスという笑い声が響いた。


「お馬鹿さん。まんまと罠にはまって」

「誰だ⁉」


 隊長の誰何の声に、しかし相手からは少し苛立った声が返ってきた。


「質問する権利などあると思っているのですか、ラキウス様のご家族を狙うウジ虫どもが!」


 その声が終わるか終わらないかのうちに、何も無かったはずの空間から浮かび上がるように一人の女が姿を現した。


 美しい黒髪に白磁のような白い肌。そのゆったりとした黒いローブでも隠し切れない肉感的な肢体。だが、何より目を引くのはねじくれた角と、その背に纏う漆黒の翼。


「ま、魔族!」


 悲鳴が上がったのは一瞬だった。ほぼ同時に彼らの意識は刈り取られていったのである。







 一方、リビングでは一人の女が、対面のソファに座るもう一人の女に詰め寄っていた。


「何でテオドラ様がこの部屋にいるんですか?」

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ、大聖女様」


 食って掛かるエヴァに微笑ましいものを見るような、半分馬鹿にしたような、そんな目を向けるテオドラであったが、手にした紅茶のカップをテーブルに置くと口を開く。


「何故って、私がお従兄様(ラキウス)の味方だからに決まっているではありませんか」

「味方ですって?」

「ええ、あなた達をこの部屋に集めたのも、お従兄様に頼まれたのですわ。ことが起こったら守るようにと」


 部屋にいるのは、エヴァとテオドラの他、セーシェリアとリアーナ。ラキウスの両親とフィリーナも別室にいる。物理的に遠いところにいるカテリナを除き、ラキウスが人質にされることを恐れた者たちだった。


 なお、ソフィアにも声はかけたのだが、断られたのである。「私が隔離されたら、いざという時の指揮系統に支障が出ますから」、そう言って。


 一方、エヴァはまだ納得できていないようだった。


「テオドラ様はラウル殿下と手を組んだと聞いていました。あれは嘘だったんですか?」

「ええ。愚弟(ラウル)と手を組んだのも、お従兄様の指示です」

「は?」

愚弟(ラウル)の陣営が勘違いして暴発するように、それと彼らの内情を探れるようにってね。最初から彼らはお従兄様の掌の上で踊っていたんですよ」


 愕然とするエヴァを前に、テオドラはクスクスと笑みをこぼす。


「今頃、エドヴァルト伯も驚いてるでしょうね。1万の兵でお従兄様を押しつぶそうと考えていたのに、逆に7000の兵に自分が取り囲まれてるんですから」

「……もしかして、もしかしてなんだけど、クリスティア王国が攻めてきたってのも?」


 恐る恐ると言った様子で聞いて来たエヴァに、テオドラはさも当然という顔をする。


「もちろん。手引きをしたのは私ですが、シナリオを書いたのはお従兄様ですわ」


 そう言うと、テオドラはセーシェリアに目を向ける。


「セーシェリア、私もたいがい自分を化け物だと思ってたけど、あなたの旦那様には負けるわ。彼は正真正銘の化け物よ」

「いいえ、ラキウスは化け物なんかじゃ無い。例え人とは思えないほど大きな力を持ってはいても、人の見えないところまで見通せるとしても、それでも彼は人間だわ。何より、私が彼を向こう側に行かせはしない。こちら側につなぎとめて見せるもの」


 テオドラの目を真正面から受け止めてセーシェリアが言い返す。その瞳には、声には、強い意志が宿っていた。一方、エヴァはそんなセーシェリアを見て、困惑しているようだった。


「ねえ、セリアちゃん、すごく落ち着いてるけど、テオドラ様が言ってたこと、知ってたの?」

「え、えーと……」


 途端に下を向いて挙動不審になったセーシェリアから、エヴァは今度はリアーナに目を移す。と、フイっと視線を逸らされた。


「あーっ! セリアちゃんもリアーナ様も知ってたの? もしかして知らなかったの私だけ? 何で?」

「……ごめんなさい。ラキウスから、エヴァ様にはまだ話すなって言われていたの」

「何で⁉」


 セーシェリアから衝撃の事実を告げられたエヴァは今度はリアーナを問い詰める。


「リアーナ様は何で知ってたんですか? あいつ、私には黙ってたくせに、リアーナ様には話してたんですか?」

「ラキウス君が私に隠し事できる訳無いじゃ無いですか。パス繋いだ時に、あ、何か隠し事してるなってわかったんで、問い詰めてきっちり全部吐かせましたよ」


 以前よりマシになったとはいえ、ラキウスはパスの制御が苦手。リアーナにはいろいろと駄々洩れなのだった。


「何で、何であいつ、私には話してくれなかったの……」


 自分だけ蚊帳の外だったことに愕然とするエヴァを申し訳なさそうにセーシェリアとリアーナが見守る中、テオドラが声をかけた。


「理由は本人に直接聞いたらどうですか。私から言えるのは、お従兄様はあなたをある意味、誰よりも信じているってことですよ」

「信じて?」

「ええ、お従兄様は言ってたわ。『あいつは誰よりも優しいから』ってね」

「……意味わかんないんだけど」


 納得がいかないという表情を浮かべるエヴァであったが、その話題はそこまでだった。空間が揺らめいたかと思うと、テオドラの隣に一人の魔族が姿を現したのである。


「テオドラ様、準備が出来ました」

「ありがとう、アデリア。捕まえた連中はまだ生きてる?」

「ええ、もちろん」

愚弟(ラウル)を失脚させるのに使うから、まだ生かしておいてね。済んだら始末していいけど」

「畏まりました」


 物騒極まりない会話の後、テオドラは話は終わったとばかりに立ち上がった。


「どこに行くわけ?」


 それ程深い意味を込めたわけでも無いエヴァの問いに、テオドラは振り返る。


「お従兄様から仕事を引き継がないといけませんからね」

「仕事?」

「そう、お従兄様が既存の秩序の破壊者なら、新しい秩序の確立は私の役目」


 その言葉こそは彼女の覚悟。続いて紡がれた言葉と共に彼女は笑った。その自信に満ち溢れた傲然たる笑みに、今度こそ部屋にいた全員が息を呑んだのだった。


「このクリスティア大公、テオドラのね!」


次回は第5章最終話。第31話「大虐殺」。お楽しみに。

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